COLUMN

【グループ会社インタビュー】株式会社フェイスフル 加藤 貴博 社長 ~前編~

  • INTERVIEW
2026.03.12

D-POPS GROUPでは、現在約25社のグループ会社が仲間となっています。
今回は、株式会社ディ・ポップスグループ 常務執行役員 経営企画室室長 及び 株式会社フェイスフル 代表取締役の加藤さんへインタビューいたしました。
(このインタビューは2025年12月に実施しました。)

◆入社の経緯

-杉原-
今回は、ディ・ポップスグループ 経営企画室室長でM&Aを担当されている加藤さんにお話を伺います。加藤さんは、グループ会社である株式会社フェイスフルの代表も務められています。本日はよろしくお願いいたします!

加藤さんは2006年8月にご入社されたと伺っていますが、それまでのご経歴と、入社の経緯を教えていただけますか?

-加藤-
前職は仙台の会計事務所で、財務コンサルタントとして医療法人の設立支援やメディカルモールの開業支援などを担当していました。そこで5年ほどがむしゃらに働きました。

当時は、成果を出せば出すほど給与に反映される報酬形態の会社で、23歳という若さで地方企業に関わらず、年収500万円ほど稼いでいたんです。今から20年前の物価感覚で言えば、かなり破格の待遇だったと思います。

ただ、若くして稼げるようになった分、いつの間にか意識の矢印が「お客様」ではなく「自分の収入」に向いてしまっていました。「このお客様なら、この位の保険を契約してもらえるな」と、自分の利益を優先して考えてしまう。そんな慢心があったのだと思います。

そんな時、学生時代のアルバイトから大変お世話になり、恩人が独立して事業を始められたんです。その社長は「加藤が頑張っているなら」と私の最初のお客様になってくれました。しかし、私が昇進したことで、直接その方を担当するポジションから外れてしまい、気持ちが離れてしまいました。しばらくして、彼の事業が行き詰まり、廃業してしまったんです。

普通高校で簿記を学び始めた頃、私は「将来、社長の役に立ちたい」という純粋な志を持っていました。それなのに、目先の利益に目が眩み、大切な恩人の変化にも気づけなかった。自分の慢心が招いた結果だと、激しい後悔に苛まれました。

「社長を外部コンサルタントとして遠くから支えるよりも、近くの1人の社長の右腕になったら、どれだけ社長を支え、事業をスケールできるだろう」と思って転職活動をはじめしました。

-杉原-
そのときに後藤社長に出会われたんですか。

-加藤-
はい。当時、ディ・ポップスともう一社の2社を受けていました。

もう一社の方は、内定後すぐに「今すぐ入社してほしい」という条件でした。しかし、当時の私はまだ仙台に住んでおり、娘が生まれる直前というタイミング。どうしても「3ヶ月待ってほしい」と伝えましたが、それでは難しいと断られてしまったんです。

一方、後藤社長は違いました。私の事情を正直に伝えると、「分かった。3ヶ月待つよ」と言ってくださったんです。その懐の深さに触れ、ディ・ポップスへの入社を決めました。

今でも忘れられないのは、面接の密度です。1次・2次と2回を行ったのですが、すべて後藤社長が自ら面接対応してくださり、それぞれ3時間以上、計6時間以上も将来の目標や想いを聞き、できる事をお伝えしました。あの濃厚な対話があったからこそ、この人の元で再出発しようと確信できました。

◆入社当時のディ・ポップスについて

-杉原-
3時間!すごいですね。加藤さんが2006年に入社した当時の役割は何だったんでしょうか?

-加藤-
当時の私の役割は「バックオフィス全般を任せたい」ということで、幹部候補として管理部採用でしたが、いざ入ってみると驚くような状態でした(笑)。

たとえば、全店舗の売上入金を私一人で担当していたんです。当時はまだ割賦販売(ローン)が普及していなかったので、各店舗の金庫には毎日何百万円もの現金が貯まっていました。それを回収して、店舗から一番近い銀行のATMまで運んで、後で分かる様に1日分ずつ入金するということをひたすらやっていました。5-6店舗回ると夕方になり、そこから帰社して、現金照合したり経理処理する日々です。

組織の雰囲気も、まさに戦場です。「生き残るためには隣の競合店を蹴落としてでも、結果を出す」という強烈な雰囲気を感じる競争の中にいました。正社員もアルバイトも派遣スタッフも関係なく、全員がひたすら目の前の販売台数(売上)だけを追いかけている、そんな時代でした。

-杉原-
管理体制も今とは全く違ったのでしょうね。

-加藤-
そうですね。当時は勤怠確認を出社FAXという仕組みでやっていました。スタッフが店舗に出勤したら本社にFAXを送る。そうしないと店が開いているかどうかも把握できなかったんです。それでも、お客様から本社に「今日、店が開いてないんだけど?」と電話がかかってくることがありました(笑)。

その後、ITシステムを導入しましたが、今度は店舗の外から勝手に打刻してしまうスタッフが出てきてしまって。結局打刻だけでは意味がないということになったんです。

そこで次に導入したのが、店舗のFAXを使って「朝のクレドテスト」に回答させるという方法でした。ところが、これも知恵が働く人がいて、なんとFAXのタイマー送信機能を使って不正をしようとする。まさに不正アクセスや不正打刻とのいたちごっこで、制度そのものを根底から考え直さなければならない時代でした。

-杉原-
そこからどのように今のような組織へと変わっていったのでしょうか。

-加藤-
大きく変わったのは、2007年から2008年頃にかけて新卒採用を始めたあたりからだと思います。それまでの数字さえ出せれば何をしてもいいという文化から、教育を受けた新卒社員が入ってくることで、組織の意識がガラッと変わっていきました。今振り返ると、あれが大きな転換点だったと思います。

