
ディ・ポップスグループでアドバイザーとしてベンチャー支援に携わる中で、多くの創業者が直面する壁があります。それは『営業』です。 本稿では、伴走支援する中で有用性を実感した、経営者こそ持つべき営業スキルについて解説します。
営業は創業後の成長を支える基盤
企業の成長過程において、営業活動は避けて通れない機能です。法人向け事業はもちろん、消費者向け事業においても、販路開拓、業務提携、アライアンス構築といった局面では必ず「営業活動」が発生します。市場に優れたプロダクトを投入しただけで自然に売上が立つ時代は終わり、顧客との対話設計そのものが競争優位を生む時代に入っています。
特に創業期・成長初期のベンチャー企業では、営業専門部隊を持つ以前に、創業者自身が最前線に立つことが少なくありません。資金調達、パートナー獲得、大口顧客の開拓など、重要局面ほど創業者が商談の中心に立つ現実があります。
豊富な営業経験のある創業者であれば、その経験値が武器になります。一方で、技術者やプロダクト開発出身の創業者にとって、営業は「不得意領域」と捉えられがちです。しかし現実には、事業の初期成長を決定付けるのは、プロダクトの完成度以上に「顧客との対話の質」であることが多いのです。
本稿では、営業責任者のみならず、創業者自身にも参考にしていただける、三つの「経営思考の営業スキル」をご紹介します。
1.「傾聴の姿勢」と「売ろうとしない勇気」
先日、珍しくスマホに一本の電話が入りました。出資及び事業推進の伴走をしている、B2B向けのソリューションベンチャーの創業社長からの、嬉しい報告でした。
それは、大手企業から契約の内示を獲得できたという知らせでした。数ヶ月前まで契約が思うように進まず、悔しさを滲ませていた彼の声には、明らかな達成感が宿っていました。私は祝福の言葉を伝えると共に、これは単なる幸運の産物ではない、営業における「姿勢」を変えた結果であり、今後の活動に向けての大きな一歩だと伝えました。
彼は、今回の商談を振り返った際、以前は無料トライアル後に早期の本契約を迫り、相手の懸念が十分に解消されないまま、自社都合で前進しようとしていたことが、失注の要因だったと自己分析していました。
今回はそのアプローチを改め、導入判断を急がせず、商談相手が検討すべき論点を共に整理し、次回までの「宿題」を設定することで自然に次回の対話へとつなげました。その結果、商談が一歩一歩前に進み、今回の内示獲得へと至りました。
注目すべきは、特別なクロージング技術を用いたわけではない点です。
むしろ、過剰に売り込もうとする前のめりな姿勢を意識的に控えた点でした。
実は、4ヶ月前、私は彼に見込み顧客となり得る企業を紹介すると共に、その商談に同席しました。しかし、その商談での彼のふるまいに思うところがあり、その終了後にやや強い口調で助言を行いました。「営業で最も重要なのは、契約を取ることではなく、破断させないことです」と。
彼の商談に決定的に欠けていたのが、「傾聴の姿勢」でした。
単に相手の話を黙って聞く事ではありません。
・どこで言葉を選んでいるか
・言外の含みはないか
・少し首をかしげた
このような微妙な反応を読み取りながら、”対話”を進める姿勢のことです。
多くの営業担当者は契約に向けて商談を前進させることを目的とします。しかし、実際には相手が安心して検討を継続できる状態を維持することこそが、本質的な役割です。判断を急かされると人は思考を止めるか拒絶反応を示し、結果として静かなフェードアウトが起こります。「持ち帰って検討します」で終わる商談は、概ね失注に終わります。
従って、相手の疑問を即座に潰そうとせず、次に何を考えるべきかを共に整理し、十分な検討時間を提供しながら、相手のゴールを念頭に対話を続けることが求められます。
一般に「できる営業」は知識が豊富で、反応が早く、即答できる人物像として語られがちです。しかし、顧客から信頼を得るのは、話を遮らず、思考の間を許容し、不明点を認め、次回までに調べてくる、といった、誠実な姿勢を持つ人物です。
冒頭の彼は、この失敗した商談以降、明らかに顧客への向き合い方が変わったのです。数ヶ月後、彼が得たのは単なる契約ではなく、相手の話を聴けるようになった実感、急がなくても前進できる成功体験、そして再現性ある営業感覚でした。
傾聴の姿勢があるからこそ、「今は売り込みをしない」という判断が可能になります。
営業に課題を感じる起業家ほど、自身が相手の話を聴こうとしているのか、それとも自分の話を聞かせようとしているのかを問い直す必要があります。その違いに気づいたとき、営業の質が確実に変わり始めることでしょう。

2.「課題起点」の質問力
営業で成果を分けるのは話術の巧拙ではありません。かつて事業開発およびB2B営業を長く務めていた私が常にゴールに置いていたのは、「相手の経営課題を言語化していただく」という一点でした。
シンプルに言うならば、「御社の経営課題は何ですか?」というキラー質問です。
経営者には企業の経営課題を、マーケティング責任者にはブランド戦略上の課題を、人事責任者には人材育成の課題を、情報システム責任者には社内ITの課題を問いかける。この問いに辿り着くことが、特に初回商談のゴールでした。
もちろん、初対面で唐突に課題を尋ねても容易には答えていただけません。信頼関係を築き、安心して話せる空気を醸成し、自然な対話の流れの中で最終的にこの問いへ至ることが重要です。
その関係構築ができた上で、適切なタイミングで適切な質問を行った結果、相手の課題が言語化された瞬間、営業は「一方的な売り込み」から「共同検討」へと質的転換を遂げます。自社の商品やサービスは、解決手段の候補として自然に議題に上がるのです。
