
D-POPS GROUPでは、現在約25社のグループ会社が仲間となっています。
今回は、株式会社ディ・ポップスグループ 常務執行役員 経営企画室室長 及び 株式会社フェイスフル 代表取締役の加藤さんへインタビューいたしました。
(このインタビューは2025年12月に実施しました。)
◆入社の経緯
-杉原-
今回は、ディ・ポップスグループ 経営企画室室長でM&Aを担当されている加藤さんにお話を伺います。加藤さんは、グループ会社である株式会社フェイスフルの代表も務められています。本日はよろしくお願いいたします!
加藤さんは2006年8月にご入社されたと伺っていますが、それまでのご経歴と、入社の経緯を教えていただけますか?
-加藤-
前職は仙台の会計事務所で、財務コンサルタントとして医療法人の設立支援やメディカルモールの開業支援などを担当していました。そこで5年ほどがむしゃらに働きました。
当時は、成果を出せば出すほど給与に反映される報酬形態の会社で、23歳という若さで地方企業に関わらず、年収500万円ほど稼いでいたんです。今から20年前の物価感覚で言えば、かなり破格の待遇だったと思います。
ただ、若くして稼げるようになった分、いつの間にか意識の矢印が「お客様」ではなく「自分の収入」に向いてしまっていました。「このお客様なら、この位の保険を契約してもらえるな」と、自分の利益を優先して考えてしまう。そんな慢心があったのだと思います。
そんな時、学生時代のアルバイトから大変お世話になり、恩人が独立して事業を始められたんです。その社長は「加藤が頑張っているなら」と私の最初のお客様になってくれました。しかし、私が昇進したことで、直接その方を担当するポジションから外れてしまい、気持ちが離れてしまいました。しばらくして、彼の事業が行き詰まり、廃業してしまったんです。
普通高校で簿記を学び始めた頃、私は「将来、社長の役に立ちたい」という純粋な志を持っていました。それなのに、目先の利益に目が眩み、大切な恩人の変化にも気づけなかった。自分の慢心が招いた結果だと、激しい後悔に苛まれました。
「社長を外部コンサルタントとして遠くから支えるよりも、近くの1人の社長の右腕になったら、どれだけ社長を支え、事業をスケールできるだろう」と思って転職活動をはじめしました。
-杉原-
そのときに後藤社長に出会われたんですか。
-加藤-
はい。当時、ディ・ポップスともう一社の2社を受けていました。
もう一社の方は、内定後すぐに「今すぐ入社してほしい」という条件でした。しかし、当時の私はまだ仙台に住んでおり、娘が生まれる直前というタイミング。どうしても「3ヶ月待ってほしい」と伝えましたが、それでは難しいと断られてしまったんです。
一方、後藤社長は違いました。私の事情を正直に伝えると、「分かった。3ヶ月待つよ」と言ってくださったんです。その懐の深さに触れ、ディ・ポップスへの入社を決めました。
今でも忘れられないのは、面接の密度です。1次・2次と2回を行ったのですが、すべて後藤社長が自ら面接対応してくださり、それぞれ3時間以上、計6時間以上も将来の目標や想いを聞き、できる事をお伝えしました。あの濃厚な対話があったからこそ、この人の元で再出発しようと確信できました。

◆入社当時のディ・ポップスについて
-杉原-
3時間!すごいですね。加藤さんが2006年に入社した当時の役割は何だったんでしょうか?
-加藤-
当時の私の役割は「バックオフィス全般を任せたい」ということで、幹部候補として管理部採用でしたが、いざ入ってみると驚くような状態でした(笑)。
たとえば、全店舗の売上入金を私一人で担当していたんです。当時はまだ割賦販売(ローン)が普及していなかったので、各店舗の金庫には毎日何百万円もの現金が貯まっていました。それを回収して、店舗から一番近い銀行のATMまで運んで、後で分かる様に1日分ずつ入金するということをひたすらやっていました。5-6店舗回ると夕方になり、そこから帰社して、現金照合したり経理処理する日々です。
組織の雰囲気も、まさに戦場です。「生き残るためには隣の競合店を蹴落としてでも、結果を出す」という強烈な雰囲気を感じる競争の中にいました。正社員もアルバイトも派遣スタッフも関係なく、全員がひたすら目の前の販売台数(売上)だけを追いかけている、そんな時代でした。
-杉原-
管理体制も今とは全く違ったのでしょうね。
-加藤-
そうですね。当時は勤怠確認を出社FAXという仕組みでやっていました。スタッフが店舗に出勤したら本社にFAXを送る。そうしないと店が開いているかどうかも把握できなかったんです。それでも、お客様から本社に「今日、店が開いてないんだけど?」と電話がかかってくることがありました(笑)。
その後、ITシステムを導入しましたが、今度は店舗の外から勝手に打刻してしまうスタッフが出てきてしまって。結局打刻だけでは意味がないということになったんです。
そこで次に導入したのが、店舗のFAXを使って「朝のクレドテスト」に回答させるという方法でした。ところが、これも知恵が働く人がいて、なんとFAXのタイマー送信機能を使って不正をしようとする。まさに不正アクセスや不正打刻とのいたちごっこで、制度そのものを根底から考え直さなければならない時代でした。
-杉原-
そこからどのように今のような組織へと変わっていったのでしょうか。
-加藤-
大きく変わったのは、2007年から2008年頃にかけて新卒採用を始めたあたりからだと思います。それまでの数字さえ出せれば何をしてもいいという文化から、教育を受けた新卒社員が入ってくることで、組織の意識がガラッと変わっていきました。今振り返ると、あれが大きな転換点だったと思います。
-杉原-
加藤さん自身の考え方が変わったのはいつ頃だったのでしょうか。
