
① まず始めに、シェーンさんの出身地や簡単な経歴などを教えてください。
私は米国カリフォルニア州で生まれましたが、幼い頃に家族と米国西部の様々な場所に10回ほど引っ越し、また、7か月間韓国で過ごした時期もあります。その結果、両親、そして弟と2人の妹だけが私の人生における唯一の安定した存在でしたので、幼い頃から継続的な変化に慣れなければなりませんでした。これほど多くの変化に適応する方法を学んだことは、私の人生に大きな影響を与えたと断言できます。
ワシントン州立大学に通うためにワシントン州プルマン市に引っ越した後、微生物学と遺伝学・細胞生物学の二つの学位を取得しました。大学1年生のときから、キリスト教の大学生サークルで積極的に活動するようになり、卒業後もプルマンに残ることを決め、そのサークルで2年間インターンとして、その後1年間スタッフとしてボランティア活動をしました。
この間、私は友人との交流を楽しみ、責任をあまり負わずにいられたことで、最終的に自分の人生の情熱を見出すことができました。また、多様な文化を持つ人々との関係構築、個人的な問題への対処戦略を練る上での大学生の指導・ライフコーチング、グループディスカッションの円滑化、そしておそらく最も重要なこととして「学び方」を学ぶこと、といった、今後のキャリアで活かすことのできであろう多くの重要なスキルを習得しました。
② シェーンさんは何年前に日本に来ましたか?来日したきっかけは?
プルマンでの活動が終わりに近づいた頃、私は様々な国の留学生と出会う機会が増え、中には日本の関西外国語大学からの留学生で、一学期間ルームメイトになった一人もいました。彼らは皆、私が優秀な英語講師になれると真剣に提案してくれ、私自身も全く新しい冒険を始めるという考えにとても興味を持つようになりました。今振り返ると、安全で予測可能な自分の生活に、どこか物足りなさを感じていたのかもしれません。
まず、大学付属の英語言語学校で約半年間アルバイトをし、その後、英語講師として海外で生活するための色々な選択肢を探し始めました。最終的に、日本の小規模な英会話派遣会社からフルタイムの派遣社員としてのオファーを受け、2015年8月から東京にいる日本人のご家庭と一緒に住むことになりました。このご家庭の息子さんとは、彼が私の大学に留学中に知り合い、私が日本へ引っ越すことを知ったご両親が、ありがたいことに滞在場所を提供してくださったのです。
私は、東京エリアにある小中学校、専門学校、病院、ホテル、その他様々な企業で英会話授業を担当し始めました。10人から20人の小中学生や専門学生を対象とする大きなクラスもあれば、ビジネスパーソンとの1対1のレッスンもあり、すぐに老若男女の日本人に英語を教えることができるようになりました。
③ ディ・ポップスグループに入社したきっかけを教えてください。
東京で英語講師としてフルタイムで働いていた最初の年に、以前私が関わっていたのと同じキリスト教の大学生サークルが東京に設立した地域支部に出会いました。そこのスタッフが不足していたため、私はボランティアとして協力し、コミュニティハウスに引っ越して、引き続き様々な場所で英語を教える仕事をパートタイムで続けました。このサークルを通じて中国出身の女性と出会い、結婚し、その後、娘が生まれ、さらに2人目の子供を授かりました。
出産のため、妻が産休に入ったのですが、当時妻が主な稼ぎ頭だったため、私は家族の家計を支えるためにフルタイムの職を積極的に探していました。そんな時、ディ・ポップスグループの採用パートナーが、後藤社長と英語を話す運転手として雇うために、英語教師経験と日本の運転免許を持つ人を探している中で私のプロフィールを見つけ、面接をオファーしてくれたのです。
その職務内容には多少興味を引かれましたが、私が探していた仕事とは大きく異なっていました。しかし、面接で後藤社長にお会いした途端、私の心の中で何かが変わりました。私の話に耳を傾け、一人の人間として私に心から関心を持ってくださったことに深く感銘を受け、そして後藤社長が話されたとき、私はすぐに彼のビジョンを信じることができました。こうして、昨年の11月、私はディ・ポップスグループに入社し、子どもたちがリスクを取り・学び・成長を支えてくれる社会を創る上で、たとえ小さな役割でも果たしたいと決意しました。
