COLUMN

【グループ会社インタビュー】 株式会社ディ・ポップス 増田 将人 社長 ~前編~

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2025.04.30

D-POPS GROUPでは、現在約23社のグループ会社が仲間となっています。
今回は、ディ・ポップスグループの祖業である株式会社ディ・ポップスの増田 将人 社長へ、インタビューしました。
(こちらのインタビューは、2025年3月に実施しました。)

◆入社の経緯

-杉原-
今回は、ディ・ポップスの増田社長にインタビューさせていただきます。宜しくお願い致します!

増田社長がディ・ポップスに新卒で入社したのは2012年の4月ですよね。入社の経緯を教えていただけますか?

-増田-
大学時代、私は留学で北京に行っていました。北京の大学に4年半行ったんですけれども、就職活動というもののやり方自体を知らなかったんです。それで、大学4年の前期が終わった夏休み、7月と8月の2ヶ月間が休みだったので、この期間で就職活動を始めました。

実際に受けたのは、5社ぐらいだったと思います。大手商社などを受けたんですけど、結局ダメで。それで、内定をもらったのが、ディ・ポップスと一部上場している大企業でした。

先に内定をいただいたのはその大企業だったんですが、ディ・ポップスの面接を受ける中で気持ちが変わっていきました。ディ・ポップスの面接を受けてみて、会社の雰囲気がなんか明るく見えたんですよね。未来の発展というのがすごくイメージできました。

あとは、後藤さんと直接お話していて、この会社に入ったらなんか人生変わりそうだなとか、人生にとってすごい大きなプラスの機会に出会えそうだなみたいな、直感が働いたんです。なので、途中から「この会社入りたいな」というマインドに切り替わって、どうにか落とさないでくれと思っていました。(笑)
ちなみに、後藤さんとの最終面接は3時間くらいお話しさせて頂きました。

-杉原-
当時、ディ・ポップスの会社規模はどのくらいだったんですか。

-増田-
たぶん会社としては15期くらいとかじゃないですかね。
まだ売上も100億円なく、7~80億円とかだったと思います。
当時は「売上100億円行くぞ!」みたいな、そういうのが全体の号令としては強かったイメージですね。

◆社長就任の経緯

-杉原-
ディ・ポップスはグループの代表である後藤さんが1998年設立した祖業ですが、増田さんは2024年3月に、若干30台半ばでその会社の社長になられたのですよね。
この12年の間に部長や本部長、役員等、異例のスピードで出世されたと聞いています。 振り返るといかがですか?

-増田-
そうですね。「運とタイミング」というのは、もちろんあったと思います。それに加えて、ちょうど会社が大きく変わろうとしていたというのは、外的要因で大きなポイントだったと思うんですね。

というのも、私が入社して翌年くらいにはもうディ・ポップスとグッド・クルーで売上100億円いっていました。そこから後藤さんが、さらに成長戦略を描くときにディ・ポップスだけで成長するということではなくて、徐々にグループ構想になっていったんです。当時私の上司だった藤田さんがアドバンサー創業のために抜けて、次は保坂さんがSTAR CAREER創業のために抜けました。

上司が独立したりいい意味での卒業が訪れたりして、そのタイミングで、これも外的要因・内的要因あると思うんですけど、会社の業績が落ちた時があって、そのときに組織がおおきく変わりました。

当時私が3年目で、まだ現場のマネージャーをやっていたんですけれども、そこでもともと大きなピラミッド組織だったところを一旦フラットにして、ほぼ全員社長直下のような組織になったんです。

3年目のマネージャーって若手じゃないですか。そこに対しても、いろんな裁量をもたせてもらって、今までは上層部だけでやっていた会議を、選ばれし20名ぐらいが午前中に熱い議論を交わすようになり、学びの場を頂きました。当時3年目ぐらいのメンバーがチャンスを掴めるきっかけになったんですね。そこでどんどん挑戦していって、上からポスト与えてもらったっていうよりも、「自分たちで掴みに行くぞ」みたいな感じでした。

平等にチャンスがあったというのは運がよかったんですが、そのチャンスを掴みにいく行動力はすごい大事だったと思います。

-杉原-
チャンスをつかみ取ってどんどん上がっていくにあたって、1番努力したポイントってなんですか。

-増田-
努力したのは、目上の方に飛び込み続けることです。ちょうど千本さんがジョインしてくださったタイミングでもありましたし、後藤さんをはじめ周りの経営者の方や、アドバイザーの方、我々からするとものすごい目上の方々に対して、食事会や勉強会の機会があれば隣に座って学ぶようにしました。なかなかみんなやりたくない。だけど、飛び込んだら必ず得られるものがそこにはあるということはわかっていました。

あと仕事でいうと、会社からすると、業績が悪いところって誰かに任せたいじゃないですか。そんなポジションも自分からどんどん引き受けて、どうにかしても早く回復させたいという思いでやっていました。そこで業績が改善したら注目されるし、そもそも難しいポジションなのですぐに結果が出なくても「頑張ってんじゃん」みたいな言葉をかけてもらえる。どんなことも飛び込んでやってみるというのは意識をしていました。

-杉原-
社長就任の時の打診っていうのは、どういうふうに後藤さんから言われたんですか?その時どう思われましたか。

-増田-
これがちょっと曖昧な部分もありまして。
後藤さんに呼ばれて「じゃあ社長就任な」っていう感じじゃなかったんですよ。

というのも数年前から後藤さんは、組織上はディ・ポップスの社長としていらっしゃいましたが、ディ・ポップスグループの経営に専念され、ディ・ポップスの経営はほぼ幹部層に権限委譲している状態でした。

