COLUMN

【メンバーインタビュー】株式会社ディ・ポップスグループ 社長室 Shane Hetrick

  • INTERVIEW
2026.04.09

① まず始めに、シェーンさんの出身地や簡単な経歴などを教えてください。

私は米国カリフォルニア州で生まれましたが、幼い頃に家族と米国西部の様々な場所に10回ほど引っ越し、また、7か月間韓国で過ごした時期もあります。その結果、両親、そして弟と2人の妹だけが私の人生における唯一の安定した存在でしたので、幼い頃から継続的な変化に慣れなければなりませんでした。これほど多くの変化に適応する方法を学んだことは、私の人生に大きな影響を与えたと断言できます。

ワシントン州立大学に通うためにワシントン州プルマン市に引っ越した後、微生物学と遺伝学・細胞生物学の二つの学位を取得しました。大学1年生のときから、キリスト教の大学生サークルで積極的に活動するようになり、卒業後もプルマンに残ることを決め、そのサークルで2年間インターンとして、その後1年間スタッフとしてボランティア活動をしました。

この間、私は友人との交流を楽しみ、責任をあまり負わずにいられたことで、最終的に自分の人生の情熱を見出すことができました。また、多様な文化を持つ人々との関係構築、個人的な問題への対処戦略を練る上での大学生の指導・ライフコーチング、グループディスカッションの円滑化、そしておそらく最も重要なこととして「学び方」を学ぶこと、といった、今後のキャリアで活かすことのできであろう多くの重要なスキルを習得しました。

② シェーンさんは何年前に日本に来ましたか?来日したきっかけは?

プルマンでの活動が終わりに近づいた頃、私は様々な国の留学生と出会う機会が増え、中には日本の関西外国語大学からの留学生で、一学期間ルームメイトになった一人もいました。彼らは皆、私が優秀な英語講師になれると真剣に提案してくれ、私自身も全く新しい冒険を始めるという考えにとても興味を持つようになりました。今振り返ると、安全で予測可能な自分の生活に、どこか物足りなさを感じていたのかもしれません。

まず、大学付属の英語言語学校で約半年間アルバイトをし、その後、英語講師として海外で生活するための色々な選択肢を探し始めました。最終的に、日本の小規模な英会話派遣会社からフルタイムの派遣社員としてのオファーを受け、2015年8月から東京にいる日本人のご家庭と一緒に住むことになりました。このご家庭の息子さんとは、彼が私の大学に留学中に知り合い、私が日本へ引っ越すことを知ったご両親が、ありがたいことに滞在場所を提供してくださったのです。

私は、東京エリアにある小中学校、専門学校、病院、ホテル、その他様々な企業で英会話授業を担当し始めました。10人から20人の小中学生や専門学生を対象とする大きなクラスもあれば、ビジネスパーソンとの1対1のレッスンもあり、すぐに老若男女の日本人に英語を教えることができるようになりました。

③ ディ・ポップスグループに入社したきっかけを教えてください。

東京で英語講師としてフルタイムで働いていた最初の年に、以前私が関わっていたのと同じキリスト教の大学生サークルが東京に設立した地域支部に出会いました。そこのスタッフが不足していたため、私はボランティアとして協力し、コミュニティハウスに引っ越して、引き続き様々な場所で英語を教える仕事をパートタイムで続けました。このサークルを通じて中国出身の女性と出会い、結婚し、その後、娘が生まれ、さらに2人目の子供を授かりました。

出産のため、妻が産休に入ったのですが、当時妻が主な稼ぎ頭だったため、私は家族の家計を支えるためにフルタイムの職を積極的に探していました。そんな時、ディ・ポップスグループの採用パートナーが、後藤社長と英語を話す運転手として雇うために、英語教師経験と日本の運転免許を持つ人を探している中で私のプロフィールを見つけ、面接をオファーしてくれたのです。

その職務内容には多少興味を引かれましたが、私が探していた仕事とは大きく異なっていました。しかし、面接で後藤社長にお会いした途端、私の心の中で何かが変わりました。私の話に耳を傾け、一人の人間として私に心から関心を持ってくださったことに深く感銘を受け、そして後藤社長が話されたとき、私はすぐに彼のビジョンを信じることができました。こうして、昨年の11月、私はディ・ポップスグループに入社し、子どもたちがリスクを取り・学び・成長を支えてくれる社会を創る上で、たとえ小さな役割でも果たしたいと決意しました。

