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【百名山から学ぶベンチャー経営論】 第四部「アンテナを張り、センサーを研ぎ澄ませ」

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2026.08.26

ディ・ポップスグループは、「社会に変革をもたらす多数の成長ベンチャー(ユニコーン企業)を輩出する」というミッションを掲げ、「誠実・謙虚・感謝の心で、共に学び、共に成長する」をバリューとしています。

アドバイザーを務める杉原は、昨夏「ユニコーンTシャツを着て日本百名山100座を踏破する」という目標を掲げて以来、全国の山々を登り続け、執筆時点で53座まで登りました。本連載では、その挑戦の中で経験した成功や失敗、判断や学びを、ベンチャー経営や組織運営になぞらえながら考察しています。

山では、計画や装備が万全でも事故は起こります。その多くは、変化の兆候を見逃し、判断が遅れた時に起こります。第四部では、ベンチャー企業経営にも通じる、外部と内部の変化を察知し、適切な判断につなげることの重要性について考えてみます。

10. アンテナを張り巡らせよ
~外部環境の変化に敏感になれ~

バスケットボールや卓球などの屋内スポーツと登山の決定的な違いは、天候の影響を大きく受けること、そして自然が相手だということです。

登山の計画段階で、台風はもちろんのこと、暴風や雷の予報があれば登山を延期すべきことは明白です。しかし、予報段階をクリアして、いざ実行段階に入ってからも、山の天候は変わりやすく油断はできません。また、森深い山では最近特に話題の熊のみならず、猪や蜂やヒルなどに遭遇することもあります。岩山では突然の落石に見舞われることもあります。

それらに適切に対処することはもちろんですが、できるだけ事前に察知できることが理想です。

肌で感じる気温の急激な変化、ザワザワという笹の音、怪しい木の動き、小石が上から転がってくる音…。これらはその後の大きな危機が襲いかかる前兆かもしれません。

私自身も、晴れ予報の日の登山だったにも関わらず、突如としてガスが湧いて視界が真っ白になったために、道を誤り30分ほど道なき道を歩いてしまったことがあります。あの時は、視界が悪くなった段階で早めにGPSで現在地を確認すべきだったと反省しました。

また、笹の濃い山道を歩いている時、突然、笹がざわざわと揺れました。「ついに熊か」と身構え、一度立ち止まり、万が一熊だった場合にどう対処するかを頭の中で整理しました。結局、茂みから現れたのは大きな鹿でしたが、あの時も外部の小さな変化を見逃さないことの大切さを実感しました。

(左:ガスで視界不良となった岩道、中:後を付けられた猿、右:突如現れた鹿)

このように、登山中は常に外部にアンテナを張り巡らせ続けなければならないのです。このアンテナの感度を高く保ち、そこで捉えた変化を素直に受け止め、適切に判断できるかどうか。それが、登山中の事故を未然に防げるかどうかを左右するのです。

このことは、ベンチャー経営にも例えられます。屋内スポーツをビジネススクールで学ぶ座学に例えるとすると、外部環境の影響を受ける屋外スポーツは実際の事業運営に、そして自然環境に左右される登山はベンチャー企業の経営に、より近いものだと思います。

企業が受ける外部環境、すなわち市況の変化、新技術の登場、法律の改正などからの影響は計り知れません。あらゆる企業は、外部環境の変化の中で事業を営んでいると言っても過言ではありません。顧客の反応が少し鈍くなった、利用率が減少に転じた、営業現場から同じ質問が増えてきた。こうした小さな変化は、大きな市場変化よりも早く現れることがあります。大企業でも影響を受けるくらいですので、ましてやベンチャー企業にとっては、存続が危ぶまれるほどの激しい変化もあるのです。最近では、AIエージェントの急速な普及、グローバルプラットフォーマーの勢力拡大、少子化、金利上昇による投資家の投資方針の変化などが挙げられます。

ベンチャーの経営チームは、これらの変化を敏感に察知すると共に、先手先手で戦略や計画を練り直し、適切に対処する。場合によっては、ピンチをチャンスに変えるほどの大胆な一手を打つ。その覚悟と行動力が求められるのです。

