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ストック型ビジネスを加速させる「ディストリビューション」とは?LTVと獲得コストの最適解

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2025.07.15

この記事は、Google Chromeの普及を主導した筆者が、その戦略を現代のストック型ビジネスに応用する方法を解説したものです。

ディ・ポップスグループの基本戦略には、”事業の柱を増やしストックビジネスで固める”、”ストックの蓄積により業績のブレ幅を右肩上がりにする”という項目があります。(https://d-pops-group.co.jp/business/

中核事業会社の一社であるディ・ポップス社が行っており、着実にその利用者が伸びている「スマホ相談窓口TOP1」や、代理店として取り次いでいる通信キャリアのスマートフォンの月額基本料収益などは、典型的なストックビジネスと言えるでしょう。

各種ストックビジネスとは一見関係がなさそうに思われる、「ソフトウェアのディストリビューション」という販売モデルの事例を理解していただくことで、ストックビジネスの営業戦略を練る上での参考となることを目指します。

1. ストック型ビジネスの特徴

一般的に「ストック型ビジネス」とは、一度顧客を獲得すれば継続的に安定した収益が得られるビジネスモデルを指します。代表的な例には、サブスクリプション型のソフトウェアサービス(SaaS)、定額制の動画配信やフィルタリングサービス、賃貸不動産の家賃収入、保険の保険料収入などがあります。当社で言えば、出資先のAdora社のコドマモアプリやThe Salons Japan社の美容モールというサブリース事業はその典型と言えます。

これに対し、単発の売上に依存するモデルを「フロー型ビジネス」と言いますが、ストック型ビジネスは将来の収益予測が立てやすく、事業の安定性や企業価値の向上にもつながります。その主なメリットとしては収益の安定性と高い利益率が挙げられますが、顧客の解約(チャーン)を防ぐための継続的な価値提供や顧客満足度の維持が重要です。

ストックビジネスでは、月次収益(MRR=Monthly Recurring Revenue)、年間収益(ARR=Annual Recurring Revenue)、顧客生涯価値(LTV=Life Time Value)、顧客獲得コスト(CAC=Customer Acquisition Cost)などの指標が経営判断に活用されます。長期的な視点で信頼関係を築きながら収益を積み上げるモデルといえます。

2. ディストリビューションとは?

さて、事業における「ディストリビューション」とはどういう活動でしょうか?

ディストリビューションとは、製品やサービスを製造元から消費者や販売チャネルに届けるための「流通・供給」に関する一連の活動を指します。一般には、形あるモノの物流や卸売を含む言葉ですが、オンラインで販売するソフトウェアや、IT業界においては、製品の販売・拡販チャネルの構築や管理といったビジネス的な側面を強く含みます。

たとえば、パートナー企業との連携によってソフトウェア製品をプリインストールしたり、他の製品とセットで提供したりすることで、効率的に市場に広げていく仕組みを指します。多くのグローバルIT企業では、このディストリビューション部門がマーケティング部門や営業部門と連携しながら、製品の認知拡大やユーザー獲得を支援する戦略的な役割を担っています。

3. ストック型サービスのディストリビューション

ここからが本題です。

スマホファーストの時代に、少し古いですが、読者の誰もが使っている、もしくは目にしたことがある、PC版の「Google Chromeブラウザ」を題材にして、ストック型サービスのディストリビューションについて解説します。

1) Chromeはストック型ビジネスのソフトウェア
意外に思われるかもしれませんが、Google Chromeは無料のブラウザソフトですが、Google社にとってはストック型ビジネスの収益の源泉、そのソフトそのものがストック型サービスとも言えるのです。

Chromeブラウザの上部にある空白の入力スペースを「アドレスバー」と言いますが、ここが検索ボックスを兼ねています。Chromeユーザーは、わざわざGoogleやYahoo!、そして少し古いですがniftyやSo-netやMSNといったポータルサイトに行かなくても、このブラウザ標準の検索ボックスにキーワードを入力するだけで、知りたいことを調べられます。

