COLUMN

【グループ会社インタビュー】株式会社フェイスフル 加藤 貴博 社長 ~前編~

  • INTERVIEW
2026.03.12

D-POPS GROUPでは、現在約25社のグループ会社が仲間となっています。
今回は、株式会社ディ・ポップスグループ 常務執行役員 経営企画室室長 及び 株式会社フェイスフル 代表取締役の加藤さんへインタビューいたしました。
(このインタビューは2025年12月に実施しました。)

◆入社の経緯

-杉原-
今回は、ディ・ポップスグループ 経営企画室室長でM&Aを担当されている加藤さんにお話を伺います。加藤さんは、グループ会社である株式会社フェイスフルの代表も務められています。本日はよろしくお願いいたします!

加藤さんは2006年8月にご入社されたと伺っていますが、それまでのご経歴と、入社の経緯を教えていただけますか?

-加藤-
前職は仙台の会計事務所で、財務コンサルタントとして医療法人の設立支援やメディカルモールの開業支援などを担当していました。そこで5年ほどがむしゃらに働きました。

当時は、成果を出せば出すほど給与に反映される報酬形態の会社で、23歳という若さで地方企業に関わらず、年収500万円ほど稼いでいたんです。今から20年前の物価感覚で言えば、かなり破格の待遇だったと思います。

ただ、若くして稼げるようになった分、いつの間にか意識の矢印が「お客様」ではなく「自分の収入」に向いてしまっていました。「このお客様なら、この位の保険を契約してもらえるな」と、自分の利益を優先して考えてしまう。そんな慢心があったのだと思います。

そんな時、学生時代のアルバイトから大変お世話になり、恩人が独立して事業を始められたんです。その社長は「加藤が頑張っているなら」と私の最初のお客様になってくれました。しかし、私が昇進したことで、直接その方を担当するポジションから外れてしまい、気持ちが離れてしまいました。しばらくして、彼の事業が行き詰まり、廃業してしまったんです。

普通高校で簿記を学び始めた頃、私は「将来、社長の役に立ちたい」という純粋な志を持っていました。それなのに、目先の利益に目が眩み、大切な恩人の変化にも気づけなかった。自分の慢心が招いた結果だと、激しい後悔に苛まれました。

「社長を外部コンサルタントとして遠くから支えるよりも、近くの1人の社長の右腕になったら、どれだけ社長を支え、事業をスケールできるだろう」と思って転職活動をはじめしました。

-杉原-
そのときに後藤社長に出会われたんですか。

-加藤-
はい。当時、ディ・ポップスともう一社の2社を受けていました。

もう一社の方は、内定後すぐに「今すぐ入社してほしい」という条件でした。しかし、当時の私はまだ仙台に住んでおり、娘が生まれる直前というタイミング。どうしても「3ヶ月待ってほしい」と伝えましたが、それでは難しいと断られてしまったんです。

一方、後藤社長は違いました。私の事情を正直に伝えると、「分かった。3ヶ月待つよ」と言ってくださったんです。その懐の深さに触れ、ディ・ポップスへの入社を決めました。

今でも忘れられないのは、面接の密度です。1次・2次と2回を行ったのですが、すべて後藤社長が自ら面接対応してくださり、それぞれ3時間以上、計6時間以上も将来の目標や想いを聞き、できる事をお伝えしました。あの濃厚な対話があったからこそ、この人の元で再出発しようと確信できました。

◆入社当時のディ・ポップスについて

-杉原-
3時間!すごいですね。加藤さんが2006年に入社した当時の役割は何だったんでしょうか?

-加藤-
当時の私の役割は「バックオフィス全般を任せたい」ということで、幹部候補として管理部採用でしたが、いざ入ってみると驚くような状態でした(笑)。

たとえば、全店舗の売上入金を私一人で担当していたんです。当時はまだ割賦販売(ローン)が普及していなかったので、各店舗の金庫には毎日何百万円もの現金が貯まっていました。それを回収して、店舗から一番近い銀行のATMまで運んで、後で分かる様に1日分ずつ入金するということをひたすらやっていました。5-6店舗回ると夕方になり、そこから帰社して、現金照合したり経理処理する日々です。

組織の雰囲気も、まさに戦場です。「生き残るためには隣の競合店を蹴落としてでも、結果を出す」という強烈な雰囲気を感じる競争の中にいました。正社員もアルバイトも派遣スタッフも関係なく、全員がひたすら目の前の販売台数(売上)だけを追いかけている、そんな時代でした。