危機は、突然現れるように見えて、その多くは小さなサインを出しています。そのサインに気付けるかどうかが、登山でも経営でも、生き残る者とそうでない者を分けるのです。

11. センサーを研ぎ澄ませよ
~内部環境の変化に気が付け~

外部環境の変化に目を向けることと同じくらい重要なのが、内部環境の変化に気付くことです。

登山における内部環境とは、ソロ登山であれば自分自身の、グループで登る場合には自分だけでなく、メンバー一人ひとりの調子やバイオデータの変化を指します。登山中は、自分の体が発するさまざまな情報を受け取るセンサーを持つ必要があります。

バイオデータの取得に関しては、最近、登山用アプリやスマートウォッチなどで、歩行ペースを確認したり、歩きながら心拍数を確認したり、休憩中に血中酸素濃度を測定したりできるようになりました。また、そういったデバイスでは測れない、膝や足腰の関節の調子、筋肉の疲労度、発汗量などの変化にも敏感である必要があります。

デジタル機器では測れない変化こそ、自分自身の感覚で捉えなければなりません。

私の場合、登山を始めたばかりで膝が今よりも弱かった頃は、山を登っている間に、「この調子で登り続けたら、下山できなくなる」と感じた日は、途中で勇気を持って下山に切り替えたことがあります。あのまま登り続けて、下山できなくなるよりも、はるかに正しい判断だったと思います。

(左:通常の登山中、中:異常な心拍数、右:2700m下での血中酸素濃度)

一方、ベンチャー経営においては、社長の体調を整えることはもちろん重要ですが、会社の内部環境の微妙な変化を察知することも重要です。

何気ない会話や挨拶が減った、オフィス内の整理整頓が乱れ始めた、ボトムアップで情報が上がってこなくなった、無断欠勤者や理由が不明確な退職者が増えてきた…。これらはいずれも会社が傾く前の予兆です。

経営者は、ビジネスのセンスだけでなく、こういった内部環境の変化に敏感に気付けるセンサーも持ち合わせていなければなりません。

そのセンサーが鈍いと、社長自身はエネルギーにあふれ、やる気に満ち、前を向いて邁進しているにもかかわらず、ふと立ち止まると、メンバーは誰一人ついてきていなかったとか、皆疲弊してパフォーマンスを発揮できなくなっていた、ということが起きがちです。

リーダーは前を見るだけでなく、社内全体を見渡し、小さな異変を見逃さない余裕を持たなければなりません。組織は突然崩れるのではなく、小さなほころびが積み重なった結果として崩れていくからです。

12. 重要な局面では特に冷静になれ
~状況を見極め、最善の一手を打て~

さて、張り巡らせたアンテナから情報を受け取り、研ぎ澄ませたセンサーが危険な信号を捉えたら、その時、どう対処すればよいのでしょうか。

登山においても経営においても、特に悪い情報、危険な信号を検知した時ほど、冷静になることが大事です。登山では、濃霧の中での道間違い、突然の土砂降り、岩場での捻挫や打撲、疲労による筋肉の痙攣など、さまざまな外部環境・内部環境の変化から生じる危機に直面します。

ベンチャー経営においても、AIの普及による顧客ニーズの劇的な変化、競合企業同士の合併発表、関連法規の変更、経営幹部の突然の退職、顧客情報の漏洩事故など、同じく様々な危険信号を受信します。

そんな時こそ、決してパニックに陥らず、冷静さを保ち、慎重かつ適切に判断し、その判断に基づいて迅速に行動することが求められます。パニックになり右往左往すれば、間違った方向にさらに進んだり、無駄な体力を消耗したり、怪我を悪化させたりすることにもなりかねません。

事が起きたら、まず一旦落ち着いて情報を集め、状況を把握し、分析する。次に、最悪の事態を想定しながら、それでも生き残る方法、登山であれば無事に下山する方法を考える。
そして、取るべき行動を決めたら、迅速に実行する。熟考は必要です。しかし、決めた後まで迷い続けていては、対応が遅れます。

私自身も、月山で雪渓を下山中に滑落したことがあります。その瞬間は頭が真っ白になりました。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、這って安定した場所まで移動し、靴下を脱いで患部をチェックしました。パニックになって慌てて歩き出すのではなく、まず体の状態を確認し、山頂を目指すべきではないと冷静に判断し、しっかりと休みを取ってから下山を開始しました。

