COLUMN

客船のプロフェッショナルが語る、乗る人も働く人も心地よい船づくり|飛鳥Ⅱ第14代船長・田口稔氏インタビュー ~Part2~

  • INTERVIEW
2026.10.20

【このパートについて】
全3回にわたるインタビューの第2回となるPart2では、「飛鳥Ⅱ」というブランドの認知度、船長という仕事の実態、貨物船から客船船長に至るまでのキャリアパス、そして急病人対応や台風接近時の危機管理についてお聞きしました。(このインタビューは2026年8月に実施しました。)

◆ 「飛鳥クルーズ」ブランドの認知度、日本と世界の違い

—杉原—
豪華客船といえば飛鳥クルーズというイメージを、乗ったことのない私でも持っています。長年かけて作ってこられたブランドだと思うのですが、この飛鳥クルーズというブランドはどれくらいの力を持っているのでしょうか?

—田口—
国内に限って言えば、2025年に「飛鳥Ⅲ」も出てきましたが、客船と言えば飛鳥クルーズと言っていただけるお客様、一般の方も多く、認知度はかなりあると思います。これまで海外の客船が日本になかなか来なかったという背景も影響しています。

一方で海外に出ると、客船専門の運航会社が10隻、20隻という規模で運航しているところもたくさんあります。私たちの会社は郵船クルーズという、日本の沿岸を中心にクルーズを展開している会社ですので、世界的にはあまり認知はされていないかもしれませんね。

—杉原—
逆に言えば、日本に住んでいる方のための存在だということですね。日本に寄港する海外のクルーズ船はたくさんありますが、日本から世界中へ、という。

—田口—
そうですね。例えばアラスカクルーズだけ行きたいということであれば、飛行機でカナダのバンクーバーまで飛んで、そこから海外のクルーズ船に乗るということも可能です。ただその場合、船の上は欧米の方向けの環境になっていて、和食もあまり出てこないと思います。私たちのアラスカ・ハワイクルーズであれば、日本で生活するのと同じようなスタイルで過ごしながら、アラスカやハワイの景色を楽しんでいただけます。日本人のためのクルーズになっていますね。

—杉原—
日本人のためのクルーズですね。
ここから少し経営寄りの質問になります。この巨大な船は事業会社に例えられるのではないかと思っていまして、お客様である乗客の皆さんがサービスの顧客であり、乗組員の皆さんが社員としてお客様にサービスを提供している。そう考えると、船長は社長、最高責任者ではないかと思ったのですが、いかがでしょうか?

—田口—
局地的な見方をすれば、確かに船の最高責任者ではあります。ただ、先ほどの食料調達の話もそうですが、船の中だけで全部を考えているわけではなく、運航会社である郵船クルーズという、陸上にオフィスのある会社がありまして、どういうクルーズを作るか、どういうサービスをするかを企画・計画し、諸々の調査を行っています。

そちらがオフィス、こちらが現場という関係になっていますので、私は現場の最高責任者ではありますが、会社と一体のものですから、社長と言っていただくのは少し違うかもしれません。どちらかというと「現場の長」、工場長のような立場だと思います。

—杉原—
それは会社経営でも同じだと思います。工場で製品を作っていても、そこだけで完結しているわけではなく、本社のスタッフによる事前の準備や製造中の支援、突発的な事故への対応などがなければ工場は回りません。船一隻の中で全て完結しているわけではなく、本社にもたくさんの方が関わっているということですね。

—田口—
そうですね。オフィスの方には100〜150名ほどいます。

◆ 船長は社長か、それとも工場長か

—杉原—
490名だけで回っているわけではないんですね。キャプテンの具体的な業務内容を教えていただけますか?

—田口—
実際のところ、最高責任者になると、細かい業務に携わることはほとんどありません。
基本的には、入出港のような気を遣う場面では直接対応する必要がありますので、そういう時はブリッジ(船の操縦室)で船を動かしています。例えば東京湾を出て、ある程度広い海域に出れば、きちんと運転できる部下に任せて、自分は休んだり事務作業をしたり、お客様対応をしたりします。

本当に非常事態が起きたときは、勤務時間という区切りはなく、状況が改善するまでブリッジに詰めて対応します。8時間きっちりで区切って仕事をするという感覚ではないですね。

一方で、確かに乗船したら、今日乗って次に降りるのは9月末というスケジュールになりますが、その間ずっと働き詰めというわけではありません。丸々休みという、陸で働く方の土日のような日はないのですが、1日単位で見れば日中は基本的に働いていて、夜は休息の時間、自分の好きなことをする時間があります。

—杉原—
では、さりげなく私服で、田口船長がバーで一人で飲んでいる、みたいなシーンもあったりするんですか?(笑)

—田口—
そこはルールがあって、お客様エリアに出る場合はイコール業務中になりますので、制服を着用しなければなりません。今いる9階の下、7デッキには外周がウッドデッキになっている、1周400メートルほど歩けるエリアがあります。そこはウォーキングであれば制服でなくても大丈夫で、運動着でリラックスすることができます。

—杉原—
そこも経営者と近いところがあるかもしれませんね。弊社の代表を例に出しますと、24時間365日、休みは正月の2日だけ、というような方もいます。皆さん、何かあればすぐに対応できる体制ということですね。

—田口—
そうですね、緊張感は持ち続けています。例えば横浜港が母港ですので、9時に入港してお客様に降りていただくというスケジュールが多いのですが、9時に着けようと思うと、東京湾の入口には5時半頃には到着していないといけません。寄港地スケジュールや海域の混雑具合や漁船の有無を確認しながらブリッジで様子を見て進めていきますので、港に着けるために夜中から起きて仕事をすることもあります。

◆ 貨物船から客船船長へ――ご縁が導いたキャリア

—杉原—
続いてキャリア開発という視点でお伺いします。豪華クルーズ客船の船長になるというのは最高のゴールだと思うのですが、最初から船長になることを目指されていたのでしょうか?

—田口—
客船の船長という目標自体はなかったのですが、小学生の頃から船や海外に興味があって、船に乗りたいとは思っていました。自分が客船の船長を拝命できるとは思っていませんでしたので、大役ではありますが、今のところなんとかやっていますという感じです。

ぜひなりたいと望んでいたわけではなく、たまたまと言っては何ですが、ご縁があって務めさせていただいています。

私自身は、まずは貨物船の船長になるステップを積み上げていました。もともと貨物船の人間で、航海士には1等、2等、3等とあるのですが、入社して最初は3等航海士から始まり、経験を積むと2等、さらに経験を積むと1等航海士になり、そこから船長に繰り上がっていきます。もちろん国家資格である海技士の免許を取りながらキャリアアップしていく形になります。

—杉原—
それでも全員がパスするわけではないですし、パスした人がたくさんいる中で船長になれるのは何百人もいないと思います。

—田口—
そうですね、なかなかいないと思います。10〜15年ほど前に客船で3年ほど働いていました。その後また貨物船に戻り、貨物船の船長を数年務めて、陸上で会社員のような生活もしていました。

ちょうど「飛鳥Ⅱ」で引退する船長がいて、人が足りなくなってきたタイミングと、自分が陸上勤務から船に戻るタイミングが重なって、行ってくれないかという人事の話をいただいた、という流れです。端的に言えば、ご縁というところです。

—杉原—
縁は大事ですよね。この方に出会ったから出資を受けることができた、軌道に乗ったというのはあるあるだと思います。たくさんいる社員の中には、入社した時から飛鳥クルーズの船長に強い気持ちでなりたいと思っていた人もいるでしょうし、皆さんが船長になれるとは限らないことも明確です。田口さんがご自身で船長になれた要因をいくつか挙げるとしたら、どういったことがあるでしょうか?

—田口—
まさにご縁だと思います。貨物船時代にきっちりと仕事をしたということはあると思いますが、具体的に人事から聞いたことはないものの、候補が何人かいた中で、誰を出すかという上層部の選択に当たった、ということのようです。

競争率が何倍かは分かりませんが選ばれたという面はありますし、大きな部分としては、以前に客船に乗っていた経験があったから成長できるだろうという判断があったのかもしれません。そういう、たまたまタイミングが合ったという部分が大きいと思います。

—杉原—
個人的に思うのは、お人柄もあるのではないでしょうか。いつも朗らかで、周りが安心するキャラクターの船長ですよね。

◆ 危機管理――急病人対応と台風を避ける決断

—杉原—
では次の質問です。危機管理についてお伺いします。自然を相手に、自然の真っただ中を移動する乗り物のキャプテンをされているわけですが、急病人や、場合によっては精神的な問題を抱えた方が発生したり、船の内外で事故や事件が起きたという経験はありますか?その場合はどのように対処されたのでしょうか?

—田口—
長いクルーズを担当したことはあるのですが、幸いにしてお客様が元気な方が多く、生死に関わるような緊急対応をしなければならないことは航海中にはありませんでした。停泊中、港にいるタイミングで急に具合が悪くなり、救急車で病院に搬送されたという事例はあります。船の上、海の上での危機管理という意味では、それほどシリアスな状況にはなっていません。

もし発生した場合は、診療室という、限定的な医療行為ができる設備がありますが、病院ではありませんので設備にも限りがあります。そうなると極力早く陸上の医療施設に搬送することになります。本来5日後に到着予定だったスケジュールを、一生懸命航行して4日後に到着させるということもあります。

本当に急ぐ時は、各国の海上保安庁のようなところにヘリコプターでの医療搬送支援を要請し、患者さんを吊り上げて病院に運ぶということもあります。また、その際は陸側のスタッフも増員して連動して対処します。

—杉原—
うねりや台風、暴風など大きな環境の変化があると思いますが、台風が接近しているので航路を変えなければならない、というようなケースはありますでしょうか?

—田口—
ありますね。何より、船を危険な状態に晒す前に避けるということです。台風の中でどう操縦するかではなく、台風を避けるためにどうするかという発想です。

予報をよく見て、こちらに行くと本当に台風と遭遇してしまうと判断すれば、大きく迂回して、そちらに行くのは諦めます。

—杉原—
まっすぐ進む技術がどうこうではなく、避けなければならない、ということですね。お客様の安全を最優先にするということですね。

—田口—
そうですね。台風が接近して予定していたクルーズができなくなった場合は、クルーズをキャンセルしてルートを変更した代替クルーズをご用意することもあります。基本的には危ないものには近づかない、という判断をしています。

—杉原—
映画のような緊迫した場面に飛び込むようなことは、お客様を乗せている船では絶対にしてはいけないということですね。

☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太

【郵船クルーズ株式会社】
代表者:代表取締役社長 西島 裕司
所在地:神奈川県横浜市西区みなとみらい2-2-1 横浜ランドマークタワー47F
設 立:1989年1月
コーポレートサイト:https://www.asukacruise.co.jp/

Part 3では、
・乗組員の国際化とおもてなしの継承
・ヨットとクルーズ船から見えた大企業とベンチャーの違い
・コミュニケーションと信頼関係を築く挨拶の力
・「飛鳥Ⅱ」の今後と田口船長が描く次のキャリア
・D-POPS GROUPのベンチャーエコシステムへの共感
などについて伺っています。Part3もお楽しみに!
Part1はこちらからご覧ください。

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