そしてご存じのように、ユーザーが検索をすると、その検索結果ページの上位には検索連動型広告が掲載されます。ユーザーがそれらの広告をクリックすると、Google社は広告料収益を得られます。一度のクリックで得られる収益はわずかですが、ユーザーがそのパソコンを利用している間、毎月一定数の検索をし、一定数の広告のクリックをすることで、ちりも積もれば山となり、1つのChromeブラウザから毎月一定の収益が上がることが期待できるのです。

2) ディストリビューションモデル
このように考えると、Google Chromeのディストリビューションとは、その検索連動型広告により得られる収益向上のために、Chromeブラウザを世界中に広めるための流通・拡販戦略を指し、ユーザー自身の手によるホームページからのダウンロードの促進に加えて、パートナー企業との提携によって大規模に展開した戦略的な事業活動でした。

その主な手法には、
① メーカー各社のパソコンへのプリインストール
② ウィルス検知ソフト等他のソフトウェアへのバンドル配布(*)
③ ADSL等ブロードバンドの設定ソフトとのバンドル(*)
④ 通信事業者やインターネットプロバイダ等との連携

などが挙げられます。(※ソフトウェアバンドルとは、そのソフトウェアのインストール時に、ユーザーの確認の上で一緒にパソコンにインストールされるような仕組みのこと。)

スマホ時代が到来する前、まだパソコンが全盛期だった2010年代には、T社製、S社製、L社製、H社製といったパソコンには、店頭に並んだ時点からChromeがデフォルトのブラウザとして設定されるようになっていました。

3) ディストリビューションの狙い
Google社において、このディストリビューションビジネスは非常に重要な位置付けをされていました。なぜなら、前記のパートナーシップ提携を通じて、次の狙いがあってChromeブラウザを普及させたかったからです。

① Googleの白いホームページ ”以外の” アクセスポイントを増やすため
② 検索エンジンの競争環境において、その根っこであるブラウザを抑えるため
③ ITリテラシーの低い一般消費者へもリーチを広げるため
④ GoogleやChromeの製品ロゴの露出を広めるブランディングのため

2010年前後に活発に行われたこのディストリビューションビジネスの後に始まった、テレビCMを含む積極的なマーケティング活動により、事前に普及させていたChromeブラウザからの検索数が急速に増えたのでした。

なお筆者は、このディストリビューションビジネスにおけるAPAC地域の初代リーダーを務め、Chromeの普及及びそれに伴ってのGoogleの検索シェアの向上に貢献をしました。

4. ファイナンシャルモデル

では、上記で挙げた協業パートナー各社は、無条件でGoogleに協力したのでしょうか?

そんな訳はありません。Win-Winの関係を築くには、市場創出という理念の一致だけではなく、相手方にとっての金銭的なメリットも必要でした。協業パートナーからは、Chromeを製品にバンドルすることにかかるコスト相応かそれ以上の対価が求められました。以下、いくつかの支払いモデルを示します。

① レベニューシェアモデル
② バンドル台数に応じた支払いモデル
③ アクティベーション件数に応じた支払いモデル
④ これらの複合

①は、ポータルサイトとの協業で主流だったモデルで、検索連動型広告から得られる収益からお互いの取り分(xx%)を分け合うモデル。収益が大きければ支払いも大きくなります。逆に言えば、Chromeが使われなければ支払いもされません。PCメーカーなど、バンドルするための作業コストや製造負荷がかかる事業者は、そのコストの補填を要求するので、ディストリビューションモデルには適しませんでした。

②は、Chromeブラウザをバンドルしたパソコンの台数に応じて支払うモデル。パソコンメーカーにとっては、この手数料を当てにして製造原価を下げることができるので望ましいと受け止められました。ただしChromeが全く使われなかった場合、Googleにとっては痛手です。バンドル手数料を支払っても、そのパソコンからは検索連動広告の収益があがらないので、支払った手数料が無駄になってしまうからです。

そこで③です。あらかじめバンドルされたChromeブラウザが、ユーザーの手に渡り、初回起動された(=アクティベーション)ことを検知したら、その台数分だけ、支払いの対象とするというモデルで、双方にとって納得感のあるモデルです。

少し細かくなってしまいましたが、ここからが重要なポイントです。

この場合の、一台あたりに支払う手数料は、いくらまでなら許容されるでしょうか?