-杉原-
加藤さん自身の考え方が変わったのはいつ頃だったのでしょうか。

-加藤-
はい、人生観が変わるような大きな変化がありました。 昔から後藤代表は、経営状況の報告で銀行などを訪問する際にも常に「誠実・謙虚・感謝」という言葉を聞かされていました。当時は正直なところ、私にとってはただの呪文のようにしか聞こえていなかったんです。でも、長年組織に向き合ってきた今では、あの言葉が本当に腹落ちして、深く納得できるようになりました。

◆組織の土台づくり

-杉原-
2017年のグループ経営移行前、ディ・ポップス時代には、経営企画としてありとあらゆる業務を担われていたそうですね。

-加藤-
はい。M&Aを本格化させるまでの約10年間は、とにかく組織の土台づくりに奔走しました。当時はまだ社労士さんとの契約もなく、労務管理も後藤代表のお母様が担当されていたような状態でしたから、まずはそこを専門的な制度に切り替えることから始めました。

他にも、現金管理のタイムラグをなくしてキャッシュフローを可視化したり、当時は存在しなかった実績管理の仕組みを作ったり。季節係数を盛り込んで店舗別の精緻な数字を算出したり、店舗別損益を管理したりと、経営判断をするための数字を一つずつ整備していったんです。

-杉原-
そうした緻密な制度設計がないと、現在の規模での経営は不可能ですよね。

-加藤-
おっしゃる通りです。ただ、一方で仕組みを整えながらも、ずっと大切にしてきたのは「店舗スタッフの感情移入接客」という現場の熱量と想いでした。 入社直後に、後藤代表と1週間かけて一緒に全店舗を回るオリエンテーションがあったんです。店舗の前で1時間ほど接客の様子を見ながら、後藤代表とディスカッションさせていただきました。。

後藤代表は、「あの店長は数字こそ平凡かもしれないけれど、お客様から圧倒的な支持を得ているんだ。見てごらん、お客様があんなに笑顔で帰っていく。店舗によって笑顔の形は違うけれど、あれがうちの強みなんだ」と教えてくれました。

ただ数字を管理するだけでなく、その裏側にある現場の温度感やお客様との絆を肌で感じさせてもらった。その経験があったからこそ、管理のための制度づくりだけでなく、心の通った組織運営の制度を意識できたのだと思います。

-杉原-
店舗の運営や、事業の現場に直接関わることはあったのでしょうか?

-加藤-
店舗のオペレーションを正確に把握するために、2週間だけ現場に入ったことがあります。現場でどこにどのような課題があるのか、その流れを一通り理解した上で、再び本社の業務に戻りました。

入社時は管理部という所属でしたが、私の出す提案が企画寄りであったり、工夫や改善を求められる内容が多かったりしたこともあって、「『経営企画』という名前に変えて、もっと外に出て動きなさい」とアドバイスをいただいたんです。そこから約10年間、経営企画として長く務めることになりました。

◆M&A戦略の始動とフェイスフルとの出会い

-杉原-
2017年にフェイスフルの代表取締役に就任されていますが、ここにはどのような背景があったのですか?

-加藤-
グループが売上100億円を達成した2015〜16年頃、販売制度の変更という大きな逆風が吹いたんです。3ヶ月で1億円の赤字を出すという、グループにとって2度目の大きな危機でした。

この時、当時の幹部メンバーたちが「守りに入るのではなく、挑戦する姿勢を見せよう」と、それぞれが新しい領域へ踏み出すことになりました。人事を担当していた堀さんが、グッド・クルーの社長として牽引したり、岩間さんがM&Aで譲受したジーネクストの社長に就任したり。藤田さんがアドバンサーを、保坂さんがSTAR CAREERを設立したりと、当時の幹部から大きく動き出しました。

その中で、私はM&Aの責任者を任されることになりました。

-杉原-
M&A戦略へと舵を切ったのは、必然だったのでしょうか。

-加藤-
そうですね、私が担当したのは自然な流れでした。後藤代表は以前からM&Aをやりたいと仰っていましたし、自社内のリソースだけで積み上げるビジネス(オーガニック成長)だけでは、成長の角度を劇的に上げることはできないという危機感がありました。労働集約型のモデルだけでは、成長を逆算して描くのが難しかった。そこで、M&Aを成長戦略の柱に据えることになったんです。

実はフェイスフルという会社も、私がM&A担当として譲り受けた会社の一つでした。

-杉原-
自らM&Aを決めた会社の代表に、そのまま就任されたわけですね。

-加藤-
はい。M&Aの1号案件はgraphDという会社で、そして2社目に買収したのがフェイスフルでした。自分で買収を提案して推した会社ですから、その後の舵取りも自ら引き受けることになったというのが代表就任の経緯です。

-杉原-
2015年から16年にかけて、組織のあり方が激変したのですね。

-加藤-
まさに、今のグループ経営の土台が作られたスタートの時期でした。

-杉原-
M&A担当として2社目に買収したのがフェイスフルとのことですが、当時の事業概要を教えてください。

-加藤-
実は、M&Aした直後数ヶ月でピボット(事業転換)を余儀なくされたんです。

当初、フェイスフルは記事制作代行の事業をメインで行っていました。ところが、そのタイミングでキュレーションメディアの信頼性問題が社会的に発生し、業界全体に激震が走ったんです。その煽りを私達も受けて、私たちの手がけていた記事も炎上してしまいました。

売上の7〜8割を占めていた主力事業が続けられない状況になり、一気に大赤字に転落。普通ならM&Aは失敗だったと諦めてしまうような局面でしたが、ここで撤退してしまえば次の一手が打てなくなります。そこで、不採算となった旧事業を切り離し、再起を図ることにしたんです。

◆持続可能なBtoBモデルの構築へ

-杉原-
そこからどうやって、現在の事業へと作り替えていったのですか?