成果が出ない営業の多くは、課題を聴かぬまま説明を開始します。会社紹介と自己紹介、商品説明、市場優位性、同一業界での導入事例、導入に必要なコストと時間、などを型通りに語り、「だから弊社の商品は御社でも役立つはずです」と結ぶ。
しかし、その時相手の頭に浮かぶのは「本当に今必要か」「誇張はないか」「データに誤りはないか」といった検証思考です。そして最悪の場合「断る理由」 を探すスイッチが入ります。経営にも事業にもゴールがあり、それに無関係な商品を導入する理由はありません。
だからこそ、営業が最初に行うべきは相手のゴールと課題を理解することです。
また、現実には、初回から決裁権限者に会えるとは限りません。その場合は担当者の業務目標や達成上の課題を尋ねます。担当者は経営課題全体を語れなくとも、自身の業務上の悩みや課題は語れます。その課題解決を共に考え、自社の提供価値がどこで貢献できるかを探索する。この積み重ねが、やがて決裁者との対話へとつながります。
課題が共有されていない段階で、機能一覧や価格表を提示しても意味はありません。
どの課題に、どの程度効くのかが腹落ちした後に初めて具体的なサービス内容を語ればよいのです。順序を誤らないだけで、商談の進行は大きく変わります。相手が関心を持つ機能に絞れば説明時間は短縮され、空いた時間を建設的な共同検討に充てられます。また、有効な導入事例は必ずしも同業界とは限らず、類似課題を解決した他業界事例の方が響く場合も少なくありません。
結局のところ、すべては傾聴の姿勢に帰着します。
相手の立場に立ち、真剣に話を聴く姿勢があれば、適切な問いは自然に生まれます。「話が上手い営業」ではなく「聴き上手な営業」が選ばれる理由はここにあります。

3.「断る勇気」と「撤退する勇気」
B2B営業において、すべての案件を受注できる営業こそ理想だと考える人は少なくありません。しかし現実には、それは必ずしも優れた営業とは言えません。長期的に企業と組織を守る営業とは、取らない案件を見極め、必要であれば断る判断ができる営業です。
営業現場では、「取りたいが、取ってはいけない」と感じる瞬間が確かに存在します。
過度な個別カスタマイズを当然視する相手、一方的な要求を押し通そうとする姿勢、企業文化として浸透する尊大な態度、価値を理解せず価格のみを追求する責任者。こうした案件を取り続けると、高コスト体質を生み、開発・サポート・経営層を巻き込む間接コストと精神的消耗を招きます。結果として受注が企業負担となることすらあります。
営業には忍耐が必要ですが、すべてのストレスを受け入れる必要はありません。理不尽な要求、通じない交渉、人としての敬意を欠く応対、単なる価格比較のための交渉。これらを無理に前進させることは、組織全体の損失につながります。
不健全なディールを途中で堰き止めることもまた営業スキルの一つです。
「弊社の方針とは合わないため今回は辞退します」。こうした意思表示は失礼でも敵対でもなく、境界線を示す誠実さの表現です。何でも引き受ける企業より、できることとできないことを明確に示す企業の方が、長期的には信頼を獲得します。
撤退の意思決定はリーダーの責務でもあります。
私自身、価格競争が過熱し利益が見込めない大型案件から意図的に降りる決断を本社経営陣と合意のうえで行った経験があります。それは「負けを認める」のではなく、「勝っても損をする勝負から自ら降りる」経営判断でした。また、基本的なビジネスマナーを著しく欠く企業には営業活動を停止する決断を下したこともあります。企業文化は必ず業績に現れます。取引先を選ぶことは、自社の文化を守る行為でもあります。
この考え方は新規営業に限りません。
既存顧客にも撤退すべき相手は存在します。
手間ばかりかかり収益性の低い顧客、合意したはずの事項の実行努力をしない顧客、傾く事業の立て直しの意思を欠く顧客、常に否定から入る顧客。こうした関係を「お客様は神様」とばかりに抱え続けることは、企業の未来を削る選択です。
契約更新時に更新を辞退する判断も、健全な経営には必要です。
興味深いことに、断る勇気を持つ企業ほど結果として良い顧客が集まります。自社文化に合い、対等な敬意を持ち、価値を理解し、成長努力を続ける顧客との関係は単なる取引を超えた信頼関係になります。そしてその顧客は、価格ではなく価値で選び、長期的なファンとなります。
営業は選ばれる仕事であると同時に、付き合う相手を選ぶ仕事でもあります。断る勇気と撤退する勇気は冷酷さではなく、会社と社員と未来を守るための責任ある判断です。本当に価値ある関係に資源を集中することこそが、次の成長を生む営業の姿であり、「経営思考」ではないでしょうか。
結び:営業スキルは経営スキルの一部である
本稿で紹介した三つのスキル、
傾聴の姿勢と売ろうとしない勇気
課題起点の質問力
断る勇気と撤退の勇気
これらはいずれも、単なる営業テクニックではありません。経営者や営業責任者が市場に真摯に向き合いながら、限られた経営資源を正しく配分するための経営思考です。
優れたプロダクトがあっても、優れた対話設計がなければ市場には届きません。
営業活動とは、事業成長の最前線に立つ経営活動そのものです。
ディ・ポップスグループでは、「ベンチャーエコシステム作りを目指す」をビジョンに掲げ、エコシステム内の企業群が持続的に成長できる仕組みづくりと、アドバイザー陣による伴走支援に取り組んでいます。
※詳しくはこちらをお読みください。「ベンチャーエコシステムとは?」
エコシステム内の企業がこの「経営思考の営業」を実践できるよう、引き続き支援を続けてまいります。本稿が、ベンチャー創業者および事業責任者の皆様の実践的な一助となれば幸いです。
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原眼太