その中で、ディ・ポップスが業績的にも組織的にもどんどん悪くなっていったんです。
すごいふわふわした時代があって、当時私は営業本部長がメインの担当だったんですけれども、そこで執行役員になったりとか、常務・専務になったりする中で、やっぱり会社がどうしても良くならない。急激に悪くなっていってる感覚もありますし、回復がなかなか見えないという悩みを抱えていました。

後藤さんとは、年に2回ぐらい2人で食事をする機会をいただいてて、その時に後藤さんに「僕に社長をやらせてください」と伝えました。

自分の中ではもう変わるしかないと思っていました。今更、後藤さんが事業会社に戻ることはグループ全体の判断として効果的ではありません。だったらもうやるしかないんだと自分の中で腹をくくったんです。

-杉原-
増田さんから見て、当時、社長候補は複数人いたりしたんですか。
それとも自分だけしかいないと思っていたんですか。

-増田-
後者ですね。私しかいないと思っていました。もしかしたら違うと考えていた方もいるかもしれませんが、事実上の後継者という意識ではいました。

-杉原-
何年ぐらい前から、社長の後継者という意識で働いてきたんですか。

-増田-
感覚としては、30歳ぐらいだったと思いますね。当時執行役員になっていたんですけど、見ていたのが営業本部だけだったので、会社全体を見られているかというとそうではなかったんです。ただ、後藤さんがグループ経営に専念されている状況ではあったんで、やっぱり自分が見なきゃなと感じてきました。

そこからいろいろと学ぶようになって、千本さんを通しての出会いだったりとか、後藤さんのご紹介だったりとか、自分でも20代後半ぐらいから経営者コミュニティに入ったりとか、周りの刺激が大きかったですね。

なかなか自分の実力も足りてなかったので最初は全然相手にされなかったんですけど、なんとか食らいついていくみたいな。それがようやくここ数年で知り合いも増えましたし、やってきたことが徐々に芽が出てきてるなっていう感覚があります。

◆事業概要

-杉原-
準備期間も含めるともうベテランですね。
そんな増田さんが正式に社長になってから1年ですけれども、まずはディ・ポップスの会社概要、現在の事業概要を簡単にご紹介いただけますか。

-増田-
ディ・ポップスはもう27期目になるんですけれども、元々祖業で始めた通信の代理店事業が、今でもメインではあります。

事業としては、1つが併売店事業です。独自ブランドの「スマホ相談窓口TOP1」というブランド名でやらせていただいてまして、通信の店舗運営をしてるんですけども、様々なメーカーさんや通信キャリアさんの主要商品・サービスが全部入っています。
それに加えて独自ブランドの商品、セキュリティや保険等、あらゆる商品があるんですけども、そこもまるっと包括的にエンドユーザー様に対して、コンサルティングや小売の販売、アフターサポートなどができます。現在、関東を中心に30店舗強運営しております。

もう1つは、専売店事業です。こちらも通信の代理店として、ドコモショップ、auショップ、UQスポット、楽天モバイルの店舗を運営しています。

あとは、メディア運営で、通信に特化した「フォンシェルジュ」というオウンドメディアを展開しています。

そして別会社になりますが、ディ・ポップスを一緒に引っ張ってきた平井が代表を務める『株式会社PlusPass』で、格安SIM/格安スマホに特化したWebメディア「すまっぴー」というメディアを運営しています。なので全体的には、通信専門の、リアルとオンラインを掛け合わせたプラットフォーム、そしてユーザーに対して支援できるようなサービス事業をやっています。

-杉原-
ここのところ通信業界、特にショップの運営って変化してきていると思うんですけども、通信業界の波ってどんな感じなんですか。

-増田-
毎年いろんな変化があります。通信キャリアだけでなく、総務省なども含めてですね。そこでいろんな法律が変わることが、1番の大きな要因になると思います。でもその中で、我々も20年以上生き残ってこれたのは、本当に変化に対応してきたからですね。

◆社長就任で変えたこと・変えなかったこと

-杉原-
この20年くらい、激動ですよね。
名実ともに社長になってから1年経ったわけですけれども、この間に大きく変えたことと変えなかったことを教えてください。

-増田-
この1年は、本当に激動であっという間でした。そもそもまだ社長に就任するかどうかも決まってない時に、1つ決意をしていたものがありました。やっぱりディ・ポップスのいいところって、理念やビジョン、そして人財教育というものが、創業の礎として先代の後藤さんからめちゃくちゃ入っていて、僕自身も教育されましたし、だからこそ生き残れたというところがあるんですよね。
対お客様、対社員、スタッフ、最終的に社会に対しての部分がちゃんと出来上がっていたので、これをもっともっと磨いていかなきゃいけないなと思っていました。
あとはやはり数年間、後藤さんがグループ経営に専念されると覚悟を決めた時期に、実質指揮官不在のような状態だったので、上位レイヤーがふわふわしている、中間層も離職が止まらない、若手も入っては辞めるみたいな負の連鎖があったので、もう1回基礎から徹底しなきゃいけないなと思っていました。

離職率を下げるという短期的なことではなく、そもそも働き甲斐があり、個人も組織も成長できる環境を創るためにまず変えたことは、「毎月1回は全社員をリアルで集めて対話すること」でした。

コロナ期間があったこともそうですが、そもそも我々の拠点が50を超えているので、なかなか全員がリアルで集まる機会というのが、年に数回ぐらいしかなかったんですね。今オンラインでいろんな話をするんですけど、それがメインになってしまったことにすごい違和感を覚えていたのと、ディ・ポップスにはすごくいいものがたくさんあるので、それをちゃんと伝える必要があるなと感じていました。あとは、自分自身ちゃんと教育できている自信がなかったんですよね。