-杉原-
管理体制も今とは全く違ったのでしょうね。

-加藤-
そうですね。当時は勤怠確認を出社FAXという仕組みでやっていました。スタッフが店舗に出勤したら本社にFAXを送る。そうしないと店が開いているかどうかも把握できなかったんです。それでも、お客様から本社に「今日、店が開いてないんだけど?」と電話がかかってくることがありました(笑)。

その後、ITシステムを導入しましたが、今度は店舗の外から勝手に打刻してしまうスタッフが出てきてしまって。結局打刻だけでは意味がないということになったんです。

そこで次に導入したのが、店舗のFAXを使って「朝のクレドテスト」に回答させるという方法でした。ところが、これも知恵が働く人がいて、なんとFAXのタイマー送信機能を使って不正をしようとする。まさに不正アクセスや不正打刻とのいたちごっこで、制度そのものを根底から考え直さなければならない時代でした。

-杉原-
そこからどのように今のような組織へと変わっていったのでしょうか。

-加藤-
大きく変わったのは、2007年から2008年頃にかけて新卒採用を始めたあたりからだと思います。それまでの数字さえ出せれば何をしてもいいという文化から、教育を受けた新卒社員が入ってくることで、組織の意識がガラッと変わっていきました。今振り返ると、あれが大きな転換点だったと思います。

-杉原-
加藤さん自身の考え方が変わったのはいつ頃だったのでしょうか。

-加藤-
はい、人生観が変わるような大きな変化がありました。 昔から後藤代表は、経営状況の報告で銀行などを訪問する際にも常に「誠実・謙虚・感謝」という言葉を聞かされていました。当時は正直なところ、私にとってはただの呪文のようにしか聞こえていなかったんです。でも、長年組織に向き合ってきた今では、あの言葉が本当に腹落ちして、深く納得できるようになりました。

◆組織の土台づくり

-杉原-
2017年のグループ経営移行前、ディ・ポップス時代には、経営企画としてありとあらゆる業務を担われていたそうですね。

-加藤-
はい。M&Aを本格化させるまでの約10年間は、とにかく組織の土台づくりに奔走しました。当時はまだ社労士さんとの契約もなく、労務管理も後藤代表のお母様が担当されていたような状態でしたから、まずはそこを専門的な制度に切り替えることから始めました。

他にも、現金管理のタイムラグをなくしてキャッシュフローを可視化したり、当時は存在しなかった実績管理の仕組みを作ったり。季節係数を盛り込んで店舗別の精緻な数字を算出したり、店舗別損益を管理したりと、経営判断をするための数字を一つずつ整備していったんです。

-杉原-
そうした緻密な制度設計がないと、現在の規模での経営は不可能ですよね。

-加藤-
おっしゃる通りです。ただ、一方で仕組みを整えながらも、ずっと大切にしてきたのは「店舗スタッフの感情移入接客」という現場の熱量と想いでした。 入社直後に、後藤代表と1週間かけて一緒に全店舗を回るオリエンテーションがあったんです。店舗の前で1時間ほど接客の様子を見ながら、後藤代表とディスカッションさせていただきました。。

後藤代表は、「あの店長は数字こそ平凡かもしれないけれど、お客様から圧倒的な支持を得ているんだ。見てごらん、お客様があんなに笑顔で帰っていく。店舗によって笑顔の形は違うけれど、あれがうちの強みなんだ」と教えてくれました。

ただ数字を管理するだけでなく、その裏側にある現場の温度感やお客様との絆を肌で感じさせてもらった。その経験があったからこそ、管理のための制度づくりだけでなく、心の通った組織運営の制度を意識できたのだと思います。

-杉原-
店舗の運営や、事業の現場に直接関わることはあったのでしょうか?

-加藤-
店舗のオペレーションを正確に把握するために、2週間だけ現場に入ったことがあります。現場でどこにどのような課題があるのか、その流れを一通り理解した上で、再び本社の業務に戻りました。

入社時は管理部という所属でしたが、私の出す提案が企画寄りであったり、工夫や改善を求められる内容が多かったりしたこともあって、「『経営企画』という名前に変えて、もっと外に出て動きなさい」とアドバイスをいただいたんです。そこから約10年間、経営企画として長く務めることになりました。

◆M&A戦略の始動とフェイスフルとの出会い

-杉原-
2017年にフェイスフルの代表取締役に就任されていますが、ここにはどのような背景があったのですか?

