COLUMN

名経営者からの学び ー ”考え方が人生を分かつ”(中村天風)

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2026.05.13

ベンチャーエコシステムの実現のためには、起業から世界的大企業に育てるまでを行ってきた、過去の名経営者から謙虚に学ぶ姿勢が欠かせません。

「名経営者からの学び」シリーズでは、筆者が影響を受けた名経営者や思想家らの言葉をご紹介し、実体験からの想い、事業や実生活で活かされた事例などをご紹介していきます。

第三回目は、グループのアドバイザー、杉原が担当致します。

1. ”考え方が人生を分かつ”(中村天風)

心が、積極的か、あるいは消極的かで、人生に対する考え方がぜんぜん両極端に相違してきてしまう。心が積極的であれば、人生はどんな場合も明朗、颯爽溌剌(さっそうはつらつ)、勢いの満ちみちたものになりますけれども、反対に消極的だと、人生のすべてがずっと勢いをなくしてしまいます。人生を考える自分の心が消極的だと、すべてが哀れ惨憺(さんたん)、光のない、惨めなものに終わりはしませんか。
人生がたった一回かぎりである以上、たった今からでき得るかぎり完全な状態でいかされなければいけません。

ーー「中村天風 一日一話」(財団法人天風会 [編]、PHP研究所発行)より、原文のまま引用

2. この言葉を選んだ理由

私事ですが、1990年からこれまで一貫して、それぞれの時代において、”ベンチャー”と言われていた企業に勤めてきました。その中でも特に、現在のKDDIの前身にあたる第二電電での経験が、その後の仕事人としての基礎を作り、また、長年挑戦を続ける心の土台となった、”ベンチャー精神”を鍛えてくれたのだと、今でもあの時の経験に感謝をしています。

その、第二電電の創業者の稲盛和夫氏は、名経営者として、日本のみならず、中国や世界でも名が知られており、経営者らに尊敬されています。その稲盛和夫氏が影響を受けた思想家の一人が、この中村天風氏です。当時、上司や事業部長から、(当時流行った)ランチェスター戦略本やMBA本を読むことを勧められましたが、それよりも何よりも、真っ先に読むように言われたのが、この天風の書籍でした。

天風自身のロングセラー書籍には、「心を磨く」「運命を拓く」ですが、一日一話形式で編集されたこの書物、「中村天風 一日一話」は、天風書籍のエッセンスを一話ごとに短く簡潔にした、非常に読み易い本です。”中村天風”という名前は聞いたことはあるが、まだ手にしたことがない、改めて読み返したいがどの本を読み返そうか、という方々には、まずこの本をと、お勧めしたい一冊として選びました。

ちなみに、今世界で最も名が知られたスポーツ選手の一人であり、日本人として誇らしいスーパースターである、大谷翔平選手がメジャーに行く前に天風の書籍を熟読していた、と話題になりました。

3. 自らの経験とこの思想への想い

90年代から2000年にかけて、社会人としてのイロハもまだ身に付いていない20代に、いきなり新規事業の立ち上げ部門(後にPHS事業となるDDIポケット電話準備室)に配属され、わずか6人の営業戦略の立ち上げ部隊の一員として、昼夜土日の境のないような激務をしていました。今だから言えますが、パワハラやワークライフバランスなどという言葉がまだ無くて、上司の命令は絶対、理不尽がまかり通る職場でした。

そのような、ややもすると不平不満を抱えたり、逃げ出したくなったりするような環境に放り込まれた身でも、私は物事の明るい面を見るように心掛け、困難を避けず、積極的な姿勢を保ち、人が見ていないところでも努力を続けることができました。それはひとえに、この天風本をバイブルにしていたから、と言っても過言ではありません。

この中村天風の書籍の中で度々触れられる、そして天風の代表的な思想である、”常に心を積極的に保つ”、という習慣を得たことで、あの時代だけでなく、その後の仕事人生に長く影響を与え、困難を乗り越える力を付け、チャンスを得て、数々の貴重な経験を積むことができました。

この「一日一話」の中には、表現は違えども、数々の積極思考の重要性、心の在り方の重要性を説く一節が散りばめられています。

いくつか挙げると、

”心の思考が人生を創る”

「人間の健康も、運命も、心一つの置きどころ」心が積極的方向に動くのと、消極的方向に動くのとでは、天地の相違がある。

”意志の力”