-加藤-
現在に至るまでの事業は、買収したときの中身を引き継いだのではなく、完全にゼロから作り上げたものです。

当時、弊社の社外取締役でファインドスターグループの内藤社長が、取締役会で「既存のビジネスを少しずつずらしていくと、新しいビジネスチャンスが見つかるよ」というアドバイスをいただいていました。そこで、「もし自分たちが携帯電話を店舗販売していなかったら、何ができるだろう?」と考え、ターゲットを法人(BtoB)に絞った通信コンサルティングに振り切ることにしたんです。

新規事業を立ち上げたわけですが、当時、私はずっとディ・ポップスグループの役員で銀行担当も兼務していました。周囲からは「現場が疲弊しない、持続可能なビジネスを作ってくれ」という期待もあり、それなら「銀行をリファラルパートナー(紹介者)に迎えたモデル」がベストだと思い付き、ご提案してパートナーになっていただきました。

◆フェイスフルの強みと「働く仲間」への想い

-杉原-
現在のフェイスフルの事業を一言で表すと、どのような事業になりますか?

-加藤-
一言で言えば中小企業の支援事業です。もともとはメディア事業を譲り受けたわけですが、それをピボットし、全く新しい形で中小企業の課題解決を行う現在のコンサルティングモデルを構築しました。

-杉原-
数あるコンサルティング企業の中で、フェイスフルの強みはどこにあるのでしょうか。

-加藤-
やはり、長年携帯ショップを経験を積んできたスタッフがコンサルティング提案するので、ノウハウをすべて活かせることが、圧倒的な強みですね。 他社の法人向けOA機器サービス会社は、商材を売って終わりの売りっぱなしになりがちです。その後のフォローが難しいし、キャリアさんとの深い付き合いがないので、踏み込んだ調整も難しい。

私たちはキャリアさんとの強固なリレーションを背景に、公正中立な比較提案ができますし、何より現場を熟知したメンバーがそのまま移籍して活躍できる環境があります。

-杉原-
働くメンバーの環境という視点も、事業立ち上げの背景にあったのですね。

-加藤-
実は、そこには裏の目標もありました。店舗業務はどうしても土日がメインになりますが、BtoB(法人向け)事業であれば平日メインの働き方を作ってあげられる。

メンバーがキャリアアップしていく中で、より高い専門性を身につけ、付加価値を乗せていける。そんなBtoBの領域を深掘りすることで、働く仲間の将来の選択肢を広げたかったという想いがあります。

-杉原-
店舗での店舗営業(BtoC)から、法人営業(BtoB)への転換は、メンバーにとってかなり高いハードルだったのではないでしょうか?

-加藤-
そこはもう、今でも大きな葛藤があり、試行錯誤の連続です。営業スタイルも必要な知識も全く違いますから、その超えられない壁は想像以上に大きいものでした。

フェイスフルのメンバーは圧倒的にグループ内からの転籍組が多いのですが、最初から法人営業として募集し、専門特化して作られた組織とは立ち上がりの性質が異なります。いかにして店舗で培った接客力を、法人の課題解決力へと昇華させるか。そこは常に組織としての課題であり、挑戦でもありますね。

~後編に続く~

☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太

 

【株式会社ディ・ポップスグループ】
常務執行役員 経営企画室室長 加藤 貴博

【株式会社フェイスフル】
代表者:(共同)代表取締役 加藤 貴博
所在地:東京都渋⾕区渋⾕2-21-1 渋⾕ヒカリエ32階

次回後編のインタビューでは、
・M&A責任者としての奔走
・「人」を重視するD-POPS GROUPのM&A
・後藤代表が大切にする「気の流れ」
・「ベンチャーエコシステムの実現」に向けて
・5年後の理想の姿
などについてお伺いしています。

後編もぜひご覧ください!