④ ディ・ポップスグループでの仕事内容を教えてください。

元々、私が運転してる時に自然な会話を通じて、後藤社長の英語力向上をサポートするために採用されました。それが最優先ですが、ベンチャー企業という柔軟で変化の速い環境の中で、自分の役割をそのような狭い業務に限定することはできないとすぐに認識しました。

運転していないときには、このコーポレートサイトの記事を英訳することが主な任務として与えられました。時折、私のネイティブな英語スキルを活かして、外国の来客とのやり取りや、彼らをオフィスに歓迎する際にも役立てています。

できる限り、社長室の他のメンバーもサポートするように心がけています。なぜなら、彼らが私に任せられる仕事が増えれば増えるほど、後藤社長は彼らに、より多くの仕事を任せることができ、結果的に社長は彼にしかできないことにより多くの時間を割くことができるからです。手紙や小包の受け取りと発送、色々な備品の注文、ヒカリエへの入館証の発行、その他の単純な事務作業などを担当しています。

⑤ 後藤社長のドライバー兼英語教師もされているとのことですが、都内の道路の運転にはもう慣れましたか?後藤社長の英語は上達しましたか?(笑)

後藤社長が社用車として選ばれた車種には、都市の渋滞でも安全に運転しやすくなるような多くのプレミアム機能が搭載されています。また、私自身が長年運転していることも助けとなり、東京の道路が米国の道路よりもはるかに混雑していて狭いにもかかわらず、ここでの運転に慣れることができました。そのうえ、後藤社長を車でお送りする際に、彼の賢明な言葉から何かを学べるたびに、いつも嬉しく思っています。

そして、後藤社長がより一貫して英語を使うようになったことで、彼が米国と英国で高校生・大学生時代に築いた基礎を思い出すことができるようになっています。私がしていることは、彼が快適に練習できる雰囲気を提供し、適切なときに正しい単語と自然な言い方を提供することだけです。後藤社長が着実に進歩されて、1年前に比べて英語を話す際により自信を持っているのがはっきりと見えています。しかし、後藤社長はよく「シェーンさんの日本語と同じくらい早く自分の英語が上達すればいいのに」と言って私を励ましてくれます。(笑)

⑥ オフィスで周りの皆さんと積極的に日本語を話している姿を見かけます。いつ日本語を学びましたか?ビジネスの現場で使う日本語は難しいですか?

東京での最初の1年間、日本人のご家族と一緒に住んでいたときに、日常会話の基本を学ぶのを助けてもらい、基本的なコミュニケーションができるようになりました。しかし、その家を出てからは、日常の決まった状況でしか日本語を話さず、日本語能力を学び向上させる機会を積極的に探さなかったため、私の日本語レベルは実質的に停滞してしまいました。

昨年入社した後、人生で初めて日本の職場環境に身を置くことになり、挑戦と成長のチャンスが数え切れないほどありました。ビジネス日本語を学ぶのが難しいというだけでなく、この仕事を始めるまで、業界での経験がほとんどなかったためです。結果として、オフィスで一般的に使われる丁寧な日本語の言い回しを習得しようとする傍ら、それらの言い回しの背後にある概念、状況、仕組みについても同時に学んでいます。

私はディ・ポップスグループにできる限り付加価値を提供したいと考えています。そうすることで、社会により大きく貢献できると理解しているからです。そのため、優秀で寛大な同僚の皆さんたちの忍耐と理解のおかげで、多くの困難に挑戦し、ほとんど同じ数の困難を乗り越えてきましたが、まだ先は長いです。なので、ベンチャーエコシステム内の皆さんと、私はいつでも日本語の練習を喜んでしますので、私を見かけたら、どうぞ遠慮なく声をかけてくださいとお伝えしたいです!

⑦ 日本に住んで、また日本企業に勤めて感じる日米の違いはどんなところですか?

