
全3回にわたるインタビューの第1回となるPart1では、連続起業家・砂川大氏が2022年に一般社団法人スタートアップ協会を設立するに至った原点を探ります。経産省の有識者会議で感じた「起業家側の代表がいない」という違和感、そしてどのように団体設立へとつながったのか。ミッションである「スタートアップによる、スタートアップのための政策立案」の意味、PTAに例えた運営の難しさなど、スタートアップエコシステムの底上げを狙う活動の全貌に迫ります。(このインタビューは2026年5月に実施しました。)
【プロフィール】砂川 大
一般社団法人スタートアップ協会 代表理事 / 株式会社スマートラウンド 代表取締役CEO
三菱商事を経てハーバードMBA取得後、米国VCでディレクターとして勤務。帰国後に株式会社ロケーションバリューを創業しNTTドコモへ売却。Googleでアンドロイドの統括部長などを努めた後、2018年に株式会社スマートラウンドを創業。2022年に一般社団法人スタートアップ協会を設立し代表理事に就任。スタートアップ育成5か年計画の策定にも関与するなど、日本のスタートアップ・エコシステム形成に取り組む。
一般社団法人スタートアップ協会:https://www.startup-kyokai.org/
株式会社スマートラウンド:https://jp.smartround.com/corporate
◆ 「起業家側の代表がいない」— 有識者会議での違和感が団体設立のきっかけに
—杉原—
まず初めに、4年前の2022年2月、この一般社団法人スタートアップ協会を設立された経緯を教えていただけますか?
—砂川—
元々、Googleに入る前に「ロケーションバリュー」というスタートアップをやっていたんですよ。また、さらにその前にアメリカで独立系VCに勤務していたので、いろんな立場からスタートアップに関わってきました。
日本に帰ってきてスタートアップを経営していた時に「あれ?」と思うことがすごく多かったんです。2005年に起業したんですが、会社法の制定が2006年なので、その前の商法ベースで会社を作っている時代なんですね。法律がカタカナ表記で非常に読みにくく、しかも現在のような優先株という概念が整備されてなかったんです。だからベンチャーキャピタルからの出資は普通株で受けるしかなく、そのリスクを回避するためにバイバック条項(買い取り条項)が入ったりしていました。
2006年に会社法が制定されてから優先株が本格的に使われるようになったのが2010年頃。私はその過渡期を両側で見てきている、かなりレアな人間なんです。
そういった背景を知っていたので、2019〜20年頃、当時経済産業省の室長をされていた石井さんという方に、「投資契約の内容に詳しそうだから、有識者会議に来てくれないか」と声をかけていただいたんです。
ところが、会議に行ってみると、アカデミアの人たちやベンチャーキャピタルの人たちばかりで、起業家側がほとんどいないんですよ。「スタートアップの契約を議論しているのに、なんでスタートアップじゃない人たちばかりいるの?」と。投資する側と投資を受ける側は利害が相反するんです。例えばM&Aの時に、どちらが多く取るかという話に必ずなりますから、投資契約書というのは非常に微妙な代物なんです。
そのことを石井さんに伝えたんです。そうしたら「誰にアプローチしたらいいかわからなくて」と言われたんです。それが設立のきっかけだったんです。
ただ、そこから時間がかかりました。仲間集めもしなければならないし、自分の仕事もある。一般社団法人の作り方すら手探りでしたし、準備にも時間がかかりました。
—杉原—
その時って、もうご自身の会社も起業していましたよね。
—砂川—
2018年に株式会社スマートラウンドを起業して、2019年にサービスをローンチしたところでした。
—杉原—
それでも、有識者会議での課題意識を提言したら「じゃあ作ったら?」と言われて、よく決意されましたね。「誰かがやらなきゃ」という気持ちだったんですか?
—砂川—
まさにそうです。ありがたいことに、最初のスタートアップをエグジットしているので、金銭的にはそれほど困っていない。であれば後進のために何ができるかを考えるのは自然なことでした。その思いでスマートラウンドもやっているんです。smartroundはルールの中で最適にオペレーションするためのサービスですが、ルール自体がよくない場合はどうにもならない。だったらルールも直していこう、という発想です。

◆ 協会のミッションは「政策提言」— 唯一無二の活動と、その意味
—杉原—
協会のHPの活動内容や各種ワーキンググループの活動、外部連携の活動を拝見すると、本当に幅広い方面で検討会やイベントに参加したり、レポートを発信されたりしていますね。最も注力されている活動はどのあたりになりますか?
