
ベンチャーエコシステムの実現のためには、起業から世界的大企業に育てるまでを行ってきた、過去の名経営者から謙虚に学ぶ姿勢が欠かせません。
「名経営者からの学び」シリーズでは、筆者が影響を受けた名経営者や思想家らの言葉をご紹介し、実体験からの想い、事業や実生活で活かされた事例などをご紹介していきます。
第二回目は、グループのアドバイザー、米谷が担当致します。
1. ”キャッシュベースで経営する”(稲盛和夫)
「キャッシュベースの経営」というのは「お金の動き」に焦点をあてて、物事の本質にもとづいたシンプルな経営を行うことを意味している。会計はキャッシュベースで経営をするためのものでなければならないというのが、私の会計学の第一の基本原則である。
ーー「稲盛和夫の実学 経営と会計」(稲盛和夫著、日本経済新聞社発行)より、原文のまま引用
2. この言葉を選んだ理由
本作『実学』の初版が刊行された1998年当時、日本経済は「平成バブル」崩壊後の長いトンネルの中にありました。
このバブルの本質は所説あると思いますが、「キャッシュという現実から乖離した虚構」にほかならないと私は考えます。当時の社会は、不動産価格は永遠に上がり続けるという「土地神話」に踊らされ、実態のない不動産価格の膨張を背景に、手元にキャッシュを生む力(収益力)がなくても、虚構の資産価格さえあれば、それを担保として銀行借入という名のキャッシュを生み出すことができました。そして、キャッシュを生む力のない不動産を購入するために銀行借入をするという投機という逆回転の行きつく先に、虚構は崩壊し、膨大な借金(不良債権)を残して、この「平成バブル」は終焉を迎えます。
「実学」とは、単なる机上の論理ではなく、「現実に裏打ちされた学問」を意味します。
稲盛和夫氏がこの著書をあえて『実学』と名付けた背景には、こうした虚業に走った日本経済への強い危機感があったと思っています。
また、稲盛和夫氏は、商売の本質を「経営の要諦」の中で、「入るを量って、出ずるを制する」という言葉で表現されています。氏は、「入ってくるお金を最大限に増やし、出ていくお金を最小限に抑える。その差額が手元に残る。ただそれだけのことです」と語り、中学生でもわかるようなこの単純明快な事実こそが、経営の原点であると説いています。
しかし、社会が発展し、商取引や社会制度が高度に複雑化するにつれて、それらを映し出す鏡である「会計制度」もまた、「発生主義」や「時価会計」と難解なものへと姿を変えていき、時に現実の「お金の動き」を不透明にしてしまいます。
私は、監査法人での上場企業の監査、そして、上場企業での財務報告担当者という経歴を経て、そのような財務報告における「会計制度」の遵守は企業ガバナンスにおいては重要ではあるものの、企業の成長のためには商売の本質である「お金の動き」に沿った極力シンプルな管理会計こそが重要であると考えています。
そこで、今回は財務会計と管理会計の違いを整理しつつ、『実学』から私が学んだ管理会計のポイントをお伝えできればと思います。

3. 財務会計はステークホルダーのための会計、管理会計は経営者のための会計
財務会計は、株主や銀行、投資家といった外部の「読者(ステークホルダー)」に対して、自社の状況を報告するためのものです。そのため、そこには厳格なルールが存在し、目的が多くなればなるほど、ルールは複雑化していきます。
上場企業には、もっとも厳格なルールが適用されます。これは海外を含めた投資家という多数のステークホルダーが存在し、また「比較可能性」も重視されるからです。この「比較可能性」というのは、投資家が異なる企業同士を同じ尺度で比較できるようにするためのものです。例えば、同業種のA社とB社がバラバラな基準で利益を計算していては、投資家はどちらが優良な投資先か判断できません。だからこそ、非常に細かな厳格なルールに基づいた決算書の作成が求められ、その遵守状況を監査法人が厳格にチェックするのです。
上場企業ではない場合においても、財務会計が共通ルールに基づく、ステークホルダーという読者に対する自社の状況の報告であることには変わりません。
・投資家に対しては、他社との比較のなかで収益性が高く、投資リターンの高い魅力的な企業であることの報告
・株主に対しては、投資資本がいかに企業成長へ利用され、どれだけ効率よくリターンを生み出しているかの報告
・銀行(債権者)に対しては、借りたお金を確実に返済できることを信頼性をもった報告
しかし、ここに一つの課題が生じます。これらの目的を果たすためにルールを精緻化すればするほど、財務会計は複雑なものになっていくのです。 結果として、商売の本質であるシンプルな「お金の動き」が見えにくくなってしまう。財務会計は、そのようなジレンマを常に抱えているのです。
一方で管理会計は、ルールに縛られることなく、経営者が採算を向上させ、自社を成長へと導くために自由に設計できる会計です。
財務会計が「外からの信頼」を支えるインフラであるならば、管理会計は、「ビジネスの成長の源泉や課題がどこにあり、採算を向上させるために資源をどこに集中的に投下すべきか」を判断し、自ら舵を切るための経営における「コックピットの計器」なのです。
では、経営者が把握するべき「コックピットの計器」を正しく機能させ、採算向上へと導くためには、どのような視点が必要なのでしょうか?