極限すれば、人生を幸福にするのも不幸にするのも、心の統制にかかっていると言ってもいいくらいなのである。この心に対する絶対の統制力を有する意志の力というものこそは、広い意味で、人を美しく向上させる原動力だと言える。

”尊く、強く、正しく、清く”

自然法則にそむかないようにするには一体どうすればいいかというと、第一に「心」の態度を終始一貫いかなる場合があろうとも積極的であらしめることです。積極的であらしめるということは、尊く、強く、正しく、清く生きることなんであります。およそこのことぐらい人生および生命に対して大事なことはないのであります。

”不平不満を口にしない”

どんな場合があっても不平不満を口にしないこと。この不平不満が心の中にあると、どうしてもその言葉が積極的になりません。不平不満のある人は、始終上ばかり見て、下を見ないでいる。はたはみんな幸福で、自分だけがこの世の中で一番不幸な人間のように考えている。

ーー「中村天風 一日一話」より引用

これらの言葉に励まされ、自らを奮い立たせ、前向きに仕事に取り組んだおかげで、冷静に物事に対処し時代の流れを読むことができました。その後、PHSのモバイルインターネットサービスの立ち上げ、AOL社でのブロードバンドの立ち上げ、Napster社での音楽配信事業の立ち上げ、Google社での検索シェア向上の仕組み作りなどに従事して、インターネット業界の歴史と共に歩んでこられました。

現代のビジネスパーソンは、日々変化する、そして溢れる程の情報の洪水に揉まれています。日々の仕事で必要な知識だけでなく、生成AIやAIエージェント、AIロボティクス等、世界の最新の技術情報を追いかけなければなりません。また、自分の仕事が「AIに代替されてしまう職業」になるのではないか、と不安な気持ちを持たざるを得ないような環境に置かれています。

知識や情報を詰め込むことも、技術力を備えることも大事です。しかし、人間がAIと根本的に異なるもの、人間としての資産は、情報や知識ではなく、”心”です。技術や知識はその時代ごとに変わりますし、後から身に付けられます。しかし、前向きな心や積極的な考え方というものこそが、土台となり、時代の変化に関係なく自分の内面に積み重なる財産になるのだな、と私は思います。

今、私の手元に、もう20年程ずっと財布にしまっている、御守のような小さな紙の切れ端があります。そこには、自分でしたためた「生活信条七ヶ条」が記されています。

そのうちの最初の3条、

一、常に物事を前向きに考える
二、常に向上心を保ち勤勉を心掛ける
三、力の及ばぬことに不平不満を言わない

は、すっかり自分の言葉、信条になりましたが、今思えば、この中村天風の書籍(及びカール・ヒルティの「幸福論」)から引用して簡素化した言葉だったということを思い出しました。

このような積極的思考法を世に広めてくれた、実業家であり、また思想家でもある中村天風氏に感謝します。

4. 読者の方々へのメッセージ

今回は、少し古い人物の著書を挙げさせていただきました。また、著名な経営者ではない、しかし、著名な経営者に影響を与えた思想家、という観点で選ばせていただきました。

筋違いな書籍ではないかな、と最初は思いましたが、誰もが知る大谷翔平選手が読んでいる、と聞いた時は、やっぱり普遍的な思想なんだな、と嬉しく思ったと同時に、スポーツ選手にも、そして経営者の皆さんにも響く言葉がたくさん詰め込まれているなと思ってご紹介致しました。

益々先が読めない時代になっていますが(ちなみに人類の歴史ではいつの時代もそう言われていた)、ここで紹介した中村天風氏の書籍を手に取っていただくことで、積極的な心の持ち方を保ち、前向きに元気はつらつとして、新規事業や起業した事業に取り組んでいく原動力になれば幸いです。

皆さんの仕事、事業、そして人生そのものが、明るく、幸福に満ち溢れたものでありますように!

ディ・ポップスグループでは、「ベンチャーエコシステム作りを目指す」をビジョンに掲げ、エコシステム内の企業群が持続的に成長できる仕組みづくりと、アドバイザー陣による伴走支援に取り組んでいます。
※詳しくはこちらをお読みください。「ベンチャーエコシステムとは?