私の考えでは、日本での生活が米国での生活と最も異なる点は、「同調圧力」の捉え方です。過去10年間で見てきた限り、日本人は一般的に、他者に対して非常に配慮が厚く、周りの人々の外側の行動や、さらには言えない感情にまで気を配ろうとしているように見えます。加えて、通常は礼儀、調和、合意形成に対して深い敬意を抱いており、周りの人たちを配慮しながら発言することが多いように思います。一方で、アメリカ人は個人の独立性をとても重視します。幼い頃から、皆がしていることを真似する前に自分で考えるべきだと教えられ、私たちは均一性よりも独自性を尊重します。

これら二つの文化がこれほどまでに正反対である理由には、確かに多くの要因がありますが、一つの主要な根源は、日本の住居スペースの不足と、次々に発生する自然災害の歴史にあるのではないかと思います。地震、津波、その他の危険が常に身近にあり、隣人が非常に近くに住んでいるため、火事がすぐに周囲の建物に広がる可能性がある場合、定期的に交流するすべての人々と友好的な関係を維持することが不可欠になります。そうすれば、緊急時に、助け合えるからです。

また、読者の方々が興味を持つかもしれない、日本と米国の生活のいくつかの小さな違いにも気づきました。一つは、日本人はソーシャルサークルをきれいに区別する傾向があり、家族、知人、同僚が混ざり合うことはアメリカ人と比べて多くはありません。しかし、アメリカ人は、親しい友人や同僚に家族を紹介することにはるかに抵抗が少なく、そのため、私はいつも話してくれているチームメンバーの個人的な人生についてほとんど何も知らないという状況に慣れる必要がありました。もう一つは、日本人がだいたい食事の一部として一日に少なくとも一度はお米を食べるのに対し、アメリカ人は通常、特定の主食に忠実ではなく、主食を全く含まない食事をとることさえあります。

最後に、これは日米の文化の大きな違いというわけではなく、むしろ両方の文化で変化し始めていることなのですが。現在まで、父親が長期の育児休暇を取得することは一般的ではありませんでした。しかし今回、私は日本の育児休業制度を利用して、12月と1月のほとんどを米国の実家で妻子と過ごすことに決めました。ディ・ポップスグループの同僚の皆さんたちはとても協力的でした。日本の会社では、育休から復帰した父親が自分のポジションを異動させられたり、縮小されたりという話を耳にすることもありましたが、ここではそんなことは一切ありませんでした。

⑧ シェーンさんの入社後、ディ・ポップスグループはコーポレートサイトの英語版を作りました。 英訳をする際に大事にしたことなどを教えてください。

まず第一に、これらの英訳を読むであろう読者を想像するようにしています。彼らは、日本への事業拡大を考えている外国企業の役員かもしれませんし、日本のスタートアップから高い投資の収益を期待しているベンチャーキャピタルの投資家かもしれませんし、あるいは単に英語の読解能力を練習したいディ・ポップスグループまたは取引先のメンバーかもしれません。これは、私が英訳する各記事の言葉の選択や全体的なトーンに影響を与え、また、直訳がない言い回しや観念をどのように伝えるかを決定するのにも役立ちます。

次に、ディ・ポップスグループと経営者のMVVが明確に伝わるように、最善を尽くしています。これにより、コーポレートサイトを英語で読む人が、強調されている部分や使用する語彙を通して、それらの価値観を感じ取ることができるようにするためです。結局のところ、私は我々を取り巻くエネルギーは本当に特別だと信じているので、その輝きを可能な限り読者の皆さんと共有したいと思っています。

最後に、私はバイリンガルにはまだ程遠いので、ディ・ポップスグループのアドバイザーである杉原さんのサポートなしには、コーポレートサイトを英訳するという仕事を達成することはできません。杉原さんの知恵、経験、そして特にスタートアップとベンチャーキャピタルに関する深い知識がなければ、読者の皆さんは今この記事を読んでいないはずです。英訳だけでなく、彼は私に日本の会社で働くという不慣れな世界を航海するための貴重なヒントも与えてくれており、言葉にできないほど、心から感謝しています。

⑨ 8月には日米学生会議の皆さんの訪問がありました。シェーンさんは学生向けの資料作成や当日の翻訳など対応されていました。資料を作成するときにこだわったことや当日の印象を教えてください。

日米学生会議は、私が後藤社長とより密接に働く初めての経験であり、彼がすることすべてにいかに多くの思考と努力を注ぎ込んでいるかを直接目撃できたことは、間違いなく畏敬の念を抱かせるものでした。後藤社長はご自身の専門外の分野に身を置かれており、それは彼のプロフェッショナルのレベルからすると珍しいことだと思います。しかし、そのような状況でも、彼は発表前の限られた時間で何ができるか、そして何が不可能かを戦略的に考えることができました。

