COLUMN

英語嫌いから5,000時間の学習へ。スピークバディ立石社長がAI英会話で実現する「真の言語習得」~Part1~

  • INTERVIEW
2026.04.15

D-POPS GROUPは、2025年12月に『AI英会話 スピークバディ』を運営する株式会社スピークバディへの出資を実施しました。(詳細はこちらをご覧ください。)
なぜ、かつて学年最下位と言われるほど英語が苦手だった人物が、最先端のAI英会話サービスを創り上げたのでしょうか 。本連載(全3回)では、代表取締役・立石剛史社長の起業家としての軌跡と、同社が描く未来を紐解きます 。

Part1では、TOEIC280点から5,000時間の学習を経て、外資系投資銀行での経験や世界一周の旅からAI英会話の着想に至るまでの驚きのストーリーをお届けします 。
(このインタビューは2026年3月に実施しました 。)

◆ 高校で学年最下位だった英語との出会い

-杉原-
まず初めに、AI英会話スピークバディのアプリを開発したきっかけを教えていただけますか?

-立石-
なぜ英語というフィールドを選んだかというところですが、私自身、学生時代は英語が非常に苦手だったというところが大きいです。英語はずっと積み上げの学習が必要ですが、中学1年生の時に挫折してから、ずっとそのまま授業についていけませんでした。高校の時には、英語の先生に「学年で一番英語ができない」と言われるほどでした。

-杉原-
学年で一番英語ができなかった方が英会話アプリの会社の社長になられたんですね(笑)。

-立石-
おっしゃる通りですね。高校時代はそうだったのですが、大学生の時の就職活動で外資系の投資銀行に内定をいただいて、そこで新卒のキャリアをスタートしたのが学習のきっかけになりました。

-杉原-
外資系企業なのに英語の面接はなかったのですか?

-立石-
英語の面接、ありましたね。最終面接は、ボードルームで当時のシティグループ証券の社長と各部署の役員の方がずらりと並んでいるという場でした。当時はそういうプレッシャーに耐えられるかというところを問われていたのもありますし、投資銀行というのは「人」しか資産がないような業態なので、人格を見られるような場でもあったのだと思います。

その10対1の面接では、基本は日本語で進むのですが、最後に人事部長から「じゃあ英語で質問するから英語で答えて」と言われました。そこまではずっと日本人の面接官の方だったので、英語については「この人は慶應大学も出ているし、多分できるだろう」くらいの感じで進んでしまっていたんですね。

ですが、私は英語が全くできない、TOEICでも280点みたいなレベルだったので、人事部長から聞き取れない英語の質問が来たら必ずこう答えようと、自分の中で準備していたんです。
「I can’t speak English. But I will study hard. So, no problem!」

そこは自信を持って言ったんですけど、もうそれしか覚えていなくて。当時はそのフレーズを暗記するだけでも大変だったくらいなのですが、そうしたら、全員が凍りついてしまって。「えっ、何?」みたいな。「その英語力でここを受けたんだね。ここは外資系だよ、どうするの?」という話になりました。

ただ、就職活動は大学3年生の時にやったので、「ここから卒業まで1年間あります」と。私はその時、会計士の試験にその年の最年少で受かったばかりで、20歳だったのですが、1日14時間毎日勉強していたんです。勉強と寝る以外のこと、つまり風呂、食事、移動すべてを2時間で済ますというのをやっていたので、1日参考書1冊を終わらせるペースでいつも勉強していました。だから「ここから1年間あるので、英語なんて余裕です。嘘ではないです。」と、本気で思って言いました。

当時は、TOEICで750点ぐらい取れれば、英語なんてペラペラなんだろうなと思っていましたし、会計士試験のように「落ちたらまた1年間受けられない」という試験に比べたらプレッシャーも全然ない。「明日からやります」と言ったら、「なんかきみ、やりそうだな」と。それでも「さすがに落ちただろうな」とは思いました。外資系なのに英語ができないわけですから。

ただ、その日のうちに人事の方に呼ばれまして。当時のシティの社長が激押ししていたそうなんです。「ああいう人を取れといっていたよ。君、どんな話をしたの?」と言われたのですが、その時に言ったのは「僕は英語はできないかもしれませんが、人間の頭の能力にそんなに差がないということが、会計士試験の受験でよく分かりました。もう気合いの世界です。気合いを出せばやれないことがないということはよく分かったので、絶対やりきります」と言って。そうしたら社長が「ああいう面白いやつを一人取ろう」ということで、採用してもらえたという経緯がありました。

◆ 5,000時間の学習が教えてくれた日本人の英語問題

-立石-
そこから何年もかけてTOEICは満点にして、英検1級も取って、ここまで累計5,000時間ぐらい英語の学習をしてきました。

その5,000時間をかけて痛感したのは、「これは自分が就活の時に思っていたよりも、よっぽど大変だ」ということです。これは日本人の、本当に一番大きい課題かもしれないと僕は感じたんですよね。外資系で英語ができなくて苦労したのもそうですし、その後に日本の証券会社に転籍してからも、香港に駐在して中国語と英語を使って仕事をする機会がありました。語学ができないと全く仕事にならない。

香港では中国語もある程度やって、日常会話ぐらいはできるようになりましたが、やはり言葉が通じないと仕事になりません。日本人は非常に優秀なのですが、英語ができないということで、外資系時代も本社や他の海外支店の人たちから馬鹿にされているのが、すごく我慢ならなくて。グローバルで人々が集まって研修などをやると、日本人は全然英語ができなくて喋れないんだけれども、出すアウトプットは日本人が一番いいんです。

そういう中で、「日本人は優秀なのに英語ができないから馬鹿にされている」という現状を変えたいというのが、僕の根幹の思いとしてあります。僕自身は5,000時間を使いましたが、それは多くの人がやれることではない。その時間をとにかくテクノロジーの力で短縮したい。これが、英語をテーマに選んでAI英会話スピークバディを開発し始めた根本のところですね。

◆ 『家で英語を話してくれるドラえもん』を作りたい

-杉原-
起業したいという気持ちは、学生の頃からあったのですか?