-加藤-
グループが売上100億円を達成した2015〜16年頃、販売制度の変更という大きな逆風が吹いたんです。3ヶ月で1億円の赤字を出すという、グループにとって2度目の大きな危機でした。

この時、当時の幹部メンバーたちが「守りに入るのではなく、挑戦する姿勢を見せよう」と、それぞれが新しい領域へ踏み出すことになりました。人事を担当していた堀さんが、グッド・クルーの社長として牽引したり、岩間さんがM&Aで譲受したジーネクストの社長に就任したり。藤田さんがアドバンサーを、保坂さんがSTAR CAREERを設立したりと、当時の幹部から大きく動き出しました。

その中で、私はM&Aの責任者を任されることになりました。

-杉原-
M&A戦略へと舵を切ったのは、必然だったのでしょうか。

-加藤-
そうですね、私が担当したのは自然な流れでした。後藤代表は以前からM&Aをやりたいと仰っていましたし、自社内のリソースだけで積み上げるビジネス(オーガニック成長)だけでは、成長の角度を劇的に上げることはできないという危機感がありました。労働集約型のモデルだけでは、成長を逆算して描くのが難しかった。そこで、M&Aを成長戦略の柱に据えることになったんです。

実はフェイスフルという会社も、私がM&A担当として譲り受けた会社の一つでした。

-杉原-
自らM&Aを決めた会社の代表に、そのまま就任されたわけですね。

-加藤-
はい。M&Aの1号案件はgraphDという会社で、そして2社目に買収したのがフェイスフルでした。自分で買収を提案して推した会社ですから、その後の舵取りも自ら引き受けることになったというのが代表就任の経緯です。

-杉原-
2015年から16年にかけて、組織のあり方が激変したのですね。

-加藤-
まさに、今のグループ経営の土台が作られたスタートの時期でした。

-杉原-
M&A担当として2社目に買収したのがフェイスフルとのことですが、当時の事業概要を教えてください。

-加藤-
実は、M&Aした直後数ヶ月でピボット(事業転換)を余儀なくされたんです。

当初、フェイスフルは記事制作代行の事業をメインで行っていました。ところが、そのタイミングでキュレーションメディアの信頼性問題が社会的に発生し、業界全体に激震が走ったんです。その煽りを私達も受けて、私たちの手がけていた記事も炎上してしまいました。

売上の7〜8割を占めていた主力事業が続けられない状況になり、一気に大赤字に転落。普通ならM&Aは失敗だったと諦めてしまうような局面でしたが、ここで撤退してしまえば次の一手が打てなくなります。そこで、不採算となった旧事業を切り離し、再起を図ることにしたんです。

◆持続可能なBtoBモデルの構築へ

-杉原-
そこからどうやって、現在の事業へと作り替えていったのですか?

-加藤-
現在に至るまでの事業は、買収したときの中身を引き継いだのではなく、完全にゼロから作り上げたものです。

当時、弊社の社外取締役でファインドスターグループの内藤社長が、取締役会で「既存のビジネスを少しずつずらしていくと、新しいビジネスチャンスが見つかるよ」というアドバイスをいただいていました。そこで、「もし自分たちが携帯電話を店舗販売していなかったら、何ができるだろう?」と考え、ターゲットを法人(BtoB)に絞った通信コンサルティングに振り切ることにしたんです。

新規事業を立ち上げたわけですが、当時、私はずっとディ・ポップスグループの役員で銀行担当も兼務していました。周囲からは「現場が疲弊しない、持続可能なビジネスを作ってくれ」という期待もあり、それなら「銀行をリファラルパートナー(紹介者)に迎えたモデル」がベストだと思い付き、ご提案してパートナーになっていただきました。

◆フェイスフルの強みと「働く仲間」への想い

-杉原-
現在のフェイスフルの事業を一言で表すと、どのような事業になりますか?

-加藤-
一言で言えば中小企業の支援事業です。もともとはメディア事業を譲り受けたわけですが、それをピボットし、全く新しい形で中小企業の課題解決を行う現在のコンサルティングモデルを構築しました。

-杉原-
数あるコンサルティング企業の中で、フェイスフルの強みはどこにあるのでしょうか。

-加藤-
やはり、長年携帯ショップを経験を積んできたスタッフがコンサルティング提案するので、ノウハウをすべて活かせることが、圧倒的な強みですね。 他社の法人向けOA機器サービス会社は、商材を売って終わりの売りっぱなしになりがちです。その後のフォローが難しいし、キャリアさんとの深い付き合いがないので、踏み込んだ調整も難しい。