④ ディ・ポップスグループでの仕事内容を教えてください。
元々、私が運転してる時に自然な会話を通じて、後藤社長の英語力向上をサポートするために採用されました。それが最優先ですが、ベンチャー企業という柔軟で変化の速い環境の中で、自分の役割をそのような狭い業務に限定することはできないとすぐに認識しました。
運転していないときには、このコーポレートサイトの記事を英訳することが主な任務として与えられました。時折、私のネイティブな英語スキルを活かして、外国の来客とのやり取りや、彼らをオフィスに歓迎する際にも役立てています。
できる限り、社長室の他のメンバーもサポートするように心がけています。なぜなら、彼らが私に任せられる仕事が増えれば増えるほど、後藤社長は彼らに、より多くの仕事を任せることができ、結果的に社長は彼にしかできないことにより多くの時間を割くことができるからです。手紙や小包の受け取りと発送、色々な備品の注文、ヒカリエへの入館証の発行、その他の単純な事務作業などを担当しています。

⑤ 後藤社長のドライバー兼英語教師もされているとのことですが、都内の道路の運転にはもう慣れましたか?後藤社長の英語は上達しましたか?(笑)
後藤社長が社用車として選ばれた車種には、都市の渋滞でも安全に運転しやすくなるような多くのプレミアム機能が搭載されています。また、私自身が長年運転していることも助けとなり、東京の道路が米国の道路よりもはるかに混雑していて狭いにもかかわらず、ここでの運転に慣れることができました。そのうえ、後藤社長を車でお送りする際に、彼の賢明な言葉から何かを学べるたびに、いつも嬉しく思っています。
そして、後藤社長がより一貫して英語を使うようになったことで、彼が米国と英国で高校生・大学生時代に築いた基礎を思い出すことができるようになっています。私がしていることは、彼が快適に練習できる雰囲気を提供し、適切なときに正しい単語と自然な言い方を提供することだけです。後藤社長が着実に進歩されて、1年前に比べて英語を話す際により自信を持っているのがはっきりと見えています。しかし、後藤社長はよく「シェーンさんの日本語と同じくらい早く自分の英語が上達すればいいのに」と言って私を励ましてくれます。(笑)
⑥ オフィスで周りの皆さんと積極的に日本語を話している姿を見かけます。いつ日本語を学びましたか?ビジネスの現場で使う日本語は難しいですか?
東京での最初の1年間、日本人のご家族と一緒に住んでいたときに、日常会話の基本を学ぶのを助けてもらい、基本的なコミュニケーションができるようになりました。しかし、その家を出てからは、日常の決まった状況でしか日本語を話さず、日本語能力を学び向上させる機会を積極的に探さなかったため、私の日本語レベルは実質的に停滞してしまいました。
昨年入社した後、人生で初めて日本の職場環境に身を置くことになり、挑戦と成長のチャンスが数え切れないほどありました。ビジネス日本語を学ぶのが難しいというだけでなく、この仕事を始めるまで、業界での経験がほとんどなかったためです。結果として、オフィスで一般的に使われる丁寧な日本語の言い回しを習得しようとする傍ら、それらの言い回しの背後にある概念、状況、仕組みについても同時に学んでいます。
私はディ・ポップスグループにできる限り付加価値を提供したいと考えています。そうすることで、社会により大きく貢献できると理解しているからです。そのため、優秀で寛大な同僚の皆さんたちの忍耐と理解のおかげで、多くの困難に挑戦し、ほとんど同じ数の困難を乗り越えてきましたが、まだ先は長いです。なので、ベンチャーエコシステム内の皆さんと、私はいつでも日本語の練習を喜んでしますので、私を見かけたら、どうぞ遠慮なく声をかけてくださいとお伝えしたいです!