4. 『実学』から私が学んだ管理会計の4つのポイント
私が『実学』から学んだ管理会計のポイントは、以下の4点です。
①「全員参加」を可能にする採算の見える化
稲盛和夫氏が提唱する「アメーバ経営」のように、組織の採算を細分化し、売上をあげる人から費用を使用する人に至るまで、全員が当事者意識を持って採算向上に取り組める状態をつくることです。 採算を責任者レベルまで細分化し、数字を「自分たちのこと」として捉えられるようにすれば、自ずと課題は明確になります。それこそが、限られた経営資源をどこに投下すべきかという「選択と集中」の判断を可能にする、管理会計の1つめのポイントなのです。
②「土俵の真ん中で相撲をとる」ための今使える資金の管理
稲盛和夫氏の説く「土俵の真ん中で相撲をとる」経営とは、常に余裕を持った状態で冷静な判断を下すことです。そのために、「今、実際に使えるお金(余剰資金)がいくらあるのか」をその増減要因を含め把握できるキャッシュ・フロー管理こそが、管理会計の2つめのポイントです。
通常のキャッシュ・フロー計算書を作成するだけでは不十分だと私は考えています。事業の「利益」が、どのように「キャッシュ」へと結びついているのかを明確にしなければなりません。
また、売掛金、買掛金、未払金、および在庫の変動といった「運転資金」の動きを追い、賞与や法人税、配当金の支払いといった「将来の支出」に対して、今どれだけの資金を確保できているのかを可視化することです。
いわば、コックピットの「残燃料計」を常に正しく、かつ予測精度高く機能させること。それによって初めて、経営者は不測の事態に動じず、攻めの投資判断へと踏み出すことができるのです。
③「筋肉質の経営」を支える投資回収の徹底
管理会計の3つめのポイントとして、単に投資効率(ROI)を計算するだけでなく、「これまで投じたお金が、澱みなく循環して戻ってきているか」を厳しく見極めることです。
稲盛和夫氏の有名な言葉に、製品であっても売れなくなったセラミックは「石ころ」と同じである、という「セラミック石ころ論」があります。これに倣えば、たとえ財務会計では「資産」として計上されていても、キャッシュ・フローを生み出さないものは、管理会計上は資産として捉えるべきではありません。
例えば、未完成のプロジェクトや製品に費やした労務費は、 財務会計上は「資産」として蓄積され、利益を押し上げる要因となりますが、それが現金化(売上の回収)されないのであれば、経営の実態としては単にキャッシュが流出した状態にある「贅肉」に他なりません。こうした「贅肉」を排除し、健全な循環を取り戻すためには、投資したキャッシュの動きを実数で追いかけなければなりません。
つまり、投資したキャッシュが「どれくらいの期間」で「どれほどの額」回収されたのか。そしてそれが「どれくらいの利益率(利回り)」を実現しているのかを常に把握することです。この徹底した管理こそが、重荷となる会社の「贅肉」を削ぎ落とし、会社を常に筋肉質な体質に保ち続けます。それが結果として、持続可能な成長へと繋がっていくのです。
④「一対一対応の原則」を貫き「お金の動き」と整合させること
管理会計を機能させるための最後のポイントは、扱うすべての数字を「お金の動き」という事実と整合させることです。稲盛和夫氏は、これを「一対一対応の原則」と呼びました。私は、これは管理会計のみならず、財務会計の信頼性を支えるうえでも、本質的な重要なポイントであると考えます。
現代の財務会計は減損会計、時価会計など将来のキャッシュ・フローを見積りで織り込む複雑なものとなっています。しかし、どれほど会計制度が高度化しても、商売の本質がシンプルな「お金の動き」にあることに変わりはありません。「お金の動き」という事実の徹底した把握こそが、経営者が採算を向上させ、自社を成長へと導くための多くの洞察のスタートとなると私は思います。
5.読者の方へのメッセージ
経営という長距離飛行の中で、現在地を把握し、目的まで飛び続ける。そのために必要なのは、複雑な会計やファイナンスの理論ではなく、「お金の動き」という事実を映し出す「コックピットの計器」としての管理会計です。
たとえ激しい時代の変化の中で、視界が悪くなったときでも、この正確な計器さえあれば、迷うことなく成長への最適な航路を選び取り、加速し続けることができると思います。
ディ・ポップスグループでは、「ベンチャーエコシステム作りを目指す」をビジョンに掲げ、エコシステム内の企業群が持続的に成長できる仕組みづくりと、アドバイザー陣による伴走支援に取り組んでいます。
※詳しくはこちらをお読みください。「ベンチャーエコシステムとは?」
こちらの記事が、ベンチャー創業者および事業責任者の皆様にとって少しでもお役に立てたら大変嬉しく思います。
D-POPS GROUP 執行役員 公認会計士 米谷好弘