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—赤松— そうですね、各拠点を細かく管理しすぎないというのが、実はキーになっています。地域によってお客様や採用のマーケットもまったく違うので、本社の成功パターンをそのまま押し付けてもうまくいかないというのが過去にありました。 東京のチームが自走できているのも、現地のメンバーが自分で考えて意思決定し、結果にコミットしてくれているというのが大きいと思っています。拠点を管理するというよりは、拠点の経営者を育てる感覚に近いですね。 —杉原— 凄いですね。みんな本当に自分が経営者だという雰囲気で、東京の成績を上げるんだと動いているんですね。 ◆ 大病が教えてくれたこと――エンタメ事業「SELEBRO」誕生の背景 —杉原— 話は変わりまして、赤松社長はopztとは別にエンタメ系の事業をされているとのこと。こちらはopztの後に立ち上げられたんですよね、「SELEBRO」という会社ですね? —赤松— そうですね。今、「SELEBRO」という会社で、ライブハウスやナイトクラブ、アーティストのマネジメント、音楽フェスなどのイベントの企画を行っています。 ビジネスモデルとしては、本当にがっつりエンタメとテクノロジーを合わせたような、エンタメテックのような事業もやっています。opztとは別で、本社も大阪でここではないんですが、元々私自身が音楽やエンタメが好きだったというのもありますし、きっかけとしては、僕自身が脳動脈解離という病気になって入院したことが大きいです。 2018年の12月にディ・ポップスグループにジョインをして、その半年ほど後、2019年の6月か7月頃です。本当に突然のことで、病院に行ったらすぐに入院してくださいと言われて。本当に深刻な状況で、もう明日死ぬかもしれない状態で1ヶ月過ごしました。 そこで人生観が180度変わったというのが大きいです。それまでは自分自身の未来はまだまだあって、根拠もなく80歳、90歳ぐらいまで生きて死ぬんだろうと勝手に思っていたんですが、それがひっくり返って。音楽もいつか将来、長い人生のどこかのタイミングでチャレンジできたらいいなと漠然と考えていたんですが、病気を経験してから、いつかではなく、いつ来るかわからないので、人生の最後にあれをやっておけばよかったという後悔だけはしたくないと思うようになりました。 そういう心持ちでいると、昔の音楽の縁や、すごくいい場所ができたりと、引き寄せのようにどんどんそういう巡り合わせがあって、これはもうやるしかないなと思いました。代表の後藤さんにもちゃんと話をして、「こういうことをやりたいんです」と伝えました。ただし、「opztもちゃんとやるならいいよ。」ということで、中途半端にはやってほしくないという話をいただきました。 ちなみに病気は治りました。結局、手術には至らず、その後は回復して、今は健康に過ごせています。 今は第二の人生を生きている感覚があります。やりたいことを「いつか」に先送りしないようになりました。 いつ死ぬかわからないので。 ◆ 会社の個性を尊重してくれた――D-POPS GROUPを選んだ理由 —杉原— 病気のことまでお話いただいてありがとうございます。大変なご経験をされたんですね。2018年にM&AでD-POPS GROUPにジョインしていただきましたが、その経緯や、いくつもオファーがあったと思う中で、ディ・ポップスグループを選んでいただいた理由をお聞かせいただけますか? —赤松— 当時、会社は5年目ぐらいで、10億円にいくかいかないかぐらいの規模感だったんですが、一定の規模まで成長していく中で、次のフェーズに進むためには自分たちだけでは持てない経営資源や知見が必要だと思うようになったのが、最初のスタートでした。 順調に成長していたので、いろいろな企業からお話をいただいたんですが、単純に会社を買収するという考え方ではなく、経営者である私自身や会社の個性をしっかり残しながら一緒に成長していくという、D-POPS GROUPの考え方と、後藤さんの人柄に魅力を感じたというのが理由です。 M&Aをした仲間も多いんですが、結局グループ入りした後に経営方針が変わったり、創業経営者が経営から離れるケースも多々見てきたので、そういう意味でも、ディ・ポップスグループは引き続き私自身が経営をさせていただいていますし、opztの文化や強みを尊重しながら成長させてくれています。優しく見守ってくれているというのがすごくいいなと思っています。 本当に、条件面などではなく、誰と一緒に経営するか、グループ入りした後に社員が前向きに働けるかというところを重視して選んだという感じです。 —杉原— その時の期待通り、10億円ぐらいの規模だった会社は、この6年間で大きくなりましたよね。経営体制が変わらないまま、後藤社長やディ・ポップスグループの経営会議などからの学びは結構ありますか? —赤松— そうですね。本当にいろんな面で日々勉強させていただいていますし、今もメンターシップもいただいていて、日々勉強させてもらっている感じです。 ◆ 「グループから次々と経営者が生まれる」ベンチャーエコシステムへの共感 —杉原— 素晴らしいです。では最後に、「ベンチャーエコシステムの実現を目指す」をスローガンにしているディ・ポップスグループですが、この目標に共感する部分や、エコシステム作りを意識した活動などがあればご紹介ください。 —赤松— たくさんあるんですが、特に共感するのは、一社だけが成功するのではなく、グループ内から次々に経営者や新規事業が生まれていくという考え方です。 僕自身も創業経営者として、会社を大きくすることだけが目的ではなく、社員の中から次の事業責任者や経営者が生まれ、その人がまた新しい会社や事業を作っていく、そういう循環する環境を作りたいと思っています。 opztでも、各拠点に権限と裁量を与えて、小さな会社を経営する感覚で拠点運営をやってもらっています。その事業で生まれた人材や資金、信用を次の事業に循環させていくというところが、ベンチャーエコシステムにつながるのではないかと考えていて、そこにすごく共感しています。 —杉原— opztさん自身の中でも、エコシステムができているようなイメージですね。 —赤松— そうですね。規模はまだ小さいですが、通ずる部分があると思っています。 ◆ 5年後、人とテクノロジーで企業の成長を支える会社へ —杉原— 5年後のopztはどのような姿、あるいは具体的な目標があれば教えてください。 —赤松— 5年後は、先ほども出た通り、単純に人材を派遣するだけの会社ではなく、人とテクノロジーを組み合わせて企業の成長を支援していくような会社になりたいと思っています。引き続き派遣事業は大きな基盤でもあるので、しっかりここはやりつつ、AIやデータ、データセンター領域の比率をより高めていきながら、専門性と収益性の高い事業構造に変えていきたいと思っています。