相手に言われるがまま無制限に支払っていては、Googleにとっての利益が上がらずメリットがありません。一方で少なすぎては協業したい企業とのディールは成立しません。そのさじ加減は、適当な感覚で決めるものではなく、非常に綿密な計算のもと、限界値を割り出し、そこを念頭に入れながら交渉をしなければならないのです。

ここでは、非常にざっくりとした仮定の数字を使って説明をします。

日本における単位検索件数(1000件)あたりの広告売上=50円
Chromeユーザーの1ヶ月あたりの検索数=200回
日本における平均的なパソコンの買い替えまでの年数=5年
Chromeブラウザ1つから期待できる将来収益
=50円 ÷1000 x (200 x 12ヶ月) x 5年 = 600円

よって、一台のアクティベーションから、将来パソコンが買い換えられるまでの間に600円の収益が見込まれる。それをベースに、販管費や開発コストなどと必要な利益を考慮した結果、例えばその1/3である200円までが、協業相手に支払いできる限度額になる、といった具合になります。

実際には、検索数の増加率やパソコン毎のユーザ特性も勘案した綿密なシミュレーションの上で割り出されるし、限度額もそのマーケットの競争環境によって上下します。そしてパソコンメーカーあたりの新規出荷台数は年間何百万台もあり、手数料支払額は数十億円にもなるため、非常に慎重で大がかりなディールとなります。

ここで示したモデルのポイントは、あらかじめその製品から見込まれるLTVを把握して、そのうちの何%までなら販売コストとして支払うことができるか、というディールの限界条件を決めた上で、営業戦略や業務提携契約の交渉に入る必要がある、ということです。

5. サブスク事業やSaaS事業への応用

さて、Chromeブラウザを題材にしたディストリビューションビジネスのファイナンシャルモデルを例としてご紹介しましたが、この考え方は、決して古いものではなく、現在盛んに新規事業が立ち上がっているサブスクリプション型事業やSaaS事業や月額料金制のモバイルアプリの販売戦略とも大いに関連するのです。

前記の②、③の先払い方式では、GoogleはChromeをバンドルしたパソコンが使われ始めても当分の間は一台当たりで見れば赤字です。複数のメーカーと協業を開始してからの当初数年間は深く赤字を掘りました。

しかし、ある時から、あらかじめパソコンに忍び込ませていたChromeの存在を知ったユーザーが検索を使い始め、徐々に検索連動型広告からの収益が上がりました。そのパソコンの台数が市場に流通するに連れて、Chromeディストリビューションビジネスは黒字に転換し、その後の売り上げはずっとGoogleの手取りになったのです。また、一度使い慣れてしまえば、そのユーザーはパソコンを買い替えてもまたChromeを使いたくなるといった具合に、メインブラウザのIEからChromeへの切り替えが進んだのでした。

・・・そして現代。市場に溢れる各種SaaSやサブスク事業も同様です。ディストリビューションビジネスのような協業パートナーを開拓できれば、プロダクトを市場に投下した当初は一時的に赤字になっても、いずれ黒字転換し、以降はその勢いが加速するという販売戦略が実現可能です。

ただし、このことが成り立つのは、

① LTVの予測と綿密な計算により販路コストの限度額を割り出す
② ストックビジネスの基本である低い解約率を維持する
③ Win-Win関係が継続する協業パートナーを開拓する

の3点がとても重要となります。

以上、(株)ディ・ポップスグループがその基本戦略で掲げている、ストックビジネスをどのように拡販するのか、その営業戦略の参考となり得る、ディストリビューションというビジネスモデルについて、解説させていただきました。読者の皆さんのビジネスのヒントになれば幸いです。

