COLUMN

【グループ会社インタビュー】 株式会社ディ・ポップス 増田 将人 社長 ~前編~

  • INTERVIEW
  • グループ企業
2025.04.30

D-POPS GROUPでは、現在約23社のグループ会社が仲間となっています。
今回は、ディ・ポップスグループの祖業である株式会社ディ・ポップスの増田 将人 社長へ、インタビューしました。
(こちらのインタビューは、2025年3月に実施しました。)

◆入社の経緯

-杉原-
今回は、ディ・ポップスの増田社長にインタビューさせていただきます。宜しくお願い致します!

増田社長がディ・ポップスに新卒で入社したのは2012年の4月ですよね。入社の経緯を教えていただけますか?

-増田-
大学時代、私は留学で北京に行っていました。北京の大学に4年半行ったんですけれども、就職活動というもののやり方自体を知らなかったんです。それで、大学4年の前期が終わった夏休み、7月と8月の2ヶ月間が休みだったので、この期間で就職活動を始めました。

実際に受けたのは、5社ぐらいだったと思います。大手商社などを受けたんですけど、結局ダメで。それで、内定をもらったのが、ディ・ポップスと一部上場している大企業でした。

先に内定をいただいたのはその大企業だったんですが、ディ・ポップスの面接を受ける中で気持ちが変わっていきました。ディ・ポップスの面接を受けてみて、会社の雰囲気がなんか明るく見えたんですよね。未来の発展というのがすごくイメージできました。

あとは、後藤さんと直接お話していて、この会社に入ったらなんか人生変わりそうだなとか、人生にとってすごい大きなプラスの機会に出会えそうだなみたいな、直感が働いたんです。なので、途中から「この会社入りたいな」というマインドに切り替わって、どうにか落とさないでくれと思っていました。(笑)
ちなみに、後藤さんとの最終面接は3時間くらいお話しさせて頂きました。

-杉原-
当時、ディ・ポップスの会社規模はどのくらいだったんですか。

-増田-
たぶん会社としては15期くらいとかじゃないですかね。
まだ売上も100億円なく、7~80億円とかだったと思います。
当時は「売上100億円行くぞ!」みたいな、そういうのが全体の号令としては強かったイメージですね。

◆社長就任の経緯

-杉原-
ディ・ポップスはグループの代表である後藤さんが1998年設立した祖業ですが、増田さんは2024年3月に、若干30台半ばでその会社の社長になられたのですよね。
この12年の間に部長や本部長、役員等、異例のスピードで出世されたと聞いています。 振り返るといかがですか?

-増田-
そうですね。「運とタイミング」というのは、もちろんあったと思います。それに加えて、ちょうど会社が大きく変わろうとしていたというのは、外的要因で大きなポイントだったと思うんですね。

というのも、私が入社して翌年くらいにはもうディ・ポップスとグッド・クルーで売上100億円いっていました。そこから後藤さんが、さらに成長戦略を描くときにディ・ポップスだけで成長するということではなくて、徐々にグループ構想になっていったんです。当時私の上司だった藤田さんがアドバンサー創業のために抜けて、次は保坂さんがSTAR CAREER創業のために抜けました。

上司が独立したりいい意味での卒業が訪れたりして、そのタイミングで、これも外的要因・内的要因あると思うんですけど、会社の業績が落ちた時があって、そのときに組織がおおきく変わりました。

当時私が3年目で、まだ現場のマネージャーをやっていたんですけれども、そこでもともと大きなピラミッド組織だったところを一旦フラットにして、ほぼ全員社長直下のような組織になったんです。

3年目のマネージャーって若手じゃないですか。そこに対しても、いろんな裁量をもたせてもらって、今までは上層部だけでやっていた会議を、選ばれし20名ぐらいが午前中に熱い議論を交わすようになり、学びの場を頂きました。当時3年目ぐらいのメンバーがチャンスを掴めるきっかけになったんですね。そこでどんどん挑戦していって、上からポスト与えてもらったっていうよりも、「自分たちで掴みに行くぞ」みたいな感じでした。

平等にチャンスがあったというのは運がよかったんですが、そのチャンスを掴みにいく行動力はすごい大事だったと思います。

-杉原-
チャンスをつかみ取ってどんどん上がっていくにあたって、1番努力したポイントってなんですか。

-増田-
努力したのは、目上の方に飛び込み続けることです。ちょうど千本さんがジョインしてくださったタイミングでもありましたし、後藤さんをはじめ周りの経営者の方や、アドバイザーの方、我々からするとものすごい目上の方々に対して、食事会や勉強会の機会があれば隣に座って学ぶようにしました。なかなかみんなやりたくない。だけど、飛び込んだら必ず得られるものがそこにはあるということはわかっていました。

あと仕事でいうと、会社からすると、業績が悪いところって誰かに任せたいじゃないですか。そんなポジションも自分からどんどん引き受けて、どうにかしても早く回復させたいという思いでやっていました。そこで業績が改善したら注目されるし、そもそも難しいポジションなのですぐに結果が出なくても「頑張ってんじゃん」みたいな言葉をかけてもらえる。どんなことも飛び込んでやってみるというのは意識をしていました。

-杉原-
社長就任の時の打診っていうのは、どういうふうに後藤さんから言われたんですか?その時どう思われましたか。

-増田-
これがちょっと曖昧な部分もありまして。
後藤さんに呼ばれて「じゃあ社長就任な」っていう感じじゃなかったんですよ。

というのも数年前から後藤さんは、組織上はディ・ポップスの社長としていらっしゃいましたが、ディ・ポップスグループの経営に専念され、ディ・ポップスの経営はほぼ幹部層に権限委譲している状態でした。