-立石-
そうですね。就活の時に「この投資銀行で働いたら、将来自分が会社をやる時にも活きますか?」と質問していたのを覚えています。でも、その後ずっと7年間ぐらい激務をこなしていたので、すっかりそういう気持ちも忘れていました。ただ、世の中の役に立つようなサービスを自分も作りたいという気持ちがすごく強くなってきた時に、「元々自分は会社をやりたかったんだよな」というのを思い出しました。それで、海外転勤から帰ってきたタイミングで会社を辞めて起業しました。

辞めてからビジネスプランを考え出した、という形です。一度そういう背水の陣の状況に持っていって、そこから、とりあえずずっとやりたかった世界一周の旅に出て、旅をしながらプランを練りました。練りながら、世界一周をしながら自分でアプリ開発も並行して進めていたんです。その世界一周している時に作った英語学習アプリをリリースしたら、App Storeで総合ランキング1位を取りました。

-杉原-
総合ランキング1位は凄いですね!
そのアプリは、今のスピークバディの原型になったようなものなのですか?

-立石-
そうですね、それがスピークバディの原型になったと思います。世界一周もしましたし、その時、短期留学もしたのですが、やっぱり海外にいながらも、英語での会話の相手が欲しいわけです。でも、いきなり英語で友達を作るのって、すごく大変じゃないですか。みんな簡単に「外国人の恋人を作ったらいい」と言いますが、僕も実際に行って作ろうとしてみたものの、そんなこと簡単にできるもんじゃない、というのを痛感しました(笑)。

それで、海外にいる時に「家に英語を話してくれるドラえもんがいたら、それでいいのにな」と思ったんです。その「英語で話してくれるドラえもん」を作りたい、というのが英会話サービスのスタートですね。

最初に出した英語学習アプリにも音声認識機能を入れていて、それは多分、日本で初めて英語音声認識の機能を入れたアプリだったと自負しています。ただ、当時の2014年頃の音声認識機能はまだ精度が低かったんです。しかし、そこから1、2年経つ中で、音声認識技術が飛躍的に良くなっているのを感じて、「これなら将来的にAIとの英会話が作れる」という確信が持てたので、2016年に今まで作っていたアプリを全部止めて、AI英会話に全集中し始めました。

◆ 「どこがAIやねん」と言われた2016年の苦労

-杉原-
2016年に今の元となるアプリをリリースした時から、既にAIという言葉をつけていたのですか?

-立石-
そうですね。2016年にリリースした時も「AI英会話」という名前をつけていました。最初は資金もなかったのでクラウドファンディングから始めたのですが、それがすごくうまくいって400万円ほど集まったんです。その時から「AI英会話」という形で打ち出していました。

-杉原-
特に最近のAIの普及速度や進化の速度はものすごく早いですよね。言語系はこの1、2年で急激に発展していますが、立石さんはかなり先駆けですよね。

-立石-
当時はうちだけでしたね。ただ、リリース直後は結構悩まされました。「これのどこがAIなんだ」と、2016年当時はすごく言われましたね。「喋っても全然認識しないぞ」と。

当時の音声認識は、キャラクターと電子音声で話せるという程度のものでした。会話AIもまだ発展途上だったので、ツリー構造で「こう言ったらこう返す」とプログラムしているレベルで、今のようなフリートークは全然できなかったんです。それで「どこがAIやねん」というレビューがすごく増えてしまったので、実は2017年頃に一度AIの冠を外したんです。AIとつけると期待値が上がって星1レビューがつくので、一回外そうと。

ただ、2019年ぐらいから音声認識技術が劇的に良くなったのと、自社製の音声認識エンジンを作ったことで精度がぐっと上がったんです。そのあたりから、会話AIとしての質もだんだんと良くなってきました。

-杉原-
今は『バディチャット』などを体験すると、普通にくだらないことを言ってもちゃんと内容に合わせて返してくれますね。単なるパターン認識ではないですよね。

-立石-
そうですね、脱線してもちゃんと返してくれます。今は「これはAIだ」と胸を張って言えるなと思ってやっています。2015、16年頃はハイプサイクルで言うところの過剰期待の時期で、AI、AIと盛り上がった後に幻滅期が来ましたよね。その時期は「何がAIだ、そんなのできっこない」とずっと言われ続けていたのですが、だんだんと本物になっていきました。

-杉原-
昔から取り組んでいる方からしたら、この数年のブームは「何を今さら」という感じですか?

-立石-
そうですね。予想通りだなという思いもありますし、一方でやっと気づいてくれたかと時間差を感じる部分もあります。実はGPTに関しても、私たちはGPT-2の時から「これ、すごい使えるね」と話していたんです。だから4.0になっても、私たちからすると「あの時から凄かったよね」という感覚なんです。

『音声認識』と『言語化して理解し返答するAI』、そして『ユーザーの英語レベルに合わせて問題を出す』という各要素がすべて噛み合い出したのが、ちょうどここ数年です。この数年で推論のレベルがガッと上がったので、今のバディチャットのようなレベルの高いフリートークを提供できるようになった。やっと時代がスピークバディに追いついてきたという感じですね。

~Part2へ続く~

☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太

【株式会社スピークバディ】
会社名:株式会社スピークバディ
代表者:代表取締役 CEO 立石 剛史
所在地:東京都中央区日本橋3-14-3 +SHIFT 日本橋桜通り3階
設 立:2013年5月
コーポレートサイト:https://www.speakbuddy.com/

次回・Part2では、
・AI英会話スピークバディのサービス内容と4つの強み
・Duolingo・Speakとの差別化ポイント
・法人市場での急速な成長と導入企業の声
などについてお伺いしています。Part2もぜひご覧ください!