私たちはキャリアさんとの強固なリレーションを背景に、公正中立な比較提案ができますし、何より現場を熟知したメンバーがそのまま移籍して活躍できる環境があります。

-杉原-
働くメンバーの環境という視点も、事業立ち上げの背景にあったのですね。

-加藤-
実は、そこには裏の目標もありました。店舗業務はどうしても土日がメインになりますが、BtoB(法人向け)事業であれば平日メインの働き方を作ってあげられる。

メンバーがキャリアアップしていく中で、より高い専門性を身につけ、付加価値を乗せていける。そんなBtoBの領域を深掘りすることで、働く仲間の将来の選択肢を広げたかったという想いがあります。

-杉原-
店舗での店舗営業(BtoC)から、法人営業(BtoB)への転換は、メンバーにとってかなり高いハードルだったのではないでしょうか?

-加藤-
そこはもう、今でも大きな葛藤があり、試行錯誤の連続です。営業スタイルも必要な知識も全く違いますから、その超えられない壁は想像以上に大きいものでした。

フェイスフルのメンバーは圧倒的にグループ内からの転籍組が多いのですが、最初から法人営業として募集し、専門特化して作られた組織とは立ち上がりの性質が異なります。いかにして店舗で培った接客力を、法人の課題解決力へと昇華させるか。そこは常に組織としての課題であり、挑戦でもありますね。

~後編に続く~

☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太

 

【株式会社ディ・ポップスグループ】
常務執行役員 経営企画室室長 加藤 貴博

【株式会社フェイスフル】
代表者:(共同)代表取締役 加藤 貴博
所在地:東京都渋⾕区渋⾕2-21-1 渋⾕ヒカリエ32階

次回後編のインタビューでは、
・M&A責任者としての奔走
・「人」を重視するD-POPS GROUPのM&A
・後藤代表が大切にする「気の流れ」
・「ベンチャーエコシステムの実現」に向けて
・5年後の理想の姿
などについてお伺いしています。

後編もぜひご覧ください!