-加藤-
はい、人生観が変わるような大きな変化がありました。 昔から後藤代表は、経営状況の報告で銀行などを訪問する際にも常に「誠実・謙虚・感謝」という言葉を聞かされていました。当時は正直なところ、私にとってはただの呪文のようにしか聞こえていなかったんです。でも、長年組織に向き合ってきた今では、あの言葉が本当に腹落ちして、深く納得できるようになりました。
◆組織の土台づくり
-杉原-
2017年のグループ経営移行前、ディ・ポップス時代には、経営企画としてありとあらゆる業務を担われていたそうですね。
-加藤-
はい。M&Aを本格化させるまでの約10年間は、とにかく組織の土台づくりに奔走しました。当時はまだ社労士さんとの契約もなく、労務管理も後藤代表のお母様が担当されていたような状態でしたから、まずはそこを専門的な制度に切り替えることから始めました。
他にも、現金管理のタイムラグをなくしてキャッシュフローを可視化したり、当時は存在しなかった実績管理の仕組みを作ったり。季節係数を盛り込んで店舗別の精緻な数字を算出したり、店舗別損益を管理したりと、経営判断をするための数字を一つずつ整備していったんです。
-杉原-
そうした緻密な制度設計がないと、現在の規模での経営は不可能ですよね。
-加藤-
おっしゃる通りです。ただ、一方で仕組みを整えながらも、ずっと大切にしてきたのは「店舗スタッフの感情移入接客」という現場の熱量と想いでした。 入社直後に、後藤代表と1週間かけて一緒に全店舗を回るオリエンテーションがあったんです。店舗の前で1時間ほど接客の様子を見ながら、後藤代表とディスカッションさせていただきました。。
後藤代表は、「あの店長は数字こそ平凡かもしれないけれど、お客様から圧倒的な支持を得ているんだ。見てごらん、お客様があんなに笑顔で帰っていく。店舗によって笑顔の形は違うけれど、あれがうちの強みなんだ」と教えてくれました。
ただ数字を管理するだけでなく、その裏側にある現場の温度感やお客様との絆を肌で感じさせてもらった。その経験があったからこそ、管理のための制度づくりだけでなく、心の通った組織運営の制度を意識できたのだと思います。
-杉原-
店舗の運営や、事業の現場に直接関わることはあったのでしょうか?
-加藤-
店舗のオペレーションを正確に把握するために、2週間だけ現場に入ったことがあります。現場でどこにどのような課題があるのか、その流れを一通り理解した上で、再び本社の業務に戻りました。
入社時は管理部という所属でしたが、私の出す提案が企画寄りであったり、工夫や改善を求められる内容が多かったりしたこともあって、「『経営企画』という名前に変えて、もっと外に出て動きなさい」とアドバイスをいただいたんです。そこから約10年間、経営企画として長く務めることになりました。

◆M&A戦略の始動とフェイスフルとの出会い
-杉原-
2017年にフェイスフルの代表取締役に就任されていますが、ここにはどのような背景があったのですか?
-加藤-
グループが売上100億円を達成した2015〜16年頃、販売制度の変更という大きな逆風が吹いたんです。3ヶ月で1億円の赤字を出すという、グループにとって2度目の大きな危機でした。
この時、当時の幹部メンバーたちが「守りに入るのではなく、挑戦する姿勢を見せよう」と、それぞれが新しい領域へ踏み出すことになりました。人事を担当していた堀さんが、グッド・クルーの社長として牽引したり、岩間さんがM&Aで譲受したジーネクストの社長に就任したり。藤田さんがアドバンサーを、保坂さんがSTAR CAREERを設立したりと、当時の幹部から大きく動き出しました。
その中で、私はM&Aの責任者を任されることになりました。
-杉原-
M&A戦略へと舵を切ったのは、必然だったのでしょうか。
-加藤-
そうですね、私が担当したのは自然な流れでした。後藤代表は以前からM&Aをやりたいと仰っていましたし、自社内のリソースだけで積み上げるビジネス(オーガニック成長)だけでは、成長の角度を劇的に上げることはできないという危機感がありました。労働集約型のモデルだけでは、成長を逆算して描くのが難しかった。そこで、M&Aを成長戦略の柱に据えることになったんです。
実はフェイスフルという会社も、私がM&A担当として譲り受けた会社の一つでした。
-杉原-
自らM&Aを決めた会社の代表に、そのまま就任されたわけですね。
-加藤-
はい。M&Aの1号案件はgraphDという会社で、そして2社目に買収したのがフェイスフルでした。自分で買収を提案して推した会社ですから、その後の舵取りも自ら引き受けることになったというのが代表就任の経緯です。
-杉原-
2015年から16年にかけて、組織のあり方が激変したのですね。
-加藤-
まさに、今のグループ経営の土台が作られたスタートの時期でした。
-杉原-
M&A担当として2社目に買収したのがフェイスフルとのことですが、当時の事業概要を教えてください。
-加藤-
実は、M&Aした直後数ヶ月でピボット(事業転換)を余儀なくされたんです。
当初、フェイスフルは記事制作代行の事業をメインで行っていました。ところが、そのタイミングでキュレーションメディアの信頼性問題が社会的に発生し、業界全体に激震が走ったんです。その煽りを私達も受けて、私たちの手がけていた記事も炎上してしまいました。
売上の7〜8割を占めていた主力事業が続けられない状況になり、一気に大赤字に転落。普通ならM&Aは失敗だったと諦めてしまうような局面でしたが、ここで撤退してしまえば次の一手が打てなくなります。そこで、不採算となった旧事業を切り離し、再起を図ることにしたんです。
◆持続可能なBtoBモデルの構築へ
-杉原-
そこからどうやって、現在の事業へと作り替えていったのですか?