また先ほどの久住山では、登頂に成功した後の下山中ということで疲労が溜まっていたとに加え、ガスによる視界不良、そして晴れていても間違えやすいという藪道が重なって、数度の道間違いを起こしました。いずれも立ち止まって現在位置を確認し、間違えたポイントまで引き返す、という鉄則を守ったことで事なきを得ました。

いずれも、焦って無理な行動を取っていたら、状態をさらに悪化させていたかもしれません。

(二度も道に迷った久住山の藪の道)

これらは登山でもベンチャー経営でも同じです。重要な岐路を迎えた時、危険を察知した時ほど、冷静に対処し、最善のアクションを考え、行動に移すことが求められるのです。

日本百名山には様々なタイプの山があり、それぞれに様々な危険が潜んでいます。そしてその自然環境は季節により、日により変化するし、自分の体調も日々変わります。ベンチャー経営の現場においても、市場も、競合も、顧客も、そして社内のメンバーも日々変化しています。

アンテナを張り巡らせる。センサーを研ぎ澄ます。危険を察知した時ほど、慌てず冷静に状況を見極める。熟考した上で取るべき行動を決めたら、迅速に最善の一手を打つ。

これらの習慣が、ベンチャー企業が生き残り、飛躍的な成長を遂げるための土台となるのです。

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以上、【百名山から学ぶベンチャー経営】の第四部でした。

この挑戦も一年が過ぎました。当初は恐る恐る始めた本格的な登山ですが、今や全ての行程や景色を楽しめる余裕が出てきました。と同時に、挑戦する山も徐々に険しくなり、怪我や事故のリスクが高まってきました。 アンテナを張り、センサーを研ぎ澄ませて細心の注意を払いながら、諦めない心で、一座一座挑戦しながら、この連載を続けていきたいと思います。

次回は「不撓不屈と慎重さの両立」 をテーマに、「もう無理」と「あと一歩」が紙一重であること、大胆さと慎重さの両立、恐怖心を乗り越えることなどについて考えてみたいと思います。