あとは、社員やスタッフがきちんと成長して、お客様から長く必要とされること、適正な利益を出しながら新しい事業に投資できるくらいの会社にしていきたいと思っています。 ◆ 読者へのメッセージ —杉原— では最後に、読者の方に一言、何でも結構ですのでお願いします。 —赤松— opzt自体はまだまだ未成熟な会社ですし、これからAIをはじめテクノロジーもすごいスピードで変化していくと思いますが、当社としても過去の成功にとらわれず、新しいことにチャレンジしたいと考えています。仕事を探している方がもしこの記事を見てくださる機会があれば、今の経験だけで自分の可能性を決めてほしくないなと思っています。今経験がなくても、学んで挑戦することで新しいキャリアを作ることができますし、企業の方が見てくださっている場合は、人材の紹介だけでなく、組織作りや業務の改善、新しい事業の挑戦についても一緒に考えられるパートナーでありたいと思っていますので、少しでも興味を持っていただけたら、お気軽にお声がけください。 —杉原— 素晴らしいです。ありがとうございました! ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太 【opzt株式会社】 代表者:代表取締役 赤松 文則 所在地:大阪市中央区本町4-2-12 野村不動産御堂筋本町ビル5階 設 立:2013年9月10日 コーポレートサイト:https://opzt.net/ Part1はこちらからご覧ください!
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2026.09.03
大手企業との信頼を積み重ね続けるopzt赤松文則社長に聞く、人が育つ人材派遣ビジネスのつくり方【Part1】
【このパートについて】 全2回にわたるインタビューの第1回となるPart1では、opzt株式会社の事業内容や大手企業との信頼関係の築き方、テクノロジー領域への展開、人材育成、そして生成AI時代への向き合い方についてお聞きしました。(このインタビューは2026年8月に実施しました。) ◆ 人材とテクノロジーを軸に、5拠点で全国展開する事業を紹介 —杉原— D-POPS GROUPでは、現在26社のグループ会社が仲間となっています。 今回は、2018年にグループ入りしたopzt株式会社の代表取締役 赤松 文則さんへ、インタビューさせていただきます!宜しくお願い致します。 まず初めに、ホームページにも掲載されていますが、改めて赤松社長ご自身の言葉で、事業内容の概要をご紹介いただけますか? —赤松— 事業としては、人材派遣・人材紹介、アウトソーシングを含めたHR事業と、ITのテクノロジー領域を扱うTech事業を中心に展開している会社です。創業当初からやっているのは、通信業界を中心とした事務系やコールセンター、営業支援・販売支援の人材サービス事業です。現在は大阪、東京、名古屋、四国、福岡の5拠点で展開しており、全国で多くのメンバーが働いてくれています。直近では、従来型の人材サービスだけでなくITのテクノロジー領域にも力を入れておりまして、その中でもAI、データサイエンティスト、インフラエンジニアといった専門性の高い人材サービスを展開しています。 今はSES(システムエンジニアリングサービス)や業務委託・受託という形が中心ですが、将来的には自社開発したものを販売していく、自社でも開発をやっていきたいという思いはあります。 —杉原— ちなみに社名の由来を教えてください。 —赤松— お客様に選んでいただく会社になりたいというのが元々の由来です。「チョイス」は複数の中から選ぶイメージがありますが、「オプト」は特定の一つだけを選ぶという意味合いがあるので、そういう会社になりたいという思いを込めました。すでに「オプト」という有名な会社があったので、同じ表記は避けたいと思い、アルファベットの最後の文字である「z」を入れて「これ以上ない、いい会社」という意味を込めた造語にしました。 —杉原— 英語から着想を得て、造語で完成させたということですね。派遣している人材の規模は、社員として何名くらいになるんですか? —赤松— 社員といわゆる登録派遣の方を合わせて、今550名ぐらいです。 ◆ NTTとの絆を築いた、創業2年目からの信頼の積み重ね —杉原— とても大きな人材の母数をお持ちですが、その方々を派遣する先の開拓についてお聞きしたいです。事前にお聞きしていますが、NTT関連の取引先がとても多いと聞いています。そんな大企業と取引できるようになったのはどんな背景があったんでしょうか? —赤松— 元々は僕自身がサラリーマンとして働いていた時に、NTTグループさんを担当していたというのが大きいです。当時は本当に若造だったんですが、その時からいろいろな重鎮の方々に可愛がっていただいて、仕事上のお付き合いだけでなく、人としての信頼関係を築くことができました。その後、僕自身が独立するタイミングで、当時お世話になっていたNTTの幹部の方が「赤松が独立するなら応援したい 」と言ってくださって、顧問という形で力を貸してくださることになりました。 それがきっかけというわけではないんですが、独立のタイミングで前職のメンバーや、NTTで実力のある方々が色々とジョインしてくださったのがきっかけになります。 そういう方々の長年の信頼とネットワーク、人脈も含めて、NTTさんをはじめとする大手企業とのつながりが非常に多い方が多かったので、そこをきっかけに取引ができたというのが最初のスタートになります。 そして、本当に奇跡的に、創業2年目という非常に早い段階で、NTTさんと契約することができました。 NTTさんとしても、当時は弊社が帝国データバンクの評価も定まっていない、まだ評価されるべき会社ではなかったので、かなり異例だとは思います。 —杉原— NTTさん以外にも大手企業が顧客として多くあると思うんですが、営業で悩んでいるスタートアップも多い中、赤松社長及び経営チームはどうやってここを開拓してこられたんですか? —赤松— 本当にありがたいことに、2年目でNTTさんという大きな企業と取引できたことで、大きな会社と取引する難しさ(情報管理やコンプライアンス、人材の質など)を試行錯誤しながら学べたことが大きかったです。ある程度、NTTさんとの信頼関係ができたり、大手との付き合い方が組織としてできるようになったので、それを他の大きな企業にも横展開していくのが、比較的早く立ち上がったという感じがあります。 以前からそうですが、契約を取る営業というよりも、契約をいかに長く続けられるかという営業を大切にしています。今もNTTさんをはじめドコモさんなど、大手企業との取引が続いているのは、一つ一つの積み重ねでできたんじゃないかと思っています。 —杉原— 赤松社長が特に気をつけていること、大手企業と取引を継続するために、あるいは先輩たちから可愛がられる理由として、ご自身ではどう思われますか? —赤松— 本当に、小さな約束を守り続けた結果の積み重ねだと思っています。