これからもご支援、応援の程よろしくお願いします。

D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太

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不採算事業から撤退できず赤字を拡大してしまったり、潜在的な問題を抱えたまま新規事業のスタートや新商品のリリースをしてしまったり、組織の価値観に合わない人材を採用し、後に大きな軋轢を生んでしまったりと、取り返しのつかない経営判断につながることがあります。 このようなことにならないよう、重要な決断をする際には、自分たちがサンクコストの罠にはまっていないかどうかを、経営者は特に意識し、冷静に判断をすることが求められます。 諦めてはいけない時に諦めないこと。そして、諦めるべき時には、それまで費やした時間やお金、努力に囚われず、潔く撤退すること。その両方ができてこそ、本当の意味で「不撓不屈の精神と、慎重な判断力を併せ持つ」ことになるのだと思います。 ———————— 以上、【百名山から学ぶベンチャー経営論】の第五部でした。 この挑戦も一年が過ぎました。タイトルは「百名山から学ぶ」としていますが、実は裏を返せば、私の想いとしては、「これまでのベンチャー経営の経験を登山にも適用して取り組めば、登山の素人でも短期間で百名山を踏破できる、ということを証明してみよう」というものでした。これまでのところ、大いにその経験が活かされていると思います。 次回は、「失敗から学び、成長を続ける」 をテーマに、場数を踏み、鍛錬を積み、一つ一つ学びながら、自らの成長を続けることについて考えてみたいと思います。 なお、シリーズのこれまでの記事をまだお読みでない方は、こちら↓をぜひお読みください。 第一部「頂を決め、準備する」第二部「計画は綿密に、実行は地道に」第三部「戦略・戦術・戦闘」第四部「アンテナを張り、センサーを研ぎ澄ませ」 D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太
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2026.09.17
【The Salons Japan】美容師の新しいカタチの独立開業支援サービス『THE SALONS』の心斎橋店・梅田茶屋町店を訪問!
2026年7月30日に資本業務提携企業のThe Salons Japan株式会社が運営する完全個室美容モール『THE SALONS』の心斎橋店と梅田茶屋町店にお邪魔してきました! 『THE SALONS』とは? 『THE SALONS』は、美容師やビューティシャンが月額賃料のみで自分だけの完全個室サロンをオープンできる、全く新しいカタチの独立開業支援サービス(モール型サロン)です。大きな特徴として、以下のポイントが挙げられます。 ・   低リスクで“自分のサロン”を持てる:初期費用0円から開業可能であり、資金に縛られず自身のタイミングで独立の夢を叶えることができます。 ・   あなたらしいサロンを叶える:内装から働き方まで全て自由となっており、美容室をはじめ、エステやネイルなど幅広い業種に対応しています。 ・   充実の設備と独立を支えるサポート体制:各区画にはフルフラットバックシャンプー台やシンク、照明、Wi-Fiが完備されており、光熱費や月300枚までのレンタルタオルも料金に含まれています。また、融資相談から将来の路面店出店までトータルで支援する体制が整っています。 一般的な半個室のシェアサロン(利用者契約)とは異なり、完全個室の独立店舗として「店舗出店契約」を結ぶため、1人のサロンオーナーとしての社会的信用が得られるのも大きな魅力となっています。 【THE SALONS 心斎橋店】 THE SALONS心斎橋店は、四ツ橋駅から徒歩1分、心斎橋駅から徒歩4分ととても通いやすい場所にあります。心斎橋駅からはクリスタ長堀の地下街を通って、北12番出口を出るとすぐの場所にあります。地下街にはいろいろなお店が並んでいるので、予約の時間まで少し余裕があるときでも楽しく過ごせそうだなと思いました! 訪れたのは平日だったこともあり、お休みの店舗も多く見られましたが、7月末時点で満室となっていました! 