その中で、ディ・ポップスが業績的にも組織的にもどんどん悪くなっていったんです。
すごいふわふわした時代があって、当時私は営業本部長がメインの担当だったんですけれども、そこで執行役員になったりとか、常務・専務になったりする中で、やっぱり会社がどうしても良くならない。急激に悪くなっていってる感覚もありますし、回復がなかなか見えないという悩みを抱えていました。

後藤さんとは、年に2回ぐらい2人で食事をする機会をいただいてて、その時に後藤さんに「僕に社長をやらせてください」と伝えました。

自分の中ではもう変わるしかないと思っていました。今更、後藤さんが事業会社に戻ることはグループ全体の判断として効果的ではありません。だったらもうやるしかないんだと自分の中で腹をくくったんです。

-杉原-
増田さんから見て、当時、社長候補は複数人いたりしたんですか。
それとも自分だけしかいないと思っていたんですか。

-増田-
後者ですね。私しかいないと思っていました。もしかしたら違うと考えていた方もいるかもしれませんが、事実上の後継者という意識ではいました。

-杉原-
何年ぐらい前から、社長の後継者という意識で働いてきたんですか。

-増田-
感覚としては、30歳ぐらいだったと思いますね。当時執行役員になっていたんですけど、見ていたのが営業本部だけだったので、会社全体を見られているかというとそうではなかったんです。ただ、後藤さんがグループ経営に専念されている状況ではあったんで、やっぱり自分が見なきゃなと感じてきました。

そこからいろいろと学ぶようになって、千本さんを通しての出会いだったりとか、後藤さんのご紹介だったりとか、自分でも20代後半ぐらいから経営者コミュニティに入ったりとか、周りの刺激が大きかったですね。

なかなか自分の実力も足りてなかったので最初は全然相手にされなかったんですけど、なんとか食らいついていくみたいな。それがようやくここ数年で知り合いも増えましたし、やってきたことが徐々に芽が出てきてるなっていう感覚があります。

◆事業概要

-杉原-
準備期間も含めるともうベテランですね。
そんな増田さんが正式に社長になってから1年ですけれども、まずはディ・ポップスの会社概要、現在の事業概要を簡単にご紹介いただけますか。

-増田-
ディ・ポップスはもう27期目になるんですけれども、元々祖業で始めた通信の代理店事業が、今でもメインではあります。

事業としては、1つが併売店事業です。独自ブランドの「スマホ相談窓口TOP1」というブランド名でやらせていただいてまして、通信の店舗運営をしてるんですけども、様々なメーカーさんや通信キャリアさんの主要商品・サービスが全部入っています。
それに加えて独自ブランドの商品、セキュリティや保険等、あらゆる商品があるんですけども、そこもまるっと包括的にエンドユーザー様に対して、コンサルティングや小売の販売、アフターサポートなどができます。現在、関東を中心に30店舗強運営しております。

もう1つは、専売店事業です。こちらも通信の代理店として、ドコモショップ、auショップ、UQスポット、楽天モバイルの店舗を運営しています。

あとは、メディア運営で、通信に特化した「フォンシェルジュ」というオウンドメディアを展開しています。

そして別会社になりますが、ディ・ポップスを一緒に引っ張ってきた平井が代表を務める『株式会社PlusPass』で、格安SIM/格安スマホに特化したWebメディア「すまっぴー」というメディアを運営しています。なので全体的には、通信専門の、リアルとオンラインを掛け合わせたプラットフォーム、そしてユーザーに対して支援できるようなサービス事業をやっています。

-杉原-
ここのところ通信業界、特にショップの運営って変化してきていると思うんですけども、通信業界の波ってどんな感じなんですか。

-増田-
毎年いろんな変化があります。通信キャリアだけでなく、総務省なども含めてですね。そこでいろんな法律が変わることが、1番の大きな要因になると思います。でもその中で、我々も20年以上生き残ってこれたのは、本当に変化に対応してきたからですね。

◆社長就任で変えたこと・変えなかったこと

-杉原-
この20年くらい、激動ですよね。
名実ともに社長になってから1年経ったわけですけれども、この間に大きく変えたことと変えなかったことを教えてください。

-増田-
この1年は、本当に激動であっという間でした。そもそもまだ社長に就任するかどうかも決まってない時に、1つ決意をしていたものがありました。やっぱりディ・ポップスのいいところって、理念やビジョン、そして人財教育というものが、創業の礎として先代の後藤さんからめちゃくちゃ入っていて、僕自身も教育されましたし、だからこそ生き残れたというところがあるんですよね。
対お客様、対社員、スタッフ、最終的に社会に対しての部分がちゃんと出来上がっていたので、これをもっともっと磨いていかなきゃいけないなと思っていました。
あとはやはり数年間、後藤さんがグループ経営に専念されると覚悟を決めた時期に、実質指揮官不在のような状態だったので、上位レイヤーがふわふわしている、中間層も離職が止まらない、若手も入っては辞めるみたいな負の連鎖があったので、もう1回基礎から徹底しなきゃいけないなと思っていました。

離職率を下げるという短期的なことではなく、そもそも働き甲斐があり、個人も組織も成長できる環境を創るためにまず変えたことは、「毎月1回は全社員をリアルで集めて対話すること」でした。

コロナ期間があったこともそうですが、そもそも我々の拠点が50を超えているので、なかなか全員がリアルで集まる機会というのが、年に数回ぐらいしかなかったんですね。今オンラインでいろんな話をするんですけど、それがメインになってしまったことにすごい違和感を覚えていたのと、ディ・ポップスにはすごくいいものがたくさんあるので、それをちゃんと伝える必要があるなと感じていました。あとは、自分自身ちゃんと教育できている自信がなかったんですよね。