なので、就任するのが3月でしたから、その前の10月ぐらいに自分の中でも決意をして、月1回、全社員をリアルで集めようと決めました。

-杉原-
これはすごいことですよね。

-増田-
はい。月に1回集まって、とにかく理念とかビジョンとか、そこだけでもいいから1日かけて話そうと決めました。それを10月ぐらいに決意して、そこからいろんな準備をして、実際は2月ぐらいから順次やっていったんですね。

それがうちの月一全体集合研修に繋がっているんですけども、全体集合研修の目的は、1つはリアルで社員同士がちゃんと対話をする。そして自分の理念と会社の理念を、どうやって融合するかなど、その時のテーマに沿って議論を深めていきます。

もう、仕事って人生の一部じゃないですか。それが面白くなかったり、自分の人生の理念とかけ離れていたら、そもそもこのコミュニティにいる理由がなくなってしまうので、リアルで対話をしながらわくわくする未来を一緒にデザインをしていく。

そしてこれは社長が変わったタイミングでもあるので、誰か外部の講師に委託するんじゃなくて、自分の口から言うと決めました。その前までは増田塾というのを3年ぐらいやっていました。その時は有志で、全社員じゃないけどリアルでやっていたんで、それをもうやめて全社員に変えたというのもあります。
あとは会社のロゴとか、ホームページをリニューアルしました。

-杉原-
素晴らしいですね。1日分の稼働を止めてでもやろうというのは勇気がいることだと思います。変えなかったことはありますか?

-増田-
ディ・ポップスの歴史ある「クレド」は変えませんでした。
僕が就任してから変えたこともたくさんあるんですけど、この行動指針は人として大切なものを教えてくれるので、現時点では変えずに残そうと思っています。

渋谷ヒカリエ本社の会議室内に掲載されている「クレド」

◆変更したロゴへの思い

-杉原-
ちなみに、変更したホームページとロゴへの思いについて紹介していただけますか。

-増田-
今回リニューアルした新しいロゴデザインの思いというのは、何かやるんだったらナンバーワンになるという思いを込めています。我々の企業ビジョンでもある、対顧客に貢献するとか、対社員に対して、自分の人生をコントロールできるような自己実現の舞台を整える・与える、最終的に利益を出していって、社会貢献を続けるという思いがあるので、やっているビジネスの中で、ニッチでもいいから、ナンバーワンになる「1番」って思いが強いんですね。

なのでロゴを見ていただくと、1番の1っていう風に見える部分と、D-POPSの「D」と見える部分をつくっています。

あとは、我々のコーポレートカラーってブルーやスカイブルーなど、青が強いんですよね。やっぱり青って晴れやかな気持ちになったり、爽やかな気持ちになったりとかしますよね。
でもそれだけじゃなくて、青い炎の熱い心と冷静さも、コーポレートカラーへの想いとして入っています。

その青色の「1」に見える部分を実はグレーで支えてるんですね。というのも、人生も組織も一緒で、必ずしも前線の人たちだけが成果を作ってるわけじゃなくて、支えてもらってる、支える立場でもあるよと。

なので、この持ちつ持たれつの環境をちゃんと作っていくこと、そして我々はどっちかっていうとしっかり支えていこうよ。会社としても支えられる器をどんどんどんどん大きくする。その中で、自分たちが信じた道とか、やるべきミッションを信じて、この1番を目指していく。
そういう想いでロゴを作成しました。

ディ・ポップス ロゴ

☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太

【株式会社 ディ・ポップス】
代表者:代表取締役社長 増田 将人
所在地:東京都渋谷区渋谷2-21-1 渋谷ヒカリエ32F
設 立:1998年2月
サイト:https://d-pops.co.jp/

 

次回後編のインタビューでは、
・マーケット状況における戦略
・TOP1の販売・積極方針について
・新商品「OTHEBES(アザベス)」について
・サッカーの活動について
・「ベンチャーエコシステムの実現」に向けて
などについてお伺いしています。

後編もぜひご覧ください!

 