完全個室の独立型サロンで、美容師さんお一人で営業されている店舗も多いからか、お子様連れのお客様の姿もちらほら見かけました。気心の知れた美容師さんのもとであれば、安心してお子さんを連れて行けますよね。これもTHE SALONSならではの魅力だなと感じました。 【THE SALONS 梅田茶屋町店】 THE SALONS梅田茶屋町店は、大阪梅田駅から徒歩2分ととても通いやすい場所にあります! カラーやパーマは施術時間が長くなりがちで、待っている間についお腹が空いてしまうこともありますよね。そんなときに同じビル内にバーガーキングがあるのは心強いポイント。施術帰りはもちろん、待ち時間にサッと小腹を満たせるのも嬉しいところです。 梅田茶屋町店は、個室の広さや窓の角度などが部屋ごとに違っていて、同じ店舗の中でもサロンごとの雰囲気がまったく異なっているのが印象的でした。個室の形がそれぞれ違うからこそ、光の入り方や開放感など、自分にとってぴったりの空間を探すことができます! THE SALONSの各店舗には、あらかじめシンクとシャンプー台が備え付けられています。それ以外の家具などは自分の好みで自由に選べるので、水道まわりの心配をせずに、自分らしい店舗づくりが楽しめるのは嬉しいポイントだなと思いました。 今回心斎橋店と梅田茶屋町店を紹介してくださった、The Salons Japanの秋山さんには、店舗について詳しく教えて頂きました。ありがとうございました! 同社の取締役も務める、ディ・ポップスグループのアドバイザーの杉原と共に写真を撮らせていただきました。 ディ・ポップスグループは、「リアルビジネス × テクノロジー × グループシナジー」を掛け合わせた事業展開をしている会社の集合体で、100年後も社会から必要とされ続けるベンチャーエコシステムの実現を目指しています。 The Salons Japanもベンチャーエコシステムの仲間として精一杯応援してまいります。 ディ・ポップスグループ ブランド戦略室 川口
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2026.09.09
【百名山から学ぶベンチャー経営論】 第四部「アンテナを張り、センサーを研ぎ澄ませ」
ディ・ポップスグループは、「社会に変革をもたらす多数の成長ベンチャー(ユニコーン企業)を輩出する」というミッションを掲げ、「誠実・謙虚・感謝の心で、共に学び、共に成長する」をバリューとしています。 アドバイザーを務める杉原は、昨夏「ユニコーンTシャツを着て日本百名山100座を踏破する」という目標を掲げて以来、全国の山々を登り続け、執筆時点で53座まで登りました。本連載では、その挑戦の中で経験した成功や失敗、判断や学びを、ベンチャー経営や組織運営になぞらえながら考察しています。 山では、計画や装備が万全でも事故は起こります。その多くは、変化の兆候を見逃し、判断が遅れた時に起こります。第四部では、ベンチャー企業経営にも通じる、外部と内部の変化を察知し、適切な判断につなげることの重要性について考えてみます。 10. アンテナを張り巡らせよ ~外部環境の変化に敏感になれ~ バスケットボールや卓球などの屋内スポーツと登山の決定的な違いは、天候の影響を大きく受けること、そして自然が相手だということです。 登山の計画段階で、台風はもちろんのこと、暴風や雷の予報があれば登山を延期すべきことは明白です。しかし、予報段階をクリアして、いざ実行段階に入ってからも、山の天候は変わりやすく油断はできません。また、森深い山では最近特に話題の熊のみならず、猪や蜂やヒルなどに遭遇することもあります。岩山では突然の落石に見舞われることもあります。 それらに適切に対処することはもちろんですが、できるだけ事前に察知できることが理想です。 肌で感じる気温の急激な変化、ザワザワという笹の音、怪しい木の動き、小石が上から転がってくる音…。これらはその後の大きな危機が襲いかかる前兆かもしれません。 私自身も、晴れ予報の日の登山だったにも関わらず、突如としてガスが湧いて視界が真っ白になったために、道を誤り30分ほど道なき道を歩いてしまったことがあります。