
今回は、ベンチャーエコシステムサミット2025にご登壇いただいた、シブヤスタートアップス株式会社 会長の渡部さんにインタビューさせて頂きました。
(このインタビューは2025年11月に実施いたしました。)
前編の記事は、こちらからご確認ください。
◆スタートアップ支援を選んだ理由
-杉原-
さて、ここからは少し時計の針を戻してお話を伺いたいと思います。モルガン・スタンレーでのアナリストからキャリアをスタートされ、Google、さらにはメルカリやELSA Speakといった最前線のスタートアップで華々しい経歴を積んでこられました。そんな渡部さんが、なぜ今スタートアップ支援という道を選ばれたのでしょうか。
-渡部-
正直なところ、一番は「ご縁」に導かれたというのがありますが、自分なりに振り返ると二つの理由があるように思います。
一つは、私を育ててくれた「渋谷」という街への恩返しです。外資系企業やスタートアップで経験を積み、改めて自分の原点を見つめたとき、ホームカミングのような感覚で、この街に何かを還元したいという思いが自然と湧いてきました。
もう一つは、私の人生のキーワードでもある「逆張り」の精神です。 シリコンバレーなどの王道キャリアであれば、ユニコーン企業で働くか、あるいは自ら起業し、後に投資家になる……といった道が一般的かもしれません。でも私は意図せずに「主流ではない道」を選ぶ事が多かった気がします。今回も例外ではないかもしれません。
例えば、リーマンショック前(2008年)の時代に、モルガン・スタンレー投資銀行部から第二新卒としてGoogleへ転職したときも、日本におけるテック業界の認知度も投資銀行ほど確立されておりませんでした。実はもう一つの選択肢として、学生時代に学び夢でもあったジャーナリズムを活かせる「外資系テレビ局の経済レポーター」というオファーもあったんです。私はGoogleを選びました。考え抜いた決断というよりかは予感かもしれません。未知の業界に飛び込むことは一見難しそうですが、ワクワク感もあると思います。Googleでは、面接をしてくださった方々が楽しそうに仕事をされていた事も印象的でした。
「10人中9人が選ばない道」を選んでみる。リスクも大きそうですが、そうすれば、多くの気づきがあると思いますし、予想もしなかった新しいステージにキャリアを導けるかもしれない。自分のスキルが職場でお役に立つというのは大前提ですが、今回のスタートアップ支援という選択も、そんな私の「逆張り人生」の延長線上にあるものなのかもしれません。
◆渋谷の魅力
-杉原-
ありがとうございます。
「渋谷」という街の話が出ましたが、シブヤスタートアップスを率いる渡部さんから見て、渋谷にはどのような魅力があると感じていらっしゃいますか?
-渡部-
「ボヘミアン指数」という指標を用いると分かりやすいかもしれません。社会学者のリチャード・フロリダが提唱したもので、人口あたりの芸術家やクリエイターの割合を示す指標です。この指数が高い街ほど、多様性や寛容性に富み、結果として経済発展やイノベーションが起きやすいと言われています。まさに渋谷は、このボヘミアン指数が極めて高い、変化に対してオープンな街。そこが最大の魅力ですね。
◆日本の魅力や課題
-杉原-
確かに、日本で最もその指数が高いのは渋谷でしょうね。 世界を渡り歩いてこられた渡部さんから見て、日本の魅力や、逆に課題だと感じる部分はどこにありますか。
-渡部-
魅力については、日本人である私からは逆に見えにくいものですが、食の豊かさや治安の良さ、ものづくりやおもてなしといった「当たり前の質の高さ」は、一歩海外へ出るといかに稀有なことかが分かります。
一方で課題というより特徴に近いのですが、日本のビジネスシーンでは「ステークホルダーへの配慮」を非常に重視しますよね。独自の「察する文化」は美徳でもありますが、意思決定のスピードという面では弱点にもなり得ます。 例えば、国家主導でスピーディーに動く中国や、自由と利益を追求するリバタリアニズムのアメリカ、規制は多いが官民の役割が明確な欧州。日本はそのどれとも違い、時には同調圧力や暗黙の了解にたよる時も多く、チーム内の全員がシンクロしながらしなやかに、かつ慎重に、物事を進めている印象があります。いい面もあるものの、「よそ者」が組織に入ってきた時に、そのようなシステムやルールは簡単に壊れてしまいます。
また、日本人が「これは仕方ない」「こういうものだ」と諦めていることの中に、実は膨大なビジネスチャンスが眠ってるかも。例えば、日本独特の「中抜き構造」や「過剰な書類・承認プロセス、アナログ前提の業務フロー」による不当な高コストや低い効率性を是正するだけでも、それは立派な事業になります。「よそ者」の視点が入ることで、日本の当たり前を疑い、新しい価値を生み出せるはずです。