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① まず始めに、シェーンさんの出身地や簡単な経歴などを教えてください。 私は米国カリフォルニア州で生まれましたが、幼い頃に家族と米国西部の様々な場所に10回ほど引っ越し、また、7か月間韓国で過ごした時期もあります。その結果、両親、そして弟と2人の妹だけが私の人生における唯一の安定した存在でしたので、幼い頃から継続的な変化に慣れなければなりませんでした。これほど多くの変化に適応する方法を学んだことは、私の人生に大きな影響を与えたと断言できます。 ワシントン州立大学に通うためにワシントン州プルマン市に引っ越した後、微生物学と遺伝学・細胞生物学の二つの学位を取得しました。大学1年生のときから、キリスト教の大学生サークルで積極的に活動するようになり、卒業後もプルマンに残ることを決め、そのサークルで2年間インターンとして、その後1年間スタッフとしてボランティア活動をしました。 この間、私は友人との交流を楽しみ、責任をあまり負わずにいられたことで、最終的に自分の人生の情熱を見出すことができました。また、多様な文化を持つ人々との関係構築、個人的な問題への対処戦略を練る上での大学生の指導・ライフコーチング、グループディスカッションの円滑化、そしておそらく最も重要なこととして「学び方」を学ぶこと、といった、今後のキャリアで活かすことのできであろう多くの重要なスキルを習得しました。 ② シェーンさんは何年前に日本に来ましたか?来日したきっかけは? プルマンでの活動が終わりに近づいた頃、私は様々な国の留学生と出会う機会が増え、中には日本の関西外国語大学からの留学生で、一学期間ルームメイトになった一人もいました。彼らは皆、私が優秀な英語講師になれると真剣に提案してくれ、私自身も全く新しい冒険を始めるという考えにとても興味を持つようになりました。今振り返ると、安全で予測可能な自分の生活に、どこか物足りなさを感じていたのかもしれません。 まず、大学付属の英語言語学校で約半年間アルバイトをし、その後、英語講師として海外で生活するための色々な選択肢を探し始めました。最終的に、日本の小規模な英会話派遣会社からフルタイムの派遣社員としてのオファーを受け、2015年8月から東京にいる日本人のご家庭と一緒に住むことになりました。このご家庭の息子さんとは、彼が私の大学に留学中に知り合い、私が日本へ引っ越すことを知ったご両親が、ありがたいことに滞在場所を提供してくださったのです。 私は、東京エリアにある小中学校、専門学校、病院、ホテル、その他様々な企業で英会話授業を担当し始めました。10人から20人の小中学生や専門学生を対象とする大きなクラスもあれば、ビジネスパーソンとの1対1のレッスンもあり、すぐに老若男女の日本人に英語を教えることができるようになりました。 ③ ディ・ポップスグループに入社したきっかけを教えてください。 東京で英語講師としてフルタイムで働いていた最初の年に、以前私が関わっていたのと同じキリスト教の大学生サークルが東京に設立した地域支部に出会いました。そこのスタッフが不足していたため、私はボランティアとして協力し、コミュニティハウスに引っ越して、引き続き様々な場所で英語を教える仕事をパートタイムで続けました。このサークルを通じて中国出身の女性と出会い、結婚し、その後、娘が生まれ、さらに2人目の子供を授かりました。 出産のため、妻が産休に入ったのですが、当時妻が主な稼ぎ頭だったため、私は家族の家計を支えるためにフルタイムの職を積極的に探していました。そんな時、ディ・ポップスグループの採用パートナーが、後藤社長と英語を話す運転手として雇うために、英語教師経験と日本の運転免許を持つ人を探している中で私のプロフィールを見つけ、面接をオファーしてくれたのです。 その職務内容には多少興味を引かれましたが、私が探していた仕事とは大きく異なっていました。しかし、面接で後藤社長にお会いした途端、私の心の中で何かが変わりました。私の話に耳を傾け、一人の人間として私に心から関心を持ってくださったことに深く感銘を受け、そして後藤社長が話されたとき、私はすぐに彼のビジョンを信じることができました。こうして、昨年の11月、私はディ・ポップスグループに入社し、子どもたちがリスクを取り・学び・成長を支えてくれる社会を創る上で、たとえ小さな役割でも果たしたいと決意しました。 ④ ディ・ポップスグループでの仕事内容を教えてください。 元々、私が運転してる時に自然な会話を通じて、後藤社長の英語力向上をサポートするために採用されました。それが最優先ですが、ベンチャー企業という柔軟で変化の速い環境の中で、自分の役割をそのような狭い業務に限定することはできないとすぐに認識しました。 運転していないときには、このコーポレートサイトの記事を英訳することが主な任務として与えられました。時折、私のネイティブな英語スキルを活かして、外国の来客とのやり取りや、彼らをオフィスに歓迎する際にも役立てています。 できる限り、社長室の他のメンバーもサポートするように心がけています。なぜなら、彼らが私に任せられる仕事が増えれば増えるほど、後藤社長は彼らに、より多くの仕事を任せることができ、結果的に社長は彼にしかできないことにより多くの時間を割くことができるからです。手紙や小包の受け取りと発送、色々な備品の注文、ヒカリエへの入館証の発行、その他の単純な事務作業などを担当しています。 ⑤ 後藤社長のドライバー兼英語教師もされているとのことですが、都内の道路の運転にはもう慣れましたか?後藤社長の英語は上達しましたか?(笑) 後藤社長が社用車として選ばれた車種には、都市の渋滞でも安全に運転しやすくなるような多くのプレミアム機能が搭載されています。また、私自身が長年運転していることも助けとなり、東京の道路が米国の道路よりもはるかに混雑していて狭いにもかかわらず、ここでの運転に慣れることができました。そのうえ、後藤社長を車でお送りする際に、彼の賢明な言葉から何かを学べるたびに、いつも嬉しく思っています。 そして、後藤社長がより一貫して英語を使うようになったことで、彼が米国と英国で高校生・大学生時代に築いた基礎を思い出すことができるようになっています。私がしていることは、彼が快適に練習できる雰囲気を提供し、適切なときに正しい単語と自然な言い方を提供することだけです。後藤社長が着実に進歩されて、1年前に比べて英語を話す際により自信を持っているのがはっきりと見えています。しかし、後藤社長はよく「シェーンさんの日本語と同じくらい早く自分の英語が上達すればいいのに」と言って私を励ましてくれます。(笑) ⑥ オフィスで周りの皆さんと積極的に日本語を話している姿を見かけます。いつ日本語を学びましたか?ビジネスの現場で使う日本語は難しいですか? 東京での最初の1年間、日本人のご家族と一緒に住んでいたときに、日常会話の基本を学ぶのを助けてもらい、基本的なコミュニケーションができるようになりました。しかし、その家を出てからは、日常の決まった状況でしか日本語を話さず、日本語能力を学び向上させる機会を積極的に探さなかったため、私の日本語レベルは実質的に停滞してしまいました。 