あの時は、視界が悪くなった段階で早めにGPSで現在地を確認すべきだったと反省しました。 また、笹の濃い山道を歩いている時、突然、笹がざわざわと揺れました。「ついに熊か」と身構え、一度立ち止まり、万が一熊だった場合にどう対処するかを頭の中で整理しました。結局、茂みから現れたのは大きな鹿でしたが、あの時も外部の小さな変化を見逃さないことの大切さを実感しました。 (左:ガスで視界不良となった岩道、中:後を付けられた猿、右:突如現れた鹿) このように、登山中は常に外部にアンテナを張り巡らせ続けなければならないのです。このアンテナの感度を高く保ち、そこで捉えた変化を素直に受け止め、適切に判断できるかどうか。それが、登山中の事故を未然に防げるかどうかを左右するのです。 このことは、ベンチャー経営にも例えられます。屋内スポーツをビジネススクールで学ぶ座学に例えるとすると、外部環境の影響を受ける屋外スポーツは実際の事業運営に、そして自然環境に左右される登山はベンチャー企業の経営に、より近いものだと思います。 企業が受ける外部環境、すなわち市況の変化、新技術の登場、法律の改正などからの影響は計り知れません。あらゆる企業は、外部環境の変化の中で事業を営んでいると言っても過言ではありません。顧客の反応が少し鈍くなった、利用率が減少に転じた、営業現場から同じ質問が増えてきた。こうした小さな変化は、大きな市場変化よりも早く現れることがあります。大企業でも影響を受けるくらいですので、ましてやベンチャー企業にとっては、存続が危ぶまれるほどの激しい変化もあるのです。最近では、AIエージェントの急速な普及、グローバルプラットフォーマーの勢力拡大、少子化、金利上昇による投資家の投資方針の変化などが挙げられます。 ベンチャーの経営チームは、これらの変化を敏感に察知すると共に、先手先手で戦略や計画を練り直し、適切に対処する。場合によっては、ピンチをチャンスに変えるほどの大胆な一手を打つ。その覚悟と行動力が求められるのです。 危機は、突然現れるように見えて、その多くは小さなサインを出しています。そのサインに気付けるかどうかが、登山でも経営でも、生き残る者とそうでない者を分けるのです。 11. センサーを研ぎ澄ませよ ~内部環境の変化に気が付け~ 外部環境の変化に目を向けることと同じくらい重要なのが、内部環境の変化に気付くことです。 登山における内部環境とは、ソロ登山であれば自分自身の、グループで登る場合には自分だけでなく、メンバー一人ひとりの調子やバイオデータの変化を指します。登山中は、自分の体が発するさまざまな情報を受け取るセンサーを持つ必要があります。 バイオデータの取得に関しては、最近、登山用アプリやスマートウォッチなどで、歩行ペースを確認したり、歩きながら心拍数を確認したり、休憩中に血中酸素濃度を測定したりできるようになりました。また、そういったデバイスでは測れない、膝や足腰の関節の調子、筋肉の疲労度、発汗量などの変化にも敏感である必要があります。 デジタル機器では測れない変化こそ、自分自身の感覚で捉えなければなりません。 私の場合、登山を始めたばかりで膝が今よりも弱かった頃は、山を登っている間に、「この調子で登り続けたら、下山できなくなる」と感じた日は、途中で勇気を持って下山に切り替えたことがあります。あのまま登り続けて、下山できなくなるよりも、はるかに正しい判断だったと思います。 (左:通常の登山中、中:異常な心拍数、右:2700m下での血中酸素濃度) 一方、ベンチャー経営においては、社長の体調を整えることはもちろん重要ですが、会社の内部環境の微妙な変化を察知することも重要です。 何気ない会話や挨拶が減った、オフィス内の整理整頓が乱れ始めた、ボトムアップで情報が上がってこなくなった、無断欠勤者や理由が不明確な退職者が増えてきた…。これらはいずれも会社が傾く前の予兆です。 経営者は、ビジネスのセンスだけでなく、こういった内部環境の変化に敏感に気付けるセンサーも持ち合わせていなければなりません。 そのセンサーが鈍いと、社長自身はエネルギーにあふれ、やる気に満ち、前を向いて邁進しているにもかかわらず、ふと立ち止まると、メンバーは誰一人ついてきていなかったとか、皆疲弊してパフォーマンスを発揮できなくなっていた、ということが起きがちです。 