なので、就任するのが3月でしたから、その前の10月ぐらいに自分の中でも決意をして、月1回、全社員をリアルで集めようと決めました。

-杉原-
これはすごいことですよね。

-増田-
はい。月に1回集まって、とにかく理念とかビジョンとか、そこだけでもいいから1日かけて話そうと決めました。それを10月ぐらいに決意して、そこからいろんな準備をして、実際は2月ぐらいから順次やっていったんですね。

それがうちの月一全体集合研修に繋がっているんですけども、全体集合研修の目的は、1つはリアルで社員同士がちゃんと対話をする。そして自分の理念と会社の理念を、どうやって融合するかなど、その時のテーマに沿って議論を深めていきます。

もう、仕事って人生の一部じゃないですか。それが面白くなかったり、自分の人生の理念とかけ離れていたら、そもそもこのコミュニティにいる理由がなくなってしまうので、リアルで対話をしながらわくわくする未来を一緒にデザインをしていく。

そしてこれは社長が変わったタイミングでもあるので、誰か外部の講師に委託するんじゃなくて、自分の口から言うと決めました。その前までは増田塾というのを3年ぐらいやっていました。その時は有志で、全社員じゃないけどリアルでやっていたんで、それをもうやめて全社員に変えたというのもあります。
あとは会社のロゴとか、ホームページをリニューアルしました。

-杉原-
素晴らしいですね。1日分の稼働を止めてでもやろうというのは勇気がいることだと思います。変えなかったことはありますか?

-増田-
ディ・ポップスの歴史ある「クレド」は変えませんでした。
僕が就任してから変えたこともたくさんあるんですけど、この行動指針は人として大切なものを教えてくれるので、現時点では変えずに残そうと思っています。

渋谷ヒカリエ本社の会議室内に掲載されている「クレド」

◆変更したロゴへの思い

-杉原-
ちなみに、変更したホームページとロゴへの思いについて紹介していただけますか。

-増田-
今回リニューアルした新しいロゴデザインの思いというのは、何かやるんだったらナンバーワンになるという思いを込めています。我々の企業ビジョンでもある、対顧客に貢献するとか、対社員に対して、自分の人生をコントロールできるような自己実現の舞台を整える・与える、最終的に利益を出していって、社会貢献を続けるという思いがあるので、やっているビジネスの中で、ニッチでもいいから、ナンバーワンになる「1番」って思いが強いんですね。

なのでロゴを見ていただくと、1番の1っていう風に見える部分と、D-POPSの「D」と見える部分をつくっています。

あとは、我々のコーポレートカラーってブルーやスカイブルーなど、青が強いんですよね。やっぱり青って晴れやかな気持ちになったり、爽やかな気持ちになったりとかしますよね。
でもそれだけじゃなくて、青い炎の熱い心と冷静さも、コーポレートカラーへの想いとして入っています。

その青色の「1」に見える部分を実はグレーで支えてるんですね。というのも、人生も組織も一緒で、必ずしも前線の人たちだけが成果を作ってるわけじゃなくて、支えてもらってる、支える立場でもあるよと。

なので、この持ちつ持たれつの環境をちゃんと作っていくこと、そして我々はどっちかっていうとしっかり支えていこうよ。会社としても支えられる器をどんどんどんどん大きくする。その中で、自分たちが信じた道とか、やるべきミッションを信じて、この1番を目指していく。
そういう想いでロゴを作成しました。

ディ・ポップス ロゴ

☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太

【株式会社 ディ・ポップス】
代表者:代表取締役社長 増田 将人
所在地:東京都渋谷区渋谷2-21-1 渋谷ヒカリエ32F
設 立:1998年2月
サイト:https://d-pops.co.jp/

 

次回後編のインタビューでは、
・マーケット状況における戦略
・TOP1の販売・積極方針について
・新商品「OTHEBES(アザベス)」について
・サッカーの活動について
・「ベンチャーエコシステムの実現」に向けて
などについてお伺いしています。

後編もぜひご覧ください!

 

