COLUMN

【百名山から学ぶベンチャー経営論】 第一部「頂を決め、準備する」

  • MEDIA
2026.06.10

ディ・ポップスグループは、「社会に変革をもたらす多数の成長ベンチャー(ユニコーン企業)を輩出する」というミッションを掲げ、「誠実・謙虚・感謝の心で、共に学び、共に成長する」をバリューとしています。

アドバイザーとして従事する杉原は、昨年の夏に立山へ登ったことをきっかけに、「ユニコーンTシャツを着て日本百名山100座を踏破する」という目標を掲げ、仕事の合間を縫って全国の山々を登り続けています。

本連載では、「共に学び、共に成長する」というバリューを体現する取り組みとして、その挑戦の中で経験した成功や失敗、計画や準備、判断や撤退の大切さなどを、ベンチャー経営や組織運営になぞらえながら考察していきます。

登山も経営も、目指す頂を定め、計画(戦略)と準備を整え、一歩ずつ前進していく営みです。この連載が、皆様自身の仕事や挑戦を考えるきっかけになれば幸いです。

今回は第一部として、ベンチャー経営を登山に例えながら、ビジョンの重要性と、その実現に向けて必要な準備について考えてみたいと思います。

1. 登るべき頂(ビジョン)を決める
~ ビジョンなき挑戦は続かない ~

ダイエットのために何となくウォーキングを始める。観光で訪れた街で、旅先で小高い山に登って市内を展望する。健康や観光のためにはもちろんいい運動にはなります。しかし、それだけでは「挑戦」と呼ぶには少し物足りません。目指す頂や、一連の山を明確に設定した挑戦の方が、達成した時の喜びは大きく、学びも多く、経験としても深く残ります。

ベンチャー経営も似ているのではないでしょうか?何となく「社長をやりたい」「お金持ちになりたい」という動機だけでは、社会に価値を生む大きな事業を育てることは難しいでしょう。

事業を興すには、明確なビジョンと具体的な目標を描く必要があります。

経営者だけでなく、ビジネスパーソンや職人も同じ。将来こういうキャリアを歩みたい、◯◯のプロになりたい。そうした目標を明確に持つことで、人は必要な学びや経験を自ら取りに行くようになります。

私事ですが、一年前までは体脂肪燃焼のためくらいの気持ちで高尾山や大山などに登る、軽いハイカーでした。しかし、昨年の夏、初めて訪れた富山県で、その険しさを知らないまま立山の最高峰に登った時に、人生が変わりました。

薄い酸素でふらふらになりながら辿り着いた山頂で、360度に広がる山々を見た時、「もっと難しい山にも挑戦したい」という感情が一気に湧き上がりました。

そしてある日、「日本百名山」という書籍に出会い、一気に読み終えた頃には、私の中のベンチャー魂に再び火が付いていました。

「アラカンで日本百名山を完登する」

という、明確な目標を持つに至ったのです。

(立山の雄岳頂上からの眺めと目指すきっかけとなった日本百名山の本)

昨年8月のその日以来、コツコツ登り続けて、執筆現在で41座(山の数え方)に登頂しました。当時は全くの素人でしたので、低い山でもクタクタになっていましたが、徐々に体力が付いて、高い山、険しい山にも登れるようになりました。

今でもまだまだ体力にも登山技術にも課題はありますが、登頂を重ねるに連れ、登山への情熱は高まるばかりです。百名山という目標を持たなければ、私はここまで登れなかったと思います。

ベンチャー経営も同じ。創業時のビジョンが明確であるほど、必要な準備をする原動力になりますし、困難に立ち向かう力になります。

また、ビジョンは、ただ掲げるだけでは不十分です。「創業◯年までに売上◯◯億円」「◯年までに会員数◯百万人」といった、具体的で挑戦的、かつ現実的な目標に落とし込むことで、人も組織も初めて動き出します。