昨年入社した後、人生で初めて日本の職場環境に身を置くことになり、挑戦と成長のチャンスが数え切れないほどありました。ビジネス日本語を学ぶのが難しいというだけでなく、この仕事を始めるまで、業界での経験がほとんどなかったためです。結果として、オフィスで一般的に使われる丁寧な日本語の言い回しを習得しようとする傍ら、それらの言い回しの背後にある概念、状況、仕組みについても同時に学んでいます。 私はディ・ポップスグループにできる限り付加価値を提供したいと考えています。そうすることで、社会により大きく貢献できると理解しているからです。そのため、優秀で寛大な同僚の皆さんたちの忍耐と理解のおかげで、多くの困難に挑戦し、ほとんど同じ数の困難を乗り越えてきましたが、まだ先は長いです。なので、ベンチャーエコシステム内の皆さんと、私はいつでも日本語の練習を喜んでしますので、私を見かけたら、どうぞ遠慮なく声をかけてくださいとお伝えしたいです! ⑦ 日本に住んで、また日本企業に勤めて感じる日米の違いはどんなところですか? 私の考えでは、日本での生活が米国での生活と最も異なる点は、「同調圧力」の捉え方です。過去10年間で見てきた限り、日本人は一般的に、他者に対して非常に配慮が厚く、周りの人々の外側の行動や、さらには言えない感情にまで気を配ろうとしているように見えます。加えて、通常は礼儀、調和、合意形成に対して深い敬意を抱いており、周りの人たちを配慮しながら発言することが多いように思います。一方で、アメリカ人は個人の独立性をとても重視します。幼い頃から、皆がしていることを真似する前に自分で考えるべきだと教えられ、私たちは均一性よりも独自性を尊重します。 これら二つの文化がこれほどまでに正反対である理由には、確かに多くの要因がありますが、一つの主要な根源は、日本の住居スペースの不足と、次々に発生する自然災害の歴史にあるのではないかと思います。地震、津波、その他の危険が常に身近にあり、隣人が非常に近くに住んでいるため、火事がすぐに周囲の建物に広がる可能性がある場合、定期的に交流するすべての人々と友好的な関係を維持することが不可欠になります。そうすれば、緊急時に、助け合えるからです。 また、読者の方々が興味を持つかもしれない、日本と米国の生活のいくつかの小さな違いにも気づきました。一つは、日本人はソーシャルサークルをきれいに区別する傾向があり、家族、知人、同僚が混ざり合うことはアメリカ人と比べて多くはありません。しかし、アメリカ人は、親しい友人や同僚に家族を紹介することにはるかに抵抗が少なく、そのため、私はいつも話してくれているチームメンバーの個人的な人生についてほとんど何も知らないという状況に慣れる必要がありました。もう一つは、日本人がだいたい食事の一部として一日に少なくとも一度はお米を食べるのに対し、アメリカ人は通常、特定の主食に忠実ではなく、主食を全く含まない食事をとることさえあります。 最後に、これは日米の文化の大きな違いというわけではなく、むしろ両方の文化で変化し始めていることなのですが。現在まで、父親が長期の育児休暇を取得することは一般的ではありませんでした。しかし今回、私は日本の育児休業制度を利用して、12月と1月のほとんどを米国の実家で妻子と過ごすことに決めました。ディ・ポップスグループの同僚の皆さんたちはとても協力的でした。日本の会社では、育休から復帰した父親が自分のポジションを異動させられたり、縮小されたりという話を耳にすることもありましたが、ここではそんなことは一切ありませんでした。 ⑧ シェーンさんの入社後、ディ・ポップスグループはコーポレートサイトの英語版を作りました。 英訳をする際に大事にしたことなどを教えてください。 まず第一に、これらの英訳を読むであろう読者を想像するようにしています。彼らは、日本への事業拡大を考えている外国企業の役員かもしれませんし、日本のスタートアップから高い投資の収益を期待しているベンチャーキャピタルの投資家かもしれませんし、あるいは単に英語の読解能力を練習したいディ・ポップスグループまたは取引先のメンバーかもしれません。これは、私が英訳する各記事の言葉の選択や全体的なトーンに影響を与え、また、直訳がない言い回しや観念をどのように伝えるかを決定するのにも役立ちます。 次に、ディ・ポップスグループと経営者のMVVが明確に伝わるように、最善を尽くしています。これにより、コーポレートサイトを英語で読む人が、強調されている部分や使用する語彙を通して、それらの価値観を感じ取ることができるようにするためです。結局のところ、私は我々を取り巻くエネルギーは本当に特別だと信じているので、その輝きを可能な限り読者の皆さんと共有したいと思っています。 最後に、私はバイリンガルにはまだ程遠いので、ディ・ポップスグループのアドバイザーである杉原さんのサポートなしには、コーポレートサイトを英訳するという仕事を達成することはできません。杉原さんの知恵、経験、そして特にスタートアップとベンチャーキャピタルに関する深い知識がなければ、読者の皆さんは今この記事を読んでいないはずです。英訳だけでなく、彼は私に日本の会社で働くという不慣れな世界を航海するための貴重なヒントも与えてくれており、言葉にできないほど、心から感謝しています。 ⑨ 8月には日米学生会議の皆さんの訪問がありました。シェーンさんは学生向けの資料作成や当日の翻訳など対応されていました。資料を作成するときにこだわったことや当日の印象を教えてください。 日米学生会議は、私が後藤社長とより密接に働く初めての経験であり、彼がすることすべてにいかに多くの思考と努力を注ぎ込んでいるかを直接目撃できたことは、間違いなく畏敬の念を抱かせるものでした。後藤社長はご自身の専門外の分野に身を置かれており、それは彼のプロフェッショナルのレベルからすると珍しいことだと思います。しかし、そのような状況でも、彼は発表前の限られた時間で何ができるか、そして何が不可能かを戦略的に考えることができました。 例えば、私は最初、英語圏の学術的な聴衆には印象的に映るかもしれない原稿を彼のために用意しました。しかし、私がその原稿には彼が慣れていない高度な語彙が大量に含まれてしまったので、後藤社長は、準備に長い時間をかけられないため、多くの新しい単語を学ぶよりも、既に知っている単語を流暢に話す練習に集中した方が良いと指摘されました。その後、二人で数週間にわたってやり取りを繰り返し、彼が納得するまで原稿と発表資料を洗練させました。これは私にとっても教育的な経験であり、締め切りが過ぎてから100%の完成度に到達するよりも、タイムリーに90%の完成度に達することがビジネスの現場ではるかに重要であることを学びました。 学生たちが渋谷ヒカリエに到着した際、私は光栄にも、彼らに当社の印象的なオフィス空間の様々な場所を英語で案内し、それぞれの意味合いを説明させていただきました。その後、後藤社長と杉原アドバイザーの講演を聞いた後、二人と学生たちの通訳を手伝うことになっていましたが、後藤社長の英語力と、一部のアメリカ人学生が持っている日本語能力のおかげで、私が何かを言う必要はほとんどありませんでした。大学生と交流する私の職務経歴からしても、私たちが共に過ごした時間を通じて、彼らの顔にベンチャー精神の価値に対する深い理解が芽生えるのを見ることができて、とても嬉しかったです。 ⑩ 今後ディ・ポップスグループでどのように活躍していきたいか教えてください。 ベンチャーキャピタル事業に関する私の知識と経験はまだ初級ですが、いつかベンチャーエコシステムに新しいパートナーを迎え入れる流れにもっと積極的に参加したいと思っています。ここ数か月間、私はディ・ポップスグループのCVCチームのメンバーと、日本でのビジネスをより強固に確立したいと考えている二人の外国人起業家との間のコミュニケーションを円滑にするという役目を拝命しました。これは私にとって非常に刺激的であり、この分野での能力を高めていきたいと考えています。 CVCチーム以外にも、ベンチャーエコシステムのメンバーと日本語ができない方との間で行われるその他の会話もサポートしたいと思っています。ディ・ポップスグループでの個人的な目標の一つは、自分の英語スキルを活用して、我々のグローバル展開に貢献することです。それに伴い、ネイティブの英語話者が必要な際には、いつでも戦力として貢献できるように待機しております。 また、近いうちにディ・ポップスグループで英語関連の活動を始めたいと思っております!ご興味ありましたら、是非お気軽にお問い合わせください。 これらに加えて、私はディ・ポップスグループのプロとしての英訳者であるだけでなく、他の業務でも真に役立つことを証明できるレベルまで、日本語とビジネススキルを向上させ続けたいと強く思っています。ここでさらに1年働いた後の自分がどうなっているか、本当に楽しみにしています!
  • INTERVIEW
2026.04.09
スタートアップからスケールアップへ! 共に成長し、進化し続けるエコシステムの実現 スタートアップエコシステム協会 代表理事 藤本あゆみさん【Part 3】
今回は、一般社団法人スタートアップエコシステム協会 代表理事の藤本さんにインタビューさせて頂きました。 (このインタビューは2026年1月に実施いたしました。) Part1・Part2はこちらからご確認ください。 ◆キャリアの原点:Googleで知ったゼロから作る楽しさ -杉原- 少し話を戻しますが、私たちはGoogleに同年入社(2007年)でしたよね。 あの頃のGoogleはまだ本当にベンチャーで、何かあれば部署の垣根を越えて集まり、挑戦者の立場で取り組み、決して勝ち組企業といった雰囲気でもありませんでした。 その後、お互い近い時期にGoogleを離れ、藤本さんはお金のデザインを経てPlug and Playへと進まれましたが、常にスタートアップの現場にいらっしゃいます。 あえてお聞きしたいのですが、藤本さんはなぜ、一貫してそのようなキャリアを歩まれているのでしょうか? -藤本- やはり、一度あのGoogleでの体験をしてしまうと、出来上がったものに関わるよりゼロから作ることの楽しさが忘れられなくなってしまうんです。 Googleに入った当時、もっと早い段階で辞めていく先輩たちがいて、当時は不思議に思っていました。 でもその時、ある方に「いずれわかるよ。その時々のフェーズに必要な人が来るし、私はこの立ち上げのタイミングが好きなんだ」と言われたんです。今ならその気持ちが本当によくわかります。 -杉原- 藤本さんにとっての好きなタイミングとは、どのあたりなのでしょうか? -藤本- 先輩たちは全く名前が知られていない時だったかもしれませんが、私の場合は少し芽が出てきたけれど、まだ何者でもないものに名前をつけて成長させていく、そのフェーズが自分自身の得意分野なのだと感じています。 お金のデザインでもまさにそれを再現しようとしていたのですが、次第に「1社だけでは、世の中の変化の速さに追いつけない」というジレンマを感じるようになりました。 そこで、自分自身が事業をやるのではなく、より多くの挑戦者を支援し、たくさんの成功を生み出していくために、エコシステムを構築する側へと舵を切ったんです。 ◆ジェンダーギャップの解消:多様性が組織の成長を加速させる -杉原- 0から1の先にあるスケールアップの役割をさらに深めたいという思いで、今の道を選ばれたのですね。 また、藤本さんはGoogle時代にWomen Willプロジェクトのパートナー担当も務められていました。 当時、私の友人たちも多く関わっていた素晴らしい活動でしたが、改めてどのような取り組みだったのでしょうか? あわせて、スタートアップ界隈はどうしても男性中心になりがちですが、女性起業家が少ない現状をどう捉え、どのようなアプローチをされているのかも伺いたいです。 -藤本- Women Willは、まだ世の中で女性活躍推進という言葉が一般的になる前からの取り組みでしたが、テクノロジーの力を使って女性をエンパワーしていくことが大きなポイントでした。 本来、スタートアップはテクノロジーを活用して自ら変化を作っていける場所ですから、性別や年齢に関わらず、活躍できるチャンスは非常に多いはずなんです。 この10年ほどで、起業家側も投資家側も着実に女性は増えていますが、世界的に見ても依然としてバランスが良くないことはグローバル共通の課題として問題視されています。 要因は様々ですが、例えば、資金調達の場で、女性起業家にしか投げられない質問というのがあります。 「結婚の予定は?」「子供はどうするの?」といった質問は、男性にはまず聞かれません。 リスクヘッジのつもりかもしれませんが、そうしたバイアスに捉われず、フラットにビジネスに向き合える環境にしていかなければなりません。 協会でも、金融庁とエコシステムにおけるジェンダーギャップの調査に取り組んだり、単独での調査も進めたりしています。 昨年から一昨年にかけてハラスメントの問題が注目されたこともあり、業界全体の危機意識は非常に高まっています。「正しくないことが行われているのは良くない」という認識が広がっているのは、改善への一歩だと感じます。 -杉原- 会社組織であればルールや目標で管理できますが、エコシステム全体の文化を変えるのは難しさもありますよね。 -藤本- まさにそこが難しいところです。管理者がいないからこそ、30%という数字だけを追うのではなく、より多くの人が機会を得られるダイバーシティをどう担保するかが重要です。 最近では、イベントの登壇者の男女比や年齢、外国人のバランスを気にする主催者が増えてきました。 これが第一ステップとして非常に良い傾向です。 海外のアクセラレータープログラムなどでは、「採択時の男女バランスがどうなっているか」「候補者は少ないかもしれないが、単に見落としているだけではないか」といった支援側の努力が厳しく問われるようになっています。 日本でもこうしたアプローチが浸透していくことで、これからさらに改善されていくことを期待しています。 -杉原- 意識の有無に関わらず、これまでのスタートアップの場では、意識して探さなければ女性起業家の姿が見えにくいという現状がありましたよね。 -藤本- はい。ただ、イノベーションの観点で言うと、チームが多様な会社の方が圧倒的に成長するという調査データも明確に出ています。 これまでの日本には初期フェーズでは価値観が同一なメンバーで走った方が早いという定説のようなものがありましたが、最近の別の調査ではそれも覆されています。 