例えば、私は最初、英語圏の学術的な聴衆には印象的に映るかもしれない原稿を彼のために用意しました。しかし、私がその原稿には彼が慣れていない高度な語彙が大量に含まれてしまったので、後藤社長は、準備に長い時間をかけられないため、多くの新しい単語を学ぶよりも、既に知っている単語を流暢に話す練習に集中した方が良いと指摘されました。その後、二人で数週間にわたってやり取りを繰り返し、彼が納得するまで原稿と発表資料を洗練させました。これは私にとっても教育的な経験であり、締め切りが過ぎてから100%の完成度に到達するよりも、タイムリーに90%の完成度に達することがビジネスの現場ではるかに重要であることを学びました。

学生たちが渋谷ヒカリエに到着した際、私は光栄にも、彼らに当社の印象的なオフィス空間の様々な場所を英語で案内し、それぞれの意味合いを説明させていただきました。その後、後藤社長と杉原アドバイザーの講演を聞いた後、二人と学生たちの通訳を手伝うことになっていましたが、後藤社長の英語力と、一部のアメリカ人学生が持っている日本語能力のおかげで、私が何かを言う必要はほとんどありませんでした。大学生と交流する私の職務経歴からしても、私たちが共に過ごした時間を通じて、彼らの顔にベンチャー精神の価値に対する深い理解が芽生えるのを見ることができて、とても嬉しかったです。

⑩ 今後ディ・ポップスグループでどのように活躍していきたいか教えてください。

ベンチャーキャピタル事業に関する私の知識と経験はまだ初級ですが、いつかベンチャーエコシステムに新しいパートナーを迎え入れる流れにもっと積極的に参加したいと思っています。ここ数か月間、私はディ・ポップスグループのCVCチームのメンバーと、日本でのビジネスをより強固に確立したいと考えている二人の外国人起業家との間のコミュニケーションを円滑にするという役目を拝命しました。これは私にとって非常に刺激的であり、この分野での能力を高めていきたいと考えています。

CVCチーム以外にも、ベンチャーエコシステムのメンバーと日本語ができない方との間で行われるその他の会話もサポートしたいと思っています。ディ・ポップスグループでの個人的な目標の一つは、自分の英語スキルを活用して、我々のグローバル展開に貢献することです。それに伴い、ネイティブの英語話者が必要な際には、いつでも戦力として貢献できるように待機しております。

また、近いうちにディ・ポップスグループで英語関連の活動を始めたいと思っております!ご興味ありましたら、是非お気軽にお問い合わせください。

これらに加えて、私はディ・ポップスグループのプロとしての英訳者であるだけでなく、他の業務でも真に役立つことを証明できるレベルまで、日本語とビジネススキルを向上させ続けたいと強く思っています。ここでさらに1年働いた後の自分がどうなっているか、本当に楽しみにしています!