2. 目指す山に必要な体力と技術を備える
〜資本と差別化要素が肝となる〜

山に登り慣れていない素人が、最難関の奥穂高岳や剱岳、何日もかかる幌尻岳などにいきなり挑戦しても、登頂できないどころか命に関わる危険を招き、結果として周囲にも大きな負担をかけてしまいます。

目指す頂に立つには、相応の体力を備える必要があります。そして、岩場の歩き方、鎖場の登り方などの登山技術も必要です。それらを準備せず挑戦するのは、勇気や大胆さとして称賛されることではなく、未熟さや無謀さの表れです。

ビジネスパーソンにも体力や気力が必要です。しかしここでは起業という視点で例えたいと思います。事業会社、特に立ち上げ間もない会社にとっての体力とは、運転資金に例えられます。

小さな個人事業主ならば自己資金だけで起業できるでしょう。しかし、社会課題を解決する大きな事業やプラットフォーム事業を興すには、巨額の運転資金を集めなければなりません。優れた技術やサービスを持っていても、資金が尽きれば事業は継続できません。

高い山に挑むには強い体力が必要なように、大きな事業に挑むには大きな資金が必要となるのです。資本政策を計画し、必要なタイミングで必要な資金を確保すること。それは創業期の経営者にとって極めて重要な仕事です。


(阿蘇山の岩場・木曽駒ケ岳 宝剣岳の岩場・西日本最高峰 石鎚山の鎖場)

一方、登山技術は、経営者個人で言えば「経営能力」、企業全体で見れば「競争優位性」にあたります。

市場ニーズがあるとしても、他社が簡単に模倣できるような製品やサービスでは生き残れません。ましてや新しい価値を提供するサービスを立ち上げる(険しい山に登る)となれば、これまでにない、そして他社が容易に追随できないような特別な何かを持っていなければなりません。

「その特別な何か」は事業領域や製品カテゴリ毎、企業毎に異なりますが、創業期のベンチャーは、自社にしかない強みを見極め、磨き、守り続けること。それが、高い山に挑むための「技術」を身につけることに相当するのです。

3. 目指す山に必要十分な装備を備える
〜経営に必要十分なリソースを揃える〜

登山において重要なのは、目指す山に応じた装備を用意することです。冬山には冬山に、岩山には岩山に必要な装備がありますし、万が一に備えて救急セットや常備薬、防寒具、雨具、行動食、非常食…とたくさんあります。また山では水はとても貴重です。

ところが、装備は多ければ多い程良いというものでもありません。

何でもかんでも積んで何十キロにもなっては、それを背負う自分の体力が持ちません。目指す山のレベルに十分以上の装備を背負う必要はないのです。


(三連座登山に向けての装備品)

ベンチャー経営にとっても経営リソースの確保は最重要課題の一つです。そして、経営リソースに大きく占めるのが人員です。また、モノ作りの事業であれば工場や製造機械などもそれにあたります。人材や設備だけでなく、制度や仕組みもまた、事業を支える重要なリソースです。

開発、営業、財務、法務、カスタマーサクセス、セキュリティ。事業が成長すればするほど、必要な機能は増えていきます。製造業であれば設備投資も必要になりますし、制度設計のために外部専門家の力を借りたくなる場面もあるでしょう。

ところが、欲しいだけ、どんどんと採用したり購入したり外注したら、運転資金が尽きてしまいます。それは、重すぎる装備を背負って体力を消耗する登山にも似ています。

回している事業の規模、目指す目標に”必要かつ十分な”リソースの確保、というバランス感覚が重要です。

創業間もないベンチャーに必要なのは、何でも抱え込むことではありません。同じ船に乗る信頼できる人材を集め、それぞれが得意分野を持つ少数精鋭のチームをつくることなのです。