-杉原-
日本独特の合議制は、全員が納得するまで時間をかける分、決定後の後戻りが少ないという長所もありますが、今の時代、変化への対応が遅れるという弊害も目立ちますね。この「見えない壁」は参入障壁として機能してきた反面、日本人がグローバルで通用しにくくなっている要因かもしれません。
-渡部-
そうですね。ただ、その壁の内側で育まれてきた独自文化やクリエイティビティ、そして安全性は、世界に誇れる日本の「文化」そのものです。
もう一つ、アメリカに住んでいて痛感するのは、日本の社会保障の充実ぶりです。起業を志したとき、日本では「保険はどうするの?」という心配をせずに済みます。これは挑戦する上での強烈なアドバンテージです。
-杉原-
確かに! 私がGoogleに入社した直後、米国で研修を受けた際、最初のセッションで参加者が一斉に質問したのは「保険はあるか?」でした。人事が保険の充実をアピールする姿を見て、日本での当たり前が世界では特権なのだと驚いた記憶があります。
-渡部-
本当にそうなんです。アメリカでは救急車を呼ぶだけで数十万単位かかる事もあるし、治療費はさらに別という世界ですから。失敗してもセーフティーネットがある。だからこそ、私は「日本で起業したらいい」と、自信を持って言いたいですね。

◆日本の成長市場について
-杉原-
未来の展望についてもお伺いさせてください。起業や新規事業という視点で見たとき、これからの日本において、特に有望だと考えられる成長市場はどの分野でしょうか?
-渡部-
それは間違いなく超高齢化・少子化に紐づく領域です。 介護そのものはもちろん、その周辺にあるあらゆるビジネスに大きな可能性があります。それが業務効率化のSaaSなのか、ロボティクスなのか、あるいは生成AIなのか。アプローチは様々ですが、この分野のソリューションは今後ますます重要になります。
例えば、私たちが支援している企業の一つに、AIを搭載したゲームで遊ぶだけで認知症の早期発見ができるアプリを開発しているスタートアップがあります。早期発見ができれば、適切な治療によって進行を劇的に遅らせることが可能です。こうした技術は、これから確実に求められます。
日本は世界で最も早く高齢化が進む課題先進国ですが、それは裏を返せば、世界に先駆けて解決策を提示できる市場の最前線にいるということです。 さらに日本は、ディープテックやエッジAI、量子コンピューティングといったハードウェア面での技術蓄積もあります。こうした最先端のハードウェアと、社会課題を解決するソフトウェアが掛け合わさる領域は、非常に強力な成長分野になると確信しています。
-杉原-
心から賛同します。そうしたイノベーションを、シブヤスタートアップスや私たちディ・ポップスグループが協力して支援することで、さらに大きな可能性が広がっていきますね。
ところで、昨今の生成AIの急速な浸透は、ビジネス環境を根本から変えようとしています。「消える職業」や「新たに生まれる職業」、あるいは「人間に問われる能力」など様々な議論がありますが、渡部さんご自身は現状をどう捉えていますか。
-渡部-
私は、テクノロジーは目まぐるしく変化し流行り廃りもありますが、人間の根底にある「文化」というものは、そう簡単には変わらないものだと考えています。
もちろん、AIのポテンシャルは極めて高く、上手に活用すれば効率化が進み、消えていく職業も確実にあるでしょう。ただ、私たちにとって「AIと共存する道を探る」以外に選択肢はないのも事実です。AIは人間には不可能な処理を瞬時に行えますが、それをどう使いこなすかが重要になります。
これからの時代は、教育の現場も大きく変わるはずです。これまでのように「答えを出す力」を競うのではなく、「AIに対して、いかに精度の高い問い(プロンプト)を投げかけられるか」という、問いを立てる力の方が重要になります。
ただ、世界が明日からガラリと全く別の場所になってしまうかと言えば、私はそうは思いません。人間がそれを許容し、コントロールする意思を持ち続ける限り、テクノロジーが人間を置き去りにして暴走することはないのではないかと考えています。
-杉原-
そのような未来予測や社会環境の変化を踏まえたとき、起業家やシブヤスタートアップスにとっては、どのような影響があるとお考えですか? これは大きなチャンスでしょうか、それともチャレンジでしょうか。
-渡部-