関連記事

auプランに組み込まれた子どもの安全を守るアプリ「コドマモ」の挑戦|Adora株式会社・冨田社長インタビュー~Part1~
全3回にわたるインタビューの第1回となるPart1では、子ども向けSNS見守りアプリ「コドマモ」を開発・運営するAdora株式会社・冨田社長が語る、創業から現在に至るまでの急成長の軌跡に迫ります。株式会社ディ・ポップスグループが2024年7月に出資して以来の約2年間で何が変わったのか。auの新料金プラン「U12バリュープラン」への組み込みという異例の快挙はどのような経緯で実現したのか。泥臭く走り続けてきたスタートアップのリアルな歩みをお伝えします。(このインタビューは2026年6月に実施しました。) ◆ 出資から2年、創業から3年を振り返って ―杉原― 本日は、2024年7月に出資をさせていただき、ベンチャーエコシステムの仲間になっていただいた、Adora株式会社の冨田社長にインタビューさせていただきます。冨田社長には2024年9月にもインタビュー記事の作成にご協力いただいておりますが、その後も急成長を続ける「コドマモ」などについてさらに深掘りをさせていただきます。(前回の記事はこちらをご参照ください。) 冨田社長とは、2024年の5月に出会いましたよね。あれから2年が経ちました。また、2023年7月の創業からは約3年ですね。弊社の出資と協業開始からの約2年、そして創業以来の3年を振り返って、いかがですか?感想をお聞かせください。 ―冨田― そうですね。ご出資いただいたことで、社内のメンバーだけではなく社外の方も含めて「みんなの事業、みんなの会社」だという意識が改めて強くなりました。責任感をより強く持って頑張らなければという気持ちが湧いてきましたし、苦しいときもありながら、一生懸命泥臭くやってきたなと思います。気づけばあっという間でしたね。 ―杉原― 3年って長いですか?短いですか? ―冨田― 短いですね。やばいな、もっと頑張らなきゃなって感じです。 もちろん、できる限りすべてにおいてベストを尽くし続けてきたという自負はあります。ただ、後から振り返ればもっとこうすればよかったということはたくさんあります。でも、その時々のベストを尽くしてきたのは事実なので、仕事していたらあっという間だったというのが率直な感想ですね。 ―杉原― 2年間の事業の進み具合を振り返ると、ちょうど弊社が出資させていただいた頃は、本田圭介さんのファンドからの資本調達活動を始めたばかりのフェーズでしたよね。そこから加速した感じはありますか? ―冨田― ありますね。あの頃はドコモショップさんとの取り組みも始まった時期で、売り上げもほとんどない状態でした。夢は語っているけれど、まだトラクションが全然ついてきていないという段階で、これはいけるのかなという感じでした。そんな段階で信じてコミットしていただいたことはとても嬉しかったです。 そこからドコモショップとの提携や有料サブスクの販売も始まり、徐々にトラクションが出てきました。出資いただいた時点では売り上げがほぼゼロだったところから、最初の1年はサービスを磨き続けること、ショップとの提携関係を構築することに注力していました。その1年間の下積みがあって、2025年の夏から秋ごろにぐっと売り上げが伸び、一気に10倍どころではない成長を遂げました。 3年間を振り返ると、準備期・資本調達期・加速期という流れがあって、2025年から2026年にかけてグッと実績が出てきたんじゃないかなと思います。 ◆ auの新料金プラン「U12バリュープラン」への組み込みという快挙 ―杉原― この間の最大のイベントといえば、主力サービス「コドマモ」がKDDI様のauスマートフォン向け2025年夏の新料金プラン「U12バリュープラン」に組み込まれたことではないでしょうか。 ―冨田― そうですね。もともとディ・ポップスさんの店舗での取り扱いは走っていたんですが、通信キャリアの料金プランに正式に組み込ませていただくのはこれが初めてのことで、本当に大きなイベントでした。 ―杉原― 創業からまだ2年半ほどの会社のサービスをauが料金プランに組み込むのは、かなり異例のことだと思います。世間にまだ普及していないブランドを大企業が採用するのはリスクもあると思いますが、どのような経緯でこの大きな提携が実現したのでしょうか? ―冨田― KDDIさんのほうで「子どもたちの安全を守るサービス」を探されていた中で、弊社のサービスを発見していただいたのがきっかけです。KDDIさんの社内でも、従来のフィルタリングにとどまらず、「スマホを禁止するのではなく、使わせながら守る」という本質的なアプローチが必要だというディスカッションがあったそうで、その中で弊社のサービスに目を留めていただいたとのことです。(KDDI記事:https://mugenlabo-magazine.kddi.com/list/adora/) ―杉原― KDDIさんが他のサービスも調査した上でAdora社を選んだ要因は何だと思いますか? ―冨田― 利用時間の管理サービスは他にもあるかもしれませんが、LINEをはじめとするSNSのチャットの見守りにしっかり力を入れているのは、今も市場で弊社だけだと思っています。日本で最も普及しているSNSのセキュリティ対策ができるというのは大きなポイントだったと思います。 また、愛知県警と連携していたり、国内のパートナーとの実績も積み上げてきていたことも評価されたのではないかと思います。もちろんKDDIさんとしても、ブランドイメージに関わる話ですから慎重に、本当に任せられるかをじっくり検討していただいた上での提携でした。 ―杉原― 単にサービスを紹介するだけでなく、開発も伴いますよね。 ―冨田― そうです。auのIDでログインできる連携機能なども実装しました。KDDIのユーザーさんがスムーズに加入できる仕組みを開発したというところです。 ◆ 他社には真似できない技術的優位性 ―杉原― コドマモにはAI技術やセキュリティ技術が深く組み込まれていますが、この技術力の高さが評価されたのでしょうか?特に優れていると考える技術的な優位性や、開発において特に工夫・苦労されたポイントを教えてください。 ―冨田― チャットを見守るというのはシンプルに聞こえますが、実際にそれを実現するためには、裏側でさまざまな技術が必要です。