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以上、【百名山から学ぶベンチャー経営】の第一部でした。

私自身、「日本百名山100座踏破」という目標に向かって、まだ道半ばです。

だからこそ、この連載では完成された成功談ではなく、挑戦の途中で感じた迷いや失敗、判断や学びを、できるだけ率直にお伝えしていきたいと思います。

また、日本百名山への挑戦を題材に、ベンチャー経営や組織運営に通じる考え方や判断のあり方について考察していきたいと思います。

次回は「計画は緻密に、実行は地道に」をテーマに、目標達成のための戦略と計画の必要性と、一方で日々の地道な仕事の重要性について考えてみたいと思います。

D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太

注:以前執筆した「登山と経営」はダイジェスト版で、本連載では、百名山挑戦の進捗に合わせてより詳しく書いていきます。また登頂した山々の写真も順次掲載していきます。

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2026.05.20
名経営者からの学び ー ”考え方が人生を分かつ”(中村天風)
ベンチャーエコシステムの実現のためには、起業から世界的大企業に育てるまでを行ってきた、過去の名経営者から謙虚に学ぶ姿勢が欠かせません。 「名経営者からの学び」シリーズでは、筆者が影響を受けた名経営者や思想家らの言葉をご紹介し、実体験からの想い、事業や実生活で活かされた事例などをご紹介していきます。 第三回目は、グループのアドバイザー、杉原が担当致します。 1. ”考え方が人生を分かつ”(中村天風) 心が、積極的か、あるいは消極的かで、人生に対する考え方がぜんぜん両極端に相違してきてしまう。心が積極的であれば、人生はどんな場合も明朗、颯爽溌剌(さっそうはつらつ)、勢いの満ちみちたものになりますけれども、反対に消極的だと、人生のすべてがずっと勢いをなくしてしまいます。人生を考える自分の心が消極的だと、すべてが哀れ惨憺(さんたん)、光のない、惨めなものに終わりはしませんか。 人生がたった一回かぎりである以上、たった今からでき得るかぎり完全な状態でいかされなければいけません。 ーー「中村天風 一日一話」(財団法人天風会 [編]、PHP研究所発行)より、原文のまま引用 2. この言葉を選んだ理由 私事ですが、1990年からこれまで一貫して、それぞれの時代において、”ベンチャー”と言われていた企業に勤めてきました。その中でも特に、現在のKDDIの前身にあたる第二電電での経験が、その後の仕事人としての基礎を作り、また、長年挑戦を続ける心の土台となった、”ベンチャー精神”を鍛えてくれたのだと、今でもあの時の経験に感謝をしています。 その、第二電電の創業者の稲盛和夫氏は、名経営者として、日本のみならず、中国や世界でも名が知られており、経営者らに尊敬されています。その稲盛和夫氏が影響を受けた思想家の一人が、この中村天風氏です。当時、上司や事業部長から、(当時流行った)ランチェスター戦略本やMBA本を読むことを勧められましたが、それよりも何よりも、真っ先に読むように言われたのが、この天風の書籍でした。 天風自身のロングセラー書籍には、「心を磨く」と「運命を拓く」ですが、一日一話形式で編集されたこの書物、「中村天風 一日一話」は、天風書籍のエッセンスを一話ごとに短く簡潔にした、非常に読み易い本です。”中村天風”という名前は聞いたことはあるが、まだ手にしたことがない、改めて読み返したいがどの本を読み返そうか、という方々には、まずこの本をと、お勧めしたい一冊として選びました。 ちなみに、今世界で最も名が知られたスポーツ選手の一人であり、日本人として誇らしいスーパースターである、大谷翔平選手がメジャーに行く前に天風の書籍を熟読していた、と話題になりました。 3. 