COLUMN

スタートアップからスケールアップへ! 共に成長し、進化し続けるエコシステムの実現 スタートアップエコシステム協会 代表理事 藤本あゆみさん【Part 3】

  • INTERVIEW
2026.04.07

今回は、一般社団法人スタートアップエコシステム協会 代表理事の藤本さんにインタビューさせて頂きました。
(このインタビューは2026年1月に実施いたしました。)

Part1Part2はこちらからご確認ください。

◆キャリアの原点:Googleで知ったゼロから作る楽しさ

-杉原-
少し話を戻しますが、私たちはGoogleに同年入社(2007年)でしたよね。 あの頃のGoogleはまだ本当にベンチャーで、何かあれば部署の垣根を越えて集まり、挑戦者の立場で取り組み、決して勝ち組企業といった雰囲気でもありませんでした。 その後、お互い近い時期にGoogleを離れ、藤本さんはお金のデザインを経てPlug and Playへと進まれましたが、常にスタートアップの現場にいらっしゃいます。

あえてお聞きしたいのですが、藤本さんはなぜ、一貫してそのようなキャリアを歩まれているのでしょうか?

-藤本-
やはり、一度あのGoogleでの体験をしてしまうと、出来上がったものに関わるよりゼロから作ることの楽しさが忘れられなくなってしまうんです。

Googleに入った当時、もっと早い段階で辞めていく先輩たちがいて、当時は不思議に思っていました。 でもその時、ある方に「いずれわかるよ。その時々のフェーズに必要な人が来るし、私はこの立ち上げのタイミングが好きなんだ」と言われたんです。今ならその気持ちが本当によくわかります。

-杉原-
藤本さんにとっての好きなタイミングとは、どのあたりなのでしょうか?

-藤本-
先輩たちは全く名前が知られていない時だったかもしれませんが、私の場合は少し芽が出てきたけれど、まだ何者でもないものに名前をつけて成長させていく、そのフェーズが自分自身の得意分野なのだと感じています。

お金のデザインでもまさにそれを再現しようとしていたのですが、次第に「1社だけでは、世の中の変化の速さに追いつけない」というジレンマを感じるようになりました。 そこで、自分自身が事業をやるのではなく、より多くの挑戦者を支援し、たくさんの成功を生み出していくために、エコシステムを構築する側へと舵を切ったんです。

◆ジェンダーギャップの解消:多様性が組織の成長を加速させる

-杉原-
0から1の先にあるスケールアップの役割をさらに深めたいという思いで、今の道を選ばれたのですね。

また、藤本さんはGoogle時代にWomen Willプロジェクトのパートナー担当も務められていました。 当時、私の友人たちも多く関わっていた素晴らしい活動でしたが、改めてどのような取り組みだったのでしょうか?
あわせて、スタートアップ界隈はどうしても男性中心になりがちですが、女性起業家が少ない現状をどう捉え、どのようなアプローチをされているのかも伺いたいです。

-藤本-
Women Willは、まだ世の中で女性活躍推進という言葉が一般的になる前からの取り組みでしたが、テクノロジーの力を使って女性をエンパワーしていくことが大きなポイントでした。
本来、スタートアップはテクノロジーを活用して自ら変化を作っていける場所ですから、性別や年齢に関わらず、活躍できるチャンスは非常に多いはずなんです。

この10年ほどで、起業家側も投資家側も着実に女性は増えていますが、世界的に見ても依然としてバランスが良くないことはグローバル共通の課題として問題視されています。

要因は様々ですが、例えば、資金調達の場で、女性起業家にしか投げられない質問というのがあります。
「結婚の予定は?」「子供はどうするの?」といった質問は、男性にはまず聞かれません。 リスクヘッジのつもりかもしれませんが、そうしたバイアスに捉われず、フラットにビジネスに向き合える環境にしていかなければなりません。

協会でも、金融庁とエコシステムにおけるジェンダーギャップの調査に取り組んだり、単独での調査も進めたりしています。 昨年から一昨年にかけてハラスメントの問題が注目されたこともあり、業界全体の危機意識は非常に高まっています。「正しくないことが行われているのは良くない」という認識が広がっているのは、改善への一歩だと感じます。

-杉原-
会社組織であればルールや目標で管理できますが、エコシステム全体の文化を変えるのは難しさもありますよね。

-藤本-
まさにそこが難しいところです。管理者がいないからこそ、30%という数字だけを追うのではなく、より多くの人が機会を得られるダイバーシティをどう担保するかが重要です。

最近では、イベントの登壇者の男女比や年齢、外国人のバランスを気にする主催者が増えてきました。 これが第一ステップとして非常に良い傾向です。
海外のアクセラレータープログラムなどでは、「採択時の男女バランスがどうなっているか」「候補者は少ないかもしれないが、単に見落としているだけではないか」といった支援側の努力が厳しく問われるようになっています。 日本でもこうしたアプローチが浸透していくことで、これからさらに改善されていくことを期待しています。

-杉原-
意識の有無に関わらず、これまでのスタートアップの場では、意識して探さなければ女性起業家の姿が見えにくいという現状がありましたよね。

-藤本-
はい。ただ、イノベーションの観点で言うと、チームが多様な会社の方が圧倒的に成長するという調査データも明確に出ています。

これまでの日本には初期フェーズでは価値観が同一なメンバーで走った方が早いという定説のようなものがありましたが、最近の別の調査ではそれも覆されています。 ものすごく初期の頃から多様な組織を作っておかないと、結果として会社を大きくしていくことはできない、ということがわかってきたんです。