従来は分析が難しかったSNSのチャット内容を解析できるようにしたこと自体に大きなイノベーションがあります。 自然言語で危険かどうかを判定するモデルや、画像が不適切かどうかを判定するモデル、それを端末上で軽量に動かす仕組みなども開発しています。チャット自体を分析可能にするという、これまで誰もやってこなかったことを実現したというところが、大きな技術的優位性だと思っています。 それと同時に、使いやすいUI・UXへのこだわりも重要です。私自身も開発チームの中でコミットして、みんなの努力で磨いてきました。どんなに優れた技術でも使いやすくなければ社会実装されないと思っているので、わかりやすく使いやすいアプリにすることを常に意識してきました。 ―杉原― LINEなどのSNSのやりとりを読み取り、分析して危険なチャットを検知するこの仕組みは、他のスタートアップがすぐに作れるものではないという自信がありますか? ―冨田― はい。今ではAIが既存のアプリをさっと作れるようになっていますが、世の中にすでにあるものを作るのとは違います。まだ誰も作っていないものを実現するのはAIだけに任せても難しい。そこに我々の技術チームの強みがあると自負しています。 また、ユーザーインタビューやユーザーデータの分析を細かく積み重ねてきたことで、継続率(リテンションレート)も毎月上がり続けています。 ―杉原― 最近は安定し始めましたね。 ―冨田― 一般的なCtoCのサービスはリテンションレートがどんどん下がっていくことが多いのですが、弊社の場合は6か月ほどでしっかり下げ止まっています。適切なユーザーに刺さっているという検証ができているという意味では、プロダクトマーケットフィットに近い状態に来ているかなと思っています。技術力だけでなく、UXや総合的なブランディングも含めて、親御さんにとって使えるアプリができているということだと思います。 ―杉原― 難しい技術を極めるだけでなく、ユーザー目線で使えるものをという意識が、冨田社長の総合プロデューサーとしての役割なんですね。 ☆インタビューアー 株式会社ディ・ポップスグループ アドバイザー 杉原 眼太 【Adora株式会社】 会社名:Adora株式会社 代表者:代表取締役 冨田 直人 設 立:2023年7月 サービスサイト:https://www.kodomamo.com/about-us Part 2では、 ・「コドマモ」加入後の状況と反響 ・3大キャリア全てとの協業へ拡大 ・「コドマモ for School」— 自治体・学校向けの取り組み などについてお伺いしています。 Part2もぜひご覧ください!
  • INTERVIEW
2026.07.17
「起業したくなる国へ」一般社団法人スタートアップ協会・砂川大氏インタビュー|連続起業家が語る、スタートアップが自由に挑戦できるエコシステムの作り方~Part3~
全3回にわたるインタビューの最終回となるPart3では、砂川大氏が日本のスタートアップ環境の「今」を率直に語ります。かつて三菱商事を辞めてベンチャーをやると批判された時代から、東大生が普通に起業する時代への変化。しかし日本がアメリカとの差をキャッチアップできていない構造的な理由。さらに、生成AIの台頭で全ての職業が変わっていく中で、それでも残るものとは何か。最後に、ディ・ポップスグループのベンチャーエコシステムへの共感について語っていただきます。(このインタビューは2026年5月に実施しました。) ◆幅広い人脈の作り方——「Facebookで友達だけど話したことない人とランチ」という企画 —杉原— 砂川さんのFacebookの投稿を拝見すると、幅広い影響力のある各界のリーダーたちとの人脈がおありですね。みなさんとはどのような形で出会い、どうお付き合いを広げてこられたのでしょうか? —砂川— 最初はFacebookに投稿していなかったんですよ。ちなみに全部ランチなんです。ディナーになると大体お酒が入るし、なんか長くグダグダしてしまって非効率だなと思い始めて。ランチだとお互い1時間ぴったりになるし、ものすごく要点だけの話で効率的だし、むしろランチの方がいいなと思うようになったんです。 —杉原— ランチされている方は元からのお知り合いなんですか? —砂川— 元からです。でも途中から「Facebookで友達になっているけどあまり話したことない人とランチに行く企画」を始めたんです。もったいないじゃないですか、ネットワークに入っているのに。私は実際に会った人しか友達申請を受け付けていないので、過去には会っているんですよ。でもどこで会ったかもよくわからない、誰かもよくわからないという人がいる。その人にメッセージを送って「ちょっと誰かわかんないんですけど、ランチ行きませんか?」って(笑)。 会ってみたら、登山家の人とか占い師とか、面白い人がどんどん出てくる。それをFacebookにアップするようになったら、友達になっている相手から「今度ランチしませんか?」と連絡が来るようになって、どんどん広がっていきました。別にブランディングをやっているわけじゃないんですよ。 —杉原— この活動は、ご自身の会社や協会の活動にもいい影響はありますか? —砂川— 狙ってはいないんですが、やはり何かしらの効果は当然あります。世の中ってストレートなメリットだけじゃないと思っているんですよ。ある人になにかしてあげて、その人がどこかで砂川のことを言ってくれて、面白いじゃんとなって、戻ってくる。そういうことが偶発的に起こる。でも決して狙ってるわけではないですよ。 ◆起業に否定的だった時代から東大生が普通に起業する時代へ — 急速に変わる日本の環境 —杉原— ここ数年、日本政府はスタートアップ支援の本気度が高まり、優秀な学生が大企業に就職せず起業を選んだり、スタートアップにインターンからそのまま転籍するケースが増えています。起業も数社経験し、エグジットにも成功した砂川さんから見て、現在の環境はどう見ていらっしゃいますか? —砂川— めちゃくちゃもり上がっていますよ。ロケーションバリューをやっていた頃は言われましたもん。「三菱商事を辞めてベンチャーで、いいんですか?」「何かしちゃったんですか?」みたいな、犯罪でも犯したかのような扱いでしたよ(笑)。