ものすごく初期の頃から多様な組織を作っておかないと、結果として会社を大きくしていくことはできない、ということがわかってきたんです。 先ほどお話ししたスケールアップを成功させようと思った時には、どのようなチーム、どのような組織環境になっているかが極めて重要になります。 もはやそれは、単なる女性か男性かという二元論の話ではありません。 国籍も含めた、より広い意味でのダイバーシティ(多様性)が、これからの日本のスタートアップが大きく飛躍するためには不可欠な要素になっていくと考えています。 -杉原- ダイバーシティに関しては、非常に重要な視点だと思っています。 実際、広報活動が多様性に富んでいる企業は高く評価されるという調査結果も目にしました。 -藤本- 協会で行ったジェンダーギャップの調査でも、面白い結果が出ていました。 女性の方が不利益を被っているという認識がある一方で、実は男性側も生きづらさや言いたいことが言えない状況があるという実態が見えてきたんです。 どちらか一方が悪いということではなく、お互い様という感覚で理解し合うことが、これからの多様性のあり方なのだと感じています。 Google時代を振り返ると、本当に多様な人がいたので、相手のことはわからないという前提でコミュニケーションをしていました。 言わなくてもわかるよねという暗黙の了解が一切通用しないからこそ、理解しようと対話し、結果として物事が正しく進んでいました。 日本の場合、「わかっているはずだ」と進めてしまい、うまくいかないと「なぜわかってくれないんだ」と揉めてしまう。 わからなくて当たり前という前提でのコミュニケーションは、これからもっと必要になってくるはずです。 ◆日本の次の強み:技術を「ビジネスにする力」と「伝える力」 -杉原- 確かに、多様な個性が集まるからこそ、世界に届く良いサービスが生まれるのですね。 それでは最後に、未来について伺いたいと思います。起業や新規事業という視点で、今後の日本において、どのような領域が成長の鍵になるとお考えですか? -藤本- 世界各国を回る中で、日本の次の強みは何かを常に考えてきました。 その答えの一つは、やはり広い意味でのディープテックにあると確信しています。 日本は研究開発や技術力、シーズのレベルは非常に高いものを持っています。 ただ、現時点ではそれをビジネスとして成立させる力がまだ追いついていない。 その素晴らしい技術をいかにビジネスへと繋げていくかが、今後の日本の大きなチャンスになると考えています。 以前、韓国の支援者と話した際にも、「日本人はいいものを作れば認められると思っているよね。言わなきゃ良さは伝わらないのに」と指摘されたことがありました。 日本の奥ゆかしさかもしれませんが、ことスタートアップにおいては、それでは通用しません。 ただ、今の日本に伝える力やビジネスにする力が欠けているということは、逆に言えばそこを強化できれば、もっと大きなチャンスがあるということでもあります。 SaaSなどのサービス系ビジネスについても、同様で、世界の動きが早いです。 今の日本のサービスは、どうしても日本国内だけに閉じてしまいがちですが、先ほどお話ししたスケールという観点でこの壁を突破できれば、十分にチャンスはあるはずです。 -杉原- その壁を突破するためにも、初期の頃からチームを多国籍な構成にすることで、この国とこの国で同時にスタートするという感覚を当たり前に持つことが重要になりそうですね。 -藤本- まさにその通りだと思います。 諸外国ではそれが当たり前になっています。 まずは日本でと考えている間に、世界からは周回遅れになってしまうという危機感を持つべきです。 全てのサービスが海外展開すべきとは思いませんが、日本だけで閉じていると見えないことが多すぎます。 チームに多様な国籍のメンバーがいれば、自ずとスピード感や視点が変わり、グローバルな変化にも気づけるようになる。 そうした組織のあり方が、これからの日本のスタートアップの成長を左右するのだと感じています。 -杉原- 非常に参考になるお話です。続いては少し時流に合わせた質問なのですが、最近よくニュースや本でAIによって特定の職業がなくなるといった議論を耳にします。これについてはどう思われますか? -藤本- 生成AIの影響は確かにわかりやすいものですが、これまでの歴史を振り返っても、なくなる職種もあれば、新しく生まれる職種も常にあったはずですよね。 ですが、今回は「AIに奪われる」「人間じゃない何かに取って代わられる」という感覚が強く、皆さん不安を感じているのだと思います。 ただ、大前提として全ては常に変化しているということが重要だと思います。 同時に、AIの台頭は今まで人間にしかできなかったこととは何なのかを改めて問い直すきっかけをくれているのではないでしょうか? 人間しかできないことに気づき、自分は何で貢献していくのか、どんなスキルを身につけるべきかを見極める良いタイミングだと思います。 ですから、別に怖いことは何もありません。どう使いこなすかにワクワクした方が楽しいですし、まずは使ってみればいいんです。 これはAIに限らず、新しいものに対する拒否反応を和らげていく必要があります。 「とりあえずやってみて、違ったらやめればいい」くらいの感覚でいい。 食わず嫌いで新しい可能性を自分から縮めてしまうのは、一番もったいないことだと思います。 ◆支援者に必要な資質:誰よりも自らが成長し続けること -杉原- 社会環境が激しく変化し、未来が刻々と書き換わっていく中で、個人もスタートアップもその変化に適応し、生き残っていくことが求められています。そうした中で、社会課題を解決し、成長を加速させるエコシステム作りを担う側、つまりアクセラレーターではなく、スケールアップを支援するスケーラーレーター(支援者)に求められる役割とは、どのようなものだと思われますか? -藤本- はい。インキュベーターであろうがスケーラレーターであろうが、共通して最も大切なのは自分たち自身が、誰よりも成長し続けることを徹底することだと思っています。 スタートアップの成長を支援している側が、自分自身は全く成長していなかったとしたら、支援を受ける側からすれば嫌ですよね。 残念ながら支援者の中には、新しいツールを一度も触ったことがなかったり、最新の情報を取りに行って勉強することを怠っていたりする層も一定数存在します。 ですが、支援者だからといって偉いわけでも、万能なわけでもありません。職種もスタートアップのあり方もどんどん変わっていく中で、支援者はスタートアップを超えるスピードで成長していることが非常に大事なのではないでしょうか。 同じことを続けていては、スタートアップからダサいと見放されてしまいます。私たちも「3年後には今とは全然違う話をしているはずだ」と言っていますが、それは決してブレているわけではなく、ポジティブな進化です。 変化を恐れず、自分自身を常に更新し続けること。それが、これからの時代のエコシステムを支える支援者に必要な資質だと思っています。 ◆スタートアップエコシステムとは:全員が当事者として相互に作用し合う -杉原- 最後に、藤本さんが考えるスタートアップエコシステムについて伺えますか? -藤本- 本来、エコシステムという言葉には、有機的・無機的なものが相互に作用し合うという意味があります。 