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—赤松— 当時、会社は5年目ぐらいで、10億円にいくかいかないかぐらいの規模感だったんですが、一定の規模まで成長していく中で、次のフェーズに進むためには自分たちだけでは持てない経営資源や知見が必要だと思うようになったのが、最初のスタートでした。 順調に成長していたので、いろいろな企業からお話をいただいたんですが、単純に会社を買収するという考え方ではなく、経営者である私自身や会社の個性をしっかり残しながら一緒に成長していくという、D-POPS GROUPの考え方と、後藤さんの人柄に魅力を感じたというのが理由です。 M&Aをした仲間も多いんですが、結局グループ入りした後に経営方針が変わったり、創業経営者が経営から離れるケースも多々見てきたので、そういう意味でも、ディ・ポップスグループは引き続き私自身が経営をさせていただいていますし、opztの文化や強みを尊重しながら成長させてくれています。優しく見守ってくれているというのがすごくいいなと思っています。 本当に、条件面などではなく、誰と一緒に経営するか、グループ入りした後に社員が前向きに働けるかというところを重視して選んだという感じです。 —杉原— その時の期待通り、10億円ぐらいの規模だった会社は、この6年間で大きくなりましたよね。経営体制が変わらないまま、後藤社長やディ・ポップスグループの経営会議などからの学びは結構ありますか? —赤松— そうですね。本当にいろんな面で日々勉強させていただいていますし、今もメンターシップもいただいていて、日々勉強させてもらっている感じです。 ◆ 「グループから次々と経営者が生まれる」ベンチャーエコシステムへの共感 —杉原— 素晴らしいです。では最後に、「ベンチャーエコシステムの実現を目指す」をスローガンにしているディ・ポップスグループですが、この目標に共感する部分や、エコシステム作りを意識した活動などがあればご紹介ください。 —赤松— たくさんあるんですが、特に共感するのは、一社だけが成功するのではなく、グループ内から次々に経営者や新規事業が生まれていくという考え方です。 僕自身も創業経営者として、会社を大きくすることだけが目的ではなく、社員の中から次の事業責任者や経営者が生まれ、その人がまた新しい会社や事業を作っていく、そういう循環する環境を作りたいと思っています。 opztでも、各拠点に権限と裁量を与えて、小さな会社を経営する感覚で拠点運営をやってもらっています。その事業で生まれた人材や資金、信用を次の事業に循環させていくというところが、ベンチャーエコシステムにつながるのではないかと考えていて、そこにすごく共感しています。 —杉原— opztさん自身の中でも、エコシステムができているようなイメージですね。 —赤松— そうですね。規模はまだ小さいですが、通ずる部分があると思っています。 ◆ 5年後、人とテクノロジーで企業の成長を支える会社へ —杉原— 5年後のopztはどのような姿、あるいは具体的な目標があれば教えてください。 —赤松— 5年後は、先ほども出た通り、単純に人材を派遣するだけの会社ではなく、人とテクノロジーを組み合わせて企業の成長を支援していくような会社になりたいと思っています。引き続き派遣事業は大きな基盤でもあるので、しっかりここはやりつつ、AIやデータ、データセンター領域の比率をより高めていきながら、専門性と収益性の高い事業構造に変えていきたいと思っています。あとは、社員やスタッフがきちんと成長して、お客様から長く必要とされること、適正な利益を出しながら新しい事業に投資できるくらいの会社にしていきたいと思っています。 ◆ 読者へのメッセージ —杉原— では最後に、読者の方に一言、何でも結構ですのでお願いします。 —赤松— opzt自体はまだまだ未成熟な会社ですし、これからAIをはじめテクノロジーもすごいスピードで変化していくと思いますが、当社としても過去の成功にとらわれず、新しいことにチャレンジしたいと考えています。仕事を探している方がもしこの記事を見てくださる機会があれば、今の経験だけで自分の可能性を決めてほしくないなと思っています。今経験がなくても、学んで挑戦することで新しいキャリアを作ることができますし、企業の方が見てくださっている場合は、人材の紹介だけでなく、組織作りや業務の改善、新しい事業の挑戦についても一緒に考えられるパートナーでありたいと思っていますので、少しでも興味を持っていただけたら、お気軽にお声がけください。 —杉原— 素晴らしいです。ありがとうございました! ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太 【opzt株式会社】 代表者:代表取締役 赤松 文則 所在地:大阪市中央区本町4-2-12 野村不動産御堂筋本町ビル5階 設 立:2013年9月10日 コーポレートサイト:https://opzt.net/ Part1はこちらからご覧ください!
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2026.09.03
大手企業との信頼を積み重ね続けるopzt赤松文則社長に聞く、人が育つ人材派遣ビジネスのつくり方【Part1】
【このパートについて】 全2回にわたるインタビューの第1回となるPart1では、opzt株式会社の事業内容や大手企業との信頼関係の築き方、テクノロジー領域への展開、人材育成、そして生成AI時代への向き合い方についてお聞きしました。(このインタビューは2026年8月に実施しました。) ◆ 人材とテクノロジーを軸に、5拠点で全国展開する事業を紹介 —杉原— D-POPS GROUPでは、現在26社のグループ会社が仲間となっています。 今回は、2018年にグループ入りしたopzt株式会社の代表取締役 赤松 文則さんへ、インタビューさせていただきます!宜しくお願い致します。 まず初めに、ホームページにも掲載されていますが、改めて赤松社長ご自身の言葉で、事業内容の概要をご紹介いただけますか? —赤松— 事業としては、人材派遣・人材紹介、アウトソーシングを含めたHR事業と、ITのテクノロジー領域を扱うTech事業を中心に展開している会社です。