当時の仲間たちを悪く言うつもりはないですが、立ち上げ当初は本当にいろんなハードシングスが起こりましたし、動物園みたいな世界でした。 今は東大卒の人が普通にうちに就職してきますし、在学中に起業する人も多い。むしろこれからそういう人の方が増えてくると思います。本当に起業しやすくなってきています。 —杉原— プレイヤーたちもどんどん変わってきている。起業の道も選びやすくなってきている。日本は他国に対して何年遅れぐらいまでキャッチアップしていますか? —砂川— 残念ながらキャッチアップはできていないです。構造の問題だと思っています。まず人材流動性が異常に低い。 もう一つ、ルールメーキングの話で言うと、アメリカは連邦政府なので会社法は州政府が作っています。各州がスタートアップを奪い合っているんですよ。競争原理が働いて、スタートアップ向けのルールがどんどん良くなっていく仕組みがビルトインされています。イーロン・マスクの会社が全部テキサスに移転したのも、カリフォルニアの税率が上がって企業がどんどん出ていっているのも、競争原理の結果です。 日本は一国一城なので競争原理が働かない。その結果、アメリカがトライアンドエラーで進歩している中で、日本はずっと昔の会社法を堅持したまま動かない。今、ミニマムタックスの問題を議論していて、アメリカで起業すればエクジット時に税金を払わなくていいものが、日本だと何億円も税金払わなければならないというケースもありえるんです。どちらで起業しますかと言ったら明白じゃないですか。スタートアップ育成5か年計画の趣旨に照らせばちぐはぐですよね、ということを、協会としては訴えています。 ◆機会と課題 —「ミクロでは戦える」、でもグローバル展開の壁をどう越えるか —杉原— 端的に言って、現状の日本のスタートアップ環境、スタートアップにとっての機会と課題をどうお考えですか? —砂川— 機会はすごくいっぱいあると思います。ミクロで言えばそれほど競争環境は厳しくない。例えば我々のサービスはアメリカに競合が20社あります。でも日本では今のところスマートラウンドだけ。円換算ではコストも安いし、同じことをやるならまず日本で勝てる可能性は十分にある。人材のクオリティも高い。信頼度も高い。幼少期からフィリピン、メキシコ、アメリカなど、いろんな国に住んで見てきた中で、日本はクオリティが高くて真面目で信用できる人が多い。しっかり成長できるスタートアップを作る機会はあると思います。 一方で大きな壁は、グローバルマーケットに行けないという問題です。日本は中途半端にいいマーケットなので、国内でそれなりに成長できてしまう。それで落ち着いてしまうと、グローバルサービスへはなかなか辿り着かない。ただ、言語の壁は多分あと2〜3年でなくなるんじゃないかと思っています。AIで同時通訳されますから。 グローバルが重要だと言っている人は多いんですが、それは外野の野次みたいなものなんですよ。グローバルに行ったことがある人間が言うならわかりますが、バッターボックスに立ったこともないのに野次を飛ばしているだけでは何も起こらない。本当に成功したアメリカの起業家を連れてきて、日本のスタートアップのアドバイザーになってもらわない限り、変えられないと思います。スマートラウンドは実際にアメリカで成功したゲーム会社の創業者をエンジェル投資家として迎えて、事あるごとにアドバイスをいただいています。目線が全然違います。 ◆「ゴールドラッシュでつるはしを売れ」— AIの時代に日本が狙うべき成長市場 —杉原— 日本のスタートアップ、これからの有望な成長市場はどのような分野だと思われますか? —砂川— 成長市場というのは、そこにあるものじゃなくて、我々が開拓しに行かなければならないものだと思っています。今、全ての世界はAIに設計されている状況の中に入っていて、例えばGeminiが強いと思うのは、Googleとして自前で発電所も持っているし、TPUも自分で作っている。AnthropicもChatGPTも電力は買わなければならないし、GPUはNVIDIAから買わなければならない——垂直統合できていないんです。Googleだけができている。 「ゴールドラッシュの時に金を掘りに行くんじゃなくて、つるはしを売れ」と言うじゃないですか。AIのつるはしって何だろうと考えるべきだと思っていて、それはエネルギーとチップセットです。核融合とか絶対に大事。そこでの優位性を勝ち取るために、色々な分野に少しずつ予算を分散させるのではなく、思いっきりそこに全部ぶち込むくらいのことをやらないといけない。 ◆生成AIで消える職業、残る職業 —「息子の就職アドバイスができない」本音 —杉原— 生成AIの登場と浸透によってビジネス環境が大きく変化しています。どのような職業が消え、どのような職業が残ると思いますか? —砂川— めちゃめちゃ難しいですね。正直、何も残らないんじゃないかとすら思っています。AnthropicがClaudeのFinanceバージョンを出したために、投資銀行でモデルを作っていた若手は基本的に職がなくなったようなものですし、Claude Legalが出て弁護士も青ざめているはず。しかも彼らは儲かりそうなホワイトカラーの高収入な職種をピンポイントで狙ってくる。全部やられたら何も残らないじゃないかという感じです。 すごく悩んだのが、息子への就職アドバイスです。私自身、三菱商事からハーバードMBA、VCインターン、マッキンゼーやUBSのようなインベストメントバンクも少し見てきた。全部なくなっていくんじゃないか、という状況ではまともにアドバイスできないですよね(笑)。 結局商社に行くことになったんですが、なぜそれがいいと思ったかというと、究極的には「人と人を繋ぐ仕事」はAIには作れないから。心を動かす、感動させる、「この人だから信頼できる」という、あの目の合わせ方や雰囲気の違いはAIにはわからない。そこだけは残るんじゃないかと思っています。 ◆「みんなで力を合わせないと何も変わらない」——ベンチャーエコシステムの実現について —杉原— 最後に、ディ・ポップスグループが目指す「ベンチャーエコシステムの実現」について、共感すること、協業できる領域などがあればお願いします。 —砂川— スタートアップ協会として、誰かを出し抜いてどうこうというつもりは一切ないんです。むしろ、みんなで力を合わせないと何も変わらないと思っているので、さっきも話したように、この団体とここでは協力する、全部それだと思っています。 