支援というのは、ともすれば支援する側からされる側への一方通行になりがちですが、真のエコシステムには相互作用が不可欠です。 スタートアップが真ん中にいて、周りがそれをお客様扱いして支援するのではなく、全員がエコシステムの当事者・構成者として動くこと。 全員が相互に影響を与え合いながら、エコシステム自体がどんどん成長していく。 つまり、構成員一人ひとりが成長し続けることが、エコシステムを豊かにしていく唯一の道なのだと考えています。 -杉原- その思想は、まさに弊社の代表やメンバーが掲げているビジョンと完全に一致します。 私たちはベンチャーエコシステムの実現を掲げ、一方的な出資や管理ではなく、同じ目線で共に成長する仲間作りを目指しています。 グループ25社の事業で得た利益を次の世代へ投資し、出資先とも対等に学び合う。この私たちの取り組みについて、共感いただける点や協業の可能性などはありますか? -藤本- 素晴らしい取り組みだと思います。私が取り組むスタートアップも、御社が掲げるベンチャーも、根底では重なり合って日本全体のエコシステムを形作っています。 大切なのは、誰が偉いかではなく、全員がビジネスを通じて社会に貢献し、共に発展していくという姿勢です。 そして、エコシステムによって支えられた人が、次は支援する側に回るペイ・フォワード(恩送り)の連鎖が生まれることが、あるべき姿だと思っています。 実は今、政府の支援が手厚くなったことで、一部では補助金をもらうためのビジネスをしてしまう、本来のポテンシャルよりも成長を抑えてしまうようなケースも見受けられます。 それは、世界のエコシステムのスピード感を知らないことで、自分の可能性を狭めてしまっている情報の損失です。 だからこそ、エコシステム同士が相互に作用し、豊かな知見が伝播していくことが重要なのです。 御社のような強い思想を持ったプレイヤーと私たちが手を取り合い、互いに成長しながら良い社会を作っていく。その思想の伝播こそが、これからの日本をアップデートしていく一番の原動力になると信じています。 ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太   【一般社団法人スタートアップエコシステム協会】 代表理事:藤本 あゆみ 所在地:東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズビジネスタワー15階 設 立:2022年3月30日 U R L:https://startupecosystem.org/
  • INTERVIEW
2026.04.07
スタートアップからスケールアップへ! 共に成長し、進化し続けるエコシステムの実現 スタートアップエコシステム協会 代表理事 藤本あゆみさん【Part 2】
今回は、一般社団法人スタートアップエコシステム協会 代表理事の藤本さんにインタビューさせて頂きました。 (このインタビューは2026年1月に実施いたしました。) Part1はこちらからご確認ください。 ◆成果と多様性:500名以上が集う『スタートアップエコシステムサミット』 -杉原- 政府や自治体もスタートアップ支援を掲げていますが、自治体が直接スタートアップの株式に投資することは難しい側面もありますよね。 ですが、確かに採用という形であれば支援が可能です。 また、金融機関が資金提供だけでなく、営業活動にまで伴走しているケースもあり、そうした動きは素晴らしいと感じます。 お話にあった活動の中でも、特に「情報の格差をなくす」という2番目の取り組みには非常に興味がありますが、これまでの活動全体を通して、具体的な事例や成果があれば教えていただけますか? -藤本- はい。やはり『スタートアップエコシステムサミット』が一番の成果であり、事例になるのかなと思っています。 すでに4年ほど継続して開催していますが、昨年は初めてグローバル・ラウンドテーブルを実施しました。 日本には海外のエコシステム関係者もたくさん来ていますが、意外と一堂に会して一緒に取り組むような場がなかったので、そこに集まってもらう機会を作ったんです。 Summit全体では昨年は500人から600人ほどの方々が参加されました。 国内のあらゆるプレイヤーが混じり合っている、その参加者自体の多様さこそが、まさにエコシステムを体現している成果だと言えるのではないでしょうか。 -杉原- 数百人もの各方面の人たちが一つの場に集まるだけでも、本当にすごいことですよね。 -藤本- そうですね。毎年どんどん広がっている実感があります。 最初の頃はとにかく支援者だけで100人ほどから始めたのですが、そこから「やはりスタートアップにも参加してほしい」「地方自治体とも情報を連携したほうがいい」「全省庁にも来てほしい」と、どんどん触れ合いが増えて、毎年多様性が増しています。 同じことを繰り返すのではなく、参加する皆さんがエコシステムの成長を体験できる場であってほしいという想いがあるからこそ、私たちは毎年、違うことに挑戦したいと考えています。 確実に規模が大きくなり、多様さが増していることは参加されている方も実感してくださっています。 ある種同窓会のような側面もありつつ、エコシステムの進化を感じ、スタートアップが新しい情報をすべて見つけられるような場所でありたいですね。 現在は、東京都に支援いただいている有楽町のTokyo Innovation Base(TIB)を活用したり、運営面でも連携したりしながら活動を広げています。 ◆海外との連携:支援者同士が繋がるグローバルな場 -杉原- スタートアップエコシステム協会は一般社団法人ですので、利益を出すことが目的ではなく、非常に純度の高い、志のある活動をされていますよね。 運営メンバーも、Google出身の方など非常に優秀な方々が集まって活動されている印象です。 先ほどのスタートアップエコシステムサミットですが、特に前回、昨年10月に開催されたイベントについてお伺いします。ホームページを拝見したのですが、こちらは東京都が主催し、協会が深く関わったグローバル向けのイベントですよね。 開催の経緯や、実際の反響はいかがでしたか? -藤本- そうですね、昨年のイベントは特にグローバルの視点が非常に良かったと感じています。 通常、ベンチャーキャピタルなどが主催するイベントや、東京都の『SusHi Tech Tokyo』などには海外からも多くの人が来ますが、意外と支援者同士がじっくり話す機会は少ないんです。 その時は、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど各国の支援関係者方々や、大規模な施設運営、アクセラレーションプログラムを担当している当事者たちに来ていただきました。 「シンガポールでは今、どのようなスタートアップ支援がメインなのか」「フランスではどのような変化が起きているのか」といった話を、本人の口から直接聞く機会を作れたのは非常に意義があったと思います。 また、私は毎年新しい取り組みをするのが好きなので、去年は『トライアングルセッション』という、登壇者3名とモデレーター1名で行う形式を導入しました。 法務・アクセラレーター・起業家教育等といった特定のテーマを決め、1セッション15分という短時間で、鋭く当事者の取り組みを話してもらいます。 