リーダーは前を見るだけでなく、社内全体を見渡し、小さな異変を見逃さない余裕を持たなければなりません。組織は突然崩れるのではなく、小さなほころびが積み重なった結果として崩れていくからです。 12. 重要な局面では特に冷静になれ ~状況を見極め、最善の一手を打て~ さて、張り巡らせたアンテナから情報を受け取り、研ぎ澄ませたセンサーが危険な信号を捉えたら、その時、どう対処すればよいのでしょうか。 登山においても経営においても、特に悪い情報、危険な信号を検知した時ほど、冷静になることが大事です。登山では、濃霧の中での道間違い、突然の土砂降り、岩場での捻挫や打撲、疲労による筋肉の痙攣など、さまざまな外部環境・内部環境の変化から生じる危機に直面します。 ベンチャー経営においても、AIの普及による顧客ニーズの劇的な変化、競合企業同士の合併発表、関連法規の変更、経営幹部の突然の退職、顧客情報の漏洩事故など、同じく様々な危険信号を受信します。 そんな時こそ、決してパニックに陥らず、冷静さを保ち、慎重かつ適切に判断し、その判断に基づいて迅速に行動することが求められます。パニックになり右往左往すれば、間違った方向にさらに進んだり、無駄な体力を消耗したり、怪我を悪化させたりすることにもなりかねません。 事が起きたら、まず一旦落ち着いて情報を集め、状況を把握し、分析する。次に、最悪の事態を想定しながら、それでも生き残る方法、登山であれば無事に下山する方法を考える。 そして、取るべき行動を決めたら、迅速に実行する。熟考は必要です。しかし、決めた後まで迷い続けていては、対応が遅れます。 私自身も、月山で雪渓を下山中に滑落したことがあります。その瞬間は頭が真っ白になりました。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、這って安定した場所まで移動し、靴下を脱いで患部をチェックしました。パニックになって慌てて歩き出すのではなく、まず体の状態を確認し、山頂を目指すべきではないと冷静に判断し、しっかりと休みを取ってから下山を開始しました。 また久住山では、登頂に成功した後の下山中ということで疲労が溜まっていたとに加え、ガスによる視界不良、そして晴れていても間違えやすいという藪道が重なって、数度の道間違いを起こしました。いずれも立ち止まって現在位置を確認し、間違えたポイントまで引き返す、という鉄則を守ったことで事なきを得ました。 いずれも、焦って無理な行動を取っていたら、状態をさらに悪化させていたかもしれません。 (二度も道に迷った久住山の藪の道) これらは登山でもベンチャー経営でも同じです。重要な岐路を迎えた時、危険を察知した時ほど、冷静に対処し、最善のアクションを考え、行動に移すことが求められるのです。 日本百名山には様々なタイプの山があり、それぞれに様々な危険が潜んでいます。そしてその自然環境は季節により、日により変化するし、自分の体調も日々変わります。ベンチャー経営の現場においても、市場も、競合も、顧客も、そして社内のメンバーも日々変化しています。 アンテナを張り巡らせる。センサーを研ぎ澄ます。危険を察知した時ほど、慌てず冷静に状況を見極める。熟考した上で取るべき行動を決めたら、迅速に最善の一手を打つ。 これらの習慣が、ベンチャー企業が生き残り、飛躍的な成長を遂げるための土台となるのです。 ———————— 以上、【百名山から学ぶベンチャー経営】の第四部でした。 この挑戦も一年が過ぎました。当初は恐る恐る始めた本格的な登山ですが、今や全ての行程や景色を楽しめる余裕が出てきました。と同時に、挑戦する山も徐々に険しくなり、怪我や事故のリスクが高まってきました。 アンテナを張り、センサーを研ぎ澄ませて細心の注意を払いながら、諦めない心で、一座一座挑戦しながら、この連載を続けていきたいと思います。 次回は「不撓不屈と慎重さの両立」 をテーマに、「もう無理」と「あと一歩」が紙一重であること、大胆さと慎重さの両立、恐怖心を乗り越えることなどについて考えてみたいと思います。 D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太
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