自らの経験とこの思想への想い 90年代から2000年にかけて、社会人としてのイロハもまだ身に付いていない20代に、いきなり新規事業の立ち上げ部門(後にPHS事業となるDDIポケット電話準備室)に配属され、わずか6人の営業戦略の立ち上げ部隊の一員として、昼夜土日の境のないような激務をしていました。今だから言えますが、パワハラやワークライフバランスなどという言葉がまだ無くて、上司の命令は絶対、理不尽がまかり通る職場でした。 そのような、ややもすると不平不満を抱えたり、逃げ出したくなったりするような環境に放り込まれた身でも、私は物事の明るい面を見るように心掛け、困難を避けず、積極的な姿勢を保ち、人が見ていないところでも努力を続けることができました。それはひとえに、この天風本をバイブルにしていたから、と言っても過言ではありません。 この中村天風の書籍の中で度々触れられる、そして天風の代表的な思想である、”常に心を積極的に保つ”、という習慣を得たことで、あの時代だけでなく、その後の仕事人生に長く影響を与え、困難を乗り越える力を付け、チャンスを得て、数々の貴重な経験を積むことができました。 この「一日一話」の中には、表現は違えども、数々の積極思考の重要性、心の在り方の重要性を説く一節が散りばめられています。 いくつか挙げると、 ”心の思考が人生を創る” 「人間の健康も、運命も、心一つの置きどころ」心が積極的方向に動くのと、消極的方向に動くのとでは、天地の相違がある。 ”意志の力” 極限すれば、人生を幸福にするのも不幸にするのも、心の統制にかかっていると言ってもいいくらいなのである。この心に対する絶対の統制力を有する意志の力というものこそは、広い意味で、人を美しく向上させる原動力だと言える。 ”尊く、強く、正しく、清く” 自然法則にそむかないようにするには一体どうすればいいかというと、第一に「心」の態度を終始一貫いかなる場合があろうとも積極的であらしめることです。積極的であらしめるということは、尊く、強く、正しく、清く生きることなんであります。およそこのことぐらい人生および生命に対して大事なことはないのであります。 ”不平不満を口にしない” どんな場合があっても不平不満を口にしないこと。この不平不満が心の中にあると、どうしてもその言葉が積極的になりません。不平不満のある人は、始終上ばかり見て、下を見ないでいる。はたはみんな幸福で、自分だけがこの世の中で一番不幸な人間のように考えている。 ーー「中村天風 一日一話」より引用 これらの言葉に励まされ、自らを奮い立たせ、前向きに仕事に取り組んだおかげで、冷静に物事に対処し時代の流れを読むことができました。その後、PHSのモバイルインターネットサービスの立ち上げ、AOL社でのブロードバンドの立ち上げ、Napster社での音楽配信事業の立ち上げ、Google社での検索シェア向上の仕組み作りなどに従事して、インターネット業界の歴史と共に歩んでこられました。 現代のビジネスパーソンは、日々変化する、そして溢れる程の情報の洪水に揉まれています。日々の仕事で必要な知識だけでなく、生成AIやAIエージェント、AIロボティクス等、世界の最新の技術情報を追いかけなければなりません。また、自分の仕事が「AIに代替されてしまう職業」になるのではないか、と不安な気持ちを持たざるを得ないような環境に置かれています。 知識や情報を詰め込むことも、技術力を備えることも大事です。しかし、人間がAIと根本的に異なるもの、人間としての資産は、情報や知識ではなく、”心”です。技術や知識はその時代ごとに変わりますし、後から身に付けられます。しかし、前向きな心や積極的な考え方というものこそが、土台となり、時代の変化に関係なく自分の内面に積み重なる財産になるのだな、と私は思います。 今、私の手元に、もう20年程ずっと財布にしまっている、御守のような小さな紙の切れ端があります。そこには、自分でしたためた「生活信条七ヶ条」が記されています。 そのうちの最初の3条、 一、常に物事を前向きに考える 二、常に向上心を保ち勤勉を心掛ける 三、力の及ばぬことに不平不満を言わない は、すっかり自分の言葉、信条になりましたが、今思えば、この中村天風の書籍(及びカール・ヒルティの「幸福論」)から引用して簡素化した言葉だったということを思い出しました。 