D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太

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2026.08.25
【来訪レポート】経営の原点「企業は社会の公器」を学ぶ|パナソニック ミュージアム 松下幸之助歴史館
2026年7月29日、ブランド戦略室の杉原、川口の両名で大阪府門真市にある「パナソニック ミュージアム 松下幸之助歴史館」を訪問してきました。 【パナソニック ミュージアム 松下幸之助歴史館】 松下幸之助氏94年の生涯で、幾多の苦難を乗り越える中に見出した、「行き方・考え方」。その“道”をたどりながら、松下幸之助の経営観や人生観を学ぶことができます。 ※パナソニック ミュージアム内には「松下幸之助歴史館」のほか、歴代家電の進化を体験できる「ものづくりイズム館」なども併設されています。 公式サイト:https://holdings.panasonic/jp/corporate/about/history/panasonic-museum/facility/konosuke-museum.html 【松下幸之助氏について】 パナソニック(旧・松下電器産業)の創業者。わずか3名でスタートした小さな工場を一代で世界的電機メーカーへと成長させ、「経営の神様」と称された日本を代表する実業家です。 経営思想家としても数々の著作を残したほか、出版・研究機関である「PHP研究所」や、次世代のリーダーを育てる「松下政経塾」を設立するなど、日本の産業界・社会の発展に深く貢献しました。 彼のあらゆる活動の根本にあったのが、「会社は社会のためにある」という『企業は社会の公器』という強い哲学です。 訪問のきっかけ―グループ理念の原点を訪ねて 今回、私たちがパナソニック ミュージアムを訪れた背景には、弊社(ディ・ポップスグループ)代表・後藤の起業における「原点」があります。 ディ・ポップスグループ フィロソフィー 【企業は社会の公器】 パナソニック(旧・松下電器産業)を一代で世界的企業へ育て上げ、後進の育成(松下政経塾など)や思想発信(PHP研究所)を通じて「経営の神様」と称された松下幸之助氏。代表の後藤が25歳で起業を決意した最大のきっかけは、学生時代に幸之助氏の著書に出会い、強い衝撃と影響を受けたことにあります。そこで初めて「会社経営を通じて社会に貢献する」という生き方・道があることを知りました。 後藤は現在でも大阪を訪れるたび、時間を見つけては本ミュージアムに足を運び、何度も幸之助氏の理念に立ち返っています。 ディ・ポップスグループの根底にある想いをより深く理解するためには、その原点である松下幸之助氏の教えを学ぶ必要があると考え、今回の来訪が実現しました。 「ナショナルランプ」に見る、挑戦と情熱の原点 展示の中で特に目を引くのが、パナソニックのブランドの礎となった「砲弾型自転車用ランプ(ナショナルランプ)」の展示です。 当時、自転車のライトはローソクや石油が主流で、消えやすく危険なものでした。幸之助氏は「安くて安全で、長持ちするライトを作りたい」と執念を持って開発を重ね、従来数時間しか持たなかった電池寿命を10時間以上に伸ばす画期的な製品を完成させました。 当初は問屋に相手にされなかったものの、販売店に点灯させたまま置いてもらう大胆な実演展示を実施。その品質が評判を呼び、爆発的なヒットへと繋がりました。『ナショナル』ブランドの起点であり、諦めずに工夫を重ねて道を切り拓く松下経営の真髄を感じられる貴重な展示です。 館内では、松下幸之助氏の歩んだ人生とともに、数々のエピソードが紹介されています。 「経営の神様」と称される松下幸之助氏ですが、展示を通して見えてきたのは、決して特別な存在として遠くにいるわけではなく、私たちと同じ一人の人間として目の前の課題に向き合い続けた姿でした。 どのような状況にあっても「企業は社会の公器」という軸をぶらさず、常に社会のためになる選択をし、愚直にやり続けたことこそが、偉大な功績に繋がったのだと実感させられます。 心に刻みたい松下幸之助氏の名言 松下幸之助氏には数々の言葉が残されています。その中で何点かご紹介します。 ~企業は社会の公器~ 一般に、企業の目的は利益の追求にあるといわれる。たしかに利益は健全な事業経営を行う上で欠かすことができない。しかし、それ自体が究極の目的かというと、そうではない。根本はその事業を通じて共同生活の向上をはかることであって、その根本の使命を遂行していくうえで利益が大切になってくるのである。 そういう意味で、事業経営は本質的には私の事ではなく、公事であり、企業は社会の公器なのである。だから、たとえ個人企業であろうと、私の立場で考えるのではなく、常に共同生活にプラスになるかマイナスになるかという観点からものを考え、判断しなければならないと思う。 *出典「実践経営哲学」 ~好況よし、不況さらによし~ 好況時には、少々の不勉強であっても、サービスが不十分であっても、まあどこでも注文してくれます。だから経営の良否というのはそう吟味されなくてすみます。 ところが不景気になってくると、買うほうは、十分に吟味して買う余裕ができてきます。そこで、商品が吟味され、経営が吟味され、経営者が吟味されて、そして事が決せられることになるわけです。ですから、非常にいい経営のもとに、いい人が育っている会社や店は、好景気にはもちろん結構ですが、不景気にさらに伸びるということになる。そのことを事業にたずさわる者としては、日ごろ常に心にとめておかなければならないと思います。 *出典「道は無限にある」 ~道は無限にある~ お互い人間というものは、常にみずから新しいものをよび起しつつ、なすべきことをなしてゆくという態度を忘れてはならないと思います。お互いが、日々の生活、仕事の上において、そういう心構えを持ち続けている限り、一年前と今日の姿にはおのずとそこに変化が生まれてくるでしょうし、また一年先、五年先にはさらに新たな生活の姿、仕事の進め方が生まれ、個人にしろ事業にしろ、そこに大きな進歩向上が見られるでしょう。 大切なことは、そういうことを強く感じて、熱意をもって事に当たるという姿勢だと思います。そうすればまさに”道は無限にある”という感じがします。 *出典「道は無限にある」 パナソニック ミュージアムはパナソニック本社の敷地内にあり、入館無料で見学が可能です(一部を除き写真撮影も許可されています)。 訪問した平日の午前中も、ビジネスパーソンと思われる方が一人で静かに見学されている姿を多く見かけました。自社社員のみならず、社外の働く人々にとっても学びの場としてひらかれていること自体が、まさに「企業は社会の公器」を体現した素晴らしい社会貢献だと感じます。 ディ・ポップスグループは、「リアルビジネス × テクノロジー × グループシナジー」を掛け合わせた事業展開をしている会社の集合体で、100年後も社会から必要とされ続けるベンチャーエコシステムの実現を目指しています。 ディ・ポップスグループも、この「企業は社会の公器」という原点を胸に刻み、事業を通じてより良い社会の実現に貢献してまいります。 企業の経営に携わる方はもちろん、日々仕事に向き合うすべての働く社会人の皆様に、ぜひ一度足を運んでいただきたい素晴らしい施設でした。 ディ・ポップスグループ ブランド戦略室 川口遥
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2026.08.18
【百名山から学ぶベンチャー経営論】 第三部「戦略・戦術・戦闘」
ディ・ポップスグループは、「社会に変革をもたらす多数の成長ベンチャー(ユニコーン企業)を輩出する」というミッションを掲げ、「誠実・謙虚・感謝の心で、共に学び、共に成長する」をバリューとしています。 アドバイザーを務める杉原は、昨夏「ユニコーンTシャツを着て日本百名山100座を踏破する」という目標を掲げて以来、全国の山々を登り続け、執筆時点で48座まで登りました。本連載では、その挑戦の中で経験した成功や失敗、判断や学びを、ベンチャー経営や組織運営になぞらえながら考察しています。 第一部では、目指す頂き(ビジョン)を定めることの大切さと、その実現に向けた準備について、第二部では、計画は綿密に、実行段階では地道な歩みに集中することについて記しました。 今回第三部は、事業における戦略・戦術・戦闘のそれぞれの意味と重要性を、百名山への挑戦と照らして考察してみます。 7. まず、戦略を立てよ ~事業戦略無き起業は無謀~ 昨年の夏、「アラカンで日本百名山を踏破する」という目標(ビジョン)を立てましたが、同時にその実現方法を深く考えました。アラカン、すなわち還暦前後で達成するには、今後3年から4年、62歳前後までに完了する計画を立てれば良い。しかし、低山しか登っていない素人が、そのような短期間で、非常に困難な山も含む日本中の100座の山に登り切れるのだろうか?と思いました。 そこでまず、全ての山について、様々な書籍やメディアから情報を収集しました。 ・標高および難易度は?(コース定数という参考数字が公開されている) ・各山に適した季節は?(冬期は登頂不可または危険という山が多い) ・連続で登れる山は?(縦走したり車で移動して連日で登れる山々もある) ・早めに登っておきたい山は?(経験としてや山の魅力を知る目的で) その調査が終わった後に、私が考えた戦略はこうです。 ①コース定数の低い山から順次挑戦し、徐々に知識・技術・体力を付けていく ②分散する地方の名山をまず攻め、難易度の高いアルプス山脈は後半にアタックする ③移動に時間を要する東北や九州では、一度の遠征で複数の山を登る ④季節が制限される山は優先的に予定を決め、早めに宿と移動手段を予約する ⑤経験を積みながら、体を鍛え、課題を発見し、必要装備などを学んでいく この戦略に基づいて、全ての山に関して、今後3~4年の間でいつ頃登るのか、どれとどれをセットで登るのか、どんな移動手段を使うべきか、などを地図帳やメモアプリに記録しました。そして、まず2025年中に登る山に関して、登山口までの移動手段と必要時間、登山にかかる時間や難易度を考慮して、前章で記述したように個々の計画を立てたのでした。 これまでに48座まで登ることができ、今ではコース定数と等高線地図を読めば大体どれくらいの難易度なのかが予想できるようになりました。また、疲労蓄積のパターンや自分なりの回復の方法なども学んできました。 既に約半数の山を登れた訳ですが、困難な山は後半に取ってあるので、これからが正念場、それこそ山場だと思っています。しかし、今ではこの戦略の正しさに自信を持っており、今後待ち構えている難攻な山々に挑戦する準備が整ってきたと思えます。 (全ての山について難易度と標高を調べ、3~4年での登頂計画を立ててから実行した) このように、十分な情報収集をし、熟考した上で戦略を立てること、そしてその戦略に基づいて計画を立てることは、ベンチャー企業の経営においても最も重要な活動です。 ベンチャー企業では、「良い製品を作れば売れる」と考えがちです。しかし実際には、「誰に」「どの市場で」「どのような販売方法で」勝負するかという戦略が結果を大きく左右します。価格設定もその戦略の重要な要素です。 成長市場や解決されていない社会課題が明確である市場(機会)においては、既に先行する会社(脅威)があるか、またはいずれは必ず競合事業者が現れます。その上で自社の強みや弱みを整理して、それに基づいて戦略を立てる。また、会社のメンバ―全員が同じ方向に向かって努力していけるよう、一定期間後の売上や顧客数などの明確なマイルストーンを立てる。 創業者とその経営メンバーは、寝ても覚めても戦略を考えることが、創業初期における最も重要なアクションの一つです。 もちろん、いざ実行段階に入ったら、外部環境や内部環境の変化により戦略の立て直しを余儀なくされることもあります。が、だからといって、戦略無きまま、感覚で事業を立ち上げ、進めていくという起業は、無謀と言えます。 成功する事業の裏には、経営陣全員が頭がパンクするくらいに考えに考え抜かれた戦略があるものです。 百名山は、勢いだけでは登り切れません。事業もまた、情熱だけでは成長しません。高く険しい頂を目指すのであれば、まず戦略を立てること。挑戦は、その一歩を踏み出す前から始まっています。 8. 弱みを補うギアを持て 〜己を理解した戦術が勝率を上げる〜 私は、登山にハマる前まではジム通いが趣味で、主に上半身を中心に筋トレをしてきました。そのため、筋肉量が多い上半身に重心が偏っています。また、幼少期にやせ型だったために骨格が細く、下半身、特に膝や足首が細くて痛めやすいという、登山には向いていない体付きをしています。 前章で記した戦略に基づき、百名山の中でも難易度の低い山から順次登り始めた当初、下山時に膝痛が起きることがよくありました。 そこで考えた”戦術”は、「登山用のストックと上半身の力に頼る」ということと、「どんな山でも必ず膝と足首をテーピングで保護する」ということ。 登山を始めた頃の私は、「ストックを使わない方が格好いい」と思っていました。しかし、それは私にとっての正解ではありませんでした。見栄を張らず、膝が弱いという自分の弱点を認め、自分に合った戦術を選んだことが、結果的には正解でした。 今では常にストックを使い、上半身の力にも頼りながら登っています。また、様々なテーピングの製品や巻き方を研究して、今の形に辿り着きました。この戦術により、ほぼ、膝痛を起こすことなく、3日連続で三座の百名山に登る挑戦もできるようになりました。 (いつも頼りにするストック、怪我予防の膝テーピング、急な下りには膝サポーター) では、振り返って、経営における戦術とは? ベンチャー企業も、素人登山愛好家だった私のように、創業当初からすべてを備えているわけではありません。営業が弱い会社もあれば、資金力に乏しい会社もあります。だからこそ、自社の弱点を理解し、それを補う戦術を考えることが重要になります。 戦術とは、自社の弱みを補い、強みを最大限に生かすための具体的な工夫です。 ・社長はエンジニアで、開発チーム作りには自信があるが、営業力が弱い →経験豊富な営業責任者を採用する ・チーム全体が若くて経験が浅いため、信用を得られ難い →各界で実績と人脈が豊富な著名な顧問を迎え入れる ・資金力と人材の豊富さで先行する競合企業に劣る →大手企業と提携する 現実的には、製品群毎に、企業のステージが変わる毎に、また市場におけるポジションにより、様々な戦術が考えられます。