一昨年までは、10名ほどが登壇する大きな単位でセッションを行っていましたが、それだとどうしても内容が広くなりすぎてしまいます。 参加者からは「もっとこの部分が聞きたい」「同じテーマで3社の異なる知見を聞いて、その違いを知りたい」というニーズがありました。 当初、この形式を提案した時は、登壇者の方々も東京都の担当者も「15分で何ができるのかイメージがわかない」と困惑されていました。 しかし、実際にやってみると非常に好評でした。 その場で全てを語り尽くすのではなく、そこでエッセンスを掴んでもらって、その後で直接話をしたり情報を見に行ったりするためのきっかけを作ること。 それこそが一番大事だと考えていたので、それが実現できたのが昨年の大きな進化でした。 -杉原- 15分という短時間のセッション形式は、他の講演の場でも活用できそうですね。 -藤本- はい、もちろんです。よかったら他の人たちにもどんどん使ってもらいたいと思っています。 私たち協会では、昨年から今年にかけて『エコシステム調査』を継続しており、昨年は20か国ほど現地を回って調査を行いました。 そこで目にした各国のカンファレンス、ワークショップ、様々なプログラムの取り組みなどは、私たちだけが知っていても意味がないと考えています。 「自分たちはやらなかったけれど、海外にはこんな運営の仕方があったよ」といったアイデアを出し、それを他の誰かが実行してくれることが大切なんです。 -杉原- 登壇の依頼をする際などは、相手が多忙な方だと躊躇することもあるかと思いますが、スムーズに進むものなのですか? -藤本- はい、そこはやはりこれまでの積み重ねの賜物だなと感じています。 皆さん「協会がやるイベントだから間違いない」と恐らく信頼してくださっていて、登壇を依頼するとすぐに決まることが多いですね。「検討します」というよりは、「その方向で行きましょう」と快諾してくださいます。 設立時のサポーターの方々をはじめ、皆さんがこの活動の必要性を感じてくださっているからこそだと思います。 またこうして依頼に応じてくださるのは、私たちが非営利で活動していることも大きいと思います。 これを事業として儲けたいわけではなく、純粋にエコシステムのために動いている。協会のイベントを通じて、それぞれの事業者がやっている取り組みが外に広まるきっかけになればと考えています。 これがもし、特定の民間企業の事業としての協力依頼だったら、なかなかこうはいかないでしょうね。 ◆世界の潮流:スタートアップからスケールアップへ -杉原- 協会のレポートも拝見しましたが、世界を回られた中で感じた大きな潮流について伺いたいです。 その中で、これまでのスタートアップ支援から『スケールアップ支援』へと変化が起きているという指摘がありました。 この潮流は、今まさに起きていることなのでしょうか? -藤本- はい、この2年ほどで世界的に『スケールアップ』という言葉が非常に増えています。 以前はスタートアップというカテゴリーの中に含まれていましたが、今は『スタートアップス』と『スケールアップス』という2つの名詞として切り分けられるようになっています。 いろんな国で、スタートアップ政策とスケールアップ政策の2つが語られるようになっているのが現状です。 -杉原- なぜ、そのように切り分けて支援する必要が出てきたのでしょうか? -藤本- 例えば、スタートアップ政策を始めて10年ほど経つフランスでは、いわゆるユニコーンと呼ばれる急成長企業が出てきました。 税金を投入して支援する期待として、雇用や税収を最大化するには、やはり一定規模まで会社を育てきる必要があります。 スタートアップは裾野を広げる活動ですが、スケールアップはGoogleのような巨大企業を目指す高さを出す活動です。 この両者では必要な支援策が全く異なるため、あえて切り出して議論されるようになりました。 -杉原- 日本でいうグロースとはまた違うニュアンスなのでしょうか? -藤本- 日本ではよくグロースと言われますが、世界で言われるスケールアップとの違いは成長の角度です。 グロースが線形の成長を指すのに対し、スケールアップは非線形(Jカーブ)の急成長を指します。 長い時間をかけて成長するのではなく、今必要とされているのは、爆発的な急成長を遂げるスケールアップスをどう作るか、という議論です。 日本もこの1年ほどで、名前こそ違えど高さを出す(急成長させる)ことの重要性に気づき始めています。 まだ政策として完全に落とし込まれてはいませんが、先行する数か国の事例を見ながら、日本でもこれから変わっていくはずです。 実は、東京都はここでも先行していました。 昨年の10月の戦略発表の際、すでにスタートアップス、スケールアップスという言葉を初めて並べて使っていたんです。 ◆新会社設立の背景:日本が世界に負けないためのスピード感 -杉原- 素晴らしいですね。そのスケールアップにフォーカスした取り組みを行うべく、名倉さんと新たに『FoundersNation』という会社を設立されましたよね。 この新会社は、一般社団法人スタートアップエコシステム協会とどのように住み分けをされているのでしょうか? -藤本- スタートアップエコシステム協会は、特定の業界や特定のスタートアップを個別に支援することはしません。 あくまでエコシステムの発展のために活動する組織であり、もっと全体感を重視した取り組みを行っています。 ただ、活動を続ける中で、個別のスタートアップや特定の業界に関する相談もたくさんいただくようになりました。 ですが、協会の立場としては「特定の個別支援はできない」とお断りせざるを得ず、動けないことへのジレンマをずっと感じていたんです。 特にスケールアップの潮流が顕著になってからは、より強く危機感を抱くようになりました。 というのも、エコシステムという土壌を作るのには非常に長い時間がかかります。 スケールアップを生み出すためのエコシステムを構築することはもちろん可能ですが、それを待っていたら、日本は世界に負けてしまうという切実な思いがありました。 今、その領域のプレイヤーが圧倒的に少ない中で、時間を待っている余裕はありません。 それならば、協会とはまた別の組織として、営利企業という形でスケールアップ支援に特化した活動を行うべきだと考え、新会社を設立しました。 ~Part3へ続く~ ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太   【一般社団法人スタートアップエコシステム協会】 代表理事:藤本 あゆみ 所在地:東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズビジネスタワー15階 設 立:2022年3月30日 U R L:https://startupecosystem.org/ 次回Part3のインタビューでは、 ・Googleで知ったゼロから作る楽しさ ・ジェンダーギャップの解消 ・日本の次の強み:技術を「ビジネスにする力」と「伝える力」 ・スタートアップエコシステムとは などについてお伺いしています。 Part3もぜひご覧ください!
  • INTERVIEW
2026.04.02
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