
D-POPS GROUPは、HRクラウド株式会社への出資を行っています。同社は「採用一括かんりくん」を主力サービスとして、中堅・中小企業の採用DXを推進するHRテクノロジー企業です。創業から3年で年商1億円を達成し、コロナ禍を転機に急成長を遂げた中島悠揮社長の起業家としての軌跡と、同社が描く未来を全3回にわたって紐解きます。 Part 1では、27歳での起業を志した原点から、学情・楽天を経て創業に至るまでのストーリー、そして創業3年で1億円を達成した軌跡をお届けします。 (このインタビューは2026年4月に実施しました。)
◆ 「27歳で起業する」――少年時代から芽生えた経営者への憧れ
-杉原-
まず初めに、中島社長が14年前にHRクラウド社を創業されたきっかけを教えていただけますか。
-中島-
創業自体は、27歳で会社を立ち上げるということだけはもう決めていたんです。そこまでは具体的に考えていなかったんですが、「30歳までに1億円の会社を作る」という目標がありました。
その理由は、私自身が20歳ぐらいの頃にすごくお世話になった先輩がいまして、その方が32〜33歳の頃に「1億」というワードを口にしていたからです。その人の年齢に自分がなった時に、超えていなければいけないという気持ちになって。『30歳で1億円』ということが就活の頃に明確になりました。そこから逆算すると3年はかかるだろうということで、27歳で起業するということだけは漠然と決めていたんです。
-杉原-
子供の頃から、社長への憧れはあったんですか?
-中島-
そうですね。子供の頃から社長に対する憧れはすごくありました。親戚のおじさんが会社経営をされていて、その生き方がとても豪快でかっこよかったんです。
また、少年野球をやっていた頃の最初の3年間、監督が自分で会社経営をされていて、これまたすごく豪快な方でした。「お前ら、飯食え!」と言って、チーム全員をロイヤルホストに連れて行ってくれるんです。私の家はかなり貧乏でしたので、ロイヤルホストに行けること自体もすごかったし、しかも全員に、「家族も呼んでいいよ」と言ってくれて。そういう姿がかっこいいな、憧れるなと思っていたのがあります。
まずは起業するという夢があって、20歳になって「いつ」「どれくらいの規模に」するかが明確になったという感じですね。

◆ 学情・楽天での下積み――「いろんな業界を知りたい」という原動力
-杉原-
どんな事業で起業するかという計画はあったんですか?
-中島-
全然なかったですね。27歳の段階でも全くなかったです。1社目に学情という会社に入社したんですが、そこは人材と広告の事業をされている300人ぐらいの会社でした。なぜそこで働いたかというと、いろんな業界やいろんな会社を知れるところに行きたかったからです。
将来起業したいんだけど、何をやればいいか正直全然わからない。だからいろんな業界、いろんな会社が見られるところに行きたいなと思って、それなら人材か広告だな、と。両方やっていた学情に入社し、そこでいろんな会社を見ました。
ただ、そこでは2年間しか勤めませんでした。でも気づいたのは、当時はITというのがそこまで大きくなかった頃で、スマホも出始めのタイミング。ITにもっと強くならないといけないという気持ちが強くなりました。当時は大阪にいたんですが、大きな会社を作るには東京に行かなきゃダメだなとも思っていました。
-杉原-
それで楽天に転職されたんですね。
-中島-
はい。そのタイミングでご縁をいただいて転職しました。いろんなビジネスモデルを学びたいという気持ちもありましたし、楽天は10年で1万人になった会社ですから、そのシステムを知りたいという思いもありました。楽天時代にはいろんなベンチャー社長との繋がりも増えていきまして、実はその時にディ・ポップスグループの後藤さんにも出会いました。
◆ 「周りに言いまくった」――退路を断つことで生まれた決断
-杉原-
2014年に1人で起業されたんですよね。
-中島-
はい、共同創業者などもなく1人で立ち上げました。楽天時代にいろんなベンチャー社長との繋がりが増えていったので、「来年の春に起業します。いろいろと応援してください。」とその皆さんにひたすらお伝えしていました。
それが年末になってくると、来年の春に起業するのがすごく怖くなって。「やっぱり楽天を辞めたくないな」と思ったんですけど(笑)、周りにも言っちゃったしもう後戻りできない、と。退路を断つことで決断できました。
-杉原-
最初のオフィスはどうされたんですか?
-中島-
会社を立ち上げた一番最初は、株式会社HRteamさんの一席をお借りしました。現在新卒紹介では日本のトップレベルの会社です。代表の方が「創業するんだったら一席使っていいよ。その代わり、これから人材事業を始めるから教えてくれ」と言ってくださって。一席をお借りする代わりに人材事業のノウハウを色々お伝えしながら一緒にHRteamさんの人材事業の立ち上げに携わりました。
私自身も逆にベンチャー企業の作り方やスケールの仕方など楽天では学べないベンチャーならではのことを多く学ばせていただきました。
本当に貴重な期間だったと思います。

◆ 創業3年で年商1億円達成――「空手で培った精神力」が支えた
-杉原-
目標だった、「創業3年で1億円」は達成できたんですか?
-中島-
ちょうど3年目で達成しました。
-杉原-
自ら立てた目標を達成、素晴らしいですね!起業のきっかけは深い話ですね。やっぱり行動力というか、意思の強さを感じます。学生時代、何か部活などはやっていたんですか?
-中島-
空手をやっていまして、そこで精神力はつきましたね。戦いたくないし、痛いし。でもやらなきゃいけない、勝ちたい。この葛藤は大会に出場する度にありました。
この空手で培った「やらなければならない時にやりきる精神」は、創業後の困難な局面においても軸になりましたね。
-杉原-
中島社長の、”一見穏やかだけど内面には熱いものがある雰囲気”は空手から来ていたんですね。ところで、ホームページのご挨拶の中では、お父様は新卒から定年まで40年勤め上げた会社員だとありますよね。起業家が当たり前という環境ではなかったと思うんですが、お父様は応援してくれていたんですか?また書籍や経営者の言葉で影響を受けたこと等ありますか?
-中島-
父親は「人に迷惑をかけるな」ということをずっと言っていまして。うちの会社がある程度形になってからは、「人を尊重しろ」という言葉に変わりました。
また、書籍ではないのですが、サイバーエージェントの藤田さんのブログは当時よく読んでいました。実は楽天に転職する際、サイバーエージェントでも面接を受けたのですが、残念ながら落ちました。(笑)
-杉原-
確かにあの時代、みんな藤田さんのブログを読んでいましたよね!今はブログやYouTubeで学べる時代なので、書籍に限らずいろいろなところで学びを得られますね。
☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太
【HRクラウド株式会社】
代表者:代表取締役社長 中島 悠揮
所在地:東京都千代田区紀尾井町3-6 紀尾井町パークビル7階
設 立:2014年4月
コーポレートサイト:https://hr-cloud.co.jp/
Part 2では、
・主力サービス「採用一括かんりくん」について
・コロナ禍の大きな決断
・生成AIを活用した採用DX
などについてお伺いしています。
Part2もぜひご覧ください!