こちらの記事が、ベンチャー創業者および事業責任者の皆様にとって少しでもお役に立てたら大変嬉しく思います。

D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太

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  • MEDIA
2026.08.12
【百名山から学ぶベンチャー経営論】 第二部「計画は綿密に、実行は地道に」
ディ・ポップスグループは、「社会に変革をもたらす多数の成長ベンチャー(ユニコーン企業)を輩出する」というミッションを掲げ、「誠実・謙虚・感謝の心で、共に学び、共に成長する」をバリューとしています。 アドバイザーを務める杉原は、「ユニコーンTシャツを着て日本百名山100座を踏破する」という目標を掲げ、働きながら週末は全国の山々を巡り、執筆時点で46座まで登りました。本連載では、その挑戦の中で経験した成功や失敗、判断や学びを、ベンチャー経営や組織運営になぞらえながら考察しています。 第一部では、目指す頂を定めることの大切さと、その実現に向けた準備についてお話ししました。(第一部の記事はこちら) 今回は第二部として、「計画」「実行」「仲間」という三つの視点から、挑戦を前に進めるために必要なことを考えてみたいと思います。 4. 計画は綿密に立てる ~事業の計画段階から心血を注げ~ 一つの山の頂に向かうのには、複数のルートがあります。短いけれども険しいルートを選ぶか、緩い勾配だが長いルートを選ぶか、自分の技術や体力を考慮して、頂上にアタックする計画を練ります。 日本百名山は、最北端の北海道・利尻山から、最南端の屋久島・宮之浦岳まで、全国に広がります。そのため、登山口に向かうまでのアプローチも様々です。飛行機や電車などの公共交通機関とレンタカーを組み合わせて行くのか、自家用車で高速道路を走って向かうのか。かかる時間やコスト、そして疲労度合いも考慮して決めます。 また、アプローチまでにかかる時間、登山開始から下山までのコースタイムの予測、当日の季節や気温に適した水分や行動食の目安なども計画の一部です。 さらには、登山口近くの宿で泊まるのか、山小屋泊にするのか。朝昼の食事はどのタイミングで、何を食べるのか。複数の山を連続で登る場合は、次の山へのアプローチや疲労回復のための温泉をどこにするのか…。 あらゆることを計算に入れて、綿密に計画を練ります。この時間も楽しい作業ですが、この作業が登頂成功の鍵を握るので、真剣に取り組まなければなりません。 (アプローチ計画は地図帳やガイドブックで、詳細な登山計画は登山アプリで作成) 振り返れば、ベンチャー経営も同じだと思います。経営者がまずするべきは、対象マーケットを綿密に調査し、そこに参入する戦略を立て、事業計画を立てることです。 商品戦略、価格戦略、販売チャネル戦略、マーケティング戦略を立て、これらの中でどこで競争優位性を作り上げるのか。この戦略を実行に移すために必要な人材の採用計画や、資金調達計画を練り、実際に実行可能なレベルまで掘り下げます。 この計画が、経営者の魂が込められ、より具体的であればあるほど、事業は思い描いたビジョンに近づくのではないでしょうか。 登山も経営も、計画段階からその挑戦は始まっているのだと思います。 5. 登り始めたら、足元の一歩一歩に集中 〜小さな油断が生死を分ける〜 そして、いざ登り始めたら、地道な一歩一歩の積み重ねに集中しなければなりません。多くの山は、頂上に近づくまでは全くその頂が見えないまま、森に囲まれた長い登山道を歩いたり、岩場や鎖場の難所や川を何度も通らなければならないこともあります。 山頂への道のりをイメージしつつも、木の根、岩、ぬかるみなどに目を配りながら、滑り、つまずき、足首を捻ったり、そして転倒しないよう、細心の注意を払って歩みを進めます。 ベンチャー経営においても、同じです。 大きなビジョンを掲げていても、日々の取り組みは地味な仕事の積み重ねです。創業社長自らが、昼は営業開拓をし、時に採用面接にも関わり、夜中にはコードも書く、といったことはざらです。 また、売上ばかりに目を向け、資金繰りの管理を怠る。採用ばかりに力を入れ、組織づくりを後回しにする。新機能開発に夢中になり、既存顧客の声を聞かなくなる。 こうした状態は、足元の仕事を疎かにしているサインです。そして、その積み重ねが、やがて大きな問題へと発展します。 私自身、前回の記事を執筆した直後、山形県の月山という山に登った時のことです。水っぽくて崩れ易い残雪の山を登り始めて30分後、急な下り坂に差し掛かりました。