—砂川—
注力しているのは政策提言で、もうこれは唯一無二です。他のことはどちらかというと付随するような形です。正直、政策提言が全てだと思っています。我々のミッションは「スタートアップの互助により日本を『スタートアップのための世界最高の環境』に進化させる」こと。そして、世界で一番スタートアップに優しいエコシステムを作ることを目指してやっていますので、やはりルールを変えていかなければいけないんです。
—杉原—
スタートアップのための政策を作った時に、投資家は賛同してくれるんですか?
—砂川—
当然賛同してくれます。理由は明確です。多くのスタートアップが生まれ、成功するスタートアップが出てきて初めて、VCはそのアップサイドを取れるわけです。日本のスタートアップの数が減り、成長軌道に乗れなければ、VCは産業として成立しない。なので、そこはもう明確に利害が一致します。
—杉原—
一方で、意図してのことではないと思いますが、大企業中心の日本社会を変えようというニュアンスもあるんですか?
—砂川—
大企業には大企業の役割があると思っています。僕も三菱商事にいましたが、今でも大好きですし、例えばインフラを作るとか、エネルギー施策をやるとか、レアアースを発掘しに行くとか、大企業だからこそできることがありますよね。だからそれは役割分担です。
ただ、イノベーションを起こして種を0から1で作っていくのはスタートアップの方が得意です。例えばAIを大企業が全ての新技術を同時並行で導入し、社内情報を全部放り込めるかといったら、セキュリティ上絶対にできない。スタートアップはできる。機動力が違うんです。
◆正会員はスタートアップ経営者のみ — 強みと「PTA的な難しさ」
—杉原—
砂川さんご自身もスマートラウンドの創業社長としてスタートアップを経営されていますが、他の理事の方々も皆さんスタートアップの創業社長の方々ですよね。起業家が運営する支援団体の強みと、逆に課題や難しさがあれば教えてください。
—砂川—
弱みも強みも、スタートアップだけが運営しているというところに集約されます。我々は正会員を全員スタートアップ経営者に限定しています。それ以外の方は入れないようになっています。
—杉原—
スタートアップの定義はどのようにされているんですか?
—砂川—
難しい問いですよね。明確な定義は世の中にはないので、急成長を目指している会社で、それを満たしているかを1社1社審査してやっています。例えば、受託開発をずっとやってきたが新しく自社プロダクトを作って急成長した会社も、スタートアップですし、できたばかりでプロダクトもないけど目指しているところは上場、という会社もスタートアップです。
—杉原—
スタートアップだけで率先している団体であるというところが特徴であり強みであり、課題でもある。その課題というのは?
—砂川—
まさにそこです。それぞれに本業があるので、この活動に割ける時間やパッションには濃淡があります。イメージとしてはPTAみたい、とよく言うんですよ。皆さん経営者ですから上下関係もなくて、意思決定もすごく難しい。事業ドメインも皆さんバラバラで、経営者の皆さんですのでしっかりとした意見を持っていますが、興味の範囲は違うことも多い。
誤解していただきたくないのは、我々は25,000社のスタートアップを代表している団体だとは思っていないんです。そんなことは無理ですし、そもそも全く興味がない人たちを代表する必要もない。ルールメーキングやスタートアップ全体のエコシステムを良くしたいと思って参加いただいている方々の中で、どう意見を調整していくかという話だと思っています。
また、団体の中に自社の競合がいたらどうするんだという話もありますが、経団連だってみんな競合しているわけで、同じ話です。ただ、うちの場合は全体のエコシステムを底上げするということだけに集中しているので、特定の一社だけが利するという話ではなく、全体のためになることをメインに政策提言しています。
—杉原—
同じ業界内の団体であれば同じ方向を向きやすいけれど、スタートアップ協会はそうではないですね。
—砂川—
そうですね。業種はそれぞれ違うけど、スタートアップという立場の企業がちゃんと浮かばれるような政策を作ろうという意味ではまとまれる。業種・業態に特化した議論はしていないので、そういうことをやりたい場合は、例えばフィンテック協会やシェアリングエコノミー協会など、関連する他の団体と連名でやるという形を取ります。我々が主体的に動くのではなく、彼らが動いているものに協力する。そうじゃないと物事って動かないんですよね。

◆「よくある間違い」を繰り返させないために — オフレコ会という仕組み
—杉原—
協会の設立趣意書には「連続起業家でもない限りスタートアップ経営者は、『よくある間違い』を知らないまま、先輩経営者と同じミスを繰り返してしまうのです」とあります。こうした同じミスの繰り返しを防ぐための活動にはどのようなものがありますか?