このような積極的思考法を世に広めてくれた、実業家であり、また思想家でもある中村天風氏に感謝します。 4. 読者の方々へのメッセージ 今回は、少し古い人物の著書を挙げさせていただきました。また、著名な経営者ではない、しかし、著名な経営者に影響を与えた思想家、という観点で選ばせていただきました。 筋違いな書籍ではないかな、と最初は思いましたが、誰もが知る大谷翔平選手が読んでいる、と聞いた時は、やっぱり普遍的な思想なんだな、と嬉しく思ったと同時に、スポーツ選手にも、そして経営者の皆さんにも響く言葉がたくさん詰め込まれているなと思ってご紹介致しました。 益々先が読めない時代になっていますが(ちなみに人類の歴史ではいつの時代もそう言われていた)、ここで紹介した中村天風氏の書籍を手に取っていただくことで、積極的な心の持ち方を保ち、前向きに元気はつらつとして、新規事業や起業した事業に取り組んでいく原動力になれば幸いです。 皆さんの仕事、事業、そして人生そのものが、明るく、幸福に満ち溢れたものでありますように! ディ・ポップスグループでは、「ベンチャーエコシステム作りを目指す」をビジョンに掲げ、エコシステム内の企業群が持続的に成長できる仕組みづくりと、アドバイザー陣による伴走支援に取り組んでいます。 ※詳しくはこちらをお読みください。「ベンチャーエコシステムとは?」 こちらの記事が、ベンチャー創業者および事業責任者の皆様にとって少しでもお役に立てたら大変嬉しく思います。 D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太
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2026.05.13
名経営者からの学び ー ”キャッシュベースで経営する”(稲盛和夫)
ベンチャーエコシステムの実現のためには、起業から世界的大企業に育てるまでを行ってきた、過去の名経営者から謙虚に学ぶ姿勢が欠かせません。 「名経営者からの学び」シリーズでは、筆者が影響を受けた名経営者や思想家らの言葉をご紹介し、実体験からの想い、事業や実生活で活かされた事例などをご紹介していきます。 第二回目は、グループのアドバイザー、米谷が担当致します。 1. ”キャッシュベースで経営する”(稲盛和夫) 「キャッシュベースの経営」というのは「お金の動き」に焦点をあてて、物事の本質にもとづいたシンプルな経営を行うことを意味している。会計はキャッシュベースで経営をするためのものでなければならないというのが、私の会計学の第一の基本原則である。 ーー「稲盛和夫の実学 経営と会計」(稲盛和夫著、日本経済新聞社発行)より、原文のまま引用 2. この言葉を選んだ理由 本作『実学』の初版が刊行された1998年当時、日本経済は「平成バブル」崩壊後の長いトンネルの中にありました。 このバブルの本質は所説あると思いますが、「キャッシュという現実から乖離した虚構」にほかならないと私は考えます。当時の社会は、不動産価格は永遠に上がり続けるという「土地神話」に踊らされ、実態のない不動産価格の膨張を背景に、手元にキャッシュを生む力(収益力)がなくても、虚構の資産価格さえあれば、それを担保として銀行借入という名のキャッシュを生み出すことができました。そして、キャッシュを生む力のない不動産を購入するために銀行借入をするという投機という逆回転の行きつく先に、虚構は崩壊し、膨大な借金(不良債権)を残して、この「平成バブル」は終焉を迎えます。 「実学」とは、単なる机上の論理ではなく、「現実に裏打ちされた学問」を意味します。 稲盛和夫氏がこの著書をあえて『実学』と名付けた背景には、こうした虚業に走った日本経済への強い危機感があったと思っています。 また、稲盛和夫氏は、商売の本質を「経営の要諦」の中で、「入るを量って、出ずるを制する」という言葉で表現されています。氏は、「入ってくるお金を最大限に増やし、出ていくお金を最小限に抑える。その差額が手元に残る。