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2026.04.28
英語嫌いから5,000時間の学習へ。スピークバディ立石社長がAI英会話で実現する「真の言語習得」~Part2~
Part1では、立石社長が5,000時間の学習を経て、英語の課題をテクノロジーで解決しようと決意した原点をご紹介しました。 続くPart2では、累計300社以上に導入され急成長を遂げる『AI英会話 スピークバディ』の核心に迫ります。『Duolingo』や『Speak』といった競合サービスとの決定的な違いはどこにあるのか。 「いつでも、どこでも、誰でも続けられる」だけでなく、日本人が本当に話せるようになるための独自の言語習得理論と、こだわりの設計思想を立石社長に語っていただきました。 (このインタビューは2026年3月に実施しました 。) ◆ 『AI英会話スピークバディ』とは──4つの優位性 -杉原- では、そのような経緯を経てここまで大きく育った『AI英会話スピークバディ』のサービス内容について、読者の方に向けてご説明いただけますか? -立石- 『AI英会話スピークバディ』は、従来の人間が相手の英会話レッスンではなく、AIのキャラクター(我々は「バディ」と呼んでいます)を相手に英会話のレッスンができるサービスです。ただキャラクターと応答するだけではなく、一つのストーリーの中で必要な英会話表現を学んでいくような設計になっています。それらの表現もレベル別に設定されているので、自分のレベルに合うキーフレーズをレッスンごとに学んでいけるのが特徴です。 なぜこれが対面の英会話よりも良いのか、という点には4つのポイントがあります。 1つ目は、いつでもどこでもできるという点。 2つ目は、コストの面でも、人間相手よりだいぶ抑えて学習ができる点。 3つ目は、特に日本人に多いのですが「人と英語を話して間違えるのは恥ずかしい」とか「外国の人と話すのが怖い」といった心理的不安の壁を超えられる点です。AI相手なら、それらを感じることなく堂々と間違えられる。 最後は学習効率です。AIで分析ができるので、人間の先生とレッスンをやるよりも、効率的な学習サイクルが作れる。この4つがAI英会話の優れているところです。 -杉原- いつでもどこでもというのは大きいですよね。 1レッスンはどのくらいで完結するのですか? -立石- そうですね、1レッスン15分ほどで完結します。実際、オンライン英会話のレッスンなのに「わざわざ服を着替えて、髪をセットして、お化粧をして・・・」と準備が必要なのが大変だというお客様の声もありました。そういった手間がなく、気軽にできるというメリットは確かにあると思います。 ◆ Duolingo・Speakと何が違うのか -杉原- 今、『Duolingo』や『Speak』といった類似サービスも増えています。スピークバディが、それら他のサービスと比べて「ここが優れている」「ここが特徴的だ」という点をご紹介いただけますか? -立石- 『Duolingo』については、我々もサービスとして非常にリスペクトしています。ただ、彼らはスピーキングというよりは、どちらかというと単語や文法を学ぶ、総合的な学習サービスだと捉えています。かつ、非常にゲーム性を重視されているので、入門・初心者の方には特に始めやすく、ゲーム感覚で他言語に触れる機会になると感じています。 一方で我々は、よりスピーキングに特化しています。日本の中学・高校で英語はある程度やってきたけれど、話せないという方々には、スピークバディの方が合っていると捉えています。 また、スピーキングという点ではアメリカ発のAI英会話アプリ『Speak』もありますが、彼らよりも我々が優れていると感じる点は、一つは使いやすさです。UI/UXが非常に使いやすく、続けやすい作りになっていること。もう一つは、言語習得理論に則って、ユーザーが本当に話せるようになるための設計をしっかりしていること。この2つを融合させている点が、我々が勝っているところだと考えています。 -杉原- 結構しつこく復習させられますもんね。忘れた頃に(笑)。 -立石- そうですね。復習についても「エビングハウスの忘却曲線」に則って、ちゃんと繰り返し学習して習得できるようにしています。様々な言語習得理論のノウハウを詰め込んでいるのは、我々の強みですね。 あとは名前の通り、バディがついているという点です。『Speak』などは比較的機械的な相手と話すイメージですが、AI英会話スピークバディはストーリー性があったり、具体的なキャラクター設定がそれぞれなされていたりします。現実的なシーン設定の中で、まるで人間のようなIP(キャラクター)と話すという世界観にしているので、そこが根本的な思想として違うかなと思っています。 -杉原- デザインについても、かなりキャラクターが立っていますよね。インド人訛りの上司が出てきたりしてすごく実世界に近い会話ができる感覚があります。全体的に一つの世界観の中にいるかのようなデザイン性を感じるのですが、ここはこだわりポイントなのですか? -立石- そうですね。うちはデザインには非常にこだわっている会社ですし、デザイナーが非常に優秀であるという自負があります。グッドデザイン賞も受賞しています。 実は、うちのデザイナーは現在全員が外国籍なんです。私自身、もともと欧米など海外のUI/UXデザインがすごく好きだったので、そうした外国籍のデザイナーに作ってもらっているのが一つの特徴ですね。 