我々は完全フリーハンドでみんなと組みに行きます。志が一緒で、スタートアップのエコシステムを1ミリでも底上げしたいと思っている人たちは「同志」ですから、ぜひ一緒にやりましょう。 ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太   【プロフィール】砂川 大 一般社団法人スタートアップ協会 代表理事 / 株式会社スマートラウンド 代表取締役CEO 三菱商事を経てハーバードMBA取得後、米国VCでディレクターとして勤務。帰国後に株式会社ロケーションバリューを創業しNTTドコモへ売却。Googleでアンドロイドの統括部長などを努めた後、、2018年に株式会社スマートラウンドを創業。2022年に一般社団法人スタートアップ協会を設立し代表理事に就任。スタートアップ育成5か年計画の策定にも関与するなど、日本のスタートアップ・エコシステム形成に取り組む。 一般社団法人スタートアップ協会:https://www.startup-kyokai.org/ 株式会社スマートラウンド:https://jp.smartround.com/corporate Part1の記事はこちらからご確認ください。 Part2の記事はこちらからご確認ください。
  • INTERVIEW
2026.07.09
「起業したくなる国へ」一般社団法人スタートアップ協会・砂川大氏インタビュー|連続起業家が語る、スタートアップが自由に挑戦できるエコシステムの作り方~Part2~
全3回にわたるインタビュー Part2(Part1はこちら)では、スタートアップ協会が最も力を入れてきた政策提言の具体的な成果として、「ストックオプション改革」の全貌に迫ります。保管委託要件という知られざる制度の壁が、いかに起業家のリターンを「紙切れ」にしてきたか。そして砂川氏たちがどのようにしてその問題を政府に持ち込み、政策に盛り込むという成果を上げたのか——政策立案の裏側を詳しく語っていただきます。(このインタビューは2026年5月に実施しました。) ◆レピュテーションを積み上げる — 政府に「代表性」を認めてもらうための信用構築 —杉原— 25,000社を代表するとまではいかなくても、代表として政策提言をするためには、それなりの「顔」を見せる必要があると思うんですが、政府に対してどのように説明しているのですか? —砂川— レピュテーション(信用・評判)だと思います。少しずつ積み上げていくしかない。活動していく中で「こいつはまともだな」とみんなが評価していくし、透明性を担保しながら、重要な話をするときは理事会を通してガバナンスをしっかり取っています。会社のようにしっかりした仕組みで運営することで信用を作っていく。 今回、私も少し長期政権になってきたので、今年から共同代表になっていただいた方と一緒に、きちんとバトンパスをしていきたいと思っています。 ◆ストックオプション改革 —「紙切れ」を「リターン」に変えた政策提言 —杉原— 協会の活動として特に「政策提言関連」がユニークだと思います。具体的に日本のスタートアップ政策に影響を与えた、新制度作りに深く関わったという成果の例をご紹介いただけますか? —砂川— ストックオプション関連は非常に頑張って作りました。理由は明確で、スタートアップに優しいエコシステムを作るためには、まず希少性の高いリソースである起業家が、日本で起業したいと思うエコシステムでなければならない。そのためには、起業家たちがチャレンジした分ちゃんとリターンが行くように設計することが非常に大事です。 日本のストックオプションの歴史は「恐る恐る作ってきた」という感じで、アメリカと比べたら全く優遇されていない状況でした。リスクの高い船に乗るということは、それなりのリワードがあって然るべきです。給料も安い、チャレンジしなければならない、ではリターンはどこで得るかといったら、やはりストックオプションですよね。 ところが、設計通りにいかず紙切れになってしまうケースが非常に多かった。例えば、あまり知られていませんでしたが、以前は税制適格ストックオプションに「保管委託要件」という要件があって、それが故に保管委託を受けてくれる金融機関が必要だったんです。でも実態として受けてくれる金融機関がほとんどない。1社だけあったんですが、そこに預けるためには紙で株式発行が必要になり、それが他の全株式の発行も引き起こす。ものすごく大変なオペレーションになるんです。「こんなことやってられない」となりますよね。 こういう実務をやった人間じゃないと問題がわからない。我々が「実は出来ない」ということをちゃんと教えていかなければいけなかったんです。 —杉原— 米国だとIPO前にFacebookなどの株式をファンドに売ってエグジットしている人がいますね。日本ではあまり聞かなくて、みんなIPOを待っているような。 —砂川— それともう一つ、日本では退職するとストックオプションは原則として消えてしまいますが、外資では退職してもそれまで貢献した分は権利として残る(権利確定済みのストックオプションは維持される)んです。スタートアップに賭けて汗を流した時間が報われないというのは、リスクとリターンが全く合っていない。それを一つひとつ直しに行ったのが今回のストックオプション改革です。 —杉原— スタートアップで早い段階から関わっているリーダーたちにとって、ストックオプションによるリターンを得られるよう、4年間で変えてきたということですね。岸田内閣でのスタートアップ支援の動きについてはどうでしたか? —砂川— 岸田内閣の2〜3年目頃に「スタートアップ育成5か年計画」が策定されたんです。スタートアップ協会では、そこに本当に必要な内容を反映すべく働きかけたのです。その結果、140項目あるうちの10項目をドラフトさせていただくことができました。 そういうことを地道にやっていくんです。政策立案担当者もスタートアップのプロではないので、何をやらなければいけないか、何が引っかかっているか、どの条文がいけないか、スタートアップはどう思っているのか、アメリカではどうなっているか。そういったことを全部調べて、我々が持っていって「具体的にこういう風にしてほしい」と説明するわけです。 