⑦ 日本に住んで、また日本企業に勤めて感じる日米の違いはどんなところですか?
私の考えでは、日本での生活が米国での生活と最も異なる点は、「同調圧力」の捉え方です。過去10年間で見てきた限り、日本人は一般的に、他者に対して非常に配慮が厚く、周りの人々の外側の行動や、さらには言えない感情にまで気を配ろうとしているように見えます。加えて、通常は礼儀、調和、合意形成に対して深い敬意を抱いており、周りの人たちを配慮しながら発言することが多いように思います。一方で、アメリカ人は個人の独立性をとても重視します。幼い頃から、皆がしていることを真似する前に自分で考えるべきだと教えられ、私たちは均一性よりも独自性を尊重します。
これら二つの文化がこれほどまでに正反対である理由には、確かに多くの要因がありますが、一つの主要な根源は、日本の住居スペースの不足と、次々に発生する自然災害の歴史にあるのではないかと思います。地震、津波、その他の危険が常に身近にあり、隣人が非常に近くに住んでいるため、火事がすぐに周囲の建物に広がる可能性がある場合、定期的に交流するすべての人々と友好的な関係を維持することが不可欠になります。そうすれば、緊急時に、助け合えるからです。
また、読者の方々が興味を持つかもしれない、日本と米国の生活のいくつかの小さな違いにも気づきました。一つは、日本人はソーシャルサークルをきれいに区別する傾向があり、家族、知人、同僚が混ざり合うことはアメリカ人と比べて多くはありません。しかし、アメリカ人は、親しい友人や同僚に家族を紹介することにはるかに抵抗が少なく、そのため、私はいつも話してくれているチームメンバーの個人的な人生についてほとんど何も知らないという状況に慣れる必要がありました。もう一つは、日本人がだいたい食事の一部として一日に少なくとも一度はお米を食べるのに対し、アメリカ人は通常、特定の主食に忠実ではなく、主食を全く含まない食事をとることさえあります。
最後に、これは日米の文化の大きな違いというわけではなく、むしろ両方の文化で変化し始めていることなのですが。現在まで、父親が長期の育児休暇を取得することは一般的ではありませんでした。しかし今回、私は日本の育児休業制度を利用して、12月と1月のほとんどを米国の実家で妻子と過ごすことに決めました。ディ・ポップスグループの同僚の皆さんたちはとても協力的でした。日本の会社では、育休から復帰した父親が自分のポジションを異動させられたり、縮小されたりという話を耳にすることもありましたが、ここではそんなことは一切ありませんでした。

⑧ シェーンさんの入社後、ディ・ポップスグループはコーポレートサイトの英語版を作りました。 英訳をする際に大事にしたことなどを教えてください。
まず第一に、これらの英訳を読むであろう読者を想像するようにしています。彼らは、日本への事業拡大を考えている外国企業の役員かもしれませんし、日本のスタートアップから高い投資の収益を期待しているベンチャーキャピタルの投資家かもしれませんし、あるいは単に英語の読解能力を練習したいディ・ポップスグループまたは取引先のメンバーかもしれません。これは、私が英訳する各記事の言葉の選択や全体的なトーンに影響を与え、また、直訳がない言い回しや観念をどのように伝えるかを決定するのにも役立ちます。
次に、ディ・ポップスグループと経営者のMVVが明確に伝わるように、最善を尽くしています。これにより、コーポレートサイトを英語で読む人が、強調されている部分や使用する語彙を通して、それらの価値観を感じ取ることができるようにするためです。結局のところ、私は我々を取り巻くエネルギーは本当に特別だと信じているので、その輝きを可能な限り読者の皆さんと共有したいと思っています。