間違いなくチャンスだと捉えています。 現在、私たちが支援している企業の7割以上がAIを活用した企業になっていますが、これは特別なことではなくなりつつあります。かつて、あらゆるスタートアップがインターネットを活用することを前提としたように、これからはAIを使いこなすことがごく当たり前の風景になっていくでしょう。
ここで重要なのは、AIはあくまで目的ではなく手段だということです。 例えばUberは、本質的には「配車サービス」の会社であって、テクノロジーはそのためのインフラに過ぎません。最高の効率でサービスを回すために、テクノロジーを徹底的に活用しているに過ぎないのです。
これからのスタートアップも同じです。「AIの会社」と名乗らなくても、自社のミッションを最高効率で達成するために、当たり前のようにAIを使いこなす。そんな実利を伴った企業が主流になっていくはずですし、そこには無限のビジネスチャンスが広がっていると考えています。

◆シブヤスタートアップスが考える、スタートアップエコシステムとは
-杉原-
それではシブヤスタートアップスが考える、「スタートアップエコシステム」について教えてください。
-渡部-
スタートアップエコシステムは、単にスタートアップが存在するだけでなく、成長した企業が次世代の顧客や支援者となり、そこに投資家も加わって、成長のサイクルがその中で完結する状態だと考えています。
現在、日本には支援するリソースはあるものの、スタートアップの数そして人材自体がまだ不足しているのではないかと考えています。そこで私たちは、海外にいる日本に興味を持つ優秀な人材を招聘し、日本のスタートアップエコシステムがより良くなるような取り組みを試みます。
私たちのコミュニティには、ブロックチェーン「Polygon」の共同創業者の創業したスタートアップや、Googleの卒業生コミュニティであるXooglerの共同創業者によるスタートアップなど、スーパースターが52名ほど集まっています。彼らは米国のトップVCから資金を調達できるような実力者たちです。
なぜこうした人材を渋谷に招聘するのか。それは、周囲にユニコーン企業を作る友人がいれば、自分にとってもそれが「当たり前の選択肢」になるからです。逆に、小規模なIPO(上場)が当たり前の環境にいれば、そこが基準になります。
私の役割は、いわばオーケストラの指揮者です。私自身が楽器を弾く(事業を作る)のではなく、最高の演奏ができるプレイヤーを集め、彼らが最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えていくこと。それが、私たちが目指すエコシステムの形です。
◆「ベンチャーエコシステムの実現」について
-杉原-
さて、最後に、ディ・ポップスグループが目指す「ベンチャーエコシステムの実現」について、共感すること、協業できる領域などがあれば、ぜひお願いします。
-渡部-
そうですね、私が協業の可能性を感じるのは「人材の多様性」という領域です。
今、私たちが支援している海外出身の起業家たちは、高い技術力を持つ一方で、日本には詳しくありません。私は、これからのスタートアップはアイドルグループのような多国籍チームが最強だと考えています。各国の出身者がチームにいることで、海外展開の際に現地の販売網やニーズを即座に掴めるからです。「日本人だけ」「外国人だけ」にこだわる必要は全く無いと思っています。
「Sakana AI」や 「Shisa AI」のように、日本の国家戦略を担うAIモデルを開発している創業チームに外国人がいるということも興味深いと思っております。GoogleやOpenAIが米国企業である以上、有事の際にAIインフラが止まる事もあり得るので、自国のAIモデル開発は大事なプロジェクトです。さらに、自国のLLMを開発することはインターネットでは残らないかもしれない日本の文化の細かい部分をAI時代に継承する事にも繋がります。このような日本のインフラ作りの分野にも外国人人材が参入してきています。
こうした多様性を持ってこそ気づける日本の課題や価値は非常に多い。彼らのような「外からの視点」を持つ優秀な人材と、日本国内で強固な基盤を持つ企業が手を取り合い、人材の流動性を高め、多様なチームを支援する仕組み作りで、ぜひ連携していきたいですね。
☆インタビューアー
D-POPS GROUP アドバイザー 杉原 眼太
【シブヤスタートアップス株式会社】
代表者:会長 渡部 志保
代表取締役社長 田坂 克郎
所在地:渋谷区東一丁目29番3号 Shibuya Bridge B棟
設 立:2023年2月
U R L:https://upshibuya.com/