そこで、慎重さを欠いた一歩を踏んでしまい、足を滑らせ滑落、坂の下にあった岩に激しく足をついてしまいました。 幸い着地した岩が平面だったため、片足の捻挫で済みましたが、岩の形状によっては足首を複雑骨折するところでした。登山の継続は断念し、必死で下山して、無事治療できましたが、もしあの滑落が谷底に向かっていたら…と思うとゾッとします。 (雪が積もった急坂で足を滑らせ滑落し、岩に着地して左足を捻挫してしまった) ベンチャー経営も登山も、失敗の原因は壮大なビジョン不足ではなく、むしろ日々の小さな油断であることが少なくありません。気の緩み、確認不足、手抜き、地味な仕事の軽視。そうした小さな油断の積み重ねが、遭難や転落、あるいは会社の倒産へとつながります。 険しくて高い頂上を目指す人ほど、足元の一歩一歩に集中しなければならないのです。 6. 同じ頂を目指す仲間と登れ 〜信頼と価値観の共有が組織を強くする〜 登山では、パーティー(グループ)を組んで登る場合には、各人の経験度や体力レベルを事前に確認します。自信のない人には時間をかけて体力を付けたり、低山で経験を積んでもらったりするなどの対策が必要となります。場合によっては、参加の可否を判断することがあります。 参加メンバーの体力や経験レベルが違い過ぎると、遅い人が無理をしてしまう、危険箇所を通過できない、ということが起きます。 また、気心知れた関係のメンバーでない場合には、道迷い、危険箇所に遭遇、天候の悪化、怪我人の発生、などの重要な局面において、意見がなかなかまとまらなかったり、判断が二分してしまうなどという問題も起きかねません。 より険しく、高い山に登る場合、目指す頂に登りたい、挑戦したい、というその気持ちがバラバラでは困難に直面した時の粘り強さもバラバラになります。 前章で触れた、「地道な一歩一歩」の重み、慎重さが同じであることが望ましいのです。 (上段:当社メンバーと仙丈ヶ岳に挑戦。下段:気心の知れた友人との登山) これは、ベンチャー経営にも通じることです。 共同創業者や創業期の初期メンバー、いわゆる同じ船に乗る仲間たちが、同じ志を持ち、各々の専門領域で同じような深い経験を重ねてきて、そしてお互いを信じ合える関係であることが望ましいのです。 事業推進や製品開発において、スピード重視なのか、クオリティ重視なのかで進め方が異なります。また財務戦略では、借金をして赤字を深く掘ってでも大化けを狙うのか、短期に黒字化を目指して無借金経営をするのかによって計画が変わります。 これらの「企業としての性格」は、創業メンバーらの性格を表すものです。メンバーの考え方が大きく異なると、やがて意見の対立が生まれ、一人辞め、二人辞め…という事態にもなりかねません。 つまり、ベンチャー経営の、特に初期において重要なのは、「能力レベルの一致」に加えて、「価値観や判断軸の一致」であり、この初期メンバーが中心となって徐々に企業文化を形成していくのです。 私自身、これまで、創業間もない頃の第二電電、ネット黎明期のAOL、上場前後のGoogle、そして現在第二創業期のディ・ポップスグループなど、成長途上の企業や変革期にある数々の企業を渡り歩いてきました。いずれも参画した企業を選んだ基準は、その創業者の理念や企業文化が自分の考えと一致しているか、そして面接でお会いした方々と一緒に働きたいと思えるかどうかでした。 逆に、辞退した会社も多数ありますが、その理由は、企業文化が自分と合わないと感じたからです。極限での仕事の頑張りが効かないと予想できたからとも言えます。 登山においても経営においても、一人で辿り着ける頂には限界があります。信頼できる仲間と同じ頂を目指すこと。それが、より高い山、険しい山への挑戦を可能にするのです。 ———————— 以上、【百名山から学ぶベンチャー経営】の第二部でした。 私自身、日本百名山100座踏破という目標に向かって、まだ半ばです。 これからは徐々に険しい山にも挑戦していきます。その途中で感じた迷いや失敗、判断や学びを、できるだけ率直にお伝えしていきたいと思います。 次回は「戦略・戦術・戦闘」をテーマに、百名山の挑戦における戦略・戦術・戦闘と、ベンチャー経営におけるそれとを照らし合わせながら、この三つの違いについて理解を深めたいと思います。 D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太
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2026.07.21
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