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  • INTERVIEW
2026.07.17
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  • INTERVIEW
2026.07.09
「起業したくなる国へ」一般社団法人スタートアップ協会・砂川大氏インタビュー|連続起業家が語る、スタートアップが自由に挑戦できるエコシステムの作り方~Part2~
全3回にわたるインタビュー Part2(Part1はこちら)では、スタートアップ協会が最も力を入れてきた政策提言の具体的な成果として、「ストックオプション改革」の全貌に迫ります。保管委託要件という知られざる制度の壁が、いかに起業家のリターンを「紙切れ」にしてきたか。そして砂川氏たちがどのようにしてその問題を政府に持ち込み、政策に盛り込むという成果を上げたのか——政策立案の裏側を詳しく語っていただきます。(このインタビューは2026年5月に実施しました。) ◆レピュテーションを積み上げる — 政府に「代表性」を認めてもらうための信用構築 —杉原— 25,000社を代表するとまではいかなくても、代表として政策提言をするためには、それなりの「顔」を見せる必要があると思うんですが、政府に対してどのように説明しているのですか? —砂川— レピュテーション(信用・評判)だと思います。少しずつ積み上げていくしかない。活動していく中で「こいつはまともだな」とみんなが評価していくし、透明性を担保しながら、重要な話をするときは理事会を通してガバナンスをしっかり取っています。会社のようにしっかりした仕組みで運営することで信用を作っていく。 今回、私も少し長期政権になってきたので、今年から共同代表になっていただいた方と一緒に、きちんとバトンパスをしていきたいと思っています。 ◆ストックオプション改革 —「紙切れ」を「リターン」に変えた政策提言 —杉原— 協会の活動として特に「政策提言関連」がユニークだと思います。具体的に日本のスタートアップ政策に影響を与えた、新制度作りに深く関わったという成果の例をご紹介いただけますか? —砂川— ストックオプション関連は非常に頑張って作りました。理由は明確で、スタートアップに優しいエコシステムを作るためには、まず希少性の高いリソースである起業家が、日本で起業したいと思うエコシステムでなければならない。そのためには、起業家たちがチャレンジした分ちゃんとリターンが行くように設計することが非常に大事です。 日本のストックオプションの歴史は「恐る恐る作ってきた」という感じで、アメリカと比べたら全く優遇されていない状況でした。リスクの高い船に乗るということは、それなりのリワードがあって然るべきです。給料も安い、チャレンジしなければならない、ではリターンはどこで得るかといったら、やはりストックオプションですよね。 ところが、設計通りにいかず紙切れになってしまうケースが非常に多かった。例えば、あまり知られていませんでしたが、以前は税制適格ストックオプションに「保管委託要件」という要件があって、それが故に保管委託を受けてくれる金融機関が必要だったんです。でも実態として受けてくれる金融機関がほとんどない。1社だけあったんですが、そこに預けるためには紙で株式発行が必要になり、それが他の全株式の発行も引き起こす。ものすごく大変なオペレーションになるんです。「こんなことやってられない」となりますよね。 こういう実務をやった人間じゃないと問題がわからない。我々が「実は出来ない」ということをちゃんと教えていかなければいけなかったんです。 —杉原— 米国だとIPO前にFacebookなどの株式をファンドに売ってエグジットしている人がいますね。日本ではあまり聞かなくて、みんなIPOを待っているような。 —砂川— それともう一つ、日本では退職するとストックオプションは原則として消えてしまいますが、外資では退職してもそれまで貢献した分は権利として残る(権利確定済みのストックオプションは維持される)んです。スタートアップに賭けて汗を流した時間が報われないというのは、リスクとリターンが全く合っていない。それを一つひとつ直しに行ったのが今回のストックオプション改革です。 —杉原— スタートアップで早い段階から関わっているリーダーたちにとって、ストックオプションによるリターンを得られるよう、4年間で変えてきたということですね。岸田内閣でのスタートアップ支援の動きについてはどうでしたか? —砂川— 岸田内閣の2〜3年目頃に「スタートアップ育成5か年計画」が策定されたんです。スタートアップ協会では、そこに本当に必要な内容を反映すべく働きかけたのです。その結果、140項目あるうちの10項目をドラフトさせていただくことができました。 そういうことを地道にやっていくんです。政策立案担当者もスタートアップのプロではないので、何をやらなければいけないか、何が引っかかっているか、どの条文がいけないか、スタートアップはどう思っているのか、アメリカではどうなっているか。そういったことを全部調べて、我々が持っていって「具体的にこういう風にしてほしい」と説明するわけです。 その後、自民党のスタートアップ議連(議員連盟)に持っていき、骨太の方針の中に反映いただき、骨太の方針が政府の方針として予算配分されるというプロセスをやっています。 —杉原— 今の話を聞いているだけで、協会の仕事はすごいエネルギーがかかりますね。ご自身の会社を経営しながらやっていたんですね。 —砂川— ありがたいことに、スマートラウンドの中に非常に優秀な人間がたくさんいたので、一時期は協会の仕事の方にかなり時間を振り向けたことがあります。かなりの時間を割いてやっていました。 ◆Googleに3日目で「3年で辞める」と宣言した連続起業家の本音 —杉原— 砂川さんは連続起業家ですよね。