信頼関係というか、先ほどお伝えしたような人材の質、コンプライアンスや情報管理がきちんとしているか、現場で問題が起きた時に隠さず、すぐに報告し、会社としてどう改善するか、 大きな企業ほどそこを見ていらっしゃるので、一つ一つ、スピーディに対応しながら徹底する。社員もそれを徹底する、その積み重ねなのかなと思います。 僕たちも何もないところからのスタートで、最初の入口は人脈だったかもしれませんが、これだけ長くお取引が縁だけで続くとは思っていません。積み重ねなのかなと思っています。 ◆ 「単純業務から専門性の高い領域へ」――AI時代を見据えた事業の差別化 —杉原— 提供するサービスである事業についても、この13年の間にピボットされているという印象があります。特に最近、テック関連の派遣ビジネスを始められたと思うんですが、どのように差別化をされているんでしょうか? —赤松— 元々ピボットしようという意識ではなく、ずっと人材マーケットを見ていく中で、単純業務や定型業務はAIによる自動化になっていくというのが一つのきっかけとしてありました。一方で、AIやデータの領域、データサイエンティストなど、そういうAIを活用できる人材の需要が高まってきたというのも一つのマーケットの動きとしてありました。当社としても、今まで通りの人材サービスをやっていれば必ず淘汰されると思ったので、成長性の高い分野に力を入れないといけないと考えたのが、今から3、4年ぐらい前のことです。 ただ、従来型のSES企業と同じことをしても意味がないと思っていたので、私たちは特にAI・データ領域のエンジニアやデータサイエンティスト、さらにデータセンターを支えるインフラ領域の人材など 、これから企業の競争力に直結するところに絞って展開しています。 また、すでに高いスキルを持っている方だけを採用するのではなく、未経験でポテンシャルの高い人材を採用し、教育し、実務経験を積ませながら専門人材に育てるという取り組みも並行して行っています。人材派遣で培ってきたノウハウと、テクノロジー領域の専門性を組み合わせているところが、他社にはない差別化の部分だと思っています。 —杉原— 今お話に上がったデータセンター周りというのは、さすがだなと思いました。米国ではITエンジニアのリストラが増える一方で、電気工事士の需要が高まっている、公認会計士をやめて電気工事士や配管工になる人までいるというニュースを見て、単純に手に職ということなのかと思っていたんですが、それがデータセンター建設に関わる仕事だったんですね。人手がまったく足りないと聞きますし、半導体やサーバーで日本のメーカーも潤っていますが、最終的にそれを設置する人という需要もあるということですよね。 —赤松— おっしゃる通りです。特に大阪は、東京のバックアップとしてデータセンターがどんどん増えています。東京がこけても大阪でデータを守れるという位置づけで、今どんどん建設されています。24時間監視が必要だったり、辺鄙な場所にあったりして、通信キャリアさんも人手不足でずっと困っていらっしゃるので、ここはしっかり取り組みたいと考え、力を入れています。 僕自身もAIをいろいろ使っていますが、結局トラフィックがどんどん増えていっているのは事実ですので。 ◆ 「選ばれる会社」であるための採用戦略と教育プログラム —杉原— さて、そういったサービスを提供する顧客に対して、実際に派遣する人材の獲得についてお聞きしたいです。うちのグループの中でも採用にはなかなか苦労しているという話を聞きます。コストだけでなく、そもそも人が少ない中で、赤松社長としてはどう取り組んでいらっしゃいますか? —赤松— 当社も完璧にうまくいっているわけではないですが、一つの採用手法だけに依存しないということを大切にしています。求人媒体、人材紹介、リファラル、SNS、採用イベントなど、職種や地域に応じて複数の採用経路を使い分けているのが特徴です。 それ以上に重要視しているのは、応募者から選ばれる会社になることです。今の求職者は、給与や仕事内容だけでなく、入社後にどんな経験ができるか、どんなキャリアにつながるか、会社が自分をどう扱ってくれるかをよく見ていらっしゃいます。そのため当社としても、いいことだけを伝えるのではなく、仕事内容、職場環境、期待される役割をすべて正直に説明するようにしています。採用した人数よりも、入社した人が活躍して長く働いていただけることを重視して取り組んでいます。 —杉原— 素晴らしいです。opztさんに入社した時、必ずしも高いスキルを元々持っている人だけではなく採用して、教育プログラムがあるというお話でしたが、もう少し詳しく教えていただけますか?テクノロジーに縁のなかった人でも、その分野に派遣されるような人材になれるんでしょうか? —赤松— 基本的な教育として、ビジネスマナーや情報セキュリティ、コンプライアンスの基礎教育に加えて、それぞれの配属先に応じた研修を行っています。特にテックの領域では、オンラインで学んでいただくだけでなく、課題を作って発表してもらったり、資格取得を支援したり、先輩エンジニアによるフォローを組み合わせたりして、学んだ内容を実務で使える状態にすることを重視しています。 また、技術力だけでなく、コミュニケーション力や報連相、お客様の意図を理解する力も重要だと思っているので、そういったところも人によってプログラムを変えて実施しています。「またこの人にお仕事をお願いしたい」と言っていただけるような人材を育てるのが目標です。 ◆ 荒波か、追い風か――エージェンティックAI時代への対応 —杉原— さて、このような人材派遣業、特に最近注目されている技術者の派遣業にとって、気になるのが生成AI、特に最近ではエージェンティックAIですね。この波は荒波だと捉えていますか?それとも乗っかるチャンスだと捉えていますか?どのような対策や対処を行っているでしょうか? —赤松— 荒波であり、危機ではあると思っていますが、それ以上に大きなチャンスだと考えています。先ほどもお伝えした通り、定型業務や単純業務はどんどんAIに置き換わっていっていますし、実際に置き換わっている実感がすでにあります。 ただ、今までと同じような人材サービスを続けていれば、間違いなく淘汰されると思っています。一方で、データを活用できる人材や、AIを企業に導入できる人材、AIでは代替できないコミュニケーション力・対人能力を持つ人材の需要は、右肩上がりに増えている実感があります。そういう意味でも、opzt自体が変化してこの波に乗っていくことができれば、非常に大きな波に乗れるのではないかと考えています。 当社では、AIやデータサイエンティスト以外の事務職や管理、採用といった職種でも、AIを使える人材を育成しようとしています。AIに使われるのではなく、AIを使う側の教育をすることで、他にはない差別化ができればと思っています。 ◆ さらなる成長へ向けた3つの新しい取り組み —杉原— ありがとうございます。事業のさらなる成長のために、直近で具体的に新しく取り組んでいることはありますか? —赤松— 大きくは3つあります。