先ほどお話ししたスケールアップを成功させようと思った時には、どのようなチーム、どのような組織環境になっているかが極めて重要になります。
もはやそれは、単なる女性か男性かという二元論の話ではありません。 国籍も含めた、より広い意味でのダイバーシティ(多様性)が、これからの日本のスタートアップが大きく飛躍するためには不可欠な要素になっていくと考えています。

-杉原-
ダイバーシティに関しては、非常に重要な視点だと思っています。 実際、広報活動が多様性に富んでいる企業は高く評価されるという調査結果も目にしました。

-藤本-
協会で行ったジェンダーギャップの調査でも、面白い結果が出ていました。 女性の方が不利益を被っているという認識がある一方で、実は男性側も生きづらさや言いたいことが言えない状況があるという実態が見えてきたんです。 どちらか一方が悪いということではなく、お互い様という感覚で理解し合うことが、これからの多様性のあり方なのだと感じています。

Google時代を振り返ると、本当に多様な人がいたので、相手のことはわからないという前提でコミュニケーションをしていました。 言わなくてもわかるよねという暗黙の了解が一切通用しないからこそ、理解しようと対話し、結果として物事が正しく進んでいました。

日本の場合、「わかっているはずだ」と進めてしまい、うまくいかないと「なぜわかってくれないんだ」と揉めてしまう。 わからなくて当たり前という前提でのコミュニケーションは、これからもっと必要になってくるはずです。

◆日本の次の強み:技術を「ビジネスにする力」と「伝える力」

-杉原-
確かに、多様な個性が集まるからこそ、世界に届く良いサービスが生まれるのですね。
それでは最後に、未来について伺いたいと思います。起業や新規事業という視点で、今後の日本において、どのような領域が成長の鍵になるとお考えですか?

-藤本-
世界各国を回る中で、日本の次の強みは何かを常に考えてきました。 その答えの一つは、やはり広い意味でのディープテックにあると確信しています。

日本は研究開発や技術力、シーズのレベルは非常に高いものを持っています。 ただ、現時点ではそれをビジネスとして成立させる力がまだ追いついていない。 その素晴らしい技術をいかにビジネスへと繋げていくかが、今後の日本の大きなチャンスになると考えています。

以前、韓国の支援者と話した際にも、「日本人はいいものを作れば認められると思っているよね。言わなきゃ良さは伝わらないのに」と指摘されたことがありました。 日本の奥ゆかしさかもしれませんが、ことスタートアップにおいては、それでは通用しません。

ただ、今の日本に伝える力やビジネスにする力が欠けているということは、逆に言えばそこを強化できれば、もっと大きなチャンスがあるということでもあります。

SaaSなどのサービス系ビジネスについても、同様で、世界の動きが早いです。 今の日本のサービスは、どうしても日本国内だけに閉じてしまいがちですが、先ほどお話ししたスケールという観点でこの壁を突破できれば、十分にチャンスはあるはずです。

-杉原-
その壁を突破するためにも、初期の頃からチームを多国籍な構成にすることで、この国とこの国で同時にスタートするという感覚を当たり前に持つことが重要になりそうですね。

-藤本-
まさにその通りだと思います。 諸外国ではそれが当たり前になっています。 まずは日本でと考えている間に、世界からは周回遅れになってしまうという危機感を持つべきです。

全てのサービスが海外展開すべきとは思いませんが、日本だけで閉じていると見えないことが多すぎます。 チームに多様な国籍のメンバーがいれば、自ずとスピード感や視点が変わり、グローバルな変化にも気づけるようになる。 そうした組織のあり方が、これからの日本のスタートアップの成長を左右するのだと感じています。

-杉原-
非常に参考になるお話です。続いては少し時流に合わせた質問なのですが、最近よくニュースや本でAIによって特定の職業がなくなるといった議論を耳にします。これについてはどう思われますか?

-藤本-
生成AIの影響は確かにわかりやすいものですが、これまでの歴史を振り返っても、なくなる職種もあれば、新しく生まれる職種も常にあったはずですよね。 ですが、今回は「AIに奪われる」「人間じゃない何かに取って代わられる」という感覚が強く、皆さん不安を感じているのだと思います。
ただ、大前提として全ては常に変化しているということが重要だと思います。

同時に、AIの台頭は今まで人間にしかできなかったこととは何なのかを改めて問い直すきっかけをくれているのではないでしょうか? 人間しかできないことに気づき、自分は何で貢献していくのか、どんなスキルを身につけるべきかを見極める良いタイミングだと思います。

ですから、別に怖いことは何もありません。どう使いこなすかにワクワクした方が楽しいですし、まずは使ってみればいいんです。

これはAIに限らず、新しいものに対する拒否反応を和らげていく必要があります。 「とりあえずやってみて、違ったらやめればいい」くらいの感覚でいい。 食わず嫌いで新しい可能性を自分から縮めてしまうのは、一番もったいないことだと思います。

◆支援者に必要な資質:誰よりも自らが成長し続けること

-杉原-
社会環境が激しく変化し、未来が刻々と書き換わっていく中で、個人もスタートアップもその変化に適応し、生き残っていくことが求められています。そうした中で、社会課題を解決し、成長を加速させるエコシステム作りを担う側、つまりアクセラレーターではなく、スケールアップを支援するスケーラーレーター(支援者)に求められる役割とは、どのようなものだと思われますか?