起業した位置情報サービスの株式会社ロケーションバリューをNTTドコモに売却し、ロックアップ後にGoogleに入社されています。そして早々と退社して2018年5月に起業されています。 —砂川— 実はGoogle入社3日目に中小企業向け営業部門の方々を集めてもらって講演したんですが、その時に「3年で辞める」と宣言しています。では、なぜGoogleに入ったかというと、優秀なエンジニアをスカウトするためだったんです(笑)。Googleの人事担当は苦笑いしていましたが。 最初のスタートアップで最も苦労したのが、優秀なエンジニアを探すことだったんです。ドコモに売却して「次もスタートアップをやろう」と思っていた時に、「Googleに誘われてたな」と思い出して話を聞きに行ったら、PM(プロダクトマネージャー)のポジションだったので、3年だけ行ってみるか、となったんです。 —杉原— そして2018年5月に株式会社スマートラウンドを起業されたと。読者の方のためにサービスについて簡単にご紹介いただけますか? —砂川— smartroundはスタートアップと投資家のための情報共有プラットフォームです。資金調達前と後で目的が異なります。 調達前は、いわゆるCRMです。スタートアップ側からすれば投資家を検索・管理して、交渉状況やデータ共有の状況を把握するツール。投資家側も同じで、スタートアップを発掘し、交渉状況や社内の投資委員会の通過状況を管理するためのツールとなります。 そして資金調達後は「機関決定」のためのツールです。投資契約書・株主間契約書がある場合、取締役会前にリードインベスターから事前承諾を取らなければならないのですが、承諾を取り付け、その後、取締役会にかけて、最後に株主総会にかけて期間決定をするというプロセスを、会社法に基づいてしっかり行うためのツールです。定款、登記簿、株主間契約書などを全てデータとして保持しておき、それを元に法律に準拠して何をしなければならないかを判別していく仕組みです。 最後はデータ共有で、VCは一つのファンドから100〜200社に投資するわけですが、各社の状況や権利関係を把握するのが実は非常に難しい。しかもスタートアップが提出する書類はフォーマットがバラバラだったり間違いがあったりする。それを全部統一して、オンラインプラットフォームでコントロールできるようにしているのがsmartroundです。 ◆smartround以前は全部エクセル — 日本VCエコシステムの遅れ —杉原— smartroundがなかった時代はどうしていたんですか? —砂川— 大手含めてみんなエクセルでした。アメリカでVCをやってきた人間からすると「何十年遅れてるんだ」という感じでしょうか。アメリカはもっとテクニカルにやっていたので。 なぜ日本のVCがそこまでやっていなかったかというと、成り立ちの問題があります。アメリカの場合は機関投資家(エンダウメントやペンションファンド)がVCにLP出資するので、VCも激詰めされてデータをちゃんと見ないといけない緊張感があります。日本の場合は事業会社がLPなので「ざっくりお任せ」的なところがある。そういうツールを作らないと要求に応えられないアメリカと、それほどでもない日本、という差がありました。 —杉原— ニーズはスタートアップにも投資家にもあるわけですね。今はどのくらい普及していますか? —砂川— ベンチャーキャピタルファンドで300近くに使っていただいていますし、スタートアップは7,500社になっています。 —杉原— その数はすごいですね。競合はあるんですか? —砂川— 米国には20社あります。最大手が「Carta(カルタ)」という会社で、それぐらいアメリカは成熟している。日本はスマートラウンドだけです。ただ、部分的にそれぞれに競合はいます。投資家側の投資管理だけをやっている会社、スタートアップ側のツールだけをやっている会社、ストックオプション管理だけをやっている会社など、パーツごとには競合がいますが、当社は全部を包括的にやっている唯一の会社です。 ネットワーク効果が非常に重要で、VCとスタートアップ両方が使っているから便利なんです。電話と一緒で、相手が電話を持っていなければ電話に意味はない。だから両側をやらないといけないと考えています。。 ~Part3へ続く~ ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太   【プロフィール】砂川 大 一般社団法人スタートアップ協会 代表理事 / 株式会社スマートラウンド 代表取締役CEO 三菱商事を経てハーバードMBA取得後、米国VCでディレクターとして勤務。帰国後に株式会社ロケーションバリューを創業しNTTドコモへ売却。Googleでアンドロイドの統括部長などを努めた後、、2018年に株式会社スマートラウンドを創業。2022年に一般社団法人スタートアップ協会を設立し代表理事に就任。スタートアップ育成5か年計画の策定にも関与するなど、日本のスタートアップ・エコシステム形成に取り組む。 一般社団法人スタートアップ協会:https://www.startup-kyokai.org/ 株式会社スマートラウンド:https://jp.smartround.com/corporate 次回・Part3では、 ・幅広い人脈の作り方 —「Facebookで友達だけど話したことない人とランチ」という企画 ・起業に否定的だった時代から東大生が普通に起業する時代へ ・ベンチャーエコシステムの実現について などについてお伺いしています。Part3もぜひご覧ください!
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2026.07.07
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