ただそれだけのことです」と語り、中学生でもわかるようなこの単純明快な事実こそが、経営の原点であると説いています。 しかし、社会が発展し、商取引や社会制度が高度に複雑化するにつれて、それらを映し出す鏡である「会計制度」もまた、「発生主義」や「時価会計」と難解なものへと姿を変えていき、時に現実の「お金の動き」を不透明にしてしまいます。 私は、監査法人での上場企業の監査、そして、上場企業での財務報告担当者という経歴を経て、そのような財務報告における「会計制度」の遵守は企業ガバナンスにおいては重要ではあるものの、企業の成長のためには商売の本質である「お金の動き」に沿った極力シンプルな管理会計こそが重要であると考えています。 そこで、今回は財務会計と管理会計の違いを整理しつつ、『実学』から私が学んだ管理会計のポイントをお伝えできればと思います。 3. 財務会計はステークホルダーのための会計、管理会計は経営者のための会計 財務会計は、株主や銀行、投資家といった外部の「読者(ステークホルダー)」に対して、自社の状況を報告するためのものです。そのため、そこには厳格なルールが存在し、目的が多くなればなるほど、ルールは複雑化していきます。 上場企業には、もっとも厳格なルールが適用されます。これは海外を含めた投資家という多数のステークホルダーが存在し、また「比較可能性」も重視されるからです。この「比較可能性」というのは、投資家が異なる企業同士を同じ尺度で比較できるようにするためのものです。例えば、同業種のA社とB社がバラバラな基準で利益を計算していては、投資家はどちらが優良な投資先か判断できません。だからこそ、非常に細かな厳格なルールに基づいた決算書の作成が求められ、その遵守状況を監査法人が厳格にチェックするのです。 上場企業ではない場合においても、財務会計が共通ルールに基づく、ステークホルダーという読者に対する自社の状況の報告であることには変わりません。 ・投資家に対しては、他社との比較のなかで収益性が高く、投資リターンの高い魅力的な企業であることの報告 ・株主に対しては、投資資本がいかに企業成長へ利用され、どれだけ効率よくリターンを生み出しているかの報告 ・銀行(債権者)に対しては、借りたお金を確実に返済できることを信頼性をもった報告 しかし、ここに一つの課題が生じます。これらの目的を果たすためにルールを精緻化すればするほど、財務会計は複雑なものになっていくのです。 結果として、商売の本質であるシンプルな「お金の動き」が見えにくくなってしまう。財務会計は、そのようなジレンマを常に抱えているのです。 一方で管理会計は、ルールに縛られることなく、経営者が採算を向上させ、自社を成長へと導くために自由に設計できる会計です。 財務会計が「外からの信頼」を支えるインフラであるならば、管理会計は、「ビジネスの成長の源泉や課題がどこにあり、採算を向上させるために資源をどこに集中的に投下すべきか」を判断し、自ら舵を切るための経営における「コックピットの計器」なのです。 では、経営者が把握するべき「コックピットの計器」を正しく機能させ、採算向上へと導くためには、どのような視点が必要なのでしょうか? 4. 『実学』から私が学んだ管理会計の4つのポイント 私が『実学』から学んだ管理会計のポイントは、以下の4点です。 ①「全員参加」を可能にする採算の見える化 稲盛和夫氏が提唱する「アメーバ経営」のように、組織の採算を細分化し、売上をあげる人から費用を使用する人に至るまで、全員が当事者意識を持って採算向上に取り組める状態をつくることです。 採算を責任者レベルまで細分化し、数字を「自分たちのこと」として捉えられるようにすれば、自ずと課題は明確になります。それこそが、限られた経営資源をどこに投下すべきかという「選択と集中」の判断を可能にする、管理会計の1つめのポイントなのです。 ②「土俵の真ん中で相撲をとる」ための今使える資金の管理 稲盛和夫氏の説く「土俵の真ん中で相撲をとる」経営とは、常に余裕を持った状態で冷静な判断を下すことです。そのために、「今、実際に使えるお金(余剰資金)がいくらあるのか」をその増減要因を含め把握できるキャッシュ・フロー管理こそが、管理会計の2つめのポイントです。 