大きな方針とも言える戦略と異なり、戦術とは、事業を進めていく中で適宜組み立てていくべきもので、その時々でベストな戦術を編み出していかねばなりません。そのためには、自社の弱点から目を背けず、それを補う方法を考え続けること。そして、その判断を下せる創業者の覚悟が求められます。 登山では、ストックやテーピングは決して「弱さの象徴」ではありません。自分を知り、その弱点を補うための戦術です。 事業も同じです。強い会社とは、弱点がない会社ではありません。弱点を理解し、それを補う戦術を持っている会社です。 9. 道具には使い慣れておけ 〜戦闘には使い慣れた武器・ツールが欠かせない〜 十分に練った戦略の上で、己を理解した戦術を定め、いざ登山をする訳ですが、登山においては、その山のタイプや季節、天候によって、様々な道具を使います。 雨具やヘッドライトはもちろん、岩場ではハイカットシューズやグローブ、落石の恐れがある山ではヘルメット、雪山ではチェーンスパイクやアイゼン、ピッケルなどを適切に選ばなければなりません。私自身も、山に応じて4〜5足の登山靴を履き分けています。 しかし、これらの必要な道具を用意するだけでは戦闘準備ができているとは言えません。 戦闘では、「持っていること」よりも、「使いこなせること」の方が重要です。 新しい靴、初めて使うアイゼン、初めて使うストック。いずれの道具も、十分に使いこなせるようになってから、本番の山に挑むようにすべきです。 そういう私も、購入してまだ慣れていない登山靴でハードな雪山に登り、滑落して足を捻挫してしまいました。いつもの靴だったらまた違ったのでは、と深く反省しています。「新しい道具なのだから、きっと以前より安全だろう。」そう考えましたが、間違っていました。性能よりも、身体が覚えていることの方が重要でした。 戦略、戦術が正しくとも、戦闘準備ができていなければ、勝てる戦いも負けてしまいます。 野球選手にとってのグローブ、サッカー選手にとってのシューズ、登山家にとっての各種道具。使い慣れた道具を使いこなしてこそ、困難な戦いに挑む準備ができるというものです。 (履きなれた登山靴、手放せないストック、使い慣れていないアイゼン) そして、道具を用意すること、それ以上にその道具に使い慣れておくことの重要さは、ベンチャー経営でも同様です。 ・ロールプレイを繰り返して、提案を身体で覚える。 ・AIツールは、十分に検証してから、自分達の武器として使いこなす。 ・新しい営業手法は、小さく試してから全社、全顧客に展開する。 ・新しい制度は、運用を想定したリハーサルを経て導入する。 例えば上記に挙げたように、机上だけで考えた提案をそのまま顧客にぶつける、十分に使いこなせていないAIツールで重要なレポートを作成する、流行の制度を十分な準備なく導入するといった、行き当たりばったりなことをしていては、戦略が正しくとも、戦術が自社に相応しくとも、戦闘力は上がりません。 AIを使いこなすこと自体は戦略ではありません。 営業の勝ちパターンを身につけることも戦術そのものではありません。 それらは、戦略と戦術を現場で実現するための戦闘能力です。 これらは事業を前に進めるための効率化や成功確率アップの手段の一つに過ぎません。しかし、その道具を使いこなせれば、一人一人の能力が決して高くはないチームでも、大きな成果を出すことができるのです。 まだ小さくて、信用も弱く、リソースも足りないベンチャー企業にとって重要なことは、まず、戦略を土台におき、己を理解した上で適宜戦術を考え、その上で、個々の戦闘能力を高めて、事業活動を推進していくということではないでしょうか。 ベンチャー企業における戦略・戦術・戦闘は、次のように捉えることができると思います。 戦略とは、目指す頂へたどり着くための全体設計。 戦術とは、自分や自社の強み・弱みを踏まえ、最善の戦い方を選ぶこと。 戦闘とは、その戦略と戦術を、現場で確実に実行する力。 この三つが噛み合って初めて、困難な頂にも、険しい市場にも挑むことができるのです。 ———————— 以上、【百名山から学ぶベンチャー経営】の第三部でした。 この挑戦も約半数となり、これからは更に険しい山に挑戦していきます。また怪我をせぬように、細心の注意を払いながら、諦めない心で、一座一座最終ゴールに向けて積み重ねていきながら、リアルタイムにこの連載を続けていきたいと思います。 次回は「アンテナを張り巡らせよ」をテーマに、外部環境、内部環境に目を配ること、重要な局面での判断などについて考えてみたいと思います。 D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太
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2026.08.12
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