最後に、私はバイリンガルにはまだ程遠いので、ディ・ポップスグループのアドバイザーである杉原さんのサポートなしには、コーポレートサイトを英訳するという仕事を達成することはできません。杉原さんの知恵、経験、そして特にスタートアップとベンチャーキャピタルに関する深い知識がなければ、読者の皆さんは今この記事を読んでいないはずです。英訳だけでなく、彼は私に日本の会社で働くという不慣れな世界を航海するための貴重なヒントも与えてくれており、言葉にできないほど、心から感謝しています。
⑨ 8月には日米学生会議の皆さんの訪問がありました。シェーンさんは学生向けの資料作成や当日の翻訳など対応されていました。資料を作成するときにこだわったことや当日の印象を教えてください。
日米学生会議は、私が後藤社長とより密接に働く初めての経験であり、彼がすることすべてにいかに多くの思考と努力を注ぎ込んでいるかを直接目撃できたことは、間違いなく畏敬の念を抱かせるものでした。後藤社長はご自身の専門外の分野に身を置かれており、それは彼のプロフェッショナルのレベルからすると珍しいことだと思います。しかし、そのような状況でも、彼は発表前の限られた時間で何ができるか、そして何が不可能かを戦略的に考えることができました。
例えば、私は最初、英語圏の学術的な聴衆には印象的に映るかもしれない原稿を彼のために用意しました。しかし、私がその原稿には彼が慣れていない高度な語彙が大量に含まれてしまったので、後藤社長は、準備に長い時間をかけられないため、多くの新しい単語を学ぶよりも、既に知っている単語を流暢に話す練習に集中した方が良いと指摘されました。その後、二人で数週間にわたってやり取りを繰り返し、彼が納得するまで原稿と発表資料を洗練させました。これは私にとっても教育的な経験であり、締め切りが過ぎてから100%の完成度に到達するよりも、タイムリーに90%の完成度に達することがビジネスの現場ではるかに重要であることを学びました。
学生たちが渋谷ヒカリエに到着した際、私は光栄にも、彼らに当社の印象的なオフィス空間の様々な場所を英語で案内し、それぞれの意味合いを説明させていただきました。その後、後藤社長と杉原アドバイザーの講演を聞いた後、二人と学生たちの通訳を手伝うことになっていましたが、後藤社長の英語力と、一部のアメリカ人学生が持っている日本語能力のおかげで、私が何かを言う必要はほとんどありませんでした。大学生と交流する私の職務経歴からしても、私たちが共に過ごした時間を通じて、彼らの顔にベンチャー精神の価値に対する深い理解が芽生えるのを見ることができて、とても嬉しかったです。

⑩ 今後ディ・ポップスグループでどのように活躍していきたいか教えてください。
ベンチャーキャピタル事業に関する私の知識と経験はまだ初級ですが、いつかベンチャーエコシステムに新しいパートナーを迎え入れる流れにもっと積極的に参加したいと思っています。ここ数か月間、私はディ・ポップスグループのCVCチームのメンバーと、日本でのビジネスをより強固に確立したいと考えている二人の外国人起業家との間のコミュニケーションを円滑にするという役目を拝命しました。これは私にとって非常に刺激的であり、この分野での能力を高めていきたいと考えています。
CVCチーム以外にも、ベンチャーエコシステムのメンバーと日本語ができない方との間で行われるその他の会話もサポートしたいと思っています。ディ・ポップスグループでの個人的な目標の一つは、自分の英語スキルを活用して、我々のグローバル展開に貢献することです。それに伴い、ネイティブの英語話者が必要な際には、いつでも戦力として貢献できるように待機しております。
また、近いうちにディ・ポップスグループで英語関連の活動を始めたいと思っております!ご興味ありましたら、是非お気軽にお問い合わせください。
これらに加えて、私はディ・ポップスグループのプロとしての英訳者であるだけでなく、他の業務でも真に役立つことを証明できるレベルまで、日本語とビジネススキルを向上させ続けたいと強く思っています。ここでさらに1年働いた後の自分がどうなっているか、本当に楽しみにしています!