通常のキャッシュ・フロー計算書を作成するだけでは不十分だと私は考えています。事業の「利益」が、どのように「キャッシュ」へと結びついているのかを明確にしなければなりません。 また、売掛金、買掛金、未払金、および在庫の変動といった「運転資金」の動きを追い、賞与や法人税、配当金の支払いといった「将来の支出」に対して、今どれだけの資金を確保できているのかを可視化することです。 いわば、コックピットの「残燃料計」を常に正しく、かつ予測精度高く機能させること。それによって初めて、経営者は不測の事態に動じず、攻めの投資判断へと踏み出すことができるのです。 ③「筋肉質の経営」を支える投資回収の徹底 管理会計の3つめのポイントとして、単に投資効率(ROI)を計算するだけでなく、「これまで投じたお金が、澱みなく循環して戻ってきているか」を厳しく見極めることです。 稲盛和夫氏の有名な言葉に、製品であっても売れなくなったセラミックは「石ころ」と同じである、という「セラミック石ころ論」があります。これに倣えば、たとえ財務会計では「資産」として計上されていても、キャッシュ・フローを生み出さないものは、管理会計上は資産として捉えるべきではありません。 例えば、未完成のプロジェクトや製品に費やした労務費は、 財務会計上は「資産」として蓄積され、利益を押し上げる要因となりますが、それが現金化(売上の回収)されないのであれば、経営の実態としては単にキャッシュが流出した状態にある「贅肉」に他なりません。こうした「贅肉」を排除し、健全な循環を取り戻すためには、投資したキャッシュの動きを実数で追いかけなければなりません。 つまり、投資したキャッシュが「どれくらいの期間」で「どれほどの額」回収されたのか。そしてそれが「どれくらいの利益率(利回り)」を実現しているのかを常に把握することです。この徹底した管理こそが、重荷となる会社の「贅肉」を削ぎ落とし、会社を常に筋肉質な体質に保ち続けます。それが結果として、持続可能な成長へと繋がっていくのです。 ④「一対一対応の原則」を貫き「お金の動き」と整合させること 管理会計を機能させるための最後のポイントは、扱うすべての数字を「お金の動き」という事実と整合させることです。稲盛和夫氏は、これを「一対一対応の原則」と呼びました。私は、これは管理会計のみならず、財務会計の信頼性を支えるうえでも、本質的な重要なポイントであると考えます。 現代の財務会計は減損会計、時価会計など将来のキャッシュ・フローを見積りで織り込む複雑なものとなっています。しかし、どれほど会計制度が高度化しても、商売の本質がシンプルな「お金の動き」にあることに変わりはありません。「お金の動き」という事実の徹底した把握こそが、経営者が採算を向上させ、自社を成長へと導くための多くの洞察のスタートとなると私は思います。 5.読者の方へのメッセージ 経営という長距離飛行の中で、現在地を把握し、目的まで飛び続ける。そのために必要なのは、複雑な会計やファイナンスの理論ではなく、「お金の動き」という事実を映し出す「コックピットの計器」としての管理会計です。 たとえ激しい時代の変化の中で、視界が悪くなったときでも、この正確な計器さえあれば、迷うことなく成長への最適な航路を選び取り、加速し続けることができると思います。 ディ・ポップスグループでは、「ベンチャーエコシステム作りを目指す」をビジョンに掲げ、エコシステム内の企業群が持続的に成長できる仕組みづくりと、アドバイザー陣による伴走支援に取り組んでいます。 ※詳しくはこちらをお読みください。「ベンチャーエコシステムとは?」 こちらの記事が、ベンチャー創業者および事業責任者の皆様にとって少しでもお役に立てたら大変嬉しく思います。 D-POPS GROUP 執行役員 公認会計士 米谷好弘
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2026.03.04
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