創業当初からやっているのは、通信業界を中心とした事務系やコールセンター、営業支援・販売支援の人材サービス事業です。現在は大阪、東京、名古屋、四国、福岡の5拠点で展開しており、全国で多くのメンバーが働いてくれています。直近では、従来型の人材サービスだけでなくITのテクノロジー領域にも力を入れておりまして、その中でもAI、データサイエンティスト、インフラエンジニアといった専門性の高い人材サービスを展開しています。 今はSES(システムエンジニアリングサービス)や業務委託・受託という形が中心ですが、将来的には自社開発したものを販売していく、自社でも開発をやっていきたいという思いはあります。 —杉原— ちなみに社名の由来を教えてください。 —赤松— お客様に選んでいただく会社になりたいというのが元々の由来です。「チョイス」は複数の中から選ぶイメージがありますが、「オプト」は特定の一つだけを選ぶという意味合いがあるので、そういう会社になりたいという思いを込めました。すでに「オプト」という有名な会社があったので、同じ表記は避けたいと思い、アルファベットの最後の文字である「z」を入れて「これ以上ない、いい会社」という意味を込めた造語にしました。 —杉原— 英語から着想を得て、造語で完成させたということですね。派遣している人材の規模は、社員として何名くらいになるんですか? —赤松— 社員といわゆる登録派遣の方を合わせて、今550名ぐらいです。 ◆ NTTとの絆を築いた、創業2年目からの信頼の積み重ね —杉原— とても大きな人材の母数をお持ちですが、その方々を派遣する先の開拓についてお聞きしたいです。事前にお聞きしていますが、NTT関連の取引先がとても多いと聞いています。そんな大企業と取引できるようになったのはどんな背景があったんでしょうか? —赤松— 元々は僕自身がサラリーマンとして働いていた時に、NTTグループさんを担当していたというのが大きいです。当時は本当に若造だったんですが、その時からいろいろな重鎮の方々に可愛がっていただいて、仕事上のお付き合いだけでなく、人としての信頼関係を築くことができました。その後、僕自身が独立するタイミングで、当時お世話になっていたNTTの幹部の方が「赤松が独立するなら応援したい 」と言ってくださって、顧問という形で力を貸してくださることになりました。 それがきっかけというわけではないんですが、独立のタイミングで前職のメンバーや、NTTで実力のある方々が色々とジョインしてくださったのがきっかけになります。 そういう方々の長年の信頼とネットワーク、人脈も含めて、NTTさんをはじめとする大手企業とのつながりが非常に多い方が多かったので、そこをきっかけに取引ができたというのが最初のスタートになります。 そして、本当に奇跡的に、創業2年目という非常に早い段階で、NTTさんと契約することができました。 NTTさんとしても、当時は弊社が帝国データバンクの評価も定まっていない、まだ評価されるべき会社ではなかったので、かなり異例だとは思います。 —杉原— NTTさん以外にも大手企業が顧客として多くあると思うんですが、営業で悩んでいるスタートアップも多い中、赤松社長及び経営チームはどうやってここを開拓してこられたんですか? —赤松— 本当にありがたいことに、2年目でNTTさんという大きな企業と取引できたことで、大きな会社と取引する難しさ(情報管理やコンプライアンス、人材の質など)を試行錯誤しながら学べたことが大きかったです。ある程度、NTTさんとの信頼関係ができたり、大手との付き合い方が組織としてできるようになったので、それを他の大きな企業にも横展開していくのが、比較的早く立ち上がったという感じがあります。 以前からそうですが、契約を取る営業というよりも、契約をいかに長く続けられるかという営業を大切にしています。今もNTTさんをはじめドコモさんなど、大手企業との取引が続いているのは、一つ一つの積み重ねでできたんじゃないかと思っています。 —杉原— 赤松社長が特に気をつけていること、大手企業と取引を継続するために、あるいは先輩たちから可愛がられる理由として、ご自身ではどう思われますか? —赤松— 本当に、小さな約束を守り続けた結果の積み重ねだと思っています。信頼関係というか、先ほどお伝えしたような人材の質、コンプライアンスや情報管理がきちんとしているか、現場で問題が起きた時に隠さず、すぐに報告し、会社としてどう改善するか、 大きな企業ほどそこを見ていらっしゃるので、一つ一つ、スピーディに対応しながら徹底する。社員もそれを徹底する、その積み重ねなのかなと思います。 僕たちも何もないところからのスタートで、最初の入口は人脈だったかもしれませんが、これだけ長くお取引が縁だけで続くとは思っていません。積み重ねなのかなと思っています。 ◆ 「単純業務から専門性の高い領域へ」――AI時代を見据えた事業の差別化 —杉原— 提供するサービスである事業についても、この13年の間にピボットされているという印象があります。特に最近、テック関連の派遣ビジネスを始められたと思うんですが、どのように差別化をされているんでしょうか? —赤松— 元々ピボットしようという意識ではなく、ずっと人材マーケットを見ていく中で、単純業務や定型業務はAIによる自動化になっていくというのが一つのきっかけとしてありました。一方で、AIやデータの領域、データサイエンティストなど、そういうAIを活用できる人材の需要が高まってきたというのも一つのマーケットの動きとしてありました。当社としても、今まで通りの人材サービスをやっていれば必ず淘汰されると思ったので、成長性の高い分野に力を入れないといけないと考えたのが、今から3、4年ぐらい前のことです。 ただ、従来型のSES企業と同じことをしても意味がないと思っていたので、私たちは特にAI・データ領域のエンジニアやデータサイエンティスト、さらにデータセンターを支えるインフラ領域の人材など 、これから企業の競争力に直結するところに絞って展開しています。 また、すでに高いスキルを持っている方だけを採用するのではなく、未経験でポテンシャルの高い人材を採用し、教育し、実務経験を積ませながら専門人材に育てるという取り組みも並行して行っています。人材派遣で培ってきたノウハウと、テクノロジー領域の専門性を組み合わせているところが、他社にはない差別化の部分だと思っています。 —杉原— 今お話に上がったデータセンター周りというのは、さすがだなと思いました。米国ではITエンジニアのリストラが増える一方で、電気工事士の需要が高まっている、公認会計士をやめて電気工事士や配管工になる人までいるというニュースを見て、単純に手に職ということなのかと思っていたんですが、それがデータセンター建設に関わる仕事だったんですね。人手がまったく足りないと聞きますし、半導体やサーバーで日本のメーカーも潤っていますが、最終的にそれを設置する人という需要もあるということですよね。 —赤松— おっしゃる通りです。特に大阪は、東京のバックアップとしてデータセンターがどんどん増えています。東京がこけても大阪でデータを守れるという位置づけで、今どんどん建設されています。24時間監視が必要だったり、辺鄙な場所にあったりして、通信キャリアさんも人手不足でずっと困っていらっしゃるので、ここはしっかり取り組みたいと考え、力を入れています。 僕自身もAIをいろいろ使っていますが、結局トラフィックがどんどん増えていっているのは事実ですので。 ◆ 「選ばれる会社」であるための採用戦略と教育プログラム —杉原— さて、そういったサービスを提供する顧客に対して、実際に派遣する人材の獲得についてお聞きしたいです。うちのグループの中でも採用にはなかなか苦労しているという話を聞きます。コストだけでなく、そもそも人が少ない中で、赤松社長としてはどう取り組んでいらっしゃいますか? —赤松— 当社も完璧にうまくいっているわけではないですが、一つの採用手法だけに依存しないということを大切にしています。求人媒体、人材紹介、リファラル、SNS、採用イベントなど、職種や地域に応じて複数の採用経路を使い分けているのが特徴です。 それ以上に重要視しているのは、応募者から選ばれる会社になることです。今の求職者は、給与や仕事内容だけでなく、入社後にどんな経験ができるか、どんなキャリアにつながるか、会社が自分をどう扱ってくれるかをよく見ていらっしゃいます。そのため当社としても、いいことだけを伝えるのではなく、仕事内容、職場環境、期待される役割をすべて正直に説明するようにしています。採用した人数よりも、入社した人が活躍して長く働いていただけることを重視して取り組んでいます。 —杉原— 素晴らしいです。opztさんに入社した時、必ずしも高いスキルを元々持っている人だけではなく採用して、教育プログラムがあるというお話でしたが、もう少し詳しく教えていただけますか?テクノロジーに縁のなかった人でも、その分野に派遣されるような人材になれるんでしょうか? —赤松— 基本的な教育として、ビジネスマナーや情報セキュリティ、コンプライアンスの基礎教育に加えて、それぞれの配属先に応じた研修を行っています。特にテックの領域では、オンラインで学んでいただくだけでなく、課題を作って発表してもらったり、資格取得を支援したり、先輩エンジニアによるフォローを組み合わせたりして、学んだ内容を実務で使える状態にすることを重視しています。 また、技術力だけでなく、コミュニケーション力や報連相、お客様の意図を理解する力も重要だと思っているので、そういったところも人によってプログラムを変えて実施しています。「またこの人にお仕事をお願いしたい」と言っていただけるような人材を育てるのが目標です。 ◆ 荒波か、追い風か――エージェンティックAI時代への対応 —杉原— さて、このような人材派遣業、特に最近注目されている技術者の派遣業にとって、気になるのが生成AI、特に最近ではエージェンティックAIですね。この波は荒波だと捉えていますか?それとも乗っかるチャンスだと捉えていますか?どのような対策や対処を行っているでしょうか? —赤松— 荒波であり、危機ではあると思っていますが、それ以上に大きなチャンスだと考えています。先ほどもお伝えした通り、定型業務や単純業務はどんどんAIに置き換わっていっていますし、実際に置き換わっている実感がすでにあります。 ただ、今までと同じような人材サービスを続けていれば、間違いなく淘汰されると思っています。一方で、データを活用できる人材や、AIを企業に導入できる人材、AIでは代替できないコミュニケーション力・対人能力を持つ人材の需要は、右肩上がりに増えている実感があります。そういう意味でも、opzt自体が変化してこの波に乗っていくことができれば、非常に大きな波に乗れるのではないかと考えています。 当社では、AIやデータサイエンティスト以外の事務職や管理、採用といった職種でも、AIを使える人材を育成しようとしています。AIに使われるのではなく、AIを使う側の教育をすることで、他にはない差別化ができればと思っています。 ◆ さらなる成長へ向けた3つの新しい取り組み —杉原— ありがとうございます。事業のさらなる成長のために、直近で具体的に新しく取り組んでいることはありますか? —赤松— 大きくは3つあります。1つ目は先ほども出た、AI・データ、そしてデータセンター周りのインフラ領域の事業をまず伸ばしていくことです。2つ目は、1人単位の派遣ではなく、チームでご支援していく、アウトソーシングでより付加価値の高い契約形態をどんどん増やしていくことです。3つ目は、既存の人材サービスの部分でも、AIを活用して採用や面談、スタッフフォローといった業務の生産性を高めていくことです。 —杉原— チーム丸ごと派遣するというニーズがあるんですか? —赤松— あるんですよ。今は、そもそもそのスキルを持っているエンジニアがもういないというか、金額も高くなっているので、経験者と、私たちが育成している若手人材をチームとして組成して支援する 形が増えています。育ったら次の若手をチームに加えることで、現場の中で育成が循環する仕組みを作っています。 —杉原— 経験を積めますし、若手の方はその先輩と一緒に、同じ仕事、同じ顧客の中で同じ分野の仕事をすることで経験を積んで、いずれリーダーになっていくということですね。 —赤松— はい。企業側もそういう人材を育てられないので、丸ごとお願いしたいというニーズがあります。 大変な部分も多いですが、当社としても未経験者を入れられるということで、最近はその手法で企業さんにご紹介しているパターンが多いです。 —杉原— 確かに、一人で送るよりも、その人個人のスキルや経験は積めますが、会社としてノウハウが溜まっているのかという疑問がありますよね。おそらく戻ってきて、その人が今度は先生として社内でトレーニングをする。でも、その時間ってなかなか売上にならないですからね。むしろ、先生役だけをやらせるのではなく、現場で学ぶ経験を先輩から、派遣先から募集をいただきながら、そこで学びも得ているということですね。 —赤松— そうですね。それでどんどん今、この手法を広げていっています。 ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太 【opzt株式会社】 代表者:代表取締役 赤松 文則 所在地:大阪市中央区本町4-2-12 野村不動産御堂筋本町ビル5階 設 立:2013年9月10日 コーポレートサイト:https://opzt.net/ Part 2では、 ・バンドマン時代の経験と経営への活かし方 ・opzt創業のきっかけと十三年間の軌跡、組織づくり ・大病を経て立ち上げたエンタメ事業「SELEBRO」 ・D-POPS GROUPとのM&Aの経緯とベンチャーエコシステムへの共感 ・5年後のopztが目指す姿と読者へのメッセージ などについて伺っています。Part2もお楽しみに!  
  • INTERVIEW
  • グループ企業
2026.08.31
auプランに組み込まれた子どもの安全を守るアプリ「コドマモ」の挑戦|Adora株式会社・冨田社長インタビュー~Part3~
全3回にわたるインタビューの最終回となるPart3では、Adora株式会社の「人」と「文化」に迫ります。インドで出会ったCTOのSaurabhをはじめとする開発チームはなぜ名もなきスタートアップに参画したのか。エストニア留学で出会った仲間たちとの絆、「Sunny・System・Solid」という3つのバリューなど、インタビューの総まとめをお届けします。(このインタビューは2026年6月に実施しました。) ◆ 錦糸町のオフィスに込めた想い -杉原- ここのインタビュー場所は錦糸町のマンションの一室ですね。とても居心地よさそうで、お花もあって。この春に引っ越しされたとのことですが、なぜここを選んだのですか? -冨田- いくつか理由があります。もちろんメンバーみんなが来やすいというのもあります。ただ私個人の感覚として、キラキラしている場所よりも、錦糸町のほうが合っているなと思いました。錦糸町はスターバックスが5軒もあるほど栄えているのに、同時に人間らしい雰囲気も共存しています。 個人的に、お酒という毒を皆でシェアしながら絆を深めていって、「みんなで頑張ろうぜ」となるのが好きなんです。ほどほどにお酒を一緒に飲むことを大事にしたいと思っているので、居酒屋も近くにあって、みんなが来やすい錦糸町がいいなと思いました。 ◆ 平均年齢26〜27歳 — 未来を作るチームの構成 -杉原- この半年ほどで徐々にメンバーが増えましたね。現在のメンバー構成について、差し支えない範囲でご紹介いただけますか? -冨田- 正社員ベースでまだ10名以下という小さな会社ですが、人事担当が入ってくれたり、エンジニア中心の会社にビジネス開発・UX・公共政策担当のメンバーも加わったりと、徐々に会社らしくなってきました。バックオフィスのメンバーも入り、各ファンクションが揃いつつある感じです。若手が多い会社で、平均年齢は26〜27歳くらいでしょうか。インターン生の大学生も多いので、そちらも含めるともっと若くなりますね。 -杉原- 本当に未来を作るチームですね。以前一緒に飲んだ創業者CTOのSaurabhをはじめ、開発チームはインド人チームですよね。彼らの技術力はやはり凄いですか?また、なぜ日本のスタートアップに参画してくれたのでしょうか? -冨田- もちろん国籍による差よりも個人差の方が大きいとは思いますが、弊社のインド出身メンバーはみんな技術力も高いし、コミットメントと熱量が高いです。いいものを作りたいという当事者意識が強いと思います。 -杉原- 真面目で熱量が高くて、技術力だけでなく人としてもとても素敵な方たちですよね。 -冨田- そうですね。Saurabhの人柄が良いことが全ての源だと思います。人柄が良いから、良い人が集まってきているんだと思います。 -杉原- 当時まだ無名で、auとの提携も起きていなかったAdoraというスタートアップに、Saurabhをはじめとするインドチームはなぜ参画してくれたのでしょうか? -冨田- 私とSaurabhはインドのカフェで出会いました。私がその店でお客様にコーヒーやお茶を出すというアルバイトをしていた学生時代のことで、彼は常連のお客さんでした。本当に友達のような感じで始まった関係です。その縁でSaurabhが後輩や仲間を集めてきてくれたというのが経緯です。 -杉原- 冨田さんとSaurabhのカフェでの出会いが全ての始まりなんですね。Saurabhが会社に加わってくれたのはすんなりいきましたか? -冨田- 最初は別の会社で働きながらという状態でしたが、本当に序盤の序盤にフルタイムでコミットしてくれました。私を信頼してベットしてくれているわけですから、その信頼に応えられるように頑張らなければという気持ちは常にあります。人を信じるということをとても大事にしている人です。 ◆ エストニアの寮で一緒にうどんを作った仲間たち -杉原- 各役割のメンバーの中には、エストニア留学で出会った仲間たちもいますよね。どんな方たちですか? -冨田- UI・UXの責任者や人事の責任者とはエストニアで出会いました!私のいた寮で「日本が恋しいね」と言いながら一緒にうどんを作ったりしたこともあります(笑)。 彼らに限らず、一緒に働いてくれている人たちに対して「一緒に働いていて楽しい」「この人のために頑張りたい」と思える瞬間がたくさんあって、そういう感覚を個人的には大切にしています。私自身にもできないことがいろいろあるので、チームで補い合えている点に感謝しています。チームであるからこそできることを積み重ねていきたいですね。 ◆ 「Sunny・System・Solid」— 3つのバリューを策定 -杉原- そんな仲間たちと一緒に、先日ミッション・バリューを策定されたと伺いました。ぜひ今日ご紹介ください。 -冨田- 最近、スローガンとして3つのバリューを試験的に作り始めました。今年から運用しています。 3つとも「S」で始まる、覚えやすいものにしました。「Sunny」「System」「Solid」の3つです。 「Sunny」は、一緒に働いていて楽しいと思ってもらえる、応援したいと思ってもらえるような振る舞いをしようということです。 「System」はトヨタを意識したもので、「人を憎まず、仕組みを改善しよう」という考え方です。何か問題が起きた時に「誰が悪い」という話になると、指摘された人は否定された気分になってしまいます。でも目的語を人ではなく仕組みにすると、「じゃあどう改善しようか」という前向きな議論ができます。我々は社会に対して責任のある事業をやっているからこそ、心理的安全性を保ちながら間違いを間違いと言える環境が必要だと思っています。 「Solid」は、ちゃんとしよう、着実にやり切ろうということです。ベンチャーだから許されるということはなく、大企業の皆さんや自治体の皆さんと組んでいる以上、言ったことをきちんとやり切るという信頼が最も大切だと思っています。 -杉原- とても良いと思います。セキュリティサービスで、提携先が大企業という業態で「Solid」を掲げるのは非常に共感できますね。 ◆ 企業ホームページはあえて後回しにしてきた -杉原- ところで、Adoraさんはコドマモのサービスサイトはありますが、企業としての一般的なホームページがないですよね。理念やカルチャーを紹介する場があったほうがいいと思うのですが、あえて作っていないのには何か意図があるのですか? -冨田- そこを作る時間があったら、もっとユーザーが喜ぶことをやろうという考えで初期からやってきました。ホームページ作成の時間があるならバグを直そうというマインドですね。 ただこれからは、仲間を集めて大きく展開するためにも、企業サイトを作って人が集まりやすい場にする必要があると思っています。今まで怪しい会社に見えていたかもしれませんが(笑)、これから作っていくつもりです。(※現在会社ホームページは公開済み https://corporate.kodomamo.com/ja) -杉原- サービス開発を優先していたということですね。ホームページだけ立派で実態がないというスタートアップも世の中にはありますから(笑)、実態のものを作ることに集中していたのはむしろ正しいと思います。 ◆ 2026年〜2027年の目標 -杉原- 今年から来年にかけての目標や大きなイベントは何でしょうか? -冨田- 国内ではキャリアのショップでの販売をさらに強化していきたいと思っています。現在ユーザー数が30万人ほどになってきたところで、これを50万人、さらにその先へと伸ばしていきたいです。 海外では台湾でプロダクトマーケットフィットを確認しながら成功パターンを作り、インドネシア・イギリスなど様々な国での展開につなげていきたいと思っています。国内外での成果によって、社内外の期待を高めていける数値を作っていきたいですね。 また、より多くのステークホルダーの皆さんを巻き込んでいきたいと思っています。省庁との連携なども含めて、大きな社会実装・社会インパクトを生み出せるような1年にしたい。その広がりを見せていける1年にしたいというのが目標です。 一方で、カルチャーの構築と、大事にしたい価値観をより「Solid」にやっていくことも大事にしたいですね。人も丁寧に増やしながら、良い組織にしていきたいと思っています。 ◆ D-POPS GROUPの「ベンチャーエコシステム」への共感 -杉原- D-POPS GROUPが目指している「ベンチャーエコシステムの実現」に対して、共感する部分はどんなところですか? -冨田- 全般的にとても共感しています。1人でも1社でも、大きな社会的インパクトを生み出したり、社会課題を解決することはできないと思っています。1人で会社を作れないのと同様に、会社という単位だけでなく、さまざまなステークホルダーと一緒に解決しなければならないと思っています。 スタートアップだけでなく、その夢に賭ける投資家がいて、一緒にスタートアップの夢を社会に広げるために事業をやろうという大企業がいて、国としても良いことをやっているから応援しようという政府があって、大学が一緒に研究してくれて・・・そういうステークホルダーを全員で巻き込んで初めて、大きな社会課題を解決できると思っています。 弊社も創業当初から愛知県警にご協力いただいて共同開発を始めたり、大学とも連携してきたりと、1社だけでなく周りと一緒に補い合いながら頑張ることを意識してきた会社です。これからも、子ども・親子向けの安全な通信環境、そして人々を犯罪から守るために必要なエコシステムを弊社の側からも作っていければと思っています。それが全体的なベンチャーエコシステムの中で良い一例になれるんじゃないかと思っています。 -杉原- D-POPS GROUPはベンチャーエコシステムを作っていきたいと言っていますが、1社でプラットフォームを作ってその中でみんながエコシステムを作って循環していくというような形が理想ですよね。 -冨田- そうですね。最終的には自分たちにも良い形で返ってくるという考え方だと思います。私もそこはとても共感しています。 ◆ 読者へのメッセージ -杉原- 最後に、読者の方に一言お願いします。 -冨田- 大きな社会インパクトを生み出したいという気持ちを我々は強く持っています。そこに共感してくださる方には、メンバーとしてでも株主としてでも、どういった形であれ、一緒にこの夢を叶えるために動いていただけたら嬉しいです。 ディ・ポップスグループさんはとても良い株主なので、ぜひおすすめですよ(笑)。そして錦糸町は最高の町なので、ぜひ遊びに来てください! ☆インタビューアー 株式会社ディ・ポップスグループ アドバイザー 杉原 眼太 【Adora株式会社】 会社名:Adora株式会社 代表者:代表取締役 冨田 直人 設 立:2023年7月 サービスサイト:https://www.kodomamo.com Part1の記事はこちらからご確認ください。 Part2の記事はこちらからご確認ください。  
  • INTERVIEW
2026.07.27
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