-藤本-
はい。インキュベーターであろうがスケーラレーターであろうが、共通して最も大切なのは自分たち自身が、誰よりも成長し続けることを徹底することだと思っています。
スタートアップの成長を支援している側が、自分自身は全く成長していなかったとしたら、支援を受ける側からすれば嫌ですよね。

残念ながら支援者の中には、新しいツールを一度も触ったことがなかったり、最新の情報を取りに行って勉強することを怠っていたりする層も一定数存在します。

ですが、支援者だからといって偉いわけでも、万能なわけでもありません。職種もスタートアップのあり方もどんどん変わっていく中で、支援者はスタートアップを超えるスピードで成長していることが非常に大事なのではないでしょうか。

同じことを続けていては、スタートアップからダサいと見放されてしまいます。私たちも「3年後には今とは全然違う話をしているはずだ」と言っていますが、それは決してブレているわけではなく、ポジティブな進化です。 変化を恐れず、自分自身を常に更新し続けること。それが、これからの時代のエコシステムを支える支援者に必要な資質だと思っています。

◆スタートアップエコシステムとは:全員が当事者として相互に作用し合う

-杉原-
最後に、藤本さんが考えるスタートアップエコシステムについて伺えますか?

-藤本-
本来、エコシステムという言葉には、有機的・無機的なものが相互に作用し合うという意味があります。 支援というのは、ともすれば支援する側からされる側への一方通行になりがちですが、真のエコシステムには相互作用が不可欠です。

スタートアップが真ん中にいて、周りがそれをお客様扱いして支援するのではなく、全員がエコシステムの当事者・構成者として動くこと。 全員が相互に影響を与え合いながら、エコシステム自体がどんどん成長していく。 つまり、構成員一人ひとりが成長し続けることが、エコシステムを豊かにしていく唯一の道なのだと考えています。

-杉原-
その思想は、まさに弊社の代表やメンバーが掲げているビジョンと完全に一致します。
私たちはベンチャーエコシステムの実現を掲げ、一方的な出資や管理ではなく、同じ目線で共に成長する仲間作りを目指しています。 グループ25社の事業で得た利益を次の世代へ投資し、出資先とも対等に学び合う。この私たちの取り組みについて、共感いただける点や協業の可能性などはありますか?

-藤本-
素晴らしい取り組みだと思います。私が取り組むスタートアップも、御社が掲げるベンチャーも、根底では重なり合って日本全体のエコシステムを形作っています。 大切なのは、誰が偉いかではなく、全員がビジネスを通じて社会に貢献し、共に発展していくという姿勢です。

そして、エコシステムによって支えられた人が、次は支援する側に回るペイ・フォワード(恩送り)の連鎖が生まれることが、あるべき姿だと思っています。

実は今、政府の支援が手厚くなったことで、一部では補助金をもらうためのビジネスをしてしまう、本来のポテンシャルよりも成長を抑えてしまうようなケースも見受けられます。

それは、世界のエコシステムのスピード感を知らないことで、自分の可能性を狭めてしまっている情報の損失です。 だからこそ、エコシステム同士が相互に作用し、豊かな知見が伝播していくことが重要なのです。

御社のような強い思想を持ったプレイヤーと私たちが手を取り合い、互いに成長しながら良い社会を作っていく。その思想の伝播こそが、これからの日本をアップデートしていく一番の原動力になると信じています。

☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太

 

【一般社団法人スタートアップエコシステム協会】
代表理事:藤本 あゆみ
所在地:東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズビジネスタワー15階
設 立:2022年3月30日
U R L:https://startupecosystem.org/