1つ目は先ほども出た、AI・データ、そしてデータセンター周りのインフラ領域の事業をまず伸ばしていくことです。2つ目は、1人単位の派遣ではなく、チームでご支援していく、アウトソーシングでより付加価値の高い契約形態をどんどん増やしていくことです。3つ目は、既存の人材サービスの部分でも、AIを活用して採用や面談、スタッフフォローといった業務の生産性を高めていくことです。 —杉原— チーム丸ごと派遣するというニーズがあるんですか? —赤松— あるんですよ。今は、そもそもそのスキルを持っているエンジニアがもういないというか、金額も高くなっているので、経験者と、私たちが育成している若手人材をチームとして組成して支援する 形が増えています。育ったら次の若手をチームに加えることで、現場の中で育成が循環する仕組みを作っています。 —杉原— 経験を積めますし、若手の方はその先輩と一緒に、同じ仕事、同じ顧客の中で同じ分野の仕事をすることで経験を積んで、いずれリーダーになっていくということですね。 —赤松— はい。企業側もそういう人材を育てられないので、丸ごとお願いしたいというニーズがあります。 大変な部分も多いですが、当社としても未経験者を入れられるということで、最近はその手法で企業さんにご紹介しているパターンが多いです。 —杉原— 確かに、一人で送るよりも、その人個人のスキルや経験は積めますが、会社としてノウハウが溜まっているのかという疑問がありますよね。おそらく戻ってきて、その人が今度は先生として社内でトレーニングをする。でも、その時間ってなかなか売上にならないですからね。むしろ、先生役だけをやらせるのではなく、現場で学ぶ経験を先輩から、派遣先から募集をいただきながら、そこで学びも得ているということですね。 —赤松— そうですね。それでどんどん今、この手法を広げていっています。 ☆インタビューアー D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太 【opzt株式会社】 代表者:代表取締役 赤松 文則 所在地:大阪市中央区本町4-2-12 野村不動産御堂筋本町ビル5階 設 立:2013年9月10日 コーポレートサイト:https://opzt.net/ Part 2では、 ・バンドマン時代の経験と経営への活かし方 ・opzt創業のきっかけと十三年間の軌跡、組織づくり ・大病を経て立ち上げたエンタメ事業「SELEBRO」 ・D-POPS GROUPとのM&Aの経緯とベンチャーエコシステムへの共感 ・5年後のopztが目指す姿と読者へのメッセージ などについて伺っています。Part2もお楽しみに!  
  • INTERVIEW
  • グループ企業
2026.08.31
auプランに組み込まれた子どもの安全を守るアプリ「コドマモ」の挑戦|Adora株式会社・冨田社長インタビュー~Part3~
全3回にわたるインタビューの最終回となるPart3では、Adora株式会社の「人」と「文化」に迫ります。インドで出会ったCTOのSaurabhをはじめとする開発チームはなぜ名もなきスタートアップに参画したのか。エストニア留学で出会った仲間たちとの絆、「Sunny・System・Solid」という3つのバリューなど、インタビューの総まとめをお届けします。(このインタビューは2026年6月に実施しました。) ◆ 錦糸町のオフィスに込めた想い -杉原- ここのインタビュー場所は錦糸町のマンションの一室ですね。とても居心地よさそうで、お花もあって。この春に引っ越しされたとのことですが、なぜここを選んだのですか? -冨田- いくつか理由があります。もちろんメンバーみんなが来やすいというのもあります。ただ私個人の感覚として、キラキラしている場所よりも、錦糸町のほうが合っているなと思いました。錦糸町はスターバックスが5軒もあるほど栄えているのに、同時に人間らしい雰囲気も共存しています。 個人的に、お酒という毒を皆でシェアしながら絆を深めていって、「みんなで頑張ろうぜ」となるのが好きなんです。ほどほどにお酒を一緒に飲むことを大事にしたいと思っているので、居酒屋も近くにあって、みんなが来やすい錦糸町がいいなと思いました。 ◆ 平均年齢26〜27歳 — 未来を作るチームの構成 -杉原- この半年ほどで徐々にメンバーが増えましたね。現在のメンバー構成について、差し支えない範囲でご紹介いただけますか? -冨田- 正社員ベースでまだ10名以下という小さな会社ですが、人事担当が入ってくれたり、エンジニア中心の会社にビジネス開発・UX・公共政策担当のメンバーも加わったりと、徐々に会社らしくなってきました。バックオフィスのメンバーも入り、各ファンクションが揃いつつある感じです。若手が多い会社で、平均年齢は26〜27歳くらいでしょうか。インターン生の大学生も多いので、そちらも含めるともっと若くなりますね。 -杉原- 本当に未来を作るチームですね。以前一緒に飲んだ創業者CTOのSaurabhをはじめ、開発チームはインド人チームですよね。彼らの技術力はやはり凄いですか?また、なぜ日本のスタートアップに参画してくれたのでしょうか? -冨田- もちろん国籍による差よりも個人差の方が大きいとは思いますが、弊社のインド出身メンバーはみんな技術力も高いし、コミットメントと熱量が高いです。いいものを作りたいという当事者意識が強いと思います。 -杉原- 真面目で熱量が高くて、技術力だけでなく人としてもとても素敵な方たちですよね。 -冨田- そうですね。Saurabhの人柄が良いことが全ての源だと思います。人柄が良いから、良い人が集まってきているんだと思います。 -杉原- 当時まだ無名で、auとの提携も起きていなかったAdoraというスタートアップに、Saurabhをはじめとするインドチームはなぜ参画してくれたのでしょうか? -冨田- 私とSaurabhはインドのカフェで出会いました。私がその店でお客様にコーヒーやお茶を出すというアルバイトをしていた学生時代のことで、彼は常連のお客さんでした。本当に友達のような感じで始まった関係です。その縁でSaurabhが後輩や仲間を集めてきてくれたというのが経緯です。 -杉原- 冨田さんとSaurabhのカフェでの出会いが全ての始まりなんですね。Saurabhが会社に加わってくれたのはすんなりいきましたか? -冨田- 最初は別の会社で働きながらという状態でしたが、本当に序盤の序盤にフルタイムでコミットしてくれました。私を信頼してベットしてくれているわけですから、その信頼に応えられるように頑張らなければという気持ちは常にあります。人を信じるということをとても大事にしている人です。 ◆ エストニアの寮で一緒にうどんを作った仲間たち -杉原- 各役割のメンバーの中には、エストニア留学で出会った仲間たちもいますよね。どんな方たちですか? -冨田- UI・UXの責任者や人事の責任者とはエストニアで出会いました!