あとはやはり、創業当初から継続が大事だと考えている中で、継続の鍵は楽しさにあるというコンセプトを持っています。社内ではよくバディ感やバディネスと言っているのですが、キャラクターもそうですし、体験全体の中でそれらが感じられるかどうかを重視してこだわっています。 ◆ 300社超が導入──法人市場での急成長 -杉原- 法人顧客の開拓には実際に力を入れていらっしゃるんですか? どのような企業様が、どのような目的で導入されているのでしょうか。 -立石- ここ3年ぐらいは法人のお客様の開拓に非常に力を入れています。企業のグローバル化に伴うコミュニケーションの必要性から、累計の導入数は現在300社を超えています。自己啓発や福利厚生の一環でご導入いただくことが多いですね。 企業の種類としては、グローバル企業はもちろんですが、最近は人的資本経営の流れもあり、業種に関わらず「社員の自己啓発を応援したい」という企業様にご導入いただいています。英語ができるようになりたいという方は、どの会社にも必ずいらっしゃいますから。多い業種としてはIT、製造業、接客業などがありますが、我々は業種・職種別のコンテンツも提供しており、今後も法人向けのコンテンツは強化していく考えです。 -杉原- 導入企業からの反響はいかがですか? -立石- 導入いただいた法人のお客様からは、「社員の英語を話すことへの抵抗感がなくなった」とか、「英語のミーティングに積極的に参加できるようになった」といったお声をいただくのが、本当に嬉しいですね。よく人事や研修の担当者様がおっしゃってくださるのは、「こんなに英語研修で反響があったのは初めてだ」ということです。 -杉原- 社員の方から人事の方に、反響が届くのですね。 -立石- そもそも募集した際の応募人数が、想定の何倍も多いんです。対人の英会話研修に比べると、10倍ぐらいの人数が集まることもあります。やはり「気軽に始められる」という点が大きいのではないでしょうか。 実際、接客で必要というケースでは、ホテル業界などでも導入いただいています。インバウンド需要が増える中で、海外の旅行者の方がふらっとお店に来た時の英語アレルギーの壁を少しでも下げるのに、すごく役に立っているようです。 ◆ 従来の英語研修とは一線を画す、社員に優しい研修 -杉原- 大企業だと、英語研修に「TOEICで何点取らなきゃいけない」といった要件がついているケースも多いですよね。 -立石- そうなんです。これまでの英語研修って、受講すると「TOEICで何点取らなきゃいけない」とか「受講回数が少ないと自腹になる」といったものがありましたよね。その点スピークバディはコストを抑えてより幅広い方に使っていただけるのが一番の強みです。強制的な研修というよりは、福利厚生として「自分で選んで学習する」という形ですね。 -杉原- 継続率が高いからこそできることですね。法人顧客は今も伸びているのですか? -立石- はい、法人は今もすごく伸びています。もし英語研修で困っている会社様がいらっしゃったら、ぜひご紹介いただければ幸いです(笑)。 ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太 【株式会社スピークバディ】 会社名:株式会社スピークバディ 代表者:代表取締役 CEO 立石 剛史 所在地:東京都中央区日本橋3-14-3 +SHIFT 日本橋桜通り3階 設 立:2013年5月 コーポレートサイト:https://www.speakbuddy.com/   次回・Part3では、 ・資金ショート寸前に全員を集めた「正直な告白」 ・「自律と規律」を両立する偉大な会社づくり ・アジアのグローバル化を牽引するAI言語習得スタートアップへ などについてお伺いしています。Part3もぜひご覧ください!
  • INTERVIEW
2026.04.21
英語嫌いから5,000時間の学習へ。スピークバディ立石社長がAI英会話で実現する「真の言語習得」~Part1~
D-POPS GROUPは、2025年12月に『AI英会話 スピークバディ』を運営する株式会社スピークバディへの出資を実施しました。(詳細はこちらをご覧ください。) なぜ、かつて学年最下位と言われるほど英語が苦手だった人物が、最先端のAI英会話サービスを創り上げたのでしょうか 。本連載(全3回)では、代表取締役・立石剛史社長の起業家としての軌跡と、同社が描く未来を紐解きます 。 Part1では、TOEIC280点から5,000時間の学習を経て、外資系投資銀行での経験や世界一周の旅からAI英会話の着想に至るまでの驚きのストーリーをお届けします 。 (このインタビューは2026年3月に実施しました 。) ◆ 高校で学年最下位だった英語との出会い -杉原- まず初めに、AI英会話スピークバディのアプリを開発したきっかけを教えていただけますか? -立石- なぜ英語というフィールドを選んだかというところですが、私自身、学生時代は英語が非常に苦手だったというところが大きいです。英語はずっと積み上げの学習が必要ですが、中学1年生の時に挫折してから、ずっとそのまま授業についていけませんでした。高校の時には、英語の先生に「学年で一番英語ができない」と言われるほどでした。 -杉原- 学年で一番英語ができなかった方が英会話アプリの会社の社長になられたんですね(笑)。 -立石- おっしゃる通りですね。高校時代はそうだったのですが、大学生の時の就職活動で外資系の投資銀行に内定をいただいて、そこで新卒のキャリアをスタートしたのが学習のきっかけになりました。 -杉原- 外資系企業なのに英語の面接はなかったのですか? -立石- 英語の面接、ありましたね。最終面接は、ボードルームで当時のシティグループ証券の社長と各部署の役員の方がずらりと並んでいるという場でした。当時はそういうプレッシャーに耐えられるかというところを問われていたのもありますし、投資銀行というのは「人」しか資産がないような業態なので、人格を見られるような場でもあったのだと思います。 その10対1の面接では、基本は日本語で進むのですが、最後に人事部長から「じゃあ英語で質問するから英語で答えて」と言われました。そこまではずっと日本人の面接官の方だったので、英語については「この人は慶應大学も出ているし、多分できるだろう」くらいの感じで進んでしまっていたんですね。 ですが、私は英語が全くできない、TOEICでも280点みたいなレベルだったので、人事部長から聞き取れない英語の質問が来たら必ずこう答えようと、自分の中で準備していたんです。 「I can’t speak English. But I will study hard. So, no problem!」 そこは自信を持って言ったんですけど、もうそれしか覚えていなくて。当時はそのフレーズを暗記するだけでも大変だったくらいなのですが、そうしたら、全員が凍りついてしまって。「えっ、何?」みたいな。「その英語力でここを受けたんだね。ここは外資系だよ、どうするの?」という話になりました。 ただ、就職活動は大学3年生の時にやったので、「ここから卒業まで1年間あります」と。私はその時、会計士の試験にその年の最年少で受かったばかりで、20歳だったのですが、1日14時間毎日勉強していたんです。勉強と寝る以外のこと、つまり風呂、食事、移動すべてを2時間で済ますというのをやっていたので、1日参考書1冊を終わらせるペースでいつも勉強していました。だから「ここから1年間あるので、英語なんて余裕です。嘘ではないです。」と、本気で思って言いました。 当時は、TOEICで750点ぐらい取れれば、英語なんてペラペラなんだろうなと思っていましたし、会計士試験のように「落ちたらまた1年間受けられない」という試験に比べたらプレッシャーも全然ない。「明日からやります」と言ったら、「なんかきみ、やりそうだな」と。それでも「さすがに落ちただろうな」とは思いました。外資系なのに英語ができないわけですから。 ただ、その日のうちに人事の方に呼ばれまして。当時のシティの社長が激押ししていたそうなんです。「ああいう人を取れといっていたよ。君、どんな話をしたの?」と言われたのですが、その時に言ったのは「僕は英語はできないかもしれませんが、人間の頭の能力にそんなに差がないということが、会計士試験の受験でよく分かりました。もう気合いの世界です。気合いを出せばやれないことがないということはよく分かったので、絶対やりきります」と言って。そうしたら社長が「ああいう面白いやつを一人取ろう」ということで、採用してもらえたという経緯がありました。 ◆ 5,000時間の学習が教えてくれた日本人の英語問題 -立石- そこから何年もかけてTOEICは満点にして、英検1級も取って、ここまで累計5,000時間ぐらい英語の学習をしてきました。 その5,000時間をかけて痛感したのは、「これは自分が就活の時に思っていたよりも、よっぽど大変だ」ということです。これは日本人の、本当に一番大きい課題かもしれないと僕は感じたんですよね。外資系で英語ができなくて苦労したのもそうですし、その後に日本の証券会社に転籍してからも、香港に駐在して中国語と英語を使って仕事をする機会がありました。語学ができないと全く仕事にならない。 香港では中国語もある程度やって、日常会話ぐらいはできるようになりましたが、やはり言葉が通じないと仕事になりません。日本人は非常に優秀なのですが、英語ができないということで、外資系時代も本社や他の海外支店の人たちから馬鹿にされているのが、すごく我慢ならなくて。グローバルで人々が集まって研修などをやると、日本人は全然英語ができなくて喋れないんだけれども、出すアウトプットは日本人が一番いいんです。 そういう中で、「日本人は優秀なのに英語ができないから馬鹿にされている」という現状を変えたいというのが、僕の根幹の思いとしてあります。僕自身は5,000時間を使いましたが、それは多くの人がやれることではない。その時間をとにかくテクノロジーの力で短縮したい。これが、英語をテーマに選んでAI英会話スピークバディを開発し始めた根本のところですね。 ◆ 『家で英語を話してくれるドラえもん』を作りたい -杉原- 起業したいという気持ちは、学生の頃からあったのですか? -立石- そうですね。就活の時に「この投資銀行で働いたら、将来自分が会社をやる時にも活きますか?」と質問していたのを覚えています。でも、その後ずっと7年間ぐらい激務をこなしていたので、すっかりそういう気持ちも忘れていました。ただ、世の中の役に立つようなサービスを自分も作りたいという気持ちがすごく強くなってきた時に、「元々自分は会社をやりたかったんだよな」というのを思い出しました。それで、海外転勤から帰ってきたタイミングで会社を辞めて起業しました。 辞めてからビジネスプランを考え出した、という形です。一度そういう背水の陣の状況に持っていって、そこから、とりあえずずっとやりたかった世界一周の旅に出て、旅をしながらプランを練りました。