その後、自民党のスタートアップ議連(議員連盟)に持っていき、骨太の方針の中に反映いただき、骨太の方針が政府の方針として予算配分されるというプロセスをやっています。 —杉原— 今の話を聞いているだけで、協会の仕事はすごいエネルギーがかかりますね。ご自身の会社を経営しながらやっていたんですね。 —砂川— ありがたいことに、スマートラウンドの中に非常に優秀な人間がたくさんいたので、一時期は協会の仕事の方にかなり時間を振り向けたことがあります。かなりの時間を割いてやっていました。 ◆Googleに3日目で「3年で辞める」と宣言した連続起業家の本音 —杉原— 砂川さんは連続起業家ですよね。起業した位置情報サービスの株式会社ロケーションバリューをNTTドコモに売却し、ロックアップ後にGoogleに入社されています。そして早々と退社して2018年5月に起業されています。 —砂川— 実はGoogle入社3日目に中小企業向け営業部門の方々を集めてもらって講演したんですが、その時に「3年で辞める」と宣言しています。では、なぜGoogleに入ったかというと、優秀なエンジニアをスカウトするためだったんです(笑)。Googleの人事担当は苦笑いしていましたが。 最初のスタートアップで最も苦労したのが、優秀なエンジニアを探すことだったんです。ドコモに売却して「次もスタートアップをやろう」と思っていた時に、「Googleに誘われてたな」と思い出して話を聞きに行ったら、PM(プロダクトマネージャー)のポジションだったので、3年だけ行ってみるか、となったんです。 —杉原— そして2018年5月に株式会社スマートラウンドを起業されたと。読者の方のためにサービスについて簡単にご紹介いただけますか? —砂川— smartroundはスタートアップと投資家のための情報共有プラットフォームです。資金調達前と後で目的が異なります。 調達前は、いわゆるCRMです。スタートアップ側からすれば投資家を検索・管理して、交渉状況やデータ共有の状況を把握するツール。投資家側も同じで、スタートアップを発掘し、交渉状況や社内の投資委員会の通過状況を管理するためのツールとなります。 そして資金調達後は「機関決定」のためのツールです。投資契約書・株主間契約書がある場合、取締役会前にリードインベスターから事前承諾を取らなければならないのですが、承諾を取り付け、その後、取締役会にかけて、最後に株主総会にかけて期間決定をするというプロセスを、会社法に基づいてしっかり行うためのツールです。定款、登記簿、株主間契約書などを全てデータとして保持しておき、それを元に法律に準拠して何をしなければならないかを判別していく仕組みです。 最後はデータ共有で、VCは一つのファンドから100〜200社に投資するわけですが、各社の状況や権利関係を把握するのが実は非常に難しい。しかもスタートアップが提出する書類はフォーマットがバラバラだったり間違いがあったりする。それを全部統一して、オンラインプラットフォームでコントロールできるようにしているのがsmartroundです。 ◆smartround以前は全部エクセル — 日本VCエコシステムの遅れ —杉原— smartroundがなかった時代はどうしていたんですか? —砂川— 大手含めてみんなエクセルでした。アメリカでVCをやってきた人間からすると「何十年遅れてるんだ」という感じでしょうか。アメリカはもっとテクニカルにやっていたので。 なぜ日本のVCがそこまでやっていなかったかというと、成り立ちの問題があります。アメリカの場合は機関投資家(エンダウメントやペンションファンド)がVCにLP出資するので、VCも激詰めされてデータをちゃんと見ないといけない緊張感があります。日本の場合は事業会社がLPなので「ざっくりお任せ」的なところがある。そういうツールを作らないと要求に応えられないアメリカと、それほどでもない日本、という差がありました。 —杉原— ニーズはスタートアップにも投資家にもあるわけですね。今はどのくらい普及していますか? —砂川— ベンチャーキャピタルファンドで300近くに使っていただいていますし、スタートアップは7,500社になっています。 —杉原— その数はすごいですね。競合はあるんですか? —砂川— 米国には20社あります。最大手が「Carta(カルタ)」という会社で、それぐらいアメリカは成熟している。日本はスマートラウンドだけです。ただ、部分的にそれぞれに競合はいます。投資家側の投資管理だけをやっている会社、スタートアップ側のツールだけをやっている会社、ストックオプション管理だけをやっている会社など、パーツごとには競合がいますが、当社は全部を包括的にやっている唯一の会社です。 ネットワーク効果が非常に重要で、VCとスタートアップ両方が使っているから便利なんです。電話と一緒で、相手が電話を持っていなければ電話に意味はない。だから両側をやらないといけないと考えています。。 ~Part3へ続く~ ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太   【プロフィール】砂川 大 一般社団法人スタートアップ協会 代表理事 / 株式会社スマートラウンド 代表取締役CEO 三菱商事を経てハーバードMBA取得後、米国VCでディレクターとして勤務。帰国後に株式会社ロケーションバリューを創業しNTTドコモへ売却。Googleでアンドロイドの統括部長などを努めた後、、2018年に株式会社スマートラウンドを創業。2022年に一般社団法人スタートアップ協会を設立し代表理事に就任。スタートアップ育成5か年計画の策定にも関与するなど、日本のスタートアップ・エコシステム形成に取り組む。 一般社団法人スタートアップ協会:https://www.startup-kyokai.org/ 株式会社スマートラウンド:https://jp.smartround.com/corporate 次回・Part3では、 ・幅広い人脈の作り方 —「Facebookで友達だけど話したことない人とランチ」という企画 ・起業に否定的だった時代から東大生が普通に起業する時代へ ・ベンチャーエコシステムの実現について などについてお伺いしています。Part3もぜひご覧ください!
  • INTERVIEW
2026.07.07
一覧を見る