—砂川—
本当に多岐にわたりますが、私が一番詳しいところで言えば、資本政策の話ですね。例えば「500万出すから会社の株式50%をください」といった要求に応じてしまうと、次のファイナンスができなくなってしまうんです。でも何も知らなければ「500万もくれるんだから当たり前じゃないですか」と思ってしまいますよね。全く違うんですが。
また先人が得てきた知見がフィードバックされていかないという問題もあります。スタートアップ協会の難しさとして、会員がみな「卒業」していくんですよ。上場したりM&Aされたりすると、もうスタートアップじゃなくなる。緩やかな枠で集まっているだけなので、お互いのために何かしようという意識があまり強くない人も多い。むしろ出し抜いてやろうというくらいのマインドの世界ですから、結束が弱くなりがちです。それを逆回転させていくのが我々の目指しているところです。
そういう観点で、あまり外には出ていませんが、会員内でやっていてとても人気なのが「オフレコ会」です。表の舞台では絶対に言えないようなことが、スタートアップには色々と起こるじゃないですか。致命的なトラブルも。それをみんなに共有することで同じ失敗を避けられるようにしています。また「この投資家はちょっとやばい」という情報を実名で共有するようなことも。
—杉原—
これはいいですね。経営者は孤独だとよく言いますから。同じ立場の仲間と情報共有できる場が、この組織に入ることで生まれる。ちなみに会費はあるんですか?
—砂川—
毎月1,000円です。
—杉原—
めちゃくちゃ安い!驚きました!
—砂川—
ぶっちゃけ赤字ですよ(笑)。学生の部活かよってくらいのレベルです。
◆「恩送り」がエコシステムを変える — ニューヨーク変革の事例から
—杉原—
本当は誰かに勝つのではなくて、みんなが成功したっていいわけですからね。起業した人たちが1,000人いたら1,000人成功したっていい。でも知見をシェアしようという気がない人が多いと、それぞれ粒で終わってしまうと。
—砂川—
すごくいい例があります。かつてIT不毛の地だったニューヨークは、ネット広告会社「DoubleClick」を成功させ、MongoDBなど有力企業を次々と立ち上げたケビン・ライアン氏という一人の起業家の存在によって、シリコンバレーに次ぐ世界第2位のスタートアップ都市へと変貌を遂げました。この一人の偉大な起業家が起点となり、メンターシップやエンジェル投資、優秀な人材の輩出を地域に循環させていく「恩送り」の仕組みがニューヨークをスタートアップ都市へと育てたんです。
何が言いたいかというと、そういう人さえいれば変わっていく可能性がある。日本でもみんなでシリコンバレーを作りましょうと言っている人たちがいっぱいいるわりには、誰も協力し合っていないので何も起こらない。そういう「ドライブをかける」という部分がやはり大事なんじゃないかと思っています。
—杉原—
アメリカ側のVCファンドのリーダーって、みんな元々は連続起業家ですもんね。
—砂川—
そうですね。日本の場合、金融の会社からそのままVCになってきた人が結構多くて、自分ではスタートアップをしていないよという人が多い。さらに言うと、起業家もずっと辞めずに上場後もずっと社長で居続けるんですよね。批判しているわけではないですが、実態としてそうなっている。アメリカの場合、例えばAOL創業者のスティーブ・ケースもそうでしたが、「教える側」「投資する側」として戻ってくるという世界観がエコシステムを生み出しています。
~Part2へ続く~
☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太
次回・Part2では、
・レピュテーションを積み上げる——政府に「代表性」を認めてもらうための信用構築
・ストックオプション改革——「紙切れ」を「リターン」に変えた政策提言
・Googleに3日目で「3年で辞める」と宣言した連続起業家の本音
などについてお伺いしています。Part2もぜひご覧ください!