私のいた寮で「日本が恋しいね」と言いながら一緒にうどんを作ったりしたこともあります(笑)。 彼らに限らず、一緒に働いてくれている人たちに対して「一緒に働いていて楽しい」「この人のために頑張りたい」と思える瞬間がたくさんあって、そういう感覚を個人的には大切にしています。私自身にもできないことがいろいろあるので、チームで補い合えている点に感謝しています。チームであるからこそできることを積み重ねていきたいですね。 ◆ 「Sunny・System・Solid」— 3つのバリューを策定 -杉原- そんな仲間たちと一緒に、先日ミッション・バリューを策定されたと伺いました。ぜひ今日ご紹介ください。 -冨田- 最近、スローガンとして3つのバリューを試験的に作り始めました。今年から運用しています。 3つとも「S」で始まる、覚えやすいものにしました。「Sunny」「System」「Solid」の3つです。 「Sunny」は、一緒に働いていて楽しいと思ってもらえる、応援したいと思ってもらえるような振る舞いをしようということです。 「System」はトヨタを意識したもので、「人を憎まず、仕組みを改善しよう」という考え方です。何か問題が起きた時に「誰が悪い」という話になると、指摘された人は否定された気分になってしまいます。でも目的語を人ではなく仕組みにすると、「じゃあどう改善しようか」という前向きな議論ができます。我々は社会に対して責任のある事業をやっているからこそ、心理的安全性を保ちながら間違いを間違いと言える環境が必要だと思っています。 「Solid」は、ちゃんとしよう、着実にやり切ろうということです。ベンチャーだから許されるということはなく、大企業の皆さんや自治体の皆さんと組んでいる以上、言ったことをきちんとやり切るという信頼が最も大切だと思っています。 -杉原- とても良いと思います。セキュリティサービスで、提携先が大企業という業態で「Solid」を掲げるのは非常に共感できますね。 ◆ 企業ホームページはあえて後回しにしてきた -杉原- ところで、Adoraさんはコドマモのサービスサイトはありますが、企業としての一般的なホームページがないですよね。理念やカルチャーを紹介する場があったほうがいいと思うのですが、あえて作っていないのには何か意図があるのですか? -冨田- そこを作る時間があったら、もっとユーザーが喜ぶことをやろうという考えで初期からやってきました。ホームページ作成の時間があるならバグを直そうというマインドですね。 ただこれからは、仲間を集めて大きく展開するためにも、企業サイトを作って人が集まりやすい場にする必要があると思っています。今まで怪しい会社に見えていたかもしれませんが(笑)、これから作っていくつもりです。(※現在会社ホームページは公開済み https://corporate.kodomamo.com/ja) -杉原- サービス開発を優先していたということですね。ホームページだけ立派で実態がないというスタートアップも世の中にはありますから(笑)、実態のものを作ることに集中していたのはむしろ正しいと思います。 ◆ 2026年〜2027年の目標 -杉原- 今年から来年にかけての目標や大きなイベントは何でしょうか? -冨田- 国内ではキャリアのショップでの販売をさらに強化していきたいと思っています。現在ユーザー数が30万人ほどになってきたところで、これを50万人、さらにその先へと伸ばしていきたいです。 海外では台湾でプロダクトマーケットフィットを確認しながら成功パターンを作り、インドネシア・イギリスなど様々な国での展開につなげていきたいと思っています。国内外での成果によって、社内外の期待を高めていける数値を作っていきたいですね。 また、より多くのステークホルダーの皆さんを巻き込んでいきたいと思っています。省庁との連携なども含めて、大きな社会実装・社会インパクトを生み出せるような1年にしたい。その広がりを見せていける1年にしたいというのが目標です。 一方で、カルチャーの構築と、大事にしたい価値観をより「Solid」にやっていくことも大事にしたいですね。人も丁寧に増やしながら、良い組織にしていきたいと思っています。 ◆ D-POPS GROUPの「ベンチャーエコシステム」への共感 -杉原- D-POPS GROUPが目指している「ベンチャーエコシステムの実現」に対して、共感する部分はどんなところですか? -冨田- 全般的にとても共感しています。1人でも1社でも、大きな社会的インパクトを生み出したり、社会課題を解決することはできないと思っています。1人で会社を作れないのと同様に、会社という単位だけでなく、さまざまなステークホルダーと一緒に解決しなければならないと思っています。 スタートアップだけでなく、その夢に賭ける投資家がいて、一緒にスタートアップの夢を社会に広げるために事業をやろうという大企業がいて、国としても良いことをやっているから応援しようという政府があって、大学が一緒に研究してくれて・・・そういうステークホルダーを全員で巻き込んで初めて、大きな社会課題を解決できると思っています。 弊社も創業当初から愛知県警にご協力いただいて共同開発を始めたり、大学とも連携してきたりと、1社だけでなく周りと一緒に補い合いながら頑張ることを意識してきた会社です。これからも、子ども・親子向けの安全な通信環境、そして人々を犯罪から守るために必要なエコシステムを弊社の側からも作っていければと思っています。それが全体的なベンチャーエコシステムの中で良い一例になれるんじゃないかと思っています。 -杉原- D-POPS GROUPはベンチャーエコシステムを作っていきたいと言っていますが、1社でプラットフォームを作ってその中でみんながエコシステムを作って循環していくというような形が理想ですよね。 -冨田- そうですね。最終的には自分たちにも良い形で返ってくるという考え方だと思います。私もそこはとても共感しています。 ◆ 読者へのメッセージ -杉原- 最後に、読者の方に一言お願いします。 -冨田- 大きな社会インパクトを生み出したいという気持ちを我々は強く持っています。そこに共感してくださる方には、メンバーとしてでも株主としてでも、どういった形であれ、一緒にこの夢を叶えるために動いていただけたら嬉しいです。 ディ・ポップスグループさんはとても良い株主なので、ぜひおすすめですよ(笑)。そして錦糸町は最高の町なので、ぜひ遊びに来てください! ☆インタビューアー 株式会社ディ・ポップスグループ アドバイザー 杉原 眼太 【Adora株式会社】 会社名:Adora株式会社 代表者:代表取締役 冨田 直人 設 立:2023年7月 サービスサイト:https://www.kodomamo.com Part1の記事はこちらからご確認ください。 Part2の記事はこちらからご確認ください。  
  • INTERVIEW
2026.07.27
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