-加藤-
現在に至るまでの事業は、買収したときの中身を引き継いだのではなく、完全にゼロから作り上げたものです。
当時、弊社の社外取締役でファインドスターグループの内藤社長が、取締役会で「既存のビジネスを少しずつずらしていくと、新しいビジネスチャンスが見つかるよ」というアドバイスをいただいていました。そこで、「もし自分たちが携帯電話を店舗販売していなかったら、何ができるだろう?」と考え、ターゲットを法人(BtoB)に絞った通信コンサルティングに振り切ることにしたんです。
新規事業を立ち上げたわけですが、当時、私はずっとディ・ポップスグループの役員で銀行担当も兼務していました。周囲からは「現場が疲弊しない、持続可能なビジネスを作ってくれ」という期待もあり、それなら「銀行をリファラルパートナー(紹介者)に迎えたモデル」がベストだと思い付き、ご提案してパートナーになっていただきました。
◆フェイスフルの強みと「働く仲間」への想い
-杉原-
現在のフェイスフルの事業を一言で表すと、どのような事業になりますか?
-加藤-
一言で言えば中小企業の支援事業です。もともとはメディア事業を譲り受けたわけですが、それをピボットし、全く新しい形で中小企業の課題解決を行う現在のコンサルティングモデルを構築しました。
-杉原-
数あるコンサルティング企業の中で、フェイスフルの強みはどこにあるのでしょうか。
-加藤-
やはり、長年携帯ショップを経験を積んできたスタッフがコンサルティング提案するので、ノウハウをすべて活かせることが、圧倒的な強みですね。 他社の法人向けOA機器サービス会社は、商材を売って終わりの売りっぱなしになりがちです。その後のフォローが難しいし、キャリアさんとの深い付き合いがないので、踏み込んだ調整も難しい。
私たちはキャリアさんとの強固なリレーションを背景に、公正中立な比較提案ができますし、何より現場を熟知したメンバーがそのまま移籍して活躍できる環境があります。
-杉原-
働くメンバーの環境という視点も、事業立ち上げの背景にあったのですね。
-加藤-
実は、そこには裏の目標もありました。店舗業務はどうしても土日がメインになりますが、BtoB(法人向け)事業であれば平日メインの働き方を作ってあげられる。
メンバーがキャリアアップしていく中で、より高い専門性を身につけ、付加価値を乗せていける。そんなBtoBの領域を深掘りすることで、働く仲間の将来の選択肢を広げたかったという想いがあります。
-杉原-
店舗での店舗営業(BtoC)から、法人営業(BtoB)への転換は、メンバーにとってかなり高いハードルだったのではないでしょうか?
-加藤-
そこはもう、今でも大きな葛藤があり、試行錯誤の連続です。営業スタイルも必要な知識も全く違いますから、その超えられない壁は想像以上に大きいものでした。
フェイスフルのメンバーは圧倒的にグループ内からの転籍組が多いのですが、最初から法人営業として募集し、専門特化して作られた組織とは立ち上がりの性質が異なります。いかにして店舗で培った接客力を、法人の課題解決力へと昇華させるか。そこは常に組織としての課題であり、挑戦でもありますね。
~後編に続く~
☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太
【株式会社ディ・ポップスグループ】
常務執行役員 経営企画室室長 加藤 貴博
【株式会社フェイスフル】
代表者:(共同)代表取締役 加藤 貴博
所在地:東京都渋⾕区渋⾕2-21-1 渋⾕ヒカリエ32階
次回後編のインタビューでは、
・M&A責任者としての奔走
・「人」を重視するD-POPS GROUPのM&A
・後藤代表が大切にする「気の流れ」
・「ベンチャーエコシステムの実現」に向けて
・5年後の理想の姿
などについてお伺いしています。
後編もぜひご覧ください!