練りながら、世界一周をしながら自分でアプリ開発も並行して進めていたんです。その世界一周している時に作った英語学習アプリをリリースしたら、App Storeで総合ランキング1位を取りました。 -杉原- 総合ランキング1位は凄いですね! そのアプリは、今のスピークバディの原型になったようなものなのですか? -立石- そうですね、それがスピークバディの原型になったと思います。世界一周もしましたし、その時、短期留学もしたのですが、やっぱり海外にいながらも、英語での会話の相手が欲しいわけです。でも、いきなり英語で友達を作るのって、すごく大変じゃないですか。みんな簡単に「外国人の恋人を作ったらいい」と言いますが、僕も実際に行って作ろうとしてみたものの、そんなこと簡単にできるもんじゃない、というのを痛感しました(笑)。 それで、海外にいる時に「家に英語を話してくれるドラえもんがいたら、それでいいのにな」と思ったんです。その「英語で話してくれるドラえもん」を作りたい、というのが英会話サービスのスタートですね。 最初に出した英語学習アプリにも音声認識機能を入れていて、それは多分、日本で初めて英語音声認識の機能を入れたアプリだったと自負しています。ただ、当時の2014年頃の音声認識機能はまだ精度が低かったんです。しかし、そこから1、2年経つ中で、音声認識技術が飛躍的に良くなっているのを感じて、「これなら将来的にAIとの英会話が作れる」という確信が持てたので、2016年に今まで作っていたアプリを全部止めて、AI英会話に全集中し始めました。 ◆ 「どこがAIやねん」と言われた2016年の苦労 -杉原- 2016年に今の元となるアプリをリリースした時から、既にAIという言葉をつけていたのですか? -立石- そうですね。2016年にリリースした時も「AI英会話」という名前をつけていました。最初は資金もなかったのでクラウドファンディングから始めたのですが、それがすごくうまくいって400万円ほど集まったんです。その時から「AI英会話」という形で打ち出していました。 -杉原- 特に最近のAIの普及速度や進化の速度はものすごく早いですよね。言語系はこの1、2年で急激に発展していますが、立石さんはかなり先駆けですよね。 -立石- 当時はうちだけでしたね。ただ、リリース直後は結構悩まされました。「これのどこがAIなんだ」と、2016年当時はすごく言われましたね。「喋っても全然認識しないぞ」と。 当時の音声認識は、キャラクターと電子音声で話せるという程度のものでした。会話AIもまだ発展途上だったので、ツリー構造で「こう言ったらこう返す」とプログラムしているレベルで、今のようなフリートークは全然できなかったんです。それで「どこがAIやねん」というレビューがすごく増えてしまったので、実は2017年頃に一度AIの冠を外したんです。AIとつけると期待値が上がって星1レビューがつくので、一回外そうと。 ただ、2019年ぐらいから音声認識技術が劇的に良くなったのと、自社製の音声認識エンジンを作ったことで精度がぐっと上がったんです。そのあたりから、会話AIとしての質もだんだんと良くなってきました。 -杉原- 今は『バディチャット』などを体験すると、普通にくだらないことを言ってもちゃんと内容に合わせて返してくれますね。単なるパターン認識ではないですよね。 -立石- そうですね、脱線してもちゃんと返してくれます。今は「これはAIだ」と胸を張って言えるなと思ってやっています。2015、16年頃はハイプサイクルで言うところの過剰期待の時期で、AI、AIと盛り上がった後に幻滅期が来ましたよね。その時期は「何がAIだ、そんなのできっこない」とずっと言われ続けていたのですが、だんだんと本物になっていきました。 -杉原- 昔から取り組んでいる方からしたら、この数年のブームは「何を今さら」という感じですか? -立石- そうですね。予想通りだなという思いもありますし、一方でやっと気づいてくれたかと時間差を感じる部分もあります。実はGPTに関しても、私たちはGPT-2の時から「これ、すごい使えるね」と話していたんです。だから4.0になっても、私たちからすると「あの時から凄かったよね」という感覚なんです。 『音声認識』と『言語化して理解し返答するAI』、そして『ユーザーの英語レベルに合わせて問題を出す』という各要素がすべて噛み合い出したのが、ちょうどここ数年です。この数年で推論のレベルがガッと上がったので、今のバディチャットのようなレベルの高いフリートークを提供できるようになった。やっと時代がスピークバディに追いついてきたという感じですね。 ~Part2へ続く~ ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太 【株式会社スピークバディ】 会社名:株式会社スピークバディ 代表者:代表取締役 CEO 立石 剛史 所在地:東京都中央区日本橋3-14-3 +SHIFT 日本橋桜通り3階 設 立:2013年5月 コーポレートサイト:https://www.speakbuddy.com/ 次回・Part2では、 ・AI英会話スピークバディのサービス内容と4つの強み ・Duolingo・Speakとの差別化ポイント ・法人市場での急速な成長と導入企業の声 などについてお伺いしています。Part2もぜひご覧ください!
  • INTERVIEW
2026.04.15
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