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  • INTERVIEW
2026.04.02
スタートアップからスケールアップへ! 共に成長し、進化し続けるエコシステムの実現 スタートアップエコシステム協会 代表理事 藤本あゆみさん【Part 1】
D-POPS GROUPでは、日本のベンチャーエコシステムの発展を支援するため、多角的な活動を展開しています。2026年1月、その志を同じくする一般社団法人スタートアップエコシステム協会の代表理事、藤本あゆみさんへのインタビューを実施しました。 全3回にわたるインタビューのPart1では、協会の設立秘話や、現場の調査から見えてきた「資金調達よりも切実なスタートアップの課題」について深く掘り下げます。 (このインタビューは2026年1月に実施いたしました。) ◆協会の設立経緯:3年越しの構想と「宣言」 -杉原- 今回は、当社が目指す「ベンチャーエコシステムの実現」と非常に近い活動をしておられる、一般社団法人スタートアップエコシステム協会を4年前の2022年3月に設立した、代表理事の藤本あゆみさんにインタビューいたします。 まず初めに、この一般社団法人スタートアップエコシステム協会(以下、協会)を設立された経緯を教えていただけますか?CMOとしてPlug and Play Japan社に在籍中に設立されたのですよね。 -藤本- はい。設立したのは2022年ですが、実は構想自体は2019年、私がPlug and Play Japanに入ってすぐの頃から持っていました。 当時はアクセラレーターというカテゴリーが認知され始め、様々なプレイヤーが登場していた時期です。「1社でできることは限られているけれど、もっと横が繋がって広く連携すれば、スタートアップが成長する土壌(エコシステム)ができるのではないか」と考え、当時はまだ協会という名前ではありませんでしたが、ネットワーク化の企画書を書いていました。 ただ、当時は社内でも「意義はわかるけれど、今は難しいよね」という話になり、一度その案は寝かせることにしたんです。 それが再び動き出したのは、CIC Tokyoの1周年記念イベントに呼んでいただいたことがきっかけでした。そこで東京都副知事の宮坂さんや、CICの名倉さんたちとパネルディスカッションを行ったんです。 そのパネルの最中、何の文脈だったか「もっとスタートアップが育つ土壌として、こういう横の繋がりがあった方がいいですよね」と団体の構想があったという話をした際に、宮坂副知事「それはやったほうがいいよ」とコメントをもらい、セッションの最後に「というわけで、私がやることになると思うんですが」と、半分冗談、半分本気のような勢いで宣言してしまったんです(笑)。 その夜すぐに企画書を掘り起こして修正し、その日のうちにセッションの参加者の皆さんに送りました。特に名倉さんが「一緒にやりましょう」と強く背中を押してくださったので、「やります」と決断することができました。 それが2021年の後半。コロナ禍で先行きが見えない時期でしたが、だからこそ支援者同士が繋がって、日本のエコシステムを強くしようという目的が固まりました。 ◆支援側のネットワーク化 -杉原- 横の繋がりというのは、スタートアップ同士というより、支援側のネットワークを指しているのでしょうか? -藤本- 私たちは後者ですね。政府や自治体、事業会社、そして個人に至るまで、皆が動いているのになぜかバラバラで、連携しにくいという課題がありました。そこを繋ぎ合わせるのが私たちの役割です。 同時期に砂川さん(一般社団法人スタートアップ協会 代表理事)に声をかけたら、「実は僕たちも同じことを考えていた」と仰っていて。結果としてスタートアップ協会を含めて、4つほどの支援団体がほぼ同時期に誕生しました。それぞれ目的は違えど、スタートアップが育ち、日本経済に貢献する環境を作るというゴールは共通しており、今でも連携を続けています。 -杉原- Plug and Play社としては、最終的には別組織として活動することに合意されたのですね。 -藤本- はい。あらためて経営陣に話をしたら「今はやはり(業界全体のために)必要だよね」と理解してくれました。ただし、自社の事業としてではなく、中立な立場の一般社団法人としてやるべきだということで合意形成がなされました。 -杉原- 名倉さんや宮坂さんとは、そのパネルディスカッションの前から深いお知り合いだったのですか? -藤本- 数回お会いしたことがある程度でした。ただ、名倉さんとは以前テレビ番組でご一緒した縁があり、その時に「CIC Tokyoの1周年イベントに来てください」と声をかけてくださったんです。あのお誘いがなければ協会はできていなかったので、本当に感謝しています。 ◆協力体制の構築 -杉原- 協会の公式サイトを拝見すると、東京都をはじめとする自治体、著名な連続起業家、投資家、さらには政治家の方々まで、そうそうたる顔ぶれが名を連ねています。これほどのコネクションを、どのようにして築き上げられたのでしょうか? -藤本- 実を言うと、2019年の構想時点ではこれほどの方々を巻き込むことは難しかったと思います。2022年というタイミングだからこそ実現できたことですね。 活動を続ける中で、エコシステムに関わる多くのプレイヤーが連携や意見交換の必要性を感じ始めていました。そこで、名倉さんと私の二人で、このエコシステムに必要だと思う方々を知りうる限り全員書き出したんです。 そこから「こういう仕組みを作りたいので、ぜひ後押ししてください」と一人ひとりにお話ししました。当時はまだ具体的な活動内容まで決まっていなかったのですが、皆さん「それはぜひやるべきだ」と快諾してくださり、サポーターとして加わっていただけることになりました。 サポーターの皆さんは、政治家、経済団体、事業会社など、それぞれが異なる角度からスタートアップを支援している方々です。そうした方々の知見やネットワークが一箇所に集まるだけでも、エコシステム全体にとって大きな価値があると考えています。 -杉原- サポーターの方々には、具体的にどのような役割を期待されているのですか? 例えば総会でのスピーチや、特定の課題へのアドバイスなど、名前が載っている以上の具体的な活動についても伺いたいです。 -藤本- もちろん、イベントに登壇いただくこともありますが、あえて関わりを重くしすぎないことも大切にしています。 「サポーターになったからには、これをしなければならない」という義務を課すのではなく、必要な時にお互いに情報交換ができ、助言をいただけるような、フラットで風通しの良い関係を目指しました。 皆さん、深いコミットメントを強要しなくても、エコシステムの発展に対して非常にポジティブです。ここが必要な場所だと信じてくださっているからこそ、緩やかでありながらも強い協力体制が築けているのだと感じています。 ◆活動の3つの柱:情報共有・格差是正・海外連携 -杉原- スタートアップエコシステム協会が具体的にどのような活動をされているのか、その内容を教えていただけますか? -藤本- はい。主に3つの柱があります。 1つ目は、国内の情報を集めて共有することです。 いわばGoogleのエコシステム版のように、情報を集めて整理し、使いやすくすることを目指しています。(注:Googleのミッションは「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすること」) 具体的な活動としては、『スタートアップエコシステムサミット』を毎年1回開催しています。 通常、スタートアップ関連のイベントといえばスタートアップが登壇するものですが、このサミットではスタートアップは一切登壇せず、支援者側が全員登壇するのが特徴です。 企業や政府、自治体などの機関が、「私たちはスタートアップに対して、今このような支援プログラムを提供しています」という内容を話します。 これはスタートアップ向けでもありますが、どちらかというとエコシステム内の情報共有を強化する狙いがあります。 意外と「隣の組織が何をやっているか知らない」ということが多いので、年に一度こうした場を持つことで、「あそこは今こんな風に進化したんだ」「この間はやっていなかったのに」といった気づきや、「ここが連携すると面白いよね」という機会を作る活動をしています。 これが国内向けの1つ目の柱です。 2つ目は、特にスタートアップに向けた情報の格差をなくすための活動です。 スタートアップの成長過程では様々なことが起こりますが、一番足りていないのは情報の格差だと感じています。 「本当は知っていれば、その障害につまずかずに済んだ」というものがたくさんあるので、それをなくしたい。 そのために、サミットに登壇する方々以外も含めたあらゆる支援情報を網羅したデータベースを作成しています。 また、スタートアップが非常に困っている採用の支援も企画しました。 採用のためのキャリアフェアなどは最初にお金がかかりますよね。 良い人が採れるかどうかもわからない段階で、スタートアップが40万円、50万円という費用を払うのは難しい。 そこで東京都と連携してキャリアフェアを開催し、採用イベントを行っています。 その中でも、例えば「学生がインターンをしたいけれど、大人が話しているブースに割り込んで『インターンやってますか?』と聞きに行くのは怖い」という声がありました。 そこから派生して、学生しか参加できないインターンシップフェスというイベントも生まれました。 こうしたスタートアップのための情報共有と活動が2つ目です。 3つ目がグローバルとの連携です。 エコシステムは日本国内だけで完結するものではありません。 海外のあらゆるエコシステムと繋がりたいと思っています。 日本に海外のスタートアップを連れてきたいというニーズもあれば、日本のスタートアップを海外に呼んでほしいというニーズもあります。 そうしたニーズの架け橋になるような活動をしています。 主にこれら3つの軸で活動を展開しています。 ◆現場の課題解決:資金よりも「採用と営業」 -杉原- 確かにスタートアップ関連のイベントというと、スタートアップがピッチをして投資家が審査するような関係性のものが多いですよね。 VCファンドや金融機関などが主催するイベントも、そうした形が一般的だと思います。 スタートアップを応援する側の人たちをすべて可視化して、支援者が主役になるという取り組みは、他ではあまり見かけません。 -藤本- そうですね。他ではやっていないと思います。 一般社団法人として非営利でしかできない活動だとも感じています。 ビジネスにはなりづらいけれど、みんなが必要だと思っていたことの一つなのかな、と思っています。 また、もう一つの活動として、政府への政策提言も行っています。 政府側にはなかなかスタートアップの現場の声が届きにくいという現状があるため、私たちがメインとなって調査を行い、スタートアップが今何に困っているのかという声を直接政府に届けるようにしています。 -杉原- 先ほどのお話にもあった、情報の格差や採用に関する課題などは、まさにそうですよね。 スタートアップにとって、採用は最も難しいことの一つだと思います。 -藤本- はい。実はそれも調査から導き出された答えなんです。 資金調達に関する支援は世の中にたくさんありますが、実際に調査をしてみると、資金面で困っているのは全体の30%ほどでした。 残りの多くが何に困っているかというと、採用と営業の2つなんです。 ここに関しては、支援プログラムが全然ありませんでした。 「具体的に何をすればいいのか」という場所もなかなかなかったので、東京都と一緒にキャリアフェアを作り上げてきました。 実は今年からは、私たちの手を少し離れて、独自に東京都の事業として自走してもらう形に移行しています。 私たちはそのきっかけとなる初めの仕組みを作った、という形ですね。 ~Part2へ続く~ ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太 【一般社団法人スタートアップエコシステム協会】 代表理事:藤本 あゆみ 所在地:東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズビジネスタワー15階 設 立:2022年3月30日 U R L:https://startupecosystem.org/   次回Part2のインタビューでは、 ・スタートアップエコシステムサミットについて ・海外との連携 ・世界の潮流:スタートアップからスケールアップへ ・新会社設立の背景 などについてお伺いしています。 Part2もぜひご覧ください!
  • INTERVIEW
2026.03.26
【グループ会社インタビュー】株式会社フェイスフル 加藤 貴博 社長 ~後編~
D-POPS GROUPでは、現在約25社のグループ会社が仲間となっています。 今回は、株式会社ディ・ポップスグループ 常務執行役員 経営企画室室長 及び 株式会社フェイスフル 代表取締役の加藤さんへインタビューいたしました。 (このインタビューは2025年12月に実施しました。) 前編の記事はこちらからご確認ください。 ◆M&A責任者としての奔走 -杉原- 一方で、加藤さんは現在もM&Aの責任者を兼任されています。代表を務めるフェイスフルの事業とM&A業務、その比重はどのようなバランスですか? -加藤- 心の重さで言えば、M&Aのプレッシャーが9割以上を占めていますが、費やす時間としてはフェイスフルの事業運営の方が長いですね。 特にM&Aに関しては、最初は全くの素人からのスタートでした。今は買い手の数が非常に多いため、普通に待っているだけでは良い案件なんて回ってきません。 -杉原- コネクションもない状態から、どのように案件を動かせるようになったのですか? -加藤- 最初の1年間は、とにかく泥臭く動きました。あらゆるM&Aセミナーに足を運ぶのですが、それらは大抵売り手を集めるためのものなんです。でも、私はあえて一番前の席に座って質問を繰り返し、最後に「どうすればあなた(仲介会社)と仲良くなれますか?」と正面からぶつかっていきました。 そうして誰も知り合いのいない懇親会に図々しく入り込んで、いつしか少しずつ仲良くなって。そうした人間関係の構築を1年間ひたすら繰り返す中で、ようやく1件目の案件として繋がったのがgraphDだったんです。 -杉原- M&Aの第1号案件となったgraphDですが、当時の本業からすると、少し意外なジャンルへの挑戦だったのではないでしょうか? -加藤- おっしゃる通りだと思います。1件目にしては「少し領域を広げすぎではないか」という懸念もありました。当初、私がこの案件を提案したときは、後藤代表も最初はそれほど乗り気ではなかったんです。 ところが、面白いように風向きが変わりました。主要な取引先である通信キャリアの方から「POP制作に強い会社と組むのは非常に面白いね」とポジティブな反応をいただいたんです。そこで代表も「やはり面白いかもしれない」と。 (※POP=Point of Purchase、販売促進用の広告物) さらに驚くべき後日談がありました。このgraphDという会社、実は後にディ・ポップスグループの常務執行役員となる渡辺さんが、かつてヨドバシカメラにいた頃に「こういうPOPの会社を作ったらいい、そうすれば事業が円滑に回るよ」とアドバイスをして立ち上がった経緯のある会社だったんです。 -杉原- そんな不思議な縁があったのですね。 -加藤- 当時は渡辺さんとの接点も全くありませんでした。そんな背景も知らないまま、私は自分の足で見つけてきた案件として提案していました。後からその事実を知って、点と点が線につながったような感覚でしたね。 私の20年を振り返ると、こうした混乱や偶然のような出来事がたくさんありますが、今になってようやく一つひとつのパズルが繋がり、今のグループの形になっているのだと実感します。 ◆「人」を重視するD-POPS GROUPのM&A -杉原- graphDのM&Aを皮切りに、これまでグループ入りした会社が15社ほどあるかと思いますが、それだけの数を形にする裏側では、膨大な数の案件を精査されていますよね。 -加藤- そうですね、数えきれないくらい見ています(笑)。今年だけでリスト化したものを見ても、300〜400件は精査しました。 M&Aの仲介会社さんからは「そんな条件の会社、他には絶対にないですよ」と言われることも多いです。たとえば「年商10億円以上の黒字企業」といった高いハードルを設けて絞り込んでいるので、そんな優良案件がそう簡単に転がっているはずがない、と。それでも私たちは、その中から本当に価値のあるものを絞り込む作業を続けています。 -杉原- 年間300〜400件を書類でレビューし、そこから面談に進むのはどのくらいですか? -加藤- 面談に進むのは、その中でもさらに厳選した案件だけです。ただ、その厳選するプロセスそのものが非常に重要だと思っています。 -杉原- 膨大な案件の中から、面談しようと決める際の判断基準や観点はどこにあるのでしょうか。 -加藤- よく仲介会社さんから「具体的な企業名や業種を提示してほしい」と言われるのですが、実はそれは難しいんです。 判断の基準は、取締役会などで議論されるグループの今の課題感と、私たちが持っている既存のリソースの掛け合わせにあります。グループのエコシステムがこれだけ出来上がってくると、業種のマッピングで見れば埋まっている場所が多い。その隙間をどう探しに行くか。 そして、あまりに遠い飛び地の案件は論外ですが、今の事業を補完する垂直統合型だけでも不十分だと思っています。 単に競合をM&Aして規模を大きくするのではなく、既存事業と組み合わせたときに面白い次の展開が描けるかどうか。常に「未来から逆算して、このピースがはまれば新しい価値が立体的に生まれるのではないか」という視点で、案件を見極めるようにしています。 -杉原- グループのポートフォリオにおいて、欠けているピース(隙間)を埋める案件が見つかったとします。書類審査を通過し、実際に経営者と面会する際、どのようなポイントをチェックされているのでしょうか? -加藤- 一番は「グループのメンバーと空気(カルチャー)が合うか」を非常に重視しています。 たとえ業種が違っても、言葉選びが違っても、根底にある価値観さえ同じであれば、お互いにリスペクトし合える。その直感を大切にしています。一方で、最初から一方的な話し方をされる方などは、やはり難しいと感じますね。 面談の際に私が気を付けてみていることは、面接天井になっていないか、ということです。 面接がピークで、その場だけお化粧をして自分を良く見せている状態のこと。でも、それは見抜けます。実際にDD(デューデリジェンス)の過程で、そのお化粧が剥がれて破談になったケースも過去にはありますから。 -杉原- その見極めのために、具体的にどのようなステップを踏んでいるのですか? -加藤- 私たちは、いわゆる圧迫面接のようなことは絶対にしません。お互いの夢を語り合ったときに、楽しい想像ができるかどうか。それを確かめるために、通常2回に分けてお会いします。 1回目は私一人でお会いし、2回目は後藤代表を交えて、より深い話をします。ただ、机上の話だけでは見えない部分も多いので、やはり夜の会食をご一緒するようにしています。 お酒を飲んだときにふと漏れる一言や、夢を語る熱量。そこまで踏み込んで初めて、相手の本当の姿が見えてくると思っています。 後藤代表の面談や会食は、3時間以上にも及びます。それだけ時間をかけて、相手の人生の背景までを深く理解しようとする。その熱量を受け継ぎながら、最後は「この人と一緒に未来を創りたいか」という、人間としての本質的な部分で判断しています。 -杉原- これまで手がけたM&Aの中で、特に印象的だった、あるいは苦労したケースについて教えてください。 -加藤- 私たちのM&A戦略は、経営者の成長支援を方針に掲げているので、買収と同時に創業者が引退するケースは非常に稀なんです。基本的には、創業者の方にそのままグループへ参画していただき、共に走り成長するスタイルをとっています。だからこそ、数少ないグループ入りと同時に創業者が引退されるケースのときは、託された想いのメッセージが、どれも非常に強く印象に残っています。 譲渡した後も、その方々に「あの時、このグループに託して本当に良かった」と思い続けてほしい。バトンを受け取った事業を新たな仲間とさらに大きくするのは、当然の義務であり、その対する意識は人一倍強く持っています。 -杉原- 一方で、苦渋の決断を迫られたケースもあったのでしょうか。 -加藤- そうですね。唯一、自分の中で今でも「あれが正解だったのか」と自問自答し続けているのが、M&Aした会社を最終的に別の会社に売却する形となったケースです。 経営上の判断や、キャッシュを回収できたというビジネス的な観点で見れば、時代の流れに沿った正しい選択だったのかもしれません。しかし、私は常に相手の懐に飛び込み、人の気持ちを大切にしながらクロージングまで伴走するスタイルです。店舗一軒一軒を大切にするのと同じ感覚で向き合っているからこそ、心残りがあります。 -杉原- それほどまでに人を重視するからこそ、価格以外の部分で選ばれているのですね。 -加藤- おっしゃる通りです。私たちの提示する買収価格は、他社さんと比べて必ずしも一番ではないと思います。むしろ高くないことの方が多い。それでも「あなたたちに任せたい」と言ってバトンを託してくださる経営者の方がいます。 高い価格を提示したから選ばれた理由ではないからこそ、託された想いに対する責任をより一層重く感じます。その信頼に結果で応え続ける為にグループで連携することが、M&A担当としての私の使命だと考えています。 -杉原- 先ほど非常にまれにバトンパスされる創業者の方もいらっしゃると伺いました。譲渡側の経営者は、あえて「こう育ててくれ」といった具体的な要望は口にされないとのことですが、加藤さんはどうやってその想いを受け止めているのでしょうか。 -加藤- 直接的な言葉として語られるわけではありません。ただ、最終的に私たちを選んでくださるまでの過程で、「なぜ他社さんを断ったのか」という理由は必ず伺うようにしています。仲介会社さんを通じて入ってくる情報も含め、その積み重ねが、経営者の方の言葉にできない想いとして大事にしていこうと思っています。 最も心に響くのは、引き継ぎ式の会食です。経営者の方が、残る社員の皆さんに向けて「今までありがとう。これからはこのグループで頑張ってね」と声をかける姿。その言葉は、私たちに対する「(この人たちなら)大丈夫だよ」という信頼の証でもある。その背中を見ていると、絶対に裏切れないという強い責任感を感じます。 ◆後藤代表が大切にする「気の流れ」 -杉原- M&Aのプロセスにおいて、後藤代表から言われた言葉で印象的だったものはありますか? -加藤- これはもう、一言「気の流れが悪い」ですね。これが一番大変です(笑)。 仲介会社さんも、1年に1件決まるかどうかという案件を必死で進めてきて、ようやくここまで漕ぎ着けた。そこで代表から「気の流れが悪い」と言われてしまうと、返す言葉がありません(笑)。 -杉原- 加藤さん自身は、精査を重ねて提案した案件に対してそう言われた時、納得感はあるのでしょうか。 -加藤- 正直なところ、昔は納得感は全くありませんでした。当時はまだ私自身、数字や事業シナジー、業界内でのポジショニングといった数字的な側面ばかりを見ていて、本質の人の部分が完全に見えていなかったんだと思います。 でも、何度もその答え合わせをしていくうちに、少しずつ理解できるようになってきました。「ああ、代表はここを気にされていたんだな」と。今では、感覚的に納得できる確率がかなり増えてきましたね。それでも時々、「この案件でもダメなんだ」と、自分の思い入れとの間で悲しくなることもありますけれど(笑)。 -杉原- 後藤代表は「気の流れ」以外にも、財務や業績などの面で、どのような視点を持って案件を見ていると感じますか? -加藤- 代表が最も鋭く見ているのは、「その経営者が、どのように意思決定をしてきたか」という点だと思います。 代表はよく「積み木が一つだけ突出して伸びることはない」と仰います。一人の人がすべてにおいてトップである必要はない、と。一方で、私自身は経営企画として、自分がグループの足かせにならないよう必死に努力してきた自負があります。 実務的な数字や条件面の交渉は私に任せていただいていますが、最終意思決定する取締役会での判断では、ボードメンバーの視点も非常に重要になります。大きな案件の際は、後藤代表が自ら内藤社長や千本会長に対して事前ディスカッションを行い、この案件はどう思うかと徹底的な壁打ちを行う。私はその連携のプロセスを聞きながら、フィードバックを事業計画や譲渡契約に落とし込んで調整してきました。そうした厳しいプロセスを経て仲間になったのが、今リストにある各社の経営者たちなんです。 -杉原- 長年M&Aを担当してきて、最もよかったと感じる瞬間はいつですか? -加藤- M&Aというのは、多くの経営者にとって人生に一度の、命をかけた大勝負です。その極めて重要な場に立ち会えること自体、本当に光栄なことだと思っています。 実はディ・ポップスグループでやってきた業務のすべてが、私が会計事務所に入る前からずっと抱いていた想いなんです。「経営者の想いに寄り添い、支えたい」という。今、M&Aを通じて経営者の人生の決断を支援できていることは、私にとって仕事のやりがいのど真ん中にいる実感がありますね。 -杉原- フェイスフルの社長・グループ全体のM&Aという大役。この二足のわらじを履く上で心がけていることはありますか? -加藤- 自分自身が事業会社の代表を務めるようになって、他のグループ会社の社長たちに対する尊敬の念がより一層強くなりました。これは、M&Aの担当だけをしていたら決して分からなかった感覚だと思います。 経営者としての本当の課題と向き合う事や孤独感は、当事者になって初めて肌身で感じられる。かつて入社したての頃、管理部門の立ち上げに注力していた時に、現場から「いきなり幹部候補って何だよ」と冷ややかな目で見られたこともありました。しかし今なら、セクションや立場の違いをどう理解し全うすべきかが、経営者の視点を持って理解できます。 グループ全体を俯瞰する立場と、現場の経営を担う立場。その両方を経験させてもらっている今の環境は、非常に贅沢で、挑戦しがいのあるものだと思っています。 -杉原- 複数の顔を持つ多忙な日々の中で、プライベートとの両立や、人生において大切にされていることはありますか? -加藤- 私が社長を目指した大きなきっかけの一つに、EOへの入会がありました。入社した2007年頃から、ずっと先輩方から「あのEOは凄い場所だ」と聞かされてきた、憧れの場所だったんです。 そこで学んだのは、経営のノウハウだけではありません。もっと根源的な人生観のようなものです。「人はいつか死ぬ」という現実と向き合ったとき、自分は最期をどう迎えたいか。仲間と深く語る機会がよくあります。 私の理想は、死ぬときに「あの当時は本当に頑張ったよね」と思い出を振り返り語り合える仲間が、周りにたくさんいてくれること。そして「ありがとうの輪」を広げていくことが、今の私の生きる指針になっています。 また、プライベートでは19歳の時に知り合った妻と今でも仲が良く、今年で共に歩んで30年目になります。家族が円満であることは、私の大きな支えです。 私生活は、順風満帆だったわけではありません。41歳のときに癌を患い、その後100万人に1人と言う病気を併発しました。先日「もう薬を飲まなくていい」とお医者さんに言われて、やっと病気との戦いが落ち着き、少し安堵しました。この経験があるからこそ、家族と仲間の大切さが身に沁みてわかるようになりました。 病気になり自分の弱さを知ったことで、本当の意味で「誠実、謙虚、感謝」という言葉が自分の中で一つに繋がった気がします。これからは、自分が支えてもらったように、今度は自分が誰かの支えになれるような、そんな人間でありたいです。 ◆「ベンチャーエコシステムの実現」に向けて -杉原- D-POPS GROUPでは、「ベンチャーエコシステムの実現を目指す」をスローガンにしていますが、その目標に共感する部分はどんなところですか?共にベンチャーエコシステム作りを目指す上での意識や活動などはありますか? -加藤- 実は、20年前の入社面接の際、後藤代表が3時間にわたって熱く語ってくれたのがデパートの構想でした。同じ建物の中にカフェがあり、携帯ショップがあり、香水ショップがある。それらが相乗効果を生んで顧客満足を作れたら最高だよね、という内容でした。 当時の内容は形こそ違いますが、それが今私たちが目指しているベンチャーエコシステムの原型だと思っています。 20年経ち、ビジネスモデルは変わりましたが、「人に喜びと輝きを提供する」という根底の想いは全く変わっていません。昔は自分たちが食べていくための仕事プラスアルファという感覚でしたが、今は教育支援など、より広い社会へ影響を及ぼせるほど遠心力がついてきた。その進化を肌で感じています。 -杉原- そのエコシステムをより強固なものにするために、加藤さんが日々意識していることは何でしょうか。 -加藤- これまで約5年おきに、決まって適度な「逆境」がやってきました(笑)。どんな追い風、向かい風が吹こうとも、私が意識しているのは、「持ち場を守れ」「常に挑戦」「3倍速成長」ずっと以前から掲げられてきたこの3つです。 私たちの社名(D-POPS GROUP:Dream-Produce One’s Pleasure and Shining)にある喜びや輝きは、現状維持では決して生まれません。自分たちに心地よいストレッチをかけ、ありえないような高い目標にみんなで挑んでいく。その挑戦のプロセスこそが、3倍速の成長を生み、結果として誰かの喜びや自分たちの輝きに繋がっていく。 これを回し続けることが、私にとってのエコシステム作りそのものだと思っています。 ◆5年後の理想の姿 -杉原- 加藤社長、そしてフェイスフル社の「5年後の理想の姿」を教えてください。 -加藤- 「D-POPS GROUPの中で、ダイレクトマーケティングといえばフェイスフル(URIZO)」と誰もが想起するような状態に持っていきたいですね。 私はこれまで、入社から10年弱は「財務戦略」を、その後の期間は「M&A戦略」を担ってきました。ここに「マーケティング戦略」という3本目の柱をしっかりと確立できれば、グループの基盤として大きな貢献ができると考えています。過去に作った仕組みを次に引き継いだ人がブラッシュアップし、より強固なものにしていく。そんな理想を描いています。 -杉原- 新しく加わったURIZOというサービスは、今後の鍵になるのでしょうか。 -加藤- はい、鍵と思われるようにしていきたいです。2024年、上場企業の子会社を譲り受けての事業ですが、グループ全体のマーケティング戦略において極めて重要な役割を担うと考えています。今はまだ種の段階ですが、これをいち早く大きな芽に育て上げることが私の今の使命です。 -杉原- AIが普及する中で、マーケティングのあり方も変わってきています。今後の課題をどう捉えていますか? -加藤- 今はAIを使えば誰でも簡単に一次情報を入手し、マーケティング施策を打てる時代です。だからこそ、AIには真似できない差別化が不可欠です。 実は、そこにはかつての携帯電話と同じようなリテラシーの差があると感じています。デジタルが普及すればするほど、あえてお手紙のようなアナログなマーケティングが再び注目されたり、AI任せではない人の気持ちが乗った提案が価値を持ったりします。最新のツールと、人間ならではの工夫や熱量。この二つをどう掛け算していけるかが、これからの勝負だと思っています。 -杉原- 最後に、この記事を読んでいる方々へメッセージをお願いします。 -加藤- これまでの経験を振り返ると、成功よりも大きな失敗の方が強く印象に残っています。それでも、失敗の中から学び、そして再びチャンスをもらい、何とか形にして、みんなが喜んでくれるものをいくつか作ってこれた。私にとってこのグループのステージは、何度でも挑戦させてくれる「フェアチャンス」と「リチャレンジ」の場です。 これからも失敗を恐れずに挑戦し続け、グループの中に新しい楽しさや価値を作っていきたい。もし、この記事を読んで私たちのエコシステムに共感してくれる仲間が増えてくれたら、これほど嬉しいことはありません。一緒に、世界が変わるような楽しい挑戦をしていきましょう。 ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太   【株式会社ディ・ポップスグループ】 常務執行役員 経営企画室室長 加藤 貴博 【株式会社フェイスフル】 代表者:(共同)代表取締役 加藤 貴博 所在地:東京都渋⾕区渋